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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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緊急の朝議

魄啾の持ち物は、全て一つの箱に纏められています。

箱は二重底のようになっており、上の段に紙、下の段に筆や硯を入れています。

 宴から一晩。胃もたれも二日酔いもなく、快適な朝である。少々睡眠時間が足りていない気もするが、仕事の山を見れば眠気も吹き飛ぶだろう。

「各部の書類の行方を捜索して、時間があれば吏部か……」

 自身の問題は勿論、黎明に頼みごとをした分、頼まれたことは達成しておかないといけない。そういえば、昨日の宴の参加者一覧を雅亮兄さんに送らないといけない。

「静、いる?」

「おはようございます、主様。どうされました?」

「今日の夕方までにこれを躳家にお願いします」

 畏まりました、とお辞儀をして静が懐に手紙をしまう。後で届けておいてくれるだろう。それにしても、昨日は随分と遅い時間まで宴を行っていた。途中で帰ってきたから起きられたが、他の人は今日出仕できるのだろうか。

「行こう……」

 他人の心配をしている場合ではない。軽い朝食を済ませ、朝廷までの道をゆっくりと歩き始めた。


 朝廷に到着してすぐ。既に仕事を始めていた長官である張さんに声を掛けられた。同じく声を掛けられたのか、王さんもいる。

「今日の朝議は二人も参加してください。喰君はいつも通り書記官として帝の傍に、王君は侍郎として私の隣に控えてください」

「「はい」」

 朝議、というのは朝廷で行われる評議のことである。大抵は特に位の高い官吏のみで行われるが、重要な議題の時はいつもより多くの官吏が参加することがある。普段は私達、蘭台侍郎は参加しないが、今回は重要な議題なのだろう。

「朝議の時間はいつも通りです。早速準備を始めてください」

 張さんに言われ、王さんは資料の準備を、私は筆記用具の準備を始める。持って行くのは簡易的な硯と雅亮兄さんから貰った筆、後は既に磨ってある墨だ。

「本当はもっと下の官位の仕事だけど……」

 秘書省というだけあって、書記は私達の部署が担当する。が、殆どは筆匠などの一番下っ端が行うのである。ただ、重要な会議では発言内容だけでなく、発言者や同意した人物なども全て記録する為、ある程度のコツが必要になる。

 顔と名前を一致させつつ、発言内容も忘れないように書き込んでいくには記憶力は当然、速筆と字の丁寧さが求められる。私はこの能力を買われて朝廷に入っているので、書記官の仕事を断るわけにはいかないのだ。

「それにしても、この時期に大規模な朝議を行うのは珍しいですね。魄啾殿もそう思いませんか?」

「ええ。次に呼ばれるのは予算案の決定の時期なので、人事異動が終わってからかと思っていました」

「何でも、緊急の議題があるそうです。二人とも、準備ができたなら向かいましょう」

 資料を片手に抱えた王さんに話しかけられたので、道具を小さな箱に入れながら返事をした。張さんの様子からして、詳しい内容は聞かされていないのだろう。開催時期に違和感はあるものの、仕事は仕事。すぐに立ち上がり、二人の後を追う。

「緊急の議題ですから、喰君は内容が多くて大変かもしれないですね」

「確かに、定例会議と違って発言の予想が難しい部分はあると思います」

「私も覚える努力はするよ。魄啾殿には記憶力は劣ると思うけれどね」

 三人で話しながら歩いていく。二人とも年は上だが、とても気さくに話しかけてくれるので一緒に居て心地よい。しかし、暫く歩き、朝議の会場が見えてきたところで私だけ足を止めた。

「……それでは、お二人とも。また後程」

「ええ、また」

 秘書省の官吏として参加する二人は早めに会場に入るが、帝の文官として参加する私は陛下と一緒に会場に入るのだ。

「魄啾、早かったな」

「……陛下」

 会場の横、待機室で暫く待っていると、皇帝陛下が側仕え二人と一緒に入ってきた。すぐに臣下の礼をとると、そんなに畏まらなくていい、と手で示される。

「今日は急に朝議が入ってしまって悪かったな」

「いえ。陛下のお役に立てるのであれば光栄です」

「お前は相変わらず真面目だな」

 陛下はそう言いながら、机に大量の書類を置いて座った。見たところ、公的な文書ではなさそうだ。形式が違う。となると、陛下に送られた私的な文書か。向かい側に座れ、と促され着席する。

