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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

私の大好きなおじ様

作者: 愛上央華
掲載日:2021/01/27

 春が来て、夏が来て、秋が来て。季節が巡って冬になる。


 私が私になってから、冬を迎えたのは31回目だ。

 私が私になる前には、冬を13回迎えた。そしてその13回目の冬、私は死んだ。


 その日は大好きなおじ様(・・・)が家にやって来る日だった。

 おじ様はお父様のお兄様で、確かその時31歳だったはずだ。

 おじ様は結婚していなかった。長男として家を継ぐ将来に嫌気が差して、13歳で冒険者として家を飛び出したらしい。そのうち困って帰ってくるだろうという予想を裏切り、おじ様は帰って来なかった。

 代わりに家を継ぐ事になったのが次男だった私のお父様で、時々思い出したように「私だって冒険者になりたかった。」と不満げに唇を尖らせて話す時があるほど、二人は家に縛られる事に向いていなかったのかもしれない。


 お父様とお母様が結婚して私が産まれて、しばらく経った頃。ふらっと何の便りもなく帰って来たおじ様は、お父様が結婚した事も知らず、当然私の事も知らなかった。

 お父様にただいまを言うよりも先にお母様に抱かれた私を見て、「なんて可愛いんだ!」と大きな声を出して私に泣かれたよ、と笑って話していた。


 その日から冒険者としての仕事がひと段落する度に家に立ち寄るようになっていた。私が可愛いから、と何度も聞かされているが本当かはわからなかった。


 今日はそのおじ様がやって来る日なのだ。

 私は朝からそわそわと落ち着かなくて、何度も髪を触ったり胸元のリボンを結び直したりして、お母様に笑われている。

 お父様は困ったように笑って何も言わなかった。


「ただいま!僕のお姫様。」


 居間のソファで落ち着きなく過ごしていると、おじ様の大きな声がした。

 私は淑女らしく取り繕う事が出来なくて、嬉しい気持ちをいっぱいに込めた笑顔を向ける。


「おじ様!お帰りなさい、今日もお約束の日に帰ってきてくれたのね!」


 次の仕事に行く時、いつからかおじ様は必ず「何日には戻る」と言い残すようになっていた。

 今日もしっかりとその日にちに帰ってきたおじ様は、甘い蜂蜜のように蕩けた笑顔で頷く。

 胸がキュッとなって、私はおじ様が大好きなんだと再確認していると、おじ様が腰に下げた袋から小さな箱を取り出した。


 いつもお土産をくれるから、今日もなにか用意してくれたのかしら、と箱を見つめていると、スッとおじ様が跪いた。


「僕のお姫様、僕と結婚してください。」


 緊張した素振りはなく笑みのままで言うと、小さな箱を開ける。

 箱の中には何の石もついていない、細いシルバーのリングが入っていた。


 突然のことに目を丸くして返事も出来なかった私より先にお父様が我に返ったようで、私の肩を抱き寄せて背中へ隠されてしまう。

 前に出る事を許されず、お父様の大きな背中からおじ様を窺うと、気にした様子もなくにこにこと笑っていた。


「……冗談で済まされるうちは見過ごしてきた。だが、これは冗談では済まされないんじゃないかい。」

「冗談?それこそお前の冗談だろう?僕は本当に、結婚したいんだよ。」

「許すと思ってるのか!」


 おじ様はあっさり家を出て冒険者になった事といい行動力に溢れているし、こうと決めたらそうしてしまう人だ。

 二人の言い合いに参加しないお母様にそっと手を取られて、部屋から出て行く。そうして私の部屋へ連れて来られて、ようやく言葉の意味を理解した。


「お、おじ様が、私と結婚したいって……!」


 ぶわっと音がしそうな程に勢いよく熱くなっていく頬に手を当てて、その場にしゃがみ込む。

 そのままお母様を見上げても、お行儀が悪いとは怒られなかった。


「そうね……お父様はね、おじ様がきちんとお家を継いでいるか、冒険者ではないお仕事に就いていたら貴方との結婚も許すのに、と言っていた事があるわ。」

「お父様は、おじ様の気持ちに気付いていたの?」


 優しく差し出された手を取って立ち上がると、二人並んでベッドへ腰を下ろす。

 甘く優しい匂いのするお母様。子供のように頭を撫でてもらいながら、その香りを胸いっぱいに吸い込む。


「勿論、だってお父様はおじ様の弟よ。いつ貴方をとられてしまうかって、ずっと心配していたの。お母様は姪っ子が可愛くて仕方ないのよ、って言っていたけれど……。はずれちゃったわ。」


