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第2話 その男、木こり

 斧をしっかりと引き、全力で木の幹を斬りつける。斧が幹に食い込む。だが木はまだ倒れない。ハヤトは力を入れて斧を幹から引き抜こうとした。斧がしっかりと幹に食い込んでしまって抜けづらい。もう一度、ぐっと斧を引っ張ると斧はやっと幹から抜けた。もう一度しっかりと斧を引き、木を斬りつける。コン、という小気味よい音が森に響く。木はミシミシ、と音を立てるとゆっくりと傾き、ハヤトが立っている場所から逆側に倒れていった。周囲の細枝をパキパキと折りながら傾いていった大木は、最後にドスン、と音を立てて土の上に倒れた。

 ハヤト・ダンは木こりだった。彼は幼い頃からこの森から30分程歩いた所に住んでいた。彼の父親も木こりで、ハヤトは父親から木の切り方や、集めた木材の売り方を教わった。偏屈で頑固な父親だった。幼い頃は鬱陶しいと感じていたし、木こりになるのも嫌だったが今となってはこの仕事にやりがいを感じていた。そして、居なくなってから父の偉大さに気が付いた。

 ハヤトはふうっと息をついて額の汗を拭った。腰に引っ提げていた水筒を取ると、中に入れていた水を飲んだ。何度も斧を振って汗だくになっていた体にひやりと冷たい水が染みわたる。空を見上げると、青い快晴の空を白い雲が滑るように流れていった。彼は水筒を腰のベルトに戻し、今倒れたばかりの大木を見下ろした。今日はこの大木一本で終わりにしよう、と思った。少し離れた所に留めてある木製の荷車には、既に3本の太い木が縛り付けてあった。元々は一本だった木を運びやすいように切り分けた物だった。

 斧を上に振り上げて、重力に任せて木に向かって斧を振り下ろした。ドス、と斧が食い込んだ。少し苦労して斧を抜くと、もう一度斧を振り下ろした。そうやって何度も何度も斧を振り下ろして、やっと木が二分割された。2本に分けた内の、長い方の幹の方にやってくると、再び斧を振り下ろした。一度では切り離せないので、何度も何度も斧を下ろす。そうしてやっと、こちらの幹も2本に分割できた。ハヤトは斧の先についた汚れを雑巾でふき取ると、一度荷車の方に戻って斧を荷車に立てかけた。それから3本に切り分けた木の内、一番近くにあった物を肩に担ぎあげた。ずっしりとした重さを持っている。これなら良い値段で売れそうだ。肩に担いでいた幹を荷車の上にドンッと乗せる。残りの2つもあっというまに荷車に乗せると、荷車に括りつけていた麻縄を解いて、木の幹と荷車を解けないようにしっかりと結びつけた。


「よしっ」


 立てかけておいた斧も荷車の上に乗せると、彼はコ型になっているハンドル部分に入り、両手で荷車を引っ張り出した。ギシギシ音を鳴らしながら、木製の車輪が周り荷車が前に進んでいく。針葉樹林の中を、男は1人、ゆっくりと進んでいった。木漏れ日が落ちて地面を照らしている。小鳥がどこか遠くで楽し気に鳴いている。何のことは無い、今日も平和な1日だとハヤトは思った。

 この針葉樹林がある限り木を切るのには困らないし、木を切ることが出来ればその木を売ることができる。木は建築材料として扱われることもあれば、窯に火を着けるために使われることもある。箪笥に作り変えられることもあるし、テーブルになることも。兎に角需要があるので木さえあれば食うに困らない。この安穏とした日々がずっと続くことを男は望んでいた。


「――どうしてくれるんです?」


 ハヤトは歩みを止めた。それと同時に、僅かに軋んだ音を立てて荷車も止まった。

 どこからか人の声が聞こえた気がした。彼はかれこれ20年以上この森林で木こりを続けてきたが、この森林で人に出会ったことなど片手で数えるくらいしかなかった。この森林には熊も狼も出るし、なんなら狼人の盗賊も出るらしい。運よくまだ出会ったことは無いが、用事が無ければ避けられる森林だった。だからこそ彼も大手を振ってこの森林を独占できたのだ。

