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アーモンドの呟き  作者: 瀬戸真朝
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 それから一週間近く経っても誘われない。しびれを切らしたので思い切って、『そういえば、何か私に言うことはないの?』とLINEを送った。

『いやー、先輩忙しいじゃないですか。邪魔したくないですし』

『来月はもっと忙しくなるの、君は知ってるでしょう。どうするの?』

 送ってから三分経たずに、

「でしたらぜひ、今月中に飲みに行きましょう!」

 と返ってきた。ここで安心せず、お店を選ぶところまで彼にやらせた。

『僕、全然知らないですよ。幹事もやったことないですし』

 なんて言うが、これも研修と甘やかさなかった。これ以上お膳立てしては、彼の意図が読めない。

 土曜日の夕方、駅に着くとイヤホンを挿した阿門が改札で立っていた。いつも着ているグレーのPコートの下に、鎖骨が見える紺のセーターと黒のパンツ。スーツ以外の姿を見るのは初めてだが、センスが良くて後で聞いたら全部しまむらだった。

 私の姿を見つけると、彼はすぐイヤホンを外して大学の友達と前に行ったらしい駅近くの焼き鳥屋を案内した。サシで飲むのは実は初めてだった。仕事だけでなく、阿門の大学時代から遡って聞いた。バイトは何をしていたのか、サークルは何に入っていたのか、卒論は何について書いたのか。

 彼は一つひとつ丁寧に答えるが、戸惑うときもあった。どうしてと聞くと、

「普段は愚痴を聞くことが多いので、色々質問されるのに慣れてないんですよ」

 そう口にしてから、大学での現地実習の話をしてくる。小グループを作って十日ばかり他県でフィールドワークする授業だったが、日数を重ねるうちに男女関係なくすべてのグループの愚痴が次々と彼に集まってきた。集団の中で、「空気清浄機」と彼はよく呼ばれる。誰とも争いごとをしない。いつだってにこにこ話を聞いてくれる。

 阿門に質問した後、「私はね」と続ける。大学時代の話を彼は黙って頷きながら聞いていた。資格取得のために都下の高校から地方の国立大に進んだと伝えると、

「僕は実家から通えることだけを考えて大学を選びましたね。家出たくないですし」

 と返してくる。私より持っている資格の数が少ない彼は、自宅から三十分かからない私大の文学部出身だ。全国的にも有名で、私も二回受験している。

 ハイボールだけでなくウィスキーも彼は飲んでいたが、いくら飲んでもそこにいるのは毎回の飲み会のように顔色一つ変えない彼だ。その調子が四時間ぐらい続く。最初は楽しかった。だがそこまで続くと、さすがに悲しさのほうが勝ってしまう。私はようやく気付いたのだった。

「君は、他人に興味がないんだね」

「その自覚はありますが、言われたのは初めてです」

 阿門は驚いた目で私を見る。どうしてそう思ったのか理由は伝えなかった。でもコンクリート打ちっぱなしの暗いトンネルの中で、テニスの壁打ちを延々としている感覚に私はなっていた。会話ではなく。

「今、何考えてるか、分かる?」

 彼はすぐに首を振る。私も既にロックで安酒を何杯も飲んでいたせいか、

「君に触れられたらって思ってるよ」

 と率直に言い捨てる。恋愛経験がないはずなのに彼はやはり動揺せず、「それなら」と急にiPhoneを手に持った。



【残り28ページ 

  二◯一九年五月六日 文学フリマ東京 コ‐35 にて頒布(三五◯円)

  嘘でもフォロワーと言ってくだされば五十円引き】

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