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Character rone storys  作者: 路十架
3/14

第2話 混沌の幕開け

☆★ 今回の登場人物 ★☆


アンスール

 『言葉のルーン』の名をもつ神。

  この物語の主人公。


イング

 『生命のルーネ』の名をもつ豊穣の神。

 顔はいいのに変な人。



ニイド

 『欠乏のルーン』の名をもつ邪神。

  トラブルメーカー。


ベオーク

 『誕生のルーン』の名をもつ結婚の神。

  アンスールの奥さん。


イス

 『氷のルーン』の名をもつ謎の女。

  無表情。


エオー

 『馬のルーン』の名をもつ多分、馬。

  おりこうさん。


フェオ

 『富のルーン』の名をもつ研究家。

  とってもセクシー。


ペオース

 『宿命のルーン』の名をもつ少女。


ヴェー

 アンスールの弟。かわいかったらしい。


ユミル

 霜の巨人の始祖。残忍。


ニューラーズ

 ニイドカゥムからやってきた大工。

 しゃべるのが苦手。


スヴァルジファリ

 ニューラーズの相棒。

 とっても働き者のお馬さん。


※名前しか出てこないキャラも載せてます☆



 今日は第3回目の平和記念日、アンスルガルドの城壁が出来上がったあの日から3年目だ。


 3年前のあの日から、私はずっと青眼のトラブルメーカーの行方を探し続けていた。


 いなくなった当初は、こんなにも寂しくなるものかと毎夜毎夜ニイドの話をしては周りを困らせた。


 今日は伯父ミーミルとイングが私の元に来ていた。


 ミーミルはあれから、短い手のようなものをつけられ生活には苦労していない様子だ。


 イングはジェラヘイムから伯父たちと交換でアンスルガルドにやってきた人質で、和平の証人でもある。


 その容姿は言われなければ女と間違われてしまう中性的な美貌の持ち主で、身長は私より高い。


 しかし、部屋に入って来て早々、ソファに腰を下ろし長い脚を組んでくつろぎ始める。


「その内にふらっと帰ってくるって」


 あっけらかんとイングはそう言った。


 イングの言葉を聞いて、ミーミルはにらみを利かせる。


「帰ってきても追い返せ! どこから来たかもしれん奴だ。この機会に追放してしまえ!」


「追放とは穏やかではない……。ニイド殿は創世前の危機を救った男と聞いているが?」


 イングが言うようにニイドがもたらした情報で、伯父が適切に動きすべての生物が命を繋いだという過去がある。


「しかし、あれは巫女も不吉だと言っておるだろうが」


「確かに多くの巫女がそうは言っていますが、そうなってから考えればよいではないか」


「私もそう思います! 伯父上は心配し過ぎなのです」


「あの時の危機も巫女は予期しておった……わしは、それを無視して……どれだけ後悔したことか」


 伯父は本を適度に机に積み上げ、その上に落ち着く。


「……しかし、滅びは来なかった。次もきっと大丈夫だ」


 イングが足を組みなおすと、ミーミルは私の方を向いて握りこぶしを作り言う。


「予言に続きがあるのに滅びたりするものか! しかし、ラグナロクの後の予言は今はない状態なのだぞ?」


 巫女たちは口をそろえて言う。


『邪神ニイドは滅びを連れて帰ってくる』と……。


 義弟を探していることを知った伯父ミーミルは、私の元に何度も足を運び繰り返し言った。


 ああ、彼に足はもうなかったか……。


 大賢者であるのにもかかわらず、ずいぶん威厳のない姿になってしまったものだ。


「アンスールよ。忠告しよう……」


 聞きたくないと私は顔をしかめてみたが、ミーミルは全く気にすることなく続ける。


「帰ってくれば予言の先の世界が来る」


「ええ……あの時のように」


「この世界は終わりを迎え、お前も……」


「わかっておりますとも!」


「わかっておらん!」


 ――大昔、前にもこんなやり取りを……。



「わかっております!」


「わかっておらんわ! 馬鹿者」


「ぐえぇっ!?」


 後頭部へと分厚い本が飛んできてダメージを与え、重い音を立てて床に落ちる。


 私は変な声をあげてよろけ、後頭部を抑えながら立っている状態を何とか保った。


「伯父上! 後ろからとは卑怯な」


「うるさーい! 大馬鹿者め! この程度で勘弁してやるわ! 大馬鹿者めが」


「伯父上! 二回も! 二回も馬鹿って言いましたね!」


「大馬鹿者! 馬鹿ではない! ()馬鹿者だ! 大馬鹿者めが! 耳まで悪くなったか!?」


 伯父は激しく怒りを表した。


「何度も何度も言わなくとも、どうせ私は馬鹿ですよ!」


 私は自分に当たって落ちた本に目をやる。


「あーっ、しかも私のお気に入りの本ではないですか! ないと思ったら伯父上が!?」


 それはいつの間にか、なくなったと思っていた本。


【『女にモテルーン大全』 著イング】だった。


 その本を目にしたイングは髪をかき上げて勝ち誇ったように笑って見せる。


 肩をすぼめて伯父は恥ずかしそうに言った。


「細かい奴じゃ、少し借りておっただけではないか。全く……どうして、どいつもこいつも……」


「おぉ、私の記した本ではないか! 気に入ったのなら一冊いかがか? 何ならサインもするぞ」


「そこまで言うなら、アンスールよ、もらっておけ! わしはこっちをもらう」


 伯父は嬉しそうに本を抱えた。


「こ、この本は他の利用法もある使えそうな術式が多いからのぅ……アンスルガルドの術書はこれをきっかけに変わったといえるだろう」


「……タイトルを変えてもらえたら、私としてもありがたいのだが」


 イングの書いた本はアンスルガルドでは禁忌なのだが、実用的な魔法が多く、まじないに似たものが多かった。


 べ、別にモテたくて読んでいるわけではないのだ。

 決して誤解のないようにお願いしたい。


「効果は私が保証するぞ!」


 ニッと笑ういかにもモテそうな著者に足の短い男が二人(?)頼もしい! というまなざしを送った。


 伯父は本を何やら、ごそごそと背中に押し当てると本は消えていった。


 ――なるほど、こんな風に私の愛読書を持ち去っていっていたのか……勝手に入れないようにしておかなくては。


 私は、心に決めた。


「しかし、予言というのはいつから存在するんだ?」


 イングは変な部分は大いにあるが有能な男だった。


「……イングはユグドラシルは知っているか?」


「この世界を支える永遠の樹のことか?」


「そうじゃ」


「それがどうしたんだ?」


「あれが最初の予言をもたらしたのじゃ」


「ユグドラシルが……?」


「ヤラはそれを読んで魔法と科学を結びつけることに制限を加えるべきだと……ある日、一部の者を連れてイーサヘイムを出て行ったのだ」


「父が?」


「伯父上……それは本当ですか?」


 それは私にとって初耳であった。


「それによって、その当時のセイズ魔法はジェラヘイムで発展を遂げたのだ」


「不思議とユグドラシルに浮かび上がった予言は現実に起こるようになっただけであれば、話題になる程度のものであっただろう」


「ユグドラシルでの予言の最後は滅び」


「……ねつ造だと、父ボルは予言を初めて発見したアウズを……」