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壊れそうな理想にキスを

作者: みかな

少しダークかもしれません


月明かりがほんのりと、白いシーツを染める。 幻想にでも迷いこんでしまったのかな、私はぼんやりと思った。

ひどく綺麗な色なのに、瞳に入り込むその色は何でか自分をとても切ない気持ちにさせる。


「何見てんの?」


横から低い声が響く。 慣れてるはずのその声はいまだに、体を芯から震わせる。 それを感じ取ったのか、声の持ち主の男は

クスクスと静かに笑った。


「な、に」

「いや? かわいいな、って思っただけ」


目をつむって心臓の鼓動をおさめようとする。 いち、にー、さん。 いち、にー、さん。 いち、にー


「からだ、痛む?」


さん


「ちょっとだけ……でも大丈夫」

「だろうな、こう言うの慣れてそうだし」


唇を噛んで言葉に表せそうにも無い感情を飲み込む。 何か違うものに集中するんだ。 そう、たとえば、あの月とか。

きれいな、きれいな、つき。 自分もいつか、その月に帰る時が来るのだろうか。 だとしたら、自分は。


「怒った?」


そのまま答えないでいると、男は骨ばった手で私の鎖骨をなぞり始めた。 ちょっとだけ冷たいその指先は、彼の心を

良く表している。 適度に冷たくて、適度に暖かい。 それは相手によって、調整される温度。


「怒らないで、謝るから」


思ってもいない台詞を彼はいとも簡単に、まるで本当に思っているかのように言える。 その才能を何度ずるいと思ったか。

世渡り上手、そう言う言葉は彼のためにあるのだろう。 羨ましくも、憎くも。


「ユウト、私ね? 最近気付いた事あるの」

「ん?」

「私ね、あなたの事……思ってた程愛してない、って」


月だけが相変わらずの静けさで夜の海の中を揺れる。


「は、何それ。 さっきの仕返し? だからあれは冗談だって」

「違うよ。 前から思ってた事」


月が見えていた窓が何かによって隠された。 そう思った途端、彼の綺麗に整った顔が目の前に浮かんできた。

怒りが彼の目を横切る。 私にはいつだって冷たい彼が唯一、「暖かい」感情を見せるのは怒っている時だけ。

なんて脾肉なんだろう。 なんてバカげてるんだろう。 なんて、カワイソウなんだろう。


「愛してないって、どう言う事だよ」

「愛してない、とは言ってないよ。 ただ思ってたよりは愛してない、って」

「同じだろ」

「そう?」


彼は私の首筋を吸いながら喉の奥から低い獣のような音を出す。


上司には好青年、後輩には物分りの良い先輩。 それはそれは、先輩からも後輩からも、男同士からも、女からも好かれる性格で。

優しいけど、引っ張ってくれて頼れる男。 それを彼はずっと演じ続けて来た。 化け皮がはがれる事は滅多に無い。

あるとすれば、私にだけ。


笑えるでしょ、世間から見れば落ち零れの私だけが、彼の本性を知っている。 いや、落ち零れだからこそ、「良い子ぶる」必要が

無かったのだろう。


周りの皆は羨んだ。 私はこの事だけで嫉妬の対象として他の女の子の目にうつった。


それはちょっとだけ嬉しかった。 自分にだって価値があるような気がして。


でも私にだってモラルはある。


「今夜限りにしない? 私とあなた。 もう世間を欺くのは嫌なの」

「わかった。 やきもちやいてんだろ。 今朝一緒にいた子はなんでも無いって。ただの後輩」

「私はあなたに対して、一度だってやきもちやいた事ないわ。 知ってるでしょ?」


今度は歯が首に触れる。 よほど怒っているみたい。


「だからね、今夜でおわ」

「んなの許さねぇ」

「別に許可とってるんじゃないけど」


握られていた腕に爪が食い込む。 もう一度唇を噛んで「痛い」と言う言葉を飲み込む。



「俺はお前を、ひろってやったんだ。 世間からゴミとしか見られてなかったお前を、ひろってやったんだ。 そうだろ?茜」

「ゴミはゴミに戻る時期かなと思って。 ね? ユウトだって私から離れたほうが周りから良く見られるでしょ?」


怒り出すと思ったけど、ユウトは予想と反対に優しく私に触れた。 今まで感じた事の無い「優しさ。」


「そんな事言うなよ、茜。 俺お前がいないとダメなんだ。 お前が必要なんだ」



うそ、うそ、うそ。 手で耳を塞ごうと思ったけど、彼の手それを阻止していた。



「俺なんだってするから。 嫌なところ言ってくれれば直すから」

「あなたの嘘は聞き飽きた」

「嘘じゃないよ。 本当だよ、茜だって本当は俺の事」


好きだろ?



私は笑う事しかできない。 だって彼はわかっていない。 何一つわかっていない。 あんなに世間の事も人の心理の事も理解していると思っていた彼が、自分のような存在価値も無い女をわかっていない。


心が痛すぎて、笑ってしまう。



「やっぱり。 ほら言ってごらん? 俺の事愛してるって」


彼は優しく私の手首をなでる。 その効果は大きく、あたしの乱れていた思想が少しずつ静まる。



「……愛してる」


私は彼を見捨てる事が出来ない。 それだけは彼もわかっている。 いくら嫌いになっても、いくら嫌な思いをさせられても、

私は彼を見捨てるわけにはいかない。 だって彼は、唯一血の繋がった弟。



彼は勝利を信じて、笑う。 


次の瞬間、優しかった彼の手つきがまた激しくなる。




「なぁ、茜。 俺みたいな気持ち悪い男に愛されるって、どんな気分?」

「……吐き気がするよ」


彼は返事のかわりに、私の唇に噛み付いた。



読んでくださってありがとうございました。

感想/批判 いただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 文章表現がとても綺麗だなぁと思いました♪月明かりの中、茜の胸に秘めた女心や苦悩……。ラストで『なぁるほど…』と………。良い作品だと思いました♪これからも執筆、頑張って下さい♪
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