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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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見舞いの付添

皇帝陛下は常に人材不足に悩んでいます。

かといって、下手に登用するわけにもいかないので、中々人は増えません。

よって、基本的に魄啾は常に多忙です。

 黎明に渡す指示書。やるべきことを期限順に書き記したもの。黎明は頭が悪い訳ではないのだが、一度に大量の情報を入れても必要最低限の部分しか拾わない。そして、その最低限の基準は本人の基準であるため、公式文書としては使えないことが多い。

「完成……」

「それは良かったな」

 書き終えた指示書を確認し、一息つく。すると、真後ろから声を掛けられ、悲鳴が喉まで出かかった。大袈裟に動く心臓を落ち着かせながら振り向くと、紫色の髪が目に入る。

「……釖吏部侍郎」

「また会ったな」

「そうですね」

 右手に持っている書簡を渡されたので、中身を少し確認してから受け取る。確かに、前回吏部にお邪魔した時に、また、とは言われていたものの、こんなに早く機会が巡ってくるとは思ってもいなかった。基本的に関わり合いのない部署なので。

「それにしても、書記の仕事をしてるんだな。人手不足か?」

「人材不足に関しては、吏部の方が把握していらっしゃるでしょう……」

「まあそうだな。でないと、皇帝陛下直々に吏部侍郎にお使いなんて頼まれない」

 正論だ。吏部侍郎は官吏の中では位が高いとはいえ、皇帝陛下と直接かかわるような事はまずない。間に挟むべき人員を飛ばして直接側仕えから話が行くほどに、現在の朝廷に陛下の駒は少ないという事だ。

「言っておくが、俺が声を掛けられたのは今回が初めてだ」

「どういう……」

「お陰様で使い走りの仲間入りだ。これから関わりも増えるだろう。仲良くしてくれ」

 つまり、今回、陛下が私に聞いた、吏部に知り合いはいないのかという質問。そこで名前を挙げたことにより、陛下の手駒候補に入ったという事だろう。暫くすれば、候補の文字は外れるだろうけれど。

「……よろしくお願いします」

「ああ。よろしく」

 また、と手を軽く振って、釖侍郎は部屋から出ていった。そういえば、後宮人事は変更が少ないとはいえ、この短時間に資料を準備するのは難しいだろう。一人でどうやって、と思い貰った書簡を開く。

「……呼延官吏、ごめん」

 書簡と一緒に渡された、どの書簡に何が記述してあるかを記した紙。その紙に書かれている文字を見ると、二人で分担して書かれていることが分かる。間違いなく呼延官吏だろう。

「でも、これで黎明の要望には応えられそう」

 今年度だけではなく、前年度以前の後宮人事と、人事を担当した官吏の名前が記されている書簡を胸に抱え、呟いた。


 釖侍郎が退出してから暫く。応接室の外から鎧の音が聞こえてきた。状況から考えると、朱将軍が到着したのだろう。側仕えが扉の横に待機したことを確認して、私も椅子から降りて上官に対する礼を取る。

「すみません、お待たせしましたか?」

 入ってきたその人は、物凄く爽やかに言った。予想外の発言にどうしていいかわからない。取り敢えず、姿勢は崩さない方がいいだろう。

「いえ、お気になさらず……」

「あ、頭を上げてください。付添の人ですよね?」

「はい。喰魄啾と申します」

 言われた通りに顔を上げると、笑顔の朱将軍と目が合う。少し赤みのある、武官らしく邪魔にならない様に整えられている髪。真ん丸な目。好青年という言葉を体現したような人である。

「朱颯懍(そんりぇん)です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 では行きましょうか、と朱将軍はすぐに扉の方に移動する。陛下から既にある程度の事情は伝えられているのだろうか。打ち合わせをしてから向かうものだと思っていたので、頭の中で予定を変更しつつ、書簡と黎明への指示書を持つ。

