五人の女性
名残惜しそうな表情の静には牛車の中で待ってもらい、一人で後宮の中に入る。案内役の後を付いていくだけなのだが、その途中で違和感に気付く。道が、違うのだ。基本的に朝廷や後宮の造りは複雑だが、皇帝陛下や皇后様といった一番偉い人の場所は中央にある。だが、今向かっている方角は、どう考えても中央ではないのだ。
「……すみません、私は、今からどの宮に向かうのでしょうか?」
「ああ、そう言えばまだお伝えしていませんでしたね。今から向かうのは賢妃様の梅月の宮です」
「そうですか……」
今回の主催者は名目上、四夫人の一人、賢妃様ということになっているようだ。皇帝直々の命で、皇后様の宮に四夫人が揃っている状況で呼び出される、という事態になると、後宮入りを促している様に勘違いされるからか。
喰家としても、私としても、ついでに陛下と皇后様もそんなつもりがない事はわかっているが、一応、伯璃の今後のことも考えた配慮なのだと思う。恐らく、発案したのは皇后様の方だろうけど。
「伯璃姫、もう少しで……」
「遅いではないか伯璃!!」
案内役がもう少しで到着です、と言いながら角を曲がろうとした。が、角の向こう側から出てきた人物にその言葉は遮られた。いきなり呼び出しておいて遅いと文句を言いながら現れたこの男こそ、今回の元凶でありこの国の統治者である皇帝陛下である。
「……陛下」
「陛下!?先に梅月の宮に向かわれた筈では……」
冷めた目線で陛下を見る私と対照的に、案内役は随分と驚いた様子だった。恐らく、口裏合わせの時間を与えないために少し早い時間から陛下を呼び出していたのだろうが、そんなことに気付かない陛下ではない。適当な理由を付けて時間を潰し、事前に私と話をする時間を何とか作ったのだろう。その頭脳を最初から皇后様を怒らせないとか、問題を発生させない方向に使ってほしいものだ。
「そなた、少々伯璃と話したい。少々距離を取れ」
「ですが……」
陛下は驚いている案内役に畳みかけるように指示を出す。陛下が先に梅月の宮に向かう予定だったと知っているという事は、賢妃様たちの考えも理解しているのだろう。なのに私と会話させてしまえば無駄になるが、直接的な上司である皇帝陛下の命令に逆らうわけにもいかない、と言ったところか。
「良からぬことを考えている訳ではない。伯璃は元々知り合いでな。少々話をしたいだけだ。姿が見える所にいてくれて構わん」
「そういう所が疑われるのですよ、陛下」
だが、知り合いと言うのは事実であることを案内役に伝えると、渋々と言った様子で少しずつ離れていった。一歩、また一歩、と陛下の許可が下りる限り近くに控えようとする案内役に対して、陛下は容赦なくもう少し下がるように、と指示を出していく。そして、結局は声をひそめれば会話が殆ど聞こえない場所まで案内役は下がることになったのだった。
「伯璃。言い訳は考えてきているな?」
「いきなりその話ですか……」
下手に陛下の方でも言い訳を考えており、お互いに齟齬が発生するよりかは完全に私の話に合わせてくれる方が楽とは言え、少しは考えて射ないと陛下の話から聞かれた場合はどうするつもりだったのだろうか。それに、急に呼び出した謝罪よりも先に口裏合わせとは、あまり悪いと思っていないのだろう。
「それ以外になかろう?今回は本気で不味いのだ。一人でも面倒な相手が、五人も結託しているのだぞ?」
「元々は陛下が花見会で派手にやりすぎたからでしょう……」
「そなたも協力していたではないか!?」
「私はあくまで自分の仕事をしたまでですから」
蘭台侍郎として、書類の紛失事件に関与した人物を摘発しただけである。というか、あまり大きな声で言わないでください。と陛下に目で訴える。一応、あの案内役がいるのだ。今は伯璃として来ているのだから、魄啾の話はやめてほしい。
「それで、大筋としてはどうするのだ?あまり細部まで決める時間はないし、下手に決めると粗を探されるであろう」
「そう言う悪知恵は働きますよね、陛下……」
「良いから早く」
「嘘を吐く時は、本当のことを基に嘘を織り交ぜるのが基本です。なので、行動自体は実際のことを伝えましょう」
つまり、陛下が喰家に訪れ、皇后様への贈り物を代わりに選ぶように頼んだこと。伯璃が買い物に行ったことはそのまま伝えるのだ。此処で嘘を吐くと、皇后様や四夫人が独自に調査していた場合、嘘をついていることが即座に分かるからである。
「しかし、それでは皇后以外から伯璃との関係性を疑われるのは明白であろう」
「伯璃には会っていないことにすればいいではないですか」
皇后様が怒っているのは、陛下が自分で贈り物を選ばなかったこと。一方、四夫人は皇后様の怒りを晴らすために行動しているというか、伯璃は後宮に入るのか、それならば敵か味方か見極めるために呼び出したのだろう。細充媛がいなくなって、次の人員が誰なのかで力関係は大きく変わる。そこに陛下が直接頼みごとをした女性がいた、となっては警戒するのも仕方がない。
「陛下は、喰家で魄啾兄様に皇后様への贈り物を選ぶように頼みましたよね?」
「あ、ああ。そうだな?」
「ですが、皇后様にすぐ贈り物を届けたいと思い、喰家で待つと仰った陛下を一人にするわけにはいかない兄様は、私に代わりに贈り物を選ぶように言いましたよね?」
「そうだな。余は魄啾と仕事の話をして待っていた……」
何が言いたいかは分かったらしい。陛下の顔色が明るくなった。
「兄様から皇后様の好みを聞いておいた私が贈り物を買って戻ると、静を通してお二人が話している部屋に運んでいただきました」
「そうだな。余とそなたは顔を合わせていない。最後にあったのは魄啾に出仕するように伝えた四年前だったな」
そうだったそうだった、と陛下は何度も頷きながら、先程距離を取らせた案内役を手招いた。口裏合わせ終了である。案内役は訝しむような目線を向けつつも、離した時間的に大した会話はしていないと判断したのか、何も言わず案内を再開した。
「皇帝陛下、喰伯璃姫が到着されました」
案内役が入り口で告げると、ゆっくりと扉が開かれていく。そして、宮の中央、本来はこの梅月の宮の主である賢妃様がいるべき場所には皇后様が、そして資格を作るように貴妃様、淑妃様、徳妃様、賢妃様の四夫人が座っている。
「……お初にお目にかかります、喰家当主魄啾が妹、伯璃と申します」
無言で皇后様の正面に連れていかれた陛下は気にせず、まずは皇后様と四夫人に挨拶をする。正確に言えば皇后様は初対面ではないが、こういう時は形式が大事なのである。滅多に人前に出ないと噂の私が詰まらず挨拶したからか、淑妃様が少し驚いたように目を見開いた。若干失礼である。
「伯璃、良く来てくれました。さて、陛下。お呼びした理由は分かっておいでですね?」
暫くの沈黙の後、皇后様の一言で夫に謝らせたい妻と、正確な情報を掴みたい四人と、何とか言い逃れしたい夫と、できる限り巻き込まれたくない仕事上の関係者の思惑が入り乱れる査問会は始まったのだ。
「あ」
そして、そこに、桃色の髪の毛を持つ、愉快犯も加わり、更に状況が複雑化することを察した私は思わず下を向き、静かに深く溜息を吐いたのだった。
次回更新は10月25日17時予定です。




