第六話 “災いの予兆”
部屋で眠るアドルを起こしたのは地面を鳴らすブーツの音だった。
「――なんだ?」
体を起こし、家の外に出る。
状況を確認しようと足を踏み出した時、肩を強い力で掴まれた。ぜぇぜぇと息を切らし、ヴァンスが「大変だ」と話を切り出す。
「騎士団が来た。昨日、俺たちが見た連中だ!」
アドルは金髪の男サーウルスを思い出し、背中をビクッと揺らした。
(アイツが……!)
アドルはすぐさま支度をし、ヴァンスと共に村長宅に向かった。
「お久しぶりでございます。サーウルス様」
「ご機嫌いかがかな、ライズ村長」
アドルとヴァンスは物陰に隠れ、二人の会話を盗み聞く。
「しかし一体何用で?」
「昨日、〈レフ火山〉に近づいた者が居たか聞きたい」
ピキン、と心臓が凍る。
――“昨日、あの場所に居たことがバレたか!?”
一抹の不安が二人に過る。
「いえ、その直前にある岩石地帯でとある魔物は狩りましたが、レフ火山に登った者は居ません」
「そうか。なら良い……」
アドルとヴァンスがジッと身構えた、その時――
「盗み聞きは感心しないわね、坊ちゃんたち」
『!!!?』
背後から艶やかな男声が聞こえた。
アドルとヴァンスは反射的に背後の男から距離を取り、その姿を表に晒した。
(コイツは確か――)
(副団長のオメス!)
アドルとヴァンスの背後を挟み撃ちの形でサーウルスが近づく。
「なにごとだ、オメス」
「いやねぇ、この二人が団長の会話を盗み聞きしてたのよ」
「――ほう」
その時、アドルとサーウルスは初めて目を合わせた。
冷たい、殺意に満ちた瞳。
アドルは暑くもないのに大量の汗を流し、しかし目は逸らせずにいた。
「私の名はサーウルス=ロッソ、君の名を問おうか」
「アドルフォス=イーター……です」
「適合している魔物は?」
「居ません」
「不適合者か。確かこの村では10歳までに大量の魔物を喰らわせ、覚醒させる風習があると聞いた。
それを受けても尚、不適合者の人間は珍しいとな。君はレアだ、珍しい人間……珍しい魔物と適合する可能性があるというわけか。
――楽しみだな」
サーウルスはアドルの腰に差された剣を見る。
「剣士か。どうだろう、アドルフォス君……私と手合わせしてみないか?」
「はい?」
サーウルスは自分の腰から錆びた剣を引き抜く。
「今日は任務が無くてね、体が鈍ってるんだ。付き合ってくれるとありがたいな」
「あらあら、団長と手合わせできるなんて羨ましいわね」
アドルはサーウルスの考えていることがわからなかった。
なにかの探りか、それとも純粋に手合わせしたいだけなのか。
サーウルスの表情は変わらず薄っぺらい笑顔のままだ。
「やめとけアドル、きな臭いぜ……」
「――悪いヴァンス。オレ、戦ってみたい。この人と……」
アドルは剣を引き抜いた。
「おいアドル!」
「そうこなくてはな」
アドルとサーウルスは前に出る。
「いいんですか、そんな錆びた剣で」
「ハンデというものさ」
「顔に傷付いても文句言わないでくださいよ」
「無用な心配だな」
「――そうかよ!!!」
アドルは地面からすくい上げるように剣を振り上げた。剣先に積まれた砂がサーウルスに降りかかる。
「目潰しね……その程度団長が避けれないはず――」
「むっ」
サーウルスは横に飛び砂を回避、しかし続く足払いには反応できなかった。
砂で意識を上に向けさせ、足元を掬う。一切の無駄のない上下のコンビネーション。
「やるわねあの子、でも……」
くるぶしを蹴られ右足の支えを失うサーウルス、アドルは剣を引き、突きを繰り出す。
必中、この勝負を見ている村民全員がそう思った。だが、
「なっ!?」
繰り出した突きはサーウルスの右手人差し指と中指に挟み止められた。
「良い腕だ。だが――」
ゴッ!!!