「魄啾様」

「はい」

 扉から出る直前、側仕えの一人に籠を渡される。中に入っているのは果物だ。一応、お見舞いという名目で向かうので、見舞い品くらい持って行け、という事だろう。

「あの……」

 入り口付近で立ち止まってしまっていたので、先を歩いていた朱将軍が気にして戻って来た。すみません、と頭を下げ、すぐに移動を開始する。朱将軍が歩くたびに金属のこすれる音がする。

「…………あの、どうかなさいましたか?」

 暫く無言で歩いていたのだが、時折感じる視線に耐えかねて尋ねると、朱将軍が表情を明るくする。何か言いたいことがあったようだ。

「何とお呼びすればいいですか?」

「……お好きなようにしてください」

 官位が上なのは将軍の方である。何と呼ぼうが、相手を貶すような意図が無ければ問題にはならない。一応、確認してくれるのは良い人だからだろう。

「では、魄啾殿」

「はい」

「あ、魄啾殿も是非、颯懍と呼んでください」

 言われてから、固まった。も、とは何だろう。相手は将軍、格上である。それに対して名前を呼べと。良くて閣下、位だろう。

「朱将軍、流石にそれは……」

「妹の見舞いに付き添っていただく立場なのは此方ですし、畏まられると気になってしまいます」

「閣下」

「年も同じくらいですし、家格は魄啾殿の方が上ですよね」

 笑顔のまま、呼び方を変えることを求めてくる。こういう手合いは自分の意見を曲げない。そういえば、朱家は約束を破らないということと、変なところで拘りがあるという特徴があったな、と思い出す。

「……颯懍様」

「呼び捨ててくださっても構いませんよ?」

「颯懍殿。……これ以上はご容赦ください」

「今回はそれで妥協しましょう」

 妥協したのは此方である。しかし、彼の目は本気だ。次回以降も隙あらば名前で呼ばせようとしてくるだろう。公的な場で合わないことを祈るしかない。暫くの沈黙の後、先に口を開いたのは相手の方だった。

「それにしても、妹の体調が急に悪くなったと聞いた時は驚きました」

「……朱修容様の容態は、安定はしていると聞いています」

 陛下の都合でついさっき体調不良という事になっているので、体調不良の兆しが無くて当然である。今頃、必死で体調不良だという体裁を整えているだろう。

「見舞いに行くために、陛下から休暇も頂いて、見舞いの品や後宮への立ち入りの準備もして頂いて。不安なら付添も付けてくださるとのことで、本当に感謝しているんです」

「そう、ですか……」

 もしかして、本気で体調不良を信じているのだろうか。今迄の会話からすると、目の前の人物は本当に将軍職なのか疑いたいくらい爽やかな人物である。他人に対して壁を作らず、対等であろうとする、好青年である。

「陛下って、本当にお優しいですね!」

「……そう、です、ね」

 そう、ですかね。喉まで出ていた「か」という言葉を必死に押しとどめ、何とか笑顔で返事をする。そして、確信した。朱将軍は、陛下の信用できる人材の一人ではあるが、多分、事情説明なしに指示だけ伝えておけばいい、と思われている。

「勿論、魄啾殿にも感謝していますよ。陛下が妹の体調についての報告を聞いた際、付添に志願してくださったんでしょう?」

「……えぇ」

 最初から好感度が高かった理由はそれか。つまり、今回の件で、朱将軍からの信頼を勝ち取り、今後も何かあれば伝手として使えるようにしておけ、という事か。

「本当に、陛下は、素晴らしい性格をしていらっしゃる……」

「そうですよね!魄啾殿、これから、一緒に陛下の為に働きましょう!」

 身内が失態を犯したとはいえ、色々押し付け過ぎでは。私は本来、政治に関わる人間でもない筈なのに。そう思いつつ、眩しい程の笑顔を向けられながら、後宮へと重たい足を動かすのだった。


次回更新は5月17日17時予定です。

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