「朝議まで少しある。覚えられるか?」

「……覚えます」

 こうやって、内容をあまり口で言わずに書類だけ渡してくる時というのは、大抵は厄介な事案だ。帝の自由は少ない。この書類を持ってくるのも一苦労だっただろう。今の時間に覚えなくては次に見る機会はないかもしれない。すぐに書類に目を落とす。

「……これは」

「今回の議事録作成の前に、ある程度把握しておいた方がいいだろう」

「はい」

 書かれていたのは、今回の朝議の申請者。そして、その人物や周囲の人々の最近の行動記録である。申請者は、細中書侍郎。議題は今年度の予算について。

「この時期にこの規模はおかしいとは思いましたが……」

「議題から考えると、この規模は妥当だろう?」

 朝議の中で一番重要なのは、一年の予算の決定だ。多すぎても少なすぎてもいけない。収入を考えたうえで何に資金を当てるのか、それぞれの部署の意見のすり合わせが重要な為、全ての部署が参加する。

 基本的に調整は戸部が行うが、決定自体は全体で行わなくてはいけない。だが、現状では予算案を許可された部署の方が少ないだろう。

「……私がするべきことは、なんでしょうか。陛下」

「この書類の中で名前が出てきた人物の発言を、別に記録しておいてくれ」

 今の状況下で、予算の決定を早めると、各部署に割り振られる金額が前年を大きく上回る。基本的に、予算額は減らされることを前提に提出している。が、吟味なしに決定するとなると、減らされる予定だった額も支給することになるので、各部署が受け取る金額が増える。

 余ったお金は国庫に返すのだが、人間、手元に大金があると思うと狂うものだ。適当に使ったことにして、横領する人物が必ず出てくる。

「……朝議後、いつまでに」

「今日中に届けてくれ」

「畏まりました」

 今回の件は、その横領の機会を作るために朝議を早めたのではないか、という事だ。そして、陛下が渡した書類に書かれている名前は、予算が余ることで得をする可能性が高い人物ばかり。朝議での態度で誰が企んでいて、どういう繋がりかを把握しておきたい、ということだろう。

「陛下、朝議のお時間です」

「すぐ向かおう。さて、喰蘭台侍郎、準備は良いか?」

「勿論です、陛下」

 外から声が掛けられると、陛下はすぐに椅子から立ち上がった。続いて立ち上がると、側仕えの一人から小さめの紙を束ねたものを渡された。別の記録は此方に、という事だろう。他の道具と一緒に持ち、呼吸を整えた。


 朝議の会場に入った瞬間、他の官吏達が一斉に頭を下げる。私も入り口の横で立ち止まり、陛下が玉座に座るまで頭を下げ続ける。朝議が正式に始まってから、移動して議事録を書き始めるのだ。

「……細中書侍郎、前へ」

 今回の朝議の議題を提案したのは細中書侍郎だ。陛下の側仕えがそう言うと、部署ごとに並んでいた列から細中書侍郎が出てきて、陛下の前に跪いた。陛下から許可が下り、今回の朝議での議題の説明を始める。

「少し早い時期となりますが、予算の審議を行いたいかと思います」

 その瞬間、戸部の方から強い殺気が放たれた。雅亮兄さんだろう。戸部尚書も表情は変わっていないものの、急な発言を快く思っていないことは確かだろう。

「現在、官吏の急な辞職が増えており、除目の後に予算を決めるとなると、大変な苦労が想定されます」

「確かに、そうですな」

 今の同意した人の名前を書いておく。尤もなことを言っている様に聞こえるが、除目という人事異動前に予算を決定すれば、後から変更が増えるだけである。担当の官吏が変われば方針も変わる。

「既に戸部も全ての部署から予算案を受け取っていますので、早速審議を……」

「そうですな」

「では、うちの予算案を……」

 戸部が受け取っている予算案というのは、前年度予算も見ずに作ってある適当な物ばかりで、殆どが突き返されている。そんな出鱈目な予算を承認する官吏はいないだろう、と思っていたのだが、予想以上に同意の声が多い。どうするんだろう、と手は動かしつつ会場を見渡すと、張さんと目が合った。


次回更新は4月26日17時予定です。

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