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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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兵部の書類

躳家の次男、麗孝。

魄啾より一つ年下の兵部官吏。

兵站の担当なので武官と関わる機会が多く、何かと世話焼き。

魄啾の多忙を心配しているが、ここ数年まともに顔を合わせたことがない。



 書類が見つかったとの報告を受け、長官は情報整理のために秘書省に留まり、王さんは紛失書類の一覧との照会作業、私は兵部で聞き取り調査だ。理由は簡単、私が一番瞬間記憶力がいいから。

「取り敢えず、貴方達は書類を秘書省に持ち帰ってください」

「わかりました」

 報告を持ち帰った部下と、数人を連れて兵部の扉を叩く。扉を開けると、顔を青くした兵部官吏が三人並んでいた。どうやら、この三人の机から書類が発見されたらしい。

「秘書省から参りました、蘭台侍郎の喰魄啾と申します」

「兵部官吏、和と申します」

「明と申します」

「台と申します……」

 三人がそれぞれ名乗る。全員、兵部の中でも一番下、しかも地方出身で特に親族はいない平民出身だ。顔色は青を通り過ぎで白くなり始めている。

「先ずは経緯を説明していただけますか?」

 殆ど、というか、兵部には全く書類を貸し出していないのである。だというのに、兵部から書類が発見された時点で不思議しかない。

「はい……。私は、明官吏と台官吏と共に、最近辞職した武官に関係する書類を整理していました」

「武官の人事の問題が多く、辞職者の個人情報を管理するだけで大変で……」

「本日も通常業務時間内に終わらず、三人で残って仕事をしていました」

 兵部が担当するのは、武官の人事、兵器、兵站、軍政などである。この三人は武官の人事の担当らしい。最近は辞職者が多く、ただでさえ異動の時期が近いので日々忙殺されているようだ。

 躳家の次男、麗孝は物資の配給や整備などを担当する兵站部門なので既に帰宅したようだ。中々顔を合わせる機会がない。

「それで、取り敢えず先月迄の辞職者分の書類整理が終わったので、今日はもう帰ろうという話をしていたんですが……」

「書棚から自分達の机に戻ると、何故か大量に書類が置いてありました」

「また辞職願いか、武官募集願いかと思って見ると、全く心当たりのない過去の予算案が大量に置かれていて、慌てて通りかかった秘書省の官吏を呼び止めました」

 そして、呼び止められた官吏が確認した結果、秘書省から貸し出され、紛失していた書類であることが判明。秘書省に急いで知らせが走り、今に至るという訳だ。

「書類に関しては、現在秘書省に持ち帰り確認作業中ですが、恐らく紛失していた過去の予算案で間違いないと思われます」

「そうですよね……」

「予算案、って書いてありましたもんね……」

 和官吏と明官吏が遠い目をした。どう考えても疑われる要素しかない状況に絶望しているようだ。現実逃避しても疑いは晴れないが、気持ちはわからなくもないので暫く放っておくことにする。

「あの、喰蘭台侍郎、質問が……」

「何でしょうか」

 ただ一人、台官吏は上手く現実から逃げることが出来なかったらしく、涙目で質問をしてきた。

「私達、御史台に、取り調べを、受けるのでしょうか?」

 その言葉に、遠い目をしていた二人が体を硬直させた。御史台。監察機関であり、司法機関の一つ。官吏の糾察、弾劾、綱紀粛正が仕事である。基本的にお世話になることはないが、お世話になる時は人生終了していることが多い。

