俺が異世界に行かない理由 その3
スッ--
音も無く立ち上がるのは長身魔剣使いルヴァ。
「どうかしました?」
「--ドリンクバー」
そう呟くや否やグラスを手に取り歩いて行く。
うん。この魔物の方は普通だ。その腰にぶらぶらしているものは例外として。この三体の魔物の中では至ってまとも。変装すればやけに背の高い人でも十分いける。
「ルヴァったら~場所~分かってるのかしら~? あの物騒な魔剣で~ズバッとしない~?」
「ぐわっはっは!! やりかねんな!! あいつなら!!」
急いで俺は彼の元に向かった。
--そして。
コトッ
持っていたグラスを近くのテ-ブルの上に置いて。
スッ--
その長い手を如何にもやばそうな魔剣に手をかける。
「はぁはぁ--待った-!!」
気付き彼は魔剣を鞘に納める。
「どうしたのだ守」
「どうしたってあんた今! --」
「?」
(ダメだ。ついこの前来たこの魔物にドリンクバーの説明をしても通じる筈がない)
俺は冷静になって考えた。そもそも店の前の看板を斬るような奴だ。理由は『光る様が気に入らなかったから』と訳の分からないことを言う魔物。
しかも先日のこと。レジの音が気に障ったというだけで斬りかかる。おかげで今この店にある唯一のレジは痛々しい切り傷がよく目立つ。
普通なら弁償ものだが相手は魔物。話などまともに通じる筈がない。
全く。何故来た魔物達!
と、俺が心の声を爆破させていると彼は再び鞘に手をかけようとする。
「待って待って! ドリンク俺が入れますから! その物騒なもの出さないで下さい!」
普通なら出禁レベルの行為だ。彼ももう二体の魔物も。でも下手に逆らうとまた魔物でも呼びかね無い。
魔力無き今は大丈夫だとしても、彼らは人間達を敵視する魔物。そのところを肝に命じて置かなければ。
グラスを手に取り、魔剣使いルヴァは珍しそうに見る。
「素晴らしいなこの入れ物は。俺がいた世界では数百万ウェンは下らない」
彼が言うウェンとは向こうの世界のお金の呼び名だそう。初めてこの魔物達相手にレジをした時はまあ苦労した。
「そんな目で見られてもあげませんよ。それよりドリンク早く飲みたいんでしょ」
ルヴァは物欲しそうな目で俺に視線を送っていた。
「そうだな。--では、このメロンソ-ダというのを頂こう」
ピッ。グリーンの水に気泡が発生するグラス。余程珍しいようでその長身を屈め凝視する。
「飲んでも?」
「ど-ぞど-ぞ! 好きなだけ飲んで下さい!」
渡すと片目でグラスの底を見る。もう、行動が理解不能だ。
そして。傾け器用にも頭上から流し込む。芸か!
あっという間に飲み干した彼の表情は悦そのもの。余程お気に召したのだろう。
再びドリンクバーにグラスをセットし俺の方を見る。
「……あー入れ方ですね。この中から好きな飲み物を選んで、後はこのボタンを押すだけです」
「なるほどな。--では、次はこれだ」
ルヴァが次に押したのはオレンジジュ-ス。甘いものが好きなのだろうか。
「……これは血か?」
「ちっ、違います! これはオレンジジュ-ス! オレンジ! う~んありますよね向こうの世界にもオレンジくらい!」
純粋などとは言うまい。オレンジジュ-スのことを血という魔物だ。トマトジュ-スならまだしも。
「オレンジ……ああ、あの果実のことか。--そうか。あれはこういう風にもなるのだな。勉強になった」
こんな光景見たことも無いのだろう。
異世界。彼ら魔物がいた場所がどんな場所か知らないけどドリンクバーが置いて無いくらいだ。いや、彼が単に知らない可能性もあるが。
「じゃ、じゃあ後はそのやり方で出来ますから。だから、その剣でまた斬ったりしないで下さいよ!」
「了解、親切な少年守よ」
飲みまた悦に浸る。
(ほんとに分かっているのかな?)
俺はドリンクバー大好き魔剣使いルヴァを後にし、難題待ち構える巨躯魔王フォルス、誘惑魔女アモティの元に向かう。
その足取りは重く、彼ら魔物の相手は任せたと言う先輩奈々と、同じく職場で働く海斗の応援を糧に俺は足を運んだ。
俺が異世界に行かない理由その3。
世間知らず。
これはあれですね。もう人間世界の常識なんて通用しません。なんたって光ってるってだけで看板を斬りつける危ない奴ですから。
それにレジ。今はまだ動くけど、一体どんな力で斬りつけたんだよって話!
魔力は枯渇してもその鍛え抜かれた肉体は健在。
勘弁願いたい。
それが3つ目の理由だ。