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運命の聖女

作者: 沼野雷菜



聖暦503年、春ーー


神聖アルカーラム皇国、アポロネア教会前広場にて。教会の鐘が鳴り響く午後0時。誰もが知るかの大罪人、"聖女(シスター) ニコラス"の公開処刑が始まった。



「これより、大罪人 ニコラスの処刑を始める。ニコラスを断頭台へ!」


断頭台へひとりの女、大罪人ニコラスが、連れてこられる。騒いでいた民衆は静まり、彼女へ視線が集まる。

ニコラスは、抵抗するでもなく、大人しくされるがままにその場に跪いた。彼女は艶やかな金色の髪に、深く真っ直ぐな青い瞳を持つ美しい女だった。粗末な服に身を包んだその姿はとても堂々としていて、その美しい顔には薄っすらと微笑みさえ浮かんでた。



「かの者は斬首の刑が処される。彼女のおぞましい悪行をみごと阻止した英雄、アルベルト・ディゼル。彼の手によって、この悪は絶たれる。アルベルト・ディゼル、前へ!」


「はっ!」



今度はひとりの青年が断頭台へ立った。短く整えられた黒い髪、すべてを照らす太陽のような金色の瞳を持つ美しい青年だった。白銀の鎧に身を包み、英雄と呼ばれるにふさわしい出で立ちをしている。

その勇ましい姿に民衆は湧く。諸悪の根源を断った彼こそ、まさに皆の希望を背負う英雄だ、と。



彼は、静かに語り始めた。

「民衆よ、ついにこのときが来た。」

彼は美しい顔を険しく歪める。

「この日が訪れることを、どれだけの人々が願っただろうか。多くの者が、大切な人を奪われ、故郷を奪われ、文化を奪われた。この悪魔に!しかし、悪夢は終わる!今日、私の手によって終わるのだ!これも、我らがアポロン神のお導き。これからは希望に満ち溢れた日々が訪れるだろう。今日という日を胸に刻め、民衆よ!この悪魔を、この日を、忘れるな!」


英雄の熱い言葉に、民衆は気持ち高ぶるままに歓声をあげる。大切な人を殺され、ニコラスにざまぁみろと罵る人もいた。これで安心して明日を迎えられると涙する者もいた。みんなみんな笑っていた。

そう、かの大罪人 ニコラスも含めて。



「貴様の首を落とす前に、最期の機会をやろう。大罪人 ニコラス、最期に言い残すことはあるか。」


剣を突きつけて、英雄は言った。

その場にいるすべての人が、罪人の声に耳を澄ます。漏れ出すのは、怒りか、諦めか、懺悔か、後悔か。



彼女は美しい笑みを浮かべたまま、静かに、しかし強く、そのよく通る声で最期の言葉を残す。

「私の罪とは、なんなのでしょう?」


「は、っ?」

息を呑んだのは誰だったか。


「国をひとつ滅ぼしたことでしょうか?多くの人に死を招いたことでしょうか?いいえ、違います。わかるでしょう?私に罪などありはしない。私とあなた方の違いはひとつ。信じる神が違うだけ。そこに罪など、存在しない。」


誰も、声が出せない。天性の人を惹きつける魅力が彼女にはあった。誰もが彼女の声に耳を傾けた。


「私は、神が存在していることを知っています。信じる信じないではありません。私は確かに、その真実を知っています。あなた方が信じるアポロン神のように、信じる者が救われる、なんて無責任なことを言う神など存在しません。そんなもの、人間が自分たちの都合のいいようにつくった偶像に過ぎないのです。救いを与えられるのは、神の存在を知る者だけ。そう、私のように。」



彼女は歪に微笑んだ。

それはまるで、悪魔のような微笑みだった。


「私は神のご加護を受けし聖女。聖女(シスター)ニコラス。滅びゆくこの世界を救う救世主。人々よ、我らが神に祈りなさい。神は救いを与えない。けれど、神の存在を認め、神を信じる者へ、私が救いを与えましょう。」


彼女の真っ直ぐな瞳に、少なくない数の人々が不安に思う。本当にこの処刑は正しいのかと。本当に彼女を殺してもいいのかと。なにか、大変な間違いを犯しているのではないか、と。



「そう思って生きてきました。しかし、私も人の子です。人はいつか死ぬ運命。私はここで死ぬのでしょう。けれど……けれど、神は死なない!いつかまた、我らが神の存在を知る者がこの世界に現れるでしょう。そのときこそ、我らが神の存在は、この世界に刻みつけられる!そのときこそ、この世界は救われる!」


興奮したニコラスは、無邪気に笑う。

それはまるで、天使のような笑顔だった。


これはまずいと、誰かが言った。

彼女に飲み込まれると。

彼女は悪でなくてはいけないのだと。

英雄は剣を振りあげた。

「ああ、神よ……。願わくば、滅びゆく世界に、今しばらくの平穏を。次の私が現れるまで どうか……どうか、人々を、この世界を、お救いください。」


彼女は満たされたように微笑む。

それはまるで。

まるで、神のような慈愛の微笑みだった。


英雄の剣は振りおろされる。

「“ディーテ”ーー」



彼女の最期の言葉は祈りの言葉だった。



彼女は、大罪を犯した。

ひとつの国を滅ぼし、数多の命を奪い、尊い文化を消し去り、人々の心にしこりを残した。


神とは?

正義とは?

善とは?

悪とは?

世界とは?

滅びとは?

正しいのは誰?



彼女の名前は、聖女(シスター)ニコラス。歴史上最も極悪で残酷で偉大で狂信的な大罪人である。

英雄 アルベルト・ディゼルが言ったように、彼女の死を、この運命の日を、誰も忘れることはなかった。

そして、彼女は歴史として語り継がれる。




聖暦2248年、春ーー


世界は少しずつ衰退していた。

魔物が異常発生し、大地は荒れ、空は暗く、人の住める土地はどんどん減っていく。そんな中、未だになんとか豊かさを保つ国がひとつあった。アルカーラム皇国である。多くの国が滅んでいく中、アルカーラム皇国は人々の希望の地として、世界に君臨していた。


ある日、アルカーラム皇国 アポロネア教会前に、ひとりの赤子が捨てられていた。その髪は艶やかな金色で、その瞳は真っ直ぐな深い青色。赤子は教会に拾われ、すくすくと育ち、10年後、とても美しい少年となった。

少年はある日、不思議な夢を見る。

涙が出るほど暖かい、尊く偉大な存在が、少年とよく似た美しい女性と語り合っている。

この日、少年は神という存在を知った。



そして物語はまた、動き始める。







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