錆びた剣の柄頭がアドルのみぞおちを穿つ。
「がは――!!!?」
「残念だが、これが君の限界のようだな」
たった一撃で、アドルの全身から力が抜けた。
「アドル!」
膝から崩れ落ちるアドルをヴァンスが支える。
「言っておくが、今の戦闘において私は特別なことはしていない。
君と同じ条件で、君と同じ土俵で戦った。
――その結果がこれだ」
アドルは残った力で首の筋肉を動かし、顔を上げる。
「恐るるに足らず。
君の中に得体の知れない気配を感じた気がしたが、気のせいだったようだ。
帰るぞオメス、用は済んだ」
「はぁい、だんちょ♡」
サーウルスはアドルを見下ろし、侮蔑の視線を送ったあと歩き出した。
アドルは立ち上がれず、ただサーウルスの背中を見送ることしかできなかった。
――“ちくしょう”。
圧倒的な差、自分と同じただの人間に敗北したという事実。
惨めさだけが心に残った。
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次の日。
何事も無く、アドル達パーティメンバーは任務に出る。ドラゴンの討伐任務だ。
新しくスライムの特性を持ったルースを戦略に組み入れ、それぞれの特性を活かした連携で鮮やかにモンスターを倒していくパーティメンバー。
そこにアドルが介入する余地はなく、ただ見守ることしかできなかった。
「いやー、今回は何事もなく終わったな!」
「ルースさんとセレナさんの連携がうまく嵌りましたね」
「今まで応用力に欠けたあたしの剛鉄だったけど、ルースのスライムを混ぜ合わせたら一気にやれることが増えたね」
「うん。わたしの……というか、スライムの強みはこの触れた物体に自分の魔力を混ぜて柔らかくさせる“軟化”みたいだね。もっと上手く使えれば連携の幅が広がるんだけど……アドルはどう思う? あたしの能力」
アドルは隈のできた顔でチラッとパーティメンバー方を見た後、立ち止まった。
「なぁ、オレってこのパーティに必要か?」
ずっと、抑え込んでいた言葉を吐き出す。
「な、なに言ってるの? アドル」
「今日なんて、オレがやったの荷物運びぐらいだろ」
「おいおいおい……」
ヴァンスはアドルの背中を叩き、
「どうしたんだ親友。
ナイーブなお年頃か?」
「――はっきり言ってくれよ。お前なんかいらねぇってな」
セレナがアドルの肩を掴む。
「ちょっとアドル、なにを言ってるの?」
「……もう限界だ。
ただ仲間が成長する姿を見るのも、自分が置いて行かれていく毎日を過ごすのも。
お前らが雑魚みたいに倒している魔物だって、オレからすれば強敵なんだよ。
レベルが違うんだ。一緒に居るべきじゃないっ!」
「あ、アドル君ッ!」
「オレは、このパーティを辞め――」
ゴッ!!
アドルの頬に竜の鱗を纏った鉄拳が繰り出される。
アドルは数メートル吹っ飛び倒れこんだ。
「ちっ! なにしやがる!!」
「お前こそなにを言おうとした!!!」
自分の怒声の三倍の声で返されアドルは言葉を引っ込めた。
ヴァンスはアドルに近づき、その胸倉をつかみ上げた。
「お前が思ってる通り、足手まといだよお前なんか……そんなのみんなわかってる!
だけど、みんなお前のためにレアなモンスターを狩りに行ってる。危険だとわかっていても、たとえ割に合わなくてもお前のために命張ってるんだ! お前に、期待してるからな!!!」
「……っ!?」
「俺やセレナ、フィルメンもルースも、友情とかそんだけの気持ちで動いてるわけじゃない。
アドルフォス=イーターが、このすげぇ男が魔物の力を得たら誰よりも強くなるってわかってるから協力してるんだ。ここに居る全員、利益があるからお前とチームを組んでいるんだ」
セレナ、フィルメンが笑って頷く。
「お前が魔物の特性を調べて、アドバイスしてくれたから俺らは扱いの難しい魔物の力をコントロールできるようになった。
俺たちが魔物の力に振り回されていた時、危険を顧みず助けてくれたのはいつもお前だった。
魔力の扱い、知識量、決断力。体の動かし方も武器の扱いも全部お前が教えてくれた。誰だって期待しちまうさ、アドルフォスって男にな」
優しい仲間の声、その声に縋れば楽になる。
だがアドルは昨日の完敗を思い出し、俯いた。
「過大評価だ。現にオレは、あの騎士団長様に成す術なくやられた!」
「俺がアイツとやったら一撃も入れられねぇ。
でもお前はケリを一発くらわしただろ。あの時、あの足払いにもし、魔物の胆力が加わっていたら勝負はわからなかった……」
ヴァンスは胸倉を放し、アドルの両肩に手を乗せ笑いかける。
「お前は自分を過小評価し過ぎだぜ。アドルって男はな、お前が考えてるよりよっぽど強い人間だよ」
「ですね。アドル君が居なければ僕達はこんなにも強くなれていません」
「アンタはさー、深く考えすぎ! 必要だからアンタとパーティ組んでるに決まってるじゃない!」
「だってさ。アドル、なにか文句ある?」
笑う仲間たち。
アドルは涙を堪え、震えた声を絞り出す。
「悪かった。ごめん、みんな……今のは忘れてくれ――」
ゴォオンッ!!!!
全てを壊す爆音が、村の方から響いた。