中書と花見
黎明が後宮で叫びながら全力疾走している頃、
魄啾は陛下を探して廊下を早足で歩き、
雅亮は一度くしゃみをしていた。
昼休みの食事の時間を惜しんで書類を仕分けた甲斐あって、どうにか今日中に終わる見通しがたった。鬼気迫る勢いで書類を仕分けてくれた王さんのお陰だろう。
「王さん」
「何ですか、魄啾殿」
書類を仕分ける手は止めず、横で同じ作業している張さんに声をかける。王さんも作業を止めず返事をした。
「何か気付いたこと、ないですか?」
「そういう魄啾殿はどうなんです?」
問いかけると、質問を質問で返された。声の調子からして、同じ事に気付いていると思っていいだろう。秘書省は業務内容の割に人数が少ない。花形部署ではないが、比較的優秀な人材が集められているのだ。
「……どちらが行きます?」
「そうですね、私が行っても構いませんが……」
どちらが、というのは、長官への報告のことだ。報告・連絡・相談の報連相は迅速に。ただでさえ膨大な情報を扱う秘書省の合言葉である。
「魄啾殿が向かった方が、後々楽なのではないでしょうか?」
「……矢張り、そう思われますか?」
「ええ」
行っても構わない、と言った時点でそう言われるとは思っていた。後々楽、というのは、張さんへの報告だけでは終わらない可能性が高い状況だということだ。
「戻らずとも気になさらないでください」
「はい。後は任せてください」
ため息をついて、腰を上げる。自身の書類を部下の進度に合わせて適当に割り振り、王さんの所に一度戻る。
「……中書省だと思われますか?」
「ええ、そうですね」
「ではそのように報告します」
最後に短く確認して、今度こそ長官の元へと向かう。面倒なことになりそうだな、と内心ため息をついた。
「矢張り、こうなるのか……」
朝廷内、廊下。そこを可能な限りの早足で歩く。神聖な朝廷では走ってはいけないので、最大限移動を早く行う為の早足だ。
「陛下は何方にいらっしゃるのか……」
結局、報告の後、この件については秘書省だけで解決できるものではないと判断した長官の指示により、今上陛下に奏上するべく歩き回っていた。
「位置関係的に考えると、無駄な労力だな……」
業務を行う朝廷と陛下が過ごす場所はそこそこ離れている。一度陛下の所まで行って、再び戻ってくるだけで時間がかかる。
事後報告では駄目だろうか、と一瞬黎明みたいなことを考えたが、手順を重視する朝廷で許されるはずもないと頭を振ってこの案を脳内から追い出した。
「!!陛下、突然御前失礼します、奏上すべき儀が……」
曲がり角を曲がると、丁度陛下が反対側から歩いてきていた。視界に陛下を捉えてすぐ、その場に跪き要件を述べる。
「……他には人はおらぬ。立って良い」
「はい」
陛下は周囲を見渡し、私と陛下、そして側仕えしかいないことを確認すると、少し笑って立つよう言った。
「其方の様子からすると、紛失書類の件で進展があったか」
「はい。紛失書類の大部分は既に秘書省に戻ってきており、現在、貸出先の部署と紛失までの経緯、返却時の状況等を纏めております」
「そうか。予想よりも早く片付きそうだな」
御史台という言葉はそれ程恐ろしかったか、と陛下は声を殺して笑った。朝議の際、事態を早期解決させるために態と御史台の名前を出しただろうに、性格の悪いことだ。このくらいでないと、一国を治めることなど不可能なのかもしれないけれど。
「それで、既に目星は付いているのだろう?」
「……中書省を調べてくださいませ」
秘書省の侍郎に捜査権はない。下手に動くと業務妨害や越権行為にあたる。かと言って、正式に書類でこの件を奏上すると、途中の部署を通過せず弾かれる可能性が高い。
「協力者は各部署に散っていると思いますので、書面での報告は何処で途絶えるかわかりません」
「それ程、紛失書類は散っておったか」
「刑部と門下省以外、全ての部署から紛失しておりました」
陛下は無言で眉間に皺を寄せた。予想よりも協力者が多かったのだろう。これで危機感を持って、本格的に捜査をしてくれればすぐに解決するだろう。
「……それにしても、中書省か」
「はい」
「そういえば、今、侍郎は娘の晴れ舞台を観るために、後宮にいるぞ」
そう言われて、思い出す。そういえば今日は後宮の花見会だ。陛下は、本来なら女性達の舞や唄を見るために、会場の特別席にいるはずなのだ。
「……何故、此処にいらっしゃるのです?」
「気付いてしまったか……」
そんな、推理物小説で探偵に追い詰められた犯人みたいな発言をしないでほしい。どうせ、座ってるのに飽きて昼休憩とか適当なことを言って抜け出してきたのだろう。
「早くお戻りください。捜査の指示は出していただけると助かります」
「いや、それより早い方法がある」
陛下は笑顔で、私の腕を掴んだ。すると、先程まで静かに距離を取った場所にいた側仕えが慌てだすが、陛下は離してくれるつもりはなさそうだ。
「陛下?」
「其方も花見会に来れば良い」
「暇だから話し相手しろってことですよね、それ」
朝から晩まで、芸術活動というよりは女性の自己主張を全面に押し出した演目を見るのは飽きるだろうが、だからといって全く関係ない私を巻き込まないでほしい。
「そうとも言うな」
「そうとしか言いません」
「だが、中書侍郎は確実に会えるぞ?」
「会ったところで明確な証拠もなく手出し出来ないでしょう」
「其方は真面目だな」
「陛下がその場の思い付きで行動しすぎなんです」
否定の言葉を連ねるものの、掴まれている腕の力は全く変わらない。こうなった陛下が意見を変えるとは思えない。人の話を聞いてくれるなら、そもそも私は朝廷に勤めてなんかいないだろう。
「証拠が欲しいなら、余の前で鎌をかければ良いだろう。あまりに挙動がおかしければ、即刻拘束はできる」
「自然と無茶振りしますね……。わかりました、着いて行きますから」
「それでこそ魄啾だ」
そのまま、ずるずると引き摺られる様に後宮へと歩き出す。王さんは何処まで展開を予想して、私に報告に行くよう言ったのだろうか。
「陛下」
「何だ」
「……最初の演目は、淑妃様達でしょうか?」
淑妃様、という単語を口にした瞬間、腕を掴む手に力が入った。図星らしい。
「予想以上に、淑妃様と舞に参加していた方の舞が上手く、後々言葉をかけないとまずい状況になったのですね?」
更に腕に力が入った。花見会で活躍した妃嬪は御渡りが増えることを期待している。陛下としても、蔑ろにする訳にはいかないのだろう。
「そうなると、状況が悪化するので、その前に親子共々、無力化させたいのですね?」
陛下は何も言わない。が、その目は、真っ直ぐこちらを向いている。其方、何処まで把握しておるのだ、そう言われた気がして、貴方がそうなるよう求めたんでしょう、と思わず苦笑したのだった。
次回更新は7月5日17時予定です。