 遠くに、お父様の声がする。

 いつも大きな声はおじ様なのに、今声を荒げているのはお父様だ。喧嘩して欲しくないけど、私にはどうする事も出来ない。


「大丈夫、きっとすぐに仲直りするわ。」


 私の気持ちに気付いてか、お母様が私の背中を撫でてくれる。

 お母様が言うなら間違いない。そんな安心感から、私はそのまま眠ってしまった。



 目が覚めると、まだ部屋の中は真っ暗だった。

 お母様かメイドが着替えさせてくれたのだろう、いつの間にか部屋着を着ている。

 真っ暗なのに、空気がザワザワと揺れている感じがする。嫌な感じだ。

 ベッドからそっと足を下ろした時だった。


「———……!!!」


 聞き慣れない声がする。大きな声で、おじ様でもお父様でもない男の人のものだった。

 続けてバタバタと乱暴に走り回る足音まで聞こえて、私は恐ろしさからベッドへ逆戻りした。

 布団を頭から被って、何も聞こえないように耳を塞ぐ。

 それでも聞こえて来る声は叫び声や怒号、悲鳴。体験した事のない恐怖に震える体を小さく丸めて、早く誰か、と心の中で助けを呼ぶ。


 ———バタンッ!


 部屋の扉が勢いよく開いて、また同じだけ勢いよく閉じられる。

 誰か入って来たんだ、と分かると耳を塞いだ手で、悲鳴が溢れ出そうな口を塞いだ。


 迷う事なく此方へ向かって来る足音に、必死に体を小さく縮めて声を押し殺す。


「よかった……!早く、此処から逃げるんだ!」


 ベッドの上で丸まった私を見つけたのだろう、布団ごと抱き締められた時には涙が溢れ出たけど、この声はおじ様だ。

 慌てて布団から顔を出すと、髪が乱れ、額から血を流すおじ様が私を抱き締めていた。


「っ、おじ、さま……?」


 片目には髪が掛かっているけど、その下も血に濡れている。もしかしたら目を怪我しているのかもしれない。

 ヒュッと喉を鳴らしておじ様を見つめていると、いつもの蕩けるような笑顔を浮かべたおじ様の顔が近付いてきて、そっと唇に暖かいものが触れた。

 口付けられたんだ、と思うと同時に閉じたはずの扉が勢いよく吹き飛ぶ。


「まずい……!」


 扉を吹き飛ばしたのは山賊のような姿をした男で、元々ボロボロだっただろう服は自分のものか他人の物か、誰の物か分からない血に染まっている。

 その後ろから何人も同じような風体の男たちが何人も押し入って来て、一気に鉄や脂の臭いが充満する。


 今度こそ悲鳴を漏らした私の口を優しく指で押さえると、おじ様は私をベッドに残して男たちに近寄っていく。

 途端にキンッと高い音がして、剣を交える姿が見える。

 おじ様は強いと聞いていたけど、相手の数が多い。それにおじ様は怪我をしている。


「オラァッ!」


 下品な声でおじ様に何度も斬り掛かって、腕や足をボロボロにしていく。

 おじ様の足元には血溜まりが出来て、もう見ていられなくなってしまった私は、ベッドから飛び降りた。


「おじ様……っ!」


 血がつくのも構わず、おじ様に抱き付く。そうしてから傷が痛むかもしれないと離れかけたけど、おじ様の腕が私の背中に回って動けなくなってしまう。


「……ごめ、んね……。」

「おじ様!そんな、おじさまぁ……っ!」


 死んでしまう、おじ様が死んでしまう。

 頭の中はそれでいっぱいで、私に向けられた(やいば)に気付いたのは、その切先が私とおじ様を同時に貫いてからだった。


「……っ……おじ、さ、」


 刃は背中から刺さっていて、それを握り締めているのはおじ様だった。

 おじ様が、私と自分を貫いたのだ。


 痛い、いたい。

 痛いのに、体が痛いのに、もう声が出ない。

 私よりも痛そうな顔をしたおじ様が、ぎゅうっと私を抱き締めた。


 襲ってきた男たちは私とおじ様を引き剥がそうとしたけど、おじ様は決して腕の力を緩めなかった。

 甘く甘く蕩ける笑顔。大丈夫だよ、というようなその笑顔を最後に、私の視界は真っ黒に塗り潰されていく。


「愛してるよ。」


 おじ様の声がしたのに、もう返事は出来なかった。



 そうして死んでいった私は、生まれ変わった。

 前世と言われる記憶は夢や妄想にしては生々しく、子供の頃から私の中にある。

 あの頃は裕福な暮らしをしていたけど、今の私はただの平民だ。両親のことをお父様お母様なんて呼んだ事はない。


 あの記憶は誰かに話した事がない。なんと言っていいか分からなかったし、口に出すのが怖かったからだ。

