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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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矢文の代償

黎明は桃が好物ですが、伯璃は柘榴が好きです。

ただ、伯璃は出されない限り積極的に食べ物を食べないので、大抵は雅亮が差し入れたものを食べています。

 自分の真横、開かなかった方の扉に深々と突き刺さった朱塗りの矢を見て頭が痛くなる。確認すると、丁度、装飾の中でも、意匠を凝らして作られた瑞獣、獬豸(かいち)の顔に直撃している。

「……意味合い的には、まだ許されるかな」

 獬豸は優れた裁判官が生まれると姿を現す、とされている。皇帝陛下には関係がないので謝れば許してもらえるだろうか。そもそも、陛下が休んでいた場所の近くに弓を放った時点で首と胴体が離れ離れになるかもしれないが、その辺りは四家の権力を使って何とかしてほしい所である。

「魄啾、何の音だ?」

 奥の方で座っていた陛下が不思議そうに声を掛けてきた。急いで矢が放たれてきた方向を見る。矢が曲がるほどの風は吹いていないので、直線的に飛んできたと判断する。見えないけれど、黎明は着弾したか確認するまで狙撃した場所から離れないので、まだいる筈だ。

「『ちょっと待ってて』」

 その場で待っていて、という意味ではなく、後で後宮に行くので門の近くに待機しておいてほしい、という意味である。流石に後宮には入れないし、屋根の上で集合なんてできない。多分見たかな、と判断し、壁の矢を引き抜きながら陛下に返事をする。

「噂をしていた、黎明からの矢文です」

「ああ、頓家の。弓が得意とは知らなかったな」

 矢を引き抜いている所を見て、陛下が言う。中に入れ、と手招きされたので、黎明のことは気に掛かるが指示に従い再び控室に入った。

「それと……、扉が破損しました。従妹に代わり、お詫び申し上げます」

「よい。後ほど頓家に請求を送る」

 寛大な処置に頭を下げる。本来、後宮の女官が弓を持っている時点で追い出されても仕方がないし、知らないとはいえ陛下の控室を狙撃して首が飛んでいないだけで奇跡だ。恐らく、若干の額の上乗せはあるだろうが、修繕費だけで許して貰えて幸運だ。

「それで、中には何と?」

 陛下が早く開け、と急かす。恐らく、私が返事をするついでに後宮に陛下から黎明への指示書も届けて来い、という事だろう。面倒事を頼まれるだろうな、と思いつつ文を開く。

「『朝廷側から、後宮関連の人事について情報頂戴。特に花見会あたり。かしこ』」

「ふむ、独特な文章だな」

「……はい」

 相変わらずの、丁寧さとはかけ離れた文章である。陛下は物珍しそうにしているけれど、此方は情報漏洩などの罪に問われないか心配である。花見会、というのは後宮の催しで、花見と一緒に女性たちが舞ったり詩を読んだりして、自身の才覚を示す機会だったか。

「そろそろ花見会の時期ではあるが、さて、何が気になっているのか」

「陛下、目が輝いております」

「異母姉達も花見会は楽しみにしていたからな」

 答えになっていないようで、答えである。黎明は花見会の情報が欲しい、陛下は花見会にも参加する、細家を始めとした先帝陛下の権力を笠に着ている女性たちの影響を減らしたい、私は細中書侍郎が行ったであろう書類の行方不明事件を解決したい。利害が完全に一致しているのである。

「……陛下、私は、重要な書簡を届けるような役は」

「なんだ、剣はもっていないのか」

「私は文官ですが?」

 正式文書を運ぶ際には、使者の格式も大事である。というのもあるが、今回に関しては、既に後宮がどうなっているのかわからないので、不穏な動きをした時点で斬られる可能性があるので自衛手段無しに向かうのは危険だという事だ。

「……これを使うか?」

「あまり得意ではありませんので……」

 剣は得意でない上に、皇帝陛下が身に着けていた剣を、武官でもないのに下賜されたら恨みを買うこと間違いなしである。評価してくれているのは嬉しいのだが、もう少し信頼できる人材を増やしてほしいと心の底から思う。

「ならば、腕のたつ武官も付ければ問題なかろう」

「後宮に出入りできる武官は、早々いないと思うのですが……」

 後宮に出入りできる男性となると、一番下でも出世頭で陛下の信も厚い人物且つ、後宮に身内がいる人物。一番上は言わずもがな、後宮の主である皇帝陛下である。

「丁度良く、修容を妹に持つ将軍がいるからな」

「……朱、将軍、でしたか。歴代最年少記録と同年齢で将軍職に就いた」

 陛下から与えられた情報から、該当する人物を脳内に思い浮かべる。将軍、という時点で四人に絞られるので難しくはないが、陛下の口から出たのはその中で最も目立つ人物だ。若く、しかし部下から信頼されている人だと聞いている。

「そうだ。腕も立つ、後宮にも入れる。丁度いいだろう」

「そのような方に、一介の文官の護衛をさせるつもりですか……?」

「まあ、少し官位の差はあるが、問題なかろう」

 武官の方の上下関係を正確に把握している訳ではないが、現在、将軍位を貰っている四人は全て私より官位が上の筈である。格下の護衛なんて嫌がる可能性もあるのではないだろうか。そう思う私をよそに陛下は側仕えの一人に命じて将軍を呼びに行かせた。

「朱将軍が到着したら、すぐに後宮に向かってもらう。先触れは出しておこう」

「……畏まりました」

「表向きは、朱修容への見舞いという事にしておくか」

 健康な人間を勝手に病人にしていいのだろうか。そうでもしないと入れないので、仕方がないのだけど。病気なら肉親が見舞いに行って、陛下から体調を気遣う文書が送られても自然なのだろう。

「先に文を預けて置く」

「はい」

「ああ、吏部から情報を貰う必要があるのだったな」

 知り合いはいるのか、と聞かれる。吏部、吏部で名前と顔がすぐに一致するのは二人しかいない。

「……呼延官吏と、釖侍郎なら」

「なら、釖侍郎の方に後宮人事の書類を届けさせよう」

 釖侍郎も私より官位が上なのですが。そう思ったが口には出さない。陛下は単純に、面倒事をどうやって片付けるかしか考えていない。私が協力しない、という発想がそもそもないのである。それもこれも先帝陛下の所為なのだが、今考えても仕方がない。

「準備はこれくらいか。魄啾、他に問題はあるか?」

「一度、秘書省の方に戻ったほうがよろしいですか?」

「必要ない。他は?」

「ご報告は何時までにすれば宜しいですか?」

「そうだな、頓家の方から今後の方針について報告書を、明日中に送るように」

「畏まりました」

 頭を下げると、陛下は一度頷いて控室から出ていった。将軍や釖侍郎と顔を合わせるつもりはないらしい。事情説明は側仕えがある程度してくれていると思うが、大丈夫だろうか。位置関係を考えると、先に到着するのは釖侍郎の方かな。

「……取り敢えず、黎明に渡す指示書を清書しておいた方がいいかな」

 清書というか、黎明は難しい言葉が並んでいると読むこと、理解することを放棄するので優しい言葉で簡潔に、箇条書きにする必要があるのだ。調べること、渡す情報、陛下への報告期限と文書の書式の説明。必要事項を並べ、紙に書きこむ作業を開始した。


次回更新は5月10日17時予定です。

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