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双禍の朝廷  作者: 借屍還魂
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宴と美女?

伯璃はとてもよく食べますが、普段はあまり食べません。

理由は簡単で、家訓で『食べ過ぎ禁止』とあるからです。

 細家の宴の会場に到着した。既に始まっているらしい、騒がしい音が聞こえてくる。正直、あまりに五月蠅い席は好きでもないのだが、今回は断れなかったので仕方がないだろう。

「招待状はお持ちですか?」

「はい」

 入り口に近付くと、確認の為に招待状を出すように言われる。他国からの来賓に言ったら確実にその場で退職させられる。招待客の顔は覚えておくものだが、規模の小さい宴なので今回は問題ないのだろうか。

「此方のお席にどうぞ」

 案内に従って、奥の方の席に座る。かなりの上座である。すぐそばに宴の主催者、細家の当主、細中書侍郎が座っている。中書侍郎というのは、その名の通り中書省の二番手。正四品上の身分の高官である。

「喰蘭台侍郎、お待ちしておりました」

「この度はご招待ありがとうございます。細中書侍郎」

 私は蘭台侍郎で従四品だ。つまり、相手の方が位は上なのでそれらしい態度を取っていないといけない。正直、断れない呼びつけ方しておいて、等と思わないこともないけれど。雅亮兄さんに鍛えられた表情筋が真価を発揮するときである。

「どうぞ、お酒でも……」

「ありがとうございます」

 目の前の盃になみなみと酒が注がれていく。お酒はあまり得意ではないのだが、仕方がない。これも付き合いである。一口含むと、喉が熱くなる。かなり度数の高い酒のようだ。

「お酒は普段から?」

「いえ。ですが、苦手という程でもないです」

 早々潰れたりしないので、次の方の接待に行って貰って構いませんよ、と言外に訴える。朝廷内だと私の方が立場は下だが、実際は家の権力もあるので難しい所である。

「……では、食事もお楽しみください」

「ありがとうございます」

 お酒よりは食事の方がいい。普段はあまり食べないけれど、宴となったら他の人と同じくらいは食べないと不自然だろう。一人一つずつくらい、机があるから、大体目の前の料理を食べればいいのだろうか。

「この位なら、食べれるかな……」

 頂きます、と小さく呟いて、食事をはじめる。細中書侍郎は既に他の人に目標を切り替えているようだ。下座の方に座っている地方出身の官吏よりは、上座との間に座っている今から出世するであろう人物に集中的に話しかけているように見える。

「覚えておいた方がいいよね」

 心の中で記憶しておく。後で雅亮兄さんに名前と所属も書いて渡そう。それにしても、下座の方は兎も角、上座側の人たちは話に忙しいのか食事があまり減っていない。私はもう少しで食べ切ってしまいそうだし、食べる速度を調整した方がいいかもしれない。

「それでは、細家自慢の踊り子たちによる、舞を披露いたします」

 進行役の小男が、踊り子たちを引き連れて会場に姿を現した。流石に食べながら見るのは行儀が悪いかな、と思い箸を止める。煌びやかな装飾に身を包んだ女性たちが次々と会場に入ってくる。

「美しいですな……」

「あの娘は……」

「今回は誰の娘が……」

 などと、周りがざわめき立った。恐らく、女性たちにとっては体のいい相手を見つける場でもあるのだろう。重たそうな簪に衣装を着こんでいても、笑顔を振りまきながら上座の方へと歩いてくる。

 そんな中、一つ見知った顔があった。何故ここにいるのだろうか。横を通り過ぎる頃合いを見計らって小声で尋ねる。

「黎明、何してるの?」

「はーちゃん!何してんのっ!?」

 同時に言ってしまった。何をしているのか、とは私の台詞なのだけど。後宮から滅多に出られない筈の女官が、細家という個人的な宴会に舞手として参加していていいのだろうか。それに、服装も他の人に比べて随分と控えめにしてある。折角の可愛い顔が存分に発揮されているとは言い難い。

「出てきてもいいの?」

「いや良くはないけどぉ、というかはーちゃん、今それ置いといて」

「うん?」

 取り敢えず、何か事情があるらしい。変に語尾が伸びるのは何かある時の黎明の癖だ。後から話を聞くとして、今は言いたいことがあるらしいので聞く姿勢を取る。黎明の言葉を待っていると、何故か深呼吸している。そんなに深刻な事なのだろうか。

