俺が異世界に行かない理由 その2
「時に守!! そんな所で突っ立ってないでこちらに来い!!」
魔王フォルスは俺に手招きをする。
「で、でも俺まだ仕事中なんで--」
「気にするな守!! 我ら魔族の宴に参加するなど滅多に出来ることでは無いぞ!! さあ来い守!!」
魔王フォルスは俺の言い分を聞く耳も持たない。流石魔王といったところか。自我が凄く強い。
(俺の言い分! しかもこれ宴だったのか!? 宴って言ったらもっとこう大勢でワイワイと……)
事実ワイワイとはしているものの、宴というより若き日を振り返る老人達の集まりに見える。
それもそのはず。俺が聞いた話によると魔王フォルスは332歳。次いで誘惑の魔女サキュバスのアモティは662歳。そして魔剣使いルヴァは--自分でも分からないそうだ。
兎に角、彼ら魔族は人間の俺達と違って桁違いの寿命を誇るらしい。老人というよりもはや仙人だ。
ただ見た目に相反して若く見えるのはやはり彼らが魔物だからだろう。
「そうそう~。守君~良かったら~こっちにおいで~。お姉さんのココ~座っても良いから~」
そう魔女サキュバスのアモティが指を指すのは彼女の太ももの上。
「……えっと俺こっちの席で構いません」
少しでもその甘い誘惑に負けてしまいそうだったのは、流石サキュバスといったところだ。
豊満な胸。愛くるしい瞳。セクシーな表情で唇を触り俺を誘惑する。極めつけはその身体付きだ。
思春期真っ只中の俺にとってはその言葉に乗りたくないわけが無い。
それでも俺が何とか持ちこたえれたのは、彼女が魔女サキュバスだからだ。
その艶かしく甘い言葉で男を誘惑し、精気を搾り取って殺す。そんなサキュバスが今俺の目の前にいる。
それでも、漫画や小説などでは殺されることを知ってサキュバスの甘い誘惑の罠にかかる男達が多いと聞く。本当に俺は自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
(サキュバスの知識があって助かった……)
ブルッ
今頃甘い誘惑の罠にかかっていたかも知れない。
性という衝動の恐ろしさを身に持って知った俺だった。
「そ~お~ 残念~」
「お待たせしました-」
ほっとして間も無く奈々が料理を運んで来る。
ハンバーグステ-キ5枚。サラダセット。そしてドリンク。
「って守はそこで何してんのよ!」
「え? えっと俺は……休憩?」
はぁと溜息をついた後、奈々は台から手早くその招かねざる客の前に料理を出す。
「休憩終わったら直ぐ戻るのよ」
「分かってる! --な、何!?」
ニヤニヤと。頬をつきながらアモティは俺を見る。
俺は自分の命が狙われているんじゃないかとビクビクとする。
「青春ね~。ワタシにも~そんな時代~あったかしらね~」
「そりゃ何年前の話だアモティ!!」
またでかい声が響く。近くで聞くと聴覚がいかれそうだ。
「ん~649年前かな~」
「ハンッ!!~真面目に答えてんじゃねえよ!! こんなババアの昔話なんぞ誰も興味なんざねえ!!」
ガタガタガタガタ--この巨躯の大声を至近距離で受けた皿々がテ-ブルから落ちそうなほど動く。
「ひど~い~! ワタシ~深~く傷ついたわ~。レディ~に向かって~そんなこと言うなんて~」
「レディー!? 何処にレディーが居るんだよ!! 熟女--それも600を超えた魔女だろてめえは!!」
二体の魔物が言い合っているうちに、俺とその会話の中にいないもう一体の魔物ルヴァと皿を元の位置に戻す。意外にも俺はこの長身魔剣使いと気が合うかも知れない。
一瞬だが不覚にもそう思ってしまう俺がいた。
ガッガッガッ--
魔王フォルスは勢いよくハンバーグステーキにかぶりつく。その口は一口で林檎を余裕で丸ごと食べられる程大きい。むしゃむしゃと口に含んだそれを食べる様は礼儀のかけらも感じられない。声も大きいが咀嚼音すら大きい。やはり、魔王という生き物は大きいことにこだわっているのだろうか。
俺はそんな光景に呆気をとられていた。
「それに!! てめえはいつまで男を喰うつもりだ!? まさか……この世界の男共もか!?」
喰うというのは魂の事を言っているのだろう。あくまで俺が漫画や小説、本で知ったことだが。
男を誘惑という名の甘い蜜に絡め、その全ての精気を吸い尽くす。誘惑する男が最も望む姿に化け何年も何年もその命を紡ぐ。魔物というより妖怪だ。
「ふふふ~。それは~どうかしらね~」
小皿を取りサラダをよそう。ゆっくりと。その1つ1つの仕草が俺の心を揺さぶる。まさにサキュバスだ。
「……気味悪いな……。守、絶対惑わされるんじゃないぞ!」
「は、はい」
言葉の内容よりも先に、魔王でもこんな声を出せるのかと俺は魔王の生態を1つ理解した。
俺が異世界に行かない理由その2。
同じ仲間同士? なのにやけに貶し合う。
これは彼ら魔族がこの世界に来て分かったことだけどそう感じた。う〜ん実際はどうなんだろう。
分からないけど少なく共俺はそういうのが好きじゃない。
それが2つ目の理由だ。