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第1話 ファイルが無い!

「ギャアアアァァ!!!」


 庁舎(ちょうしゃ)に甲高い悲鳴が響いた。庁内で働いていた者たちは皆驚いて肩を跳ねあげた。

 『死神庁(しにがみちょう)』と入口の看板に書かれたこの黒い建物は赤黒い空を突き刺すほど高い建物で、入口から最上階を見上げる為には首が折れるほどに首を曲げなければならない。正面玄関の大きなガラス扉には蛇を()した金色の取っ手が着いており、その取っ手を引いて建物に入ると開けたロビーに出る。このロビーを通って、奥に並ぶ無数のエレベーターの内のどれかに乗ると、自分の働くフロアへと上がっていくことができる。ただしエレベーターはいつも空いていた。この建物には5階ごとに大きな扉がついている。勿論地上からはそのドアに入れないが、ドアの鍵さえ開いていれば彼ら死神は空を飛んで5階や10階のドアから入って行けるのだ。

 そしてその死神庁の30階にある自室で、ヘンネスは頭を抱えていた。透き通るような銀髪、うるんだ黄金の眼。まるで少年のような小さな体に、黒いローブ。襟足だけ伸ばした髪の毛は三つ編みにして後ろに垂らしている。いつも持ち歩いている大鎌(おおがま)は、ドア付近の帽子掛けに引っかけてあった。


「ファ・・・ファイルが無い・・・っ」


 黒いデスクの一番下の引き出しには、ペン一本しか入っていなかった。ヘンネスは慌てて他の引き出しを開けた。経費申請書(けいひしんせいしょ)有給(ゆうきゅう)申請書は残っている。筆記用具もある。だが、一番重要なファイルだけが無かった。もしかしたら他の場所にいれたのかもしれない、と思い壁際のキャビネットを開けようとした。ガチャン、という鍵の音がした。そうだ、鍵をかけているんだ。そこまで考えてヘンネスは気が付いた。昨日、自分はデスクに鍵を掛けずに帰ってしまったのではないか?

 兎に角ファイルを探さなければ。ヘンネスは鞄から取り出した鍵でキャビネットを開けると、中の物をひっくり返す勢いでファイルを探した。昨年のファイルはある。一昨年のものも。だが、今年作業するのに必要なファイルだけが無い。

 他の場所はどうだろう?下の引き出しを開けてみるが、ここにはスペアの大鎌や筆記用具だけ。その下の引き出しにも大したものは入っていなかった。まずい。ヘンネスは頭から血の気が引くのを感じた。

 何度探しても同じなのだが、彼はもう一度デスクに戻った。ふと見ると、お菓子の包み紙と食べかすがデスク下に落ちていた。誰かが部屋に入ったのだ。それにしても一体誰が?

 ヘンネスは慌てて部屋から飛び出すと、奇異(きい)な物を見る同僚達の横を大急ぎで飛行して、いつも最後まで残業をしている先輩の部屋に飛び込んだ。


「――先輩!!!」

「うおっなんだ、ヘンネスか」


 ヘンネスの先輩のアルファスは驚いて少しのけぞった。アルファスはヘンネスと違い身長が180cm程度あり、すらりと脚を椅子の上で組んでいる。髭と髪が伸びきって浮浪者のような見た目をしており、相変わらず休みを取れていないのだろうということが分かった。とても爽やかとは言い難い身なりだが、それも仕事が忙しすぎる時だけで、普段は(ひげ)も剃り髪の毛もワックスできちんとまとめている。その時のアルファスはヘンネスにとって理想そのもので、早くアルファスのようになりたいが為に仕事に精を出していた。それも今日で終わりかもしれないが。


「先輩、昨日は何時に帰られましたか!?」

「俺?いや、泊まり込みだったから帰ってないけど・・・」

「やっぱり・・・。昨日僕の部屋に入りました?」

「なんで?特に用事も無いし入ってねーよ」

「そう、ですか・・・」


 アルファスは疲れ切った目をしてそう言った。恐らく彼の言っていることは本当だ。何しろ彼は甘いものが嫌いだから、ヘンネスが常備していたお菓子をつまみ食いするとは考えづらい。


「他に残っている人は居ましたか?」

「いや、俺以外には居なかった・・・あ、そういえば何か悪魔が来てたな」

「悪魔?」

「そうそう。第24区の魂の取り扱いに関する会議がなんとかかんとかって言って下で受付してた気がするわ。俺コンビニに行くときに偶々見たのよ。それにしても深夜になったら1階以外のドアが閉まるの、あれ辛いよなー」

「その悪魔、見た目は!?」

「え?見た目って・・・確か黒髪のロン毛で、赤い目のねーちゃんだったと思うけど・・・」

「ルルだ!」

「あの悪質な悪戯(いたずら)ばっかりしてくるって奴?」


 ヘンネスはルルにされた今までの嫌がらせを思い出して顔を(しか)めた。靴を片方だけ引っ手繰(ひったく)られて、泣きじゃくりながら帰った時。頭の上からバケツ一杯の冷や水を浴びせられた時。廊下に蜘蛛(くも)の糸を使った網を張られている事に気が付かず、遅刻寸前(すんぜん)で慌てて出社してきたらその網に絡まって同僚の笑いものになった時。お詫びだと言ってチョコレートをくれたので喜んで食べたら、中に激辛ソースが仕込んであった時。刈り取ろうと思った魂を、直前で奪われた時――・・・。嫌がらせをされてヘンネスが半べそをかくたび、ルルはいつも腹がよじれそうな程大笑いしていた。ヘンネスが少年のような見た目をしているせいで、ルルは彼のことを見下しているのだ。


「そうです!!あいつ・・・」

「アイツがどうした?何かされたのか?」


 アルファスは栄養ドリンクを引き出しから取り出すと、カシュ、と音を立てて(びん)(ふた)を開けた。


「いいいいえ、何でもありません。ありがとうございました」

「おう。何かあったら早めに言えよ?納期近いんだからさ」

「はっはい!!」


 言える訳ないだろ!自分の不注意でファイルを全て盗まれたなんて!!ヘンネスは心の中で絶叫した。もし大事なファイルが盗まれたと知れれば、減給どころでは済まない。下手をしたら下界送りか、もしくは悪魔にされてしまうかもしれない。ヘンネスはブルブルと震えた。兎に角、こんな事をしている場合ではない。ファイルを取り返さなければ。彼は取り繕(とりつくろ)った笑顔で場を誤魔化(ごまか)すと、ヘコヘコと会釈(えしゃく)を繰り返しながらアルファスの部屋から出ていった。


「なーんか怪しいよなぁ」


 ヘンネスの後姿を見送りながら、アルファスは栄養ドリンクを胃に流し込んだ。


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