意外な出費
雅亮と魄啾はよく一緒に出仕します。
同じ屋敷で暮らしている麗孝も行き先は同じですが、生活時間帯がずれているから、という理由で別の牛車を使います。
麗孝が珍しく早く出仕する日は雅亮が休みだったりと、中々予定が合いません。
さて、兵部から紛失書類の半数が戻って来た翌朝。朝から雅亮兄さんが喰家まで迎えに来てくれたため、有難く牛車に乗せてもらうことにした。牛車にいるのは雅亮兄さんだけ。情報共有をするにはうってつけの状況である。
「おはようございます、雅亮兄さん」
「おはよう。そうそう、黎明から文を預かってるよ」
挨拶もそこそこに、雅亮兄さんは胸元から一枚の文を取り出した。真っ白な紙に、はーちゃんへ、とだけ書かれた文は、間違いなく黎明から私に宛てられたものだろう。
「黎明が矢文以外で手紙を出すなんて……。昨日のことかな……」
「さあ、私には、頼んだ!としか言わなかったから」
昨日の指示書では、陛下に対して反省文と弁償の為のお金を送るように指示している。一晩で大金を用意できるのか、という点については、名門頓家の力を使えばどうとでもなるので心配していない。
もしかすると、反省文の内容を写したものを私に送り、何かあっても辻褄が合うようにしてほしいのだろうか、と勘繰りながら文を開く。
「『はーちゃんへ。昨日は、いっぱいご迷惑をかけてごめんなさい。次からは気を付けます。黎明』」
そして、そこから長い、比較的形式に則って書かれた文章が続いている。かしこ、で省略するな、と伝えたことを気にしているのかもしれない。適当に流し読みしていると、雅亮兄さんが感嘆の声を上げた。
「珍しい。意外と真面目に反省していたんだね」
「雅亮兄さん、それは口にしたら駄目なやつです」
正直私も疑ってはいたけど。今回の文は本当に反省文、というか謝罪文だったようだ。迷惑を掛けた自覚があるのは良い事だ。これ以降、矢文を辞めてくれると思いたいが、一月後には忘れていそうだ。
「……黎明の話はこれくらいにして、昨日、どうだったんだい?」
「ああ、そうでした。雅亮兄さんに何点か確認したいことが。静から書類は届きましたか?」
「細家の宴の参加者一覧なら届いたよ」
「それです」
確認したいこと、一つ目。宴の参加者のうち、戸部に勤めている官吏は、全て地方出身者であるのか。二つ目、最近のその官吏たちの動向。特に、休憩時間をどう過ごしているのか。雅亮兄さんは多忙で、基本的に戸部から出ることがないのは分かっているので、休憩時間に外に出ているかだけでいい。
「後は、紛失書類について。戸部で何か噂を聞きましたか?昨日の朝議以降の時間で」
「意外と、確認事項が多いね……」
「すみません」
構わないよ、と雅亮兄さんは笑って質問に答え始めた。一つ目、参加していた戸部の官吏は全部で三人。二人は地方の中でもかなり国境近くの出身で、官吏の為の寄宿舎で生活している。残りの一人は中央の出身だが、貴族に伝手はなく病気の母親と二人で暮らしているらしい。
「……おおよそ、予想通りですね」
「では、次に」
二つ目、最近の三人の官吏の動向。この三人は、普段から戸部侍郎に書類を持って行く機会も少なく、雅亮兄さんと顔を合わせることが少ない末端官吏だが、最近は輪をかけて姿を見かけないらしい。休憩時間、何度かお茶を飲みに行ったが、机に姿が無かったため、恐らく戸部以外で過ごしているのだろうとのことだ。
「……問題は、何処で過ごしているかですけれど」
「流石に把握していないかな」
「いえ、大丈夫です。戸部にいないということだけでも大きな手掛かりです」
三つ目、昨日の朝議以降の、紛失書類の噂。それについては、知らないとのことだった。朝議以降、特に秘書省の官吏が戸部に訪れることもなく、通常通りの業務を行っていたようだ。と、なると、噂の出所は戸部ではないだろう。
「……わかりました。ありがとうございます」
