忘れた伝達
魄啾と雅亮は、黎明からしたら言葉が圧倒的に足りてない会話でも会話として成立します。
本人達はそれが普通だと思っている為、伝達ミスを引き起こすことが稀にあります。
「……頓宝林、前へ」
「……はっ?」
黎明は、皇帝陛下に呼ばれたことに驚いたのか、若干うわずったせ返事をした。何とか誤魔化したものの、わかる人にはわかる。
「……魄啾、伝えていなかったのか?」
「そういえば、舞ができるかしか確認していませんでした」
でも、舞を遂行しろ、と伝えた時点で名誉を与えられることは予想できると持ったのだが。ただ、明言していないので黎明に伝わっていなかったかもしれない。
「……私の失敗ですね」
「雅亮とお前は優秀だからな」
「含みのある言い方ですね、陛下」
「事実だろう」
他人に指示を出すときに、恐らく理解できるだろう、という予想で話をして、結局情報が足りず相手が理解できていない事態に陥ることがある。その事を陛下は指摘したいのだろう。自覚はあるので言い返せない。
「頓黎明、ここに」
どうにか持ち直した黎明が、形式に則った言葉を口にして笑顔を浮かべて見せる。百点満点で採点するとしたら、六十点と言ったところか。不合格とは言えないが、到底完ぺきとは言えない笑顔である。本人は陛下のことを嫌っているので仕方がないのかもしれない。
「魄啾、そなたの従妹は、本当に余が嫌いだな」
「……同族嫌悪でしょう」
黎明の微妙な表情を見た陛下は面白そうに笑った。その表情を見て溜息を吐く。本当に、陛下は黎明と同じで、面白いものが好きだ。そして、身内以外の扱いが雑。黎明が陛下のことを嫌うのは、自分は遊ばれる立場なのに絶対に反撃できないので気に食わないからだろう。立場が逆なら陛下の方が黎明を毛嫌いしていたと思う。
「まあ良い、これで予定通りに事は進む」
「……できる限り穏便にお願いします」
「どうだろうな」
陛下とそんな事を話しているうちに、段々と周囲の人々が状況を理解し始めたのか、どよめきが広がっていく。何故、黎明が陛下に呼ばれたのか。もしかして、名誉を与えられるのは細充媛ではなく、黎明なのではないか、と。
「伝統を重んじ、極限まで研鑽したであろう舞。見事であった。名誉を与える」
「恐悦至極に存じます」
そして、陛下は、はっきりと言葉にした。その言葉が聞こえた瞬間、表情を固くしたのは招かれていた文官、武官だった。勿論、細中書侍郎の表情も強張っている。官吏達の動揺が広がるように、数拍置いてから妃嬪たちも驚きの声を上げる。
「お待……お待ちください今上陛下!」
どんでん返しに動揺する会場だったが、あくまで名誉を与えるかどうかの決定権は陛下にある。誰も口出しすることはできないので、そのまま黎明に名誉を与えようとした瞬間。良く通る声が会場に響いた。
「掛ったか」
「中書侍郎も立ち上がっています」
「そうか」
声を上げたのは細充媛。黎明が名誉を戴くために跪き、陛下の言葉を待っている状況で中断させるなんて相当の不敬罪である。これで余罪が溜まって言っているので、親子共々楽に追放できそうだ。というか、陛下も早く黎明に名誉を与えればよかったのに、態々変な間を作ったのは横やりを入れさせる為か。性格の悪い人である。
「今上陛……」
「今は控えなさい、細充媛」
尚も細充媛は陛下に対して何か言おうとしている。さて、陛下の側近に頼んで不敬罪で捕らえて貰おうか、と思っていると、賢妃様が細充媛を窘めた。上位の妃嬪の行動としては正しいものだが、この問題を後宮に持ち帰って処罰とされると面倒くさい。
「ですが!」
なので、なるべく頑張って今すぐに捕まってほしい。その願いが通じたのか、細充媛は剣妃様の言う事を聞かず反論した。何故今迄後宮で生き残れていたのか分からない愚行だが、今回は都合がいいので心の中で応援しておく。
「聞こえませんでしたか?」
しかし、賢妃様も一歩も引かない。美しく、そこに棘があるわけでもないのだが、威圧感のある声で言った。表情はいつもと変わらない。変わらず、愛らしく美しい笑顔を浮かべている。
「成程、賢妃様は微笑みを絶やさない女性なのですね」
「魄啾、そなた、恐怖は感じないのか?」
「雅亮兄さんも本当に怒っている時は笑顔ですから、そんなものでしょう」
会場がどよめく中、変わらない賢妃様を見て呟くと、陛下が信じられないものを見る顔で此方を向いた。相手に注意をしたい時は、怒鳴ると相手の思考が停止して結局理解してもらえないので、できる限り穏やかに伝えるようにしている。と、雅亮兄さんが言っていたので、賢妃様もそういう方針だと思っただけだ。
「今は控えなさい、細充媛」
事実、細充媛は頭ごなしに命令されると反発すると予想されるので、賢妃様の対応が正解だと思う。ただ、何故か黎明を筆頭とした賢妃様陣営全員の顔色が悪い。自分の主の仕事を増やしてしまったという罪悪感があるのだろうか。
「陛下、問題が解決してしまいそうですが……」
「あ、いや、そうだな」
様子を見守っているうちに、細充媛が完全に黙ってしまった。このまま、賢妃様に私の顔に免じてこの場を収めてください、と言われると大変都合が悪い。が、細充媛にはこれ以上反論する気力がなさそうだ。
「仕方がないので、中書侍郎の方を煽りますか?」
「そう、だな。そうするしかないだろうか……」
「後宮の方の事情には詳しくないのでわかりませんが……」
陛下に確認を取ろうと思ったのだが、はっきりしない返事が返ってくる。後宮の主は陛下だが、人事権自体は皇后陛下が持っているのではなかっただろうか。どうしたものか、と会場を見渡す。
「……思ったより、早く使うことになりそうだな」
私は、懐に入れて置いた細中書侍郎主催の宴の参加者名簿に、秘書省から行方不明になっていた書類の貸し出し経緯、戸部が作成した不明に消えている金額が記された書類を出し、陛下の足元に置いた。
次回更新9月13日17時予定です。