「きょ、今日の、朝議で、御史台が、動くかもしれないって、聞いたんですけど……」

「そ、それ、流石に、噂じゃないのか?」

「でも、本当なら、俺たち、かなり不味い状況なんじゃ……」

 三人は怯えながら私の方を見た。今日の朝議で御史台の名前が出されたのは事実だ。しかし、末端まで情報が伝わるまでがやけに早い。

 秘書省は関係部署なので朝議後すぐに長官から全員に通達があったが、他の部署では行われていない筈だ。現に、明官吏は噂だと口にしている。

「さ、喰蘭台侍郎は朝議にも参加されていますよね。実際、どうだったんですか?」

 恐る恐る此方の様子を窺いながら聞いてくる三人に、どこまで話していいものか、と思案する。

 既に此処から書類が見つかっているのだから、書類の紛失については隠す必要はない。より情報を提供してもらうためにも、情報は伝えた方がいいだろう。

「秘書省から貸し出した書類が紛失している件が問題視されていることは事実です。このまま解決しなければ、御史台が動く可能性が本日の朝議で示唆されました」

 事実のみ伝えると、三人は暗い面持ちになった。

「やっぱり……」

「噂は本当だったんだ……」

「噂はどこで聞いたのですか?」

 朝議に出席できる官吏は限られている。朝廷百官、つまり偉い方から百人が参加するのだ。そして、官位が高いと必然的に仕事は多くなる。噂を流す暇なんて早々ない筈なのだ。真面目に仕事をしているなら、だが。

「……休憩時間、他の部署の奴から聞いたんです」

「同期の、吏部と、礼部の奴と集まっていました」

「多分、言い出したのは……礼部の奴。そいつも、他の人から聞いた筈」

 情報の出所の特定までは出来そうにない。が、情報が広まっていった時間がある程度わかれば候補は絞れるだろう。

「休憩は何時頃?」

「普通の昼休憩の奴らと入れ替わりです」

 つまり、午前から正午までの間には噂が広まっていた訳だ。六部は各部署の場所が近い。一つの部署に話が広まれば、後は早い。

「……噂で何を聞いたかわかりませんが、まだ御史台は動いていません。貴方達の協力次第で、穏便に事を済ませられます」

 重要なのは、いつ、誰が、何故、どうやって、書類を兵部に置きに来たのか、である。

 出来る限り柔和な笑みを浮かべれば、安心したように三人は目を見合わせ、我先にと思い浮かぶ事柄を口に出す。

 一つ一つ、関連性のある話を結びつけながら。その話を記憶していった。


 聞き取り調査が終了し、三人の官吏に協力の約束を取り付けて秘書省に戻る。既に外は真っ暗だ。最近こういうことばかりだな、と思わずため息が出る。

「聞き取り調査、終了しました」

「お疲れ様です、魄啾殿。此方も書類の確認が終了したところです」

 貸し出し書類の半分なので、かなりの量があった筈だが、もう終わったらしい。その代償に、殆どの秘書官が机に伏しているけれど。

「何か手掛かりはありましたか?」

「手掛かりと言っていいかはわかりませんが、彼等は書類の内容を全く把握していないことはわかりましたよ」

「そうですか。此方で確認した結果、兵部に関係する書類はありませんでしたので、辻褄は合いますね」

 はい、どうぞ。と一覧表を手渡される。ざっと目を通した限り、書類は国試や後宮行事など例年同じような予算になるものばかり。兵部とは微塵も関係していないものだ。

「朝議で状況が激変したことに焦り、慌てて適当な相手に責任を押し付けようとした、といった所ですかね」

「恐らくそうでしょう。ただ、何故兵部に押し付けたんでしょうね。もう少し関連のある部署に押し付けたのなら、書類が必要だったとか管理が甘かったとか言い訳できたでしょうに」

 王さんと、机に伏している部下達にお茶を配りながら話す。確かに、例えば戸部が書類を溜めていたとしても、正式な予算と混ざって片付けてしまっていた、とか適当な理由をつけられそうだ。雅亮兄さんがそんな怠慢を許すかは別として。

「後は、朝議の内容を広めた誰かを特定すれば、大方解決しそうです」

「そうですか。それはそれは、暇な高官もいたものですね」

 にこにこと、王さんと軽い口調で話す。定時に帰って奥さんとゆっくりする予定を壊されて御立腹のようだ。明日の朝には噂を広めた犯人を突き止めていそうである。

「喰君、王君、そろそろ帰ろうか。他の子達も限界みたいだ」

「魄啾殿は声掛けを。戸締りを見てきます」

「わかりました」

 張さんがそう言い、今日はお開きとなった。早く解決させないと、と疲れ果てて眠っている部下を起こしつつ、決意を新たにした。

次回更新は6月14日17時予定です。

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