「何してんの。なんで一台丸々食べてんの何してんの!」

「え?だって、机に置いてあるから……」

 目の前にある料理を食べないと、お前のことは信用できないので食事にも手を付けられるわけがないだろう、と言っているようなものである。なので、どれだけお腹が空いてなくても出された料理は食べること、と教わったのだ。

「過剰演出だよ!普通五分の一も食べないよ!というか頑張っても半分食べれないんだよ普通の人にはさぁ~……正四品は良くやるんだよ……」

 黎明は怒ったようにまくし立ててきた。でも、下座の方は皆食べていたのだけど、と言いたいが、言い訳から入らない方がいいと判断した。

「……そうなの?」

「そうだよ!?」

「……ごめんね、宴とか、呼ばれたことが無かったから」

 黎明の怒り具合からして、結構な失敗をしてしまったようである。素直に謝ると、黎明は特大のため息をついた。幸せが逃げていかなかったら良いけど。というか、そろそろ舞が始まるのではないだろうか。

 今迄は家族だけ、とか極一部の友人内で、という小規模な宴しか参加したことが無かったのが仇となってしまった。従妹に心配をさせるなんて、情けない気持ちが襲ってくる。帰ったら静にも聞いて、宴の招待が他にないか確認してみよう。

「あ」

 黎明が黙っているうちに、舞の演目が始まってしまったようだ。柔らかい旋律が流れ出し、一斉に踊り子たちが動き出す。かなり有名な曲なので、黎明が振付を間違えるとは思わないけれど、私との話に気を取られていたので少し遅れただろうか。

「……流石」

 しかし、幼少期から体に叩きこまれているだけあって、意識はせずとも体は動いていたらしい。黎明は他の子と同時に動き始めていた。手首の角度、指先の開き方、何処からも焦りは感じられない。

「あ、忘れてた」

 どうせ黎明がいるのなら、女子の方の情報収集でも頼もうと思ったのに。恐らく、男性側の招待もそうだろうが、娘の縁談相手探しの場も兼ねていると思う。踊り子たちの実家を把握しておけば、細中書侍郎が影響を与えられる範囲もある程度推測できる。

(れ、い、め、い)

 口だけを動かして、伝わらないかどうか試してみる。目線はあっている。私の記憶が間違っていなければ黎明は読唇術を習得している筈である。

(お願い、ある)

 こちらを見て、少し目を開いたので多分伝わっただろう。返事を貰おうと黎明の口元を注視していると、ゆっくりと口が開いた。周りの人からは見えにくい角度の時に口を動かしているのは流石である。

(な、に?)

(女性、実家、調べて)

 最後に両手を合わせ、お願いします、の意を伝える。黎明ならきっとできる。ついでに雅亮兄さんの所に送っておいてもらえると大変助かる。

(だ、れ、の?)

 困惑したような目でこっちを見てきた。そうか、女性だけだと、誰なのかわからなかったようだ。そもそも、黎明が普段関わる人間の半数以上は女性だった。私は使用人以外の女性見るのは久しぶりだけど。朝廷は男しかいないから、感覚が麻痺していた。

(踊り子)

 伝えると、黎明はちらり、とどこかを見た。視線の先を追っていくと、一人の女性が待っているのが見える。初めて見たが、顔の造りからすると細中書侍郎の娘で、後宮に入っている筈の細充媛(じゅうえん)だったか。

(全員)

 でも、求めている情報は一人分だけではないのだ。というか、彼女は細家の影響下にいることは分かり切っているので、今更調べる必要性を感じない。どちらかというと、どうやって後宮から抜け出してここに来ているかの方が気になる所である。

(代わりに、何か、できること、する)

 一方的に頼みごとをするのは流石に気が引ける。交渉をする時はきちんとお互いの条件を確認しましょう、と雅亮兄さんが言っていた。

(じょうほう、ていきょう)

 何の情報だろう。黎明が気になるという事は、後宮にではなくて朝廷でないと得られないような情報だとは推測できる。が、聞く相手が私という事は、書類関連か。数字に関する話なら雅亮兄さん、軍事的な話なら麗孝の方がいい筈だ。

(こうきゅう、じんじ)

 なるほど、吏部絡みの案件か。努力はしよう、と小さく頷いた。次に会うのはいつになるだろうか。連絡手段を考えないといけない。


次回更新は4月19日17時予定です。

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