「朝議の後、何かあった?」
「書類の半分が見つかりました」
「紛失書類の?」
「はい」
簡単に昨日の夕方のことを説明する。御史台が動くという噂が流れていたこと、兵部に貸し出したわけではない書類が大量に発見されたこと。その噂が、昼の休憩時間に広まっていたこと。
「だからあんな質問をしたのか」
「はい。ですが、やはり出所は六部ではなさそうですね……」
「今の時期、戸部以外でも午前中から噂を吹聴するような暇はないよ」
そんな暇な高官がいるなら、是非ともお目にかかりたいものだね。と雅亮兄さんが昨日の王さんと同じようなことを言うので笑ってしまった。
「それで、朝から慌てもせずに私と話をしているんだ。犯人の目星は付いているんだろう?」
「ある程度は。それで、雅亮兄さん」
「何?」
「黎明の手紙に、気になることが書いてあったんです。これ、お願いできますか?」
流し読みしていた黎明の謝罪文に書かれた文章を指さす。
『纏足の妃嬪って、あんまり実家にお金がないと思ってたんだけど、今回の花見会で一発逆転狙ってるのか、無駄に珍しい装飾品と化粧してるんだよね。最近、輸入物が値下がりしたとかあるの?』
その文章をみて、雅亮兄さんは目を見開いた。そして、いつもより一段と綺麗な笑顔で、私に微笑みかけた。
「任せておくれ」
どうやら、思い当たる節があったようだ。もし、不正にお金が流れていたら、出納金の管理を任されている戸部として見逃せない事態である。これでお金のことは雅亮兄さんに任せ、私は書類の方に専念できそうである。
雅亮兄さんと別れ、秘書省、入り口付近。本来ならば扉まで何もない道なのだが、本日は様子が違った。十数歩先の地点で右往左往している王さんに声をかける。
「おはようございます、王さん」
「魄啾殿。おはようございます」
「これは何事ですか?」
「私にもわかりません。出仕してきたらこのような状況で……」
王さんの足元から、秘書省の扉までの、およそ五歩分の距離。その間には、私たちの膝ほどの高さまで、書類が積まれていた。ご丁寧に重石が置かれており、風で飛ばないようにしてある。
「……昨年度以前の予算案ですね」
「ええ」
一番上の書類に目を通す。かなり前の礼部の予算案だ。この年は確か、先帝陛下の5回忌か何かで、祠部司の出費が多かった年だ。今上陛下の御世になってから、礼部に割り振られた金額が一番多い年のはず。
「昨日、兵部から見つかったものと同じ位の量ですね」
「そうですね」
「……返却、でしょうか」
「でしょうね。ただ、このやり方は、いただけませんね」
一応、床に直接置いて汚さないように、布が敷かれていることに気付いた。が、そういう問題ではない。正式な返却手続きをしてもらえないと此方としては困るのだ。
「昨日に引き続き、何故今になって返却を……」
「流石に、御史台という言葉は恐ろしかったのでは?」
「まだ可能性が示唆されただけでしょう」
「叩けば叩く程埃の出る高官からすると、目をつけられた時点で破滅に直結するのでしょうね」
それにしても、これだけの量を急に返されると、誰かが書類を貯めていたことを白状しているようなものだ。犯人の計画性のなさに呆れそうだ。事件解決への行動も必要だが、今対処すべきは、この書類の山だろう。
「……どうします?このままだと、仕事に取り掛かれませんが」
「扉は外開きですからね」
緊急時のことを考え、朝廷の扉は外開きになっている。つまり、扉に沿うように書類を置いている今、扉を開けることは不可能なのである。
「それに、書類の状態確認も必要です」
「全て陰干しの必要があるかもしれませんね」
雨が降り始めると全て駄目になってしまうし、置かれた時間によっては湿気てしまっているだろう。他の官吏が早く出仕することを祈りつつ、まずはここから、と目の前の山に手をかけた。
次回更新は6月21日17時予定です。




