俺が異世界に行かない理由 その5
「守!! 今日は話に付き合ってくれた礼だ!! いつの日か魔力が戻った暁には我が世界に案内してやろう!! 力は全くないが初の人間の部下だ!! 光栄に思え!!」
「い、いや俺は遠慮しておきます」
魔王の言うことだ。連れていかれたら何されるかたまったものじゃない。こうして口弁垂れるのも今だけだ。
「フフ、それは楽しみだな。守ならきっと良く働いてくれるぞ」
不気味な笑い声と共に甘ったるい匂いを漂わせて来るのは、一体どれほどの量を飲んだのか。そしてそれ程飲んだと思われるのにけろりとしているのは、彼が魔物だからだろう。
「フォルスも~ルヴァも~食べ過ぎ~飲み過ぎよ~。少しは~ワタシのように~遠慮を~知りなさいよね~」
一番人間らしいのは魔女アモティだろう。人間に一番近い考え--それは人間である男を誘惑する為に必要なのかもしれないが。
そして。ズガズガコツコツと足音を鳴らし会計へと向かう。やはり魔王だ。歩く様すらただならぬ風格を感じる。
サキュバスのアモティはその妖艶なる体を魅せつけるように歩く。エロい。
ただ彼ルヴァの足音は無音。ゆっくりとそれでいて大きな歩幅で行く二体の後を歩く。
「お会計7180円になります」
奈々が手早く伝票からレジを叩く。ただただ仕事に従事するのは早くこの場を切り上げたいからだろう。
ガンッ!
レジカウンターの上に乱暴に置かれたのは一万円札。
「ほらよ!! お金という奴だ!! これでいいんだろう!?」
一体何処から取り出したのか、それは本物の一万円札だ。
「あ、ありがとうございます。--お釣り2820円です」
「釣りは要らねえよ奈々!! それはこの壁の修理代にでも当てておけ!!」
「……と言われましても--」
俺は奈々を止めた。
「何?」
俺は無言で奈々の肩に手を置く。
「……あーそうだね」
俺の思いが伝わって良かった。相手は魔物、しかも魔王だ。修理代云々で話が通じる相手じゃない。
サキュバスのアモティはやはりニヤニヤと見て来る。
手を振り去るものの、また来られては精神的に持たない。
魔剣使いルヴァはあいも変わらず動くエレベーターにすら敵視する。異世界で一二を争う魔剣使いが聞いて呆れる。
そして、彼等が帰ってから漸く落ち着いてきた。
「今日はお疲れ様! はい、疲れたでしょ?」
奈々に渡されたのは今は無き和菓子屋の冷凍饅頭だ。
「賞味期限……まぁ大丈夫だろ」
丁度今から1週間前に店を閉めた和菓子店“ほころび屋”。
多くの人類が異世界に移住する中、店主と嫁だけが残っていたそうだ。
しかし後の魔物群の襲来により数多くの街や都心部は破壊され、災害後の人類にとっての打撃は計り知れない。
それでも店を続けて来たのは、その味を絶やしたくない。ただそれだけの想いだったそうだ。
パクリ
「あー疲れた脳に最高!」
冷凍饅頭。固過ぎず甘過ぎず、それでいて濃厚な味。俺もこの街に住んで長く愛する味だ。
それがもう食べられないのは悲しいけど。
「だよね! 私達、その辺は気が合うのになぁ~」
如月奈々。彼女もまたこの街で育った人間。昔は黒髪でお淑やかな性格だったのに、友人や知人、家族までもこぞって異世界に移住し、1人好きだったこの街に残ったそうだ。
髪が茶色になったのはそれからだ。
「ゲボッゲボッ!? それってどういう--」
「守はまだお子様なのよ。じゃ、私先に帰るね-」
中断され肝心なところが聞けない。いつもそうだ。思わせぶりな行動や言動を言ってはさっさと帰る。
--そして。ガラリとした店内を軽く掃除し俺は帰路に着く。
「あの魔物達、いつも何処居るんだろ?」
たまに来ては来ない日が続く。そんなサイクルを彼ら魔物三体は繰り返す。
(まさか、何か悪いことでもしてるのか? 魔物だし。……あり得るから怖い)
俺はまだまだ修復の目処が全く立たない街中を眺めながら家路を急ぐ。
俺が異世界に行かない理由その5。
異世界に行く理由が無い。
勿論、俺も初めは異世界に行きたいと思ったさ。
チ-トスキルをフル活用して異世界乱舞。カッコよく剣技を決めてザ・勇者。そして呪文を唱えれば手から魔法の数々。
楽しそうだな面白そうだな。素直にそう思った。
だけどこの地球にはまだまだワクワクすることが起きる。
“GETEGOGO”
ふざけた名前だが人類の殆どが想像だにしなかった。まさかそんな日が来るとはって。勿論、俺もその1人だった。
そしてもう一つ。魔物達の襲来だ。鮮明に残るは巨躯の魔王、魅惑の魔女、魔剣使い。
まさか俺がそんな奴らの相手をするなんて。
ワクワクじゃ無いけどこうして何かが起こる。急いでも急がなくても。
それが楽しいことだとは限らないけど、少なくとも俺にはまだ異世界に行く理由が無い。
それが5つ目の理由だ。