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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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似顔絵と記録

魄啾はかなり頻繁に皇帝陛下に呼び出されます。

詳しい内容については長官である張さんも、同僚である王さんも知りません。

しかし、張さんは陛下の頼み事について薄々察している為、業務上支障が出ない様に気を遣ってくれています。

 さて、今頃、黎明は指示書を読んでくれただろうか。今回、壁飾りを破壊して、陛下から面倒事を押し付けられたことを学習して矢文をやめてくれるといいのだが。

「ようやく、秘書省に戻れる……」

 朝議の後、かなりの時間が経っている。既に張さんも王さんも仕事に戻っているだろう。躳家に送るよう静に頼んだ書類が届いていたら、雅亮兄さんからの伝言もあるかも。

「やることしかない……」

 最も急ぐべき事は何だろうか。廊下の端に立ち止まり、頭の中を整理する。緊急性が高いのは、矢張り先程の林檎を準備した側仕えのことを報告するか。となると、一度陛下の所に寄らないといけないか。

「となると」

 来た道を少し引き返さなければいけない。動こうとした瞬間、自分の足から少し離れた場所に、どす、という音を立てて何かが突き刺さった。

「……黎明」

 はあ、とため息が思わず漏れる。飛んできたのは朱色の矢。何故か大量に紙が括り付けられている。大方、自分が頼まれていた仕事が終わっていないことを思い出して、大急ぎで片付けたのだろう。

「名前だけ送ってくれたらよかったのに」

 何枚もの紙が括り付けられているという事は、名前が書いてあるわけではなく、当日見た女性の似顔絵が描かれているのだろう。黎明は人の名前を覚えるのが苦手だ、というか、顔の特徴だけで名前と結びつけることはできない。

「いい加減、少しは覚えてほしいけど」

 言っても、本人に覚える気がないのだから仕方がない。取り敢えず、壁に矢を放つと面倒なことになる、という事は覚えたようなのでまだ成長したと思った方がいいだろう。床も、場所によっては修繕の必要が発生するので控えてほしいけれど。

「……人数が足りない気が」

 矢を引き抜き、紙を回収する。予想通りそこには似顔絵が所狭しと並べられていた。が、紙の枚数と、一枚に描かれている人数。そして当日見た舞手の数を考えると、どう見ても足りない。

「まさか」

 咄嗟に避けようとして、辞めた。黎明の弓の腕前からすると、大量に紙を括り付けて空気の抵抗が増していることも計算して矢を射るはずだ。下手に動いた方が矢が当たる可能性がある。その場で足を止め、上半身もできる限り動かない様に意識して立っていると、ひゅん、と風を切る音が二つ、三つと聞こえてきた。

「……全部で五本、か」

 結局、音が止むまでに、四本の矢が新たに飛んできた。一本目は先程抜いた矢が刺さっていた場所と全く同じ場所に、二本目は刺さっている矢の一番後ろ、矢筈と呼ばれる場所に刺さる。

「この器用さを別のことにも活かしてほしいな……」

 風があっても狙い通りの位置に矢を放つことはできるのだ。脳内で空気の流れや、距離の計算は出来ている筈。その能力を、人脈の方に活かしてほしい。具体的に言えば、誰に頼めば一番早く届けてもらえるのか、とかを考えてほしい。

「完全に不審者の装いだな……」

 この辺りは、人通りが少ないので良いのだが、林檎と矢を持った文官なんて、朝廷の中に他にいない気がする。いたら嫌だ。誰にも会いませんように、と祈りながら皇帝陛下の元へと歩くのだった。


 本日何度目かの国王陛下への謁見は問題なく終わり、何かが仕込まれている林檎と、5本の朱塗りの矢を押し付けて秘書省へと戻る。既に時間が経ちすぎており、何人かは帰っていてもおかしくはない時間だ。

「戻りました……」

 自分の机に山積みになっているであろう書類のことを考えると、若干気が重くなる。とはいえ、今日中に終わらせなければ周囲にも迷惑が掛かる。諦めて秘書省の扉を開き、恐る恐る自分の机を見る。

「……書類が、ない」

「よく見てください、あります」

「あ、いえ、想像以上に少なくて」

 机の上には、書類の束が2つくらい置いてあった。分けて置いてある束を見ると、半分は王さんの確認済みで、署名をするだけの状態になっていた。残り半分は私が個人で行っている仕事なので、一人で頑張るしかない。

「王さん……、ありがとうございます」

「中々戻ってこなかったので、どちらが確認してもいい書類だけは済ませました」

「助かりました……」

 感動していると、良いから早く署名をください、とぶっきらぼうに言われた。一応、書類の内容を軽く見ながら署名をしていると、王さんがお茶を机に置いてくれる。至れり尽くせりである。

「陛下からの仕事があったのでしょう。話は聞いています」

「あ、報告があったんですか?」

「ええ。側仕えの一人が来ました」

 曰く、暫く喰官吏は戻ってこないが気にせずに仕事をしてくれ、と。途中の説明を省き過ぎである。最悪の場合、陛下の権力を使って仕事を怠けていると思われてしまうではないか。恐らく、伝えたのは私に果物の加護を渡した側仕えだろう。随分と嫌われているようだ。

「詳しい説明がないので戸惑いましたが、貴方は陛下に呼び出されることも多いので」

「確かに、陛下からの用事をしていましたが……」

「ですから、特に詮索はしません。が、これだけは今日中に終わらせてください」

「はい」

 職場内の信頼関係は大切である。この書類の量なら、何とか終業時間ギリギリには終わりそうだ。何事もなければ、という前提はあるけれど。既に今日は色々と事件が起こりすぎているので、これ以上はないと思いたい。

「……王さん、終わりました」

「お疲れ様です。では、お先に……」

 帰らせていただきますね、と王さんが言おうとした瞬間のことである。勢いよく扉が開き、慌てた様子の部下が部屋に入ってくる。

「ちょ、長官!」

「落ち着いて」

「何事ですか」

 真っ直ぐ張さんの方に走っていこうとする部下を止め、一度落ち着かせる。王さんが柔らかい口調で何があったのか尋ねると、部下は息を切らしながら答えた。

「ふ、紛失していた書類が、見つかり、ました!」

「「「「何処で!?」」」」

 報告の声が大きかったため、発言内容は秘書省中に聞こえていたようだ。聞こえたほぼ全員が勢いよく聞き返す。ずっと、書類を探していたのである。今日の朝議で秘書省の状況について報告したことと、御史台が動く可能性が仄めかされたとはいえ、急すぎるのではないか。

「ひょ、兵部、です!」

「え?」

「兵部?」

 何で、と思ったのは、恐らく私だけではない。その理由は単純で、兵部は、最も過去の書類を借りに来ない部署なのである。兵部はその名の通り、軍事系の部署だ。軍事費用は、戦の有無で大きく変わり、また、周辺諸国との関係でも変わるため、前年度の予算が一番役に立たない部署だ。

「……部署は兎も角、紛失していた書類のうち、どれが見つかった?」

「それが……」

「別に、1枚でも戻って来るに越したことはないから、気にせず報告して」

 見つかった書類が少なかったのに大袈裟に言ったため、言いにくいのだろうと思い声を掛ける。が、首を細かく横に振りながら、違うんです、と部下は繰り返し言う。

「どういうこと?」

「紛失していた書類のうち、約半数が、兵部から見つかったんです」

 今度は、聞いていた全員が絶句した。何でそうなった、誰もがそう思った。


次回更新は6月7日17時予定です。

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