 大人になってから少し調べてみても、此処は図書館もないような田舎だ。あの時住んでいた国の名前が過去にでも存在しているのかすら、町の人に聞いても分からなかった。


 そうして季節が巡って、私は31歳だ。あの時のおじ様と同じ歳になってしまった。

 私もおじ様のように独身で、今は町で教師をしている。

 縁がなかったわけじゃない。どうしてもおじ様の事が忘れられなかった。


 死んでから何年経っているのか分からないけど、私として産まれてからは31年も経つのに。


「ねえ知ってる?」


 学校へ向かう途中、同じ乗合馬車で出会った同僚に話しかけられる。


「なにを?」

「今日ね、学校に領主様が視察にいらっしゃるらしいわ!」


 私が暮らしているこの一体を治める領主様は、それはそれは評判がいい。少しくらい悪く言われていそうなものなのに、少なくとも私は聞いた事がなかった。


「前にいらっしゃった時は、学校までは見ていかれなかったものね。」

「そう!それでね、今回は息子さんもいらっしゃるんですって。」


 息子さん(御子息、なんて言い方をする人は周りにはいなかった)というのは確か今年で12歳……か13歳になるはずだ。私が成人(16歳)する頃に領主様が結婚してして、すぐに子供ができたという話を聞いた気がする。

 こんなに評判のいい領主様の跡を継ぐなんて、大変なプレッシャーだろうなぁ、と思ってしまう。


「へえ、息子さん。将来的私たちがお世話になる方ね。」

「確かにそうね!私の娘の旦那様になってくれないかしら。」


 同僚は私とそう歳が変わらず、子供もいる。それこそ領主様の息子さんと同じくらいの年齢だ。そうなるといいね、なんて笑っているうちに、馬車は学校近くへと辿り着いた。


 学校に着くと既に領主様はいらっしゃっているようで、校長やベテランの教師たちが対応に当たっている。ただでさえ小さな学校の数少ない教師がそちらへ行ってしまっていて、職員室にいるのは私だけだ。

 生徒たちが登校してくるまではもう少しあるとはいえ、職員室がこんなにがらんとしていていいのだろうか。同僚は生徒たちを迎える当番のために、早めに校門へ向かってしまっている。


 私も教室で授業の準備がしたかったのに、仕方がない。一人職員室の椅子に腰掛けて、日誌に目を通していた時だった。


「すみません、校長室はどちらですか?」


 まだ声変わりしていないような、少年特有の高い声で話しかけられた。

 生徒の声ではないな、と思いながら入り口へ振り向くと、どくんっと心臓が大きく脈打った。


「……っあ……。」


 小さく溢れた声は、私とその子のどちらのものだったのだろう。

 あの、と声を掛けようとした私に、その子が勢いよく飛び付いて来た。


「……見つけた……!僕の、お姫様。」


 その声も姿も全く違うのに、甘く蕩ける笑顔はおじ様(・・・)だった。


「おじ、さま……。」


 無意識に漏れた声は大好きなあの笑顔の持ち主を呼んでいて、私に飛び付いて来た男の子は正解だとばかりに笑みを深める。

 誰もいなくてよかった。頭は混乱していて、目からはボロボロと涙が溢れ出ている。

 この可愛らしい男の子はあの時私を守ってくれたおじ様なのだと信じられない気持ちと、また会えた喜び。たくさん混ざり合う私の頭を、小さな手が撫でてくれる。


「ごめんね、あの時は……僕が歳上だったから。君はまだ産まれてないだろうな、って思っていたんだ。」


 おじ様も覚えていてくれて、嬉しい。また会えて、嬉しい。子供の前で泣きじゃくる大人、という姿は異様だったが、今は指摘する人もいない。

 存分に泣いて、おじ様だった男の子を見つめる。


「今度は私が歳上ですね。」

「そうだね。それでも、僕が大人になるのを待っていてくれる?」


 勿論、と大きく頷く。


「私ね、31歳になったの。31年待ったんだもの、あと数年くらいあっという間よ。」



 その後おじ様……領主様の息子さんは、校長室にいる領主様に「運命の人を見つけた。父さんの跡を継いで、彼女を幸せにする。」と宣言して、数年でそれを実行した。

 領主様に負けず劣らずに領地での評判はよく、かなり歳上の私という平民を妻に迎えた事に対しても文句は言わせなかった。


「僕のお姫様、愛しているよ。」

「私も、愛しています。」


おじ様が一人で死んでしまうと、その後何をされるか、どんな辛い目に合うかわかりませんでした。なので、おじ様は私と一緒に死ぬ事を選んでいます。

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