 ハヤトはもう一度耳をそばだてた。風が吹く音、この葉擦れの音、小鳥の囀りに混ざって、やはり人の声が聞こえてくる。今度は女の声だった。


「だ、だからぁ、友達にあげちゃったんだってばぁ」

「僕は、回収したら全て僕に渡すようにと言いましたよね?」


 と少年のような声もした。


「でも、せっかく7つもあるからさ、ちょっとくらい良いかなぁって」

「僕の言い方が悪かったんですかね・・・。さぁ、残りを全て返してもらってきてください」

「え、それは・・・」

「それが聞き入れて貰えないのなら、報酬は無かった事にさせてもらいます」


 ハヤトは荷台を置いて、そっと声の方へと近寄った。狼人の盗賊だろうか?


「そんなぁ!そんな風に言うなら、アタシだってこの一冊はあげないから!」

「・・・」

「なっ何その目!そんな風に睨んだって、怖くないんだからね!?」


 足音を立てないように、さらに声の方へと近づいていく。太い木の向こう側に、人の姿がちらりと見えた。ハヤトは木の後ろに隠れて、向こう側をそっと覗き見た。そこには、少年と少女が立っていた。少年の方は金色の髪を肩下まで伸ばしており、その背中からは黒い羽根が生えている。初めて見た種族だ。さらに少女の方は、黒い癖のある髪の毛の中から捻じれた角が左右に飛び出していた。赤い目が不安そうに揺れている。


「本当に、そのファイルをくれないんですか?」


 少年はそう言った。蝙蝠のような羽が生えた少女が「あげない!!」と叫ぶと、少年は鬼のような形相で片手を振り上げた。その瞬間、少年の頭上に黒い火球のような物が現れた。火球はゴウゴウと音を立てながら周囲の酸素を巻き込み回転している。少女は驚いて数歩後ろに下がった。


――パキ


 ハヤトは自分の足元を見た。小さな枝が折れていた。まずい。何だか分からないが、不味い気がする。彼は慌てて視線を前に戻す。すると、木を挟んで少年が間近に立っていた。見開かれた蒼い目がギョロリとこちらを見ている。少年の後ろから、あの黒い火球がゆっくりと近づいてきているのが分かった。本能的に不味い状況なのは理解したが、突然の事で体が動かなかった。


「何やってんだ!逃げろ!」


 少女がそう叫んだ。それと同時に、ほぼ無意識の内にハヤトは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。火球が目の前の木にぶつかり、鼓膜が破れるほどの轟音を出して木の幹が破裂した。木の破片が数本腕に突き刺さる。だが余りの恐怖で痛みは感じなかった。

 足音が聞こえたと思うと、先程の少女が駆け寄ってきてハヤトの腕を掴む。少女は彼をそのまま森の奥へと引っ張った。彼は少女に引かれるまま、走り出す。地面の上を這いまわるように生えている木の根に足を取られながらも、2人は懸命に逃げた。幹を避けるついでに後ろを見ると、少年は黒い羽根を広げて空を飛んでいた。小さな無数の火球が少年の周りに浮かぶ。少年が手を振り下ろすと、火球は2人めがけて落ちてきた。ドン、という音と共に隣の幹に穴が開く。2人はまた逃げる。だが無数の火球が次々2人の近くに落ちた。そしてついにハヤトの進行方向に1つの火球が飛んできた。彼は視界の左端から火球がものすごい勢いで近づいてくることに気が付いていたが、体が反応しなかった。少女が何か言っている気がするが、何を言っているのかよく分からない。突然周囲の世界がゆっくり動いているように感じた。駄目だ、俺はもう死ぬのかもしれない。俺はただ平凡な毎日を送りたかっただけなのに・・・そうハヤトが諦めた時だった。

 空からものすごい勢いで飛んできた黒い影が彼の目の前に立ちふさがり、その両手で持った大鎌で火球を斬り捨てた。火球は真っ二つになり、そのまま掻き消えた。


「何をやっているのです、ファルカ!!」


 大鎌を持った小さな少年は、黒い羽根の少年に向かってそう叫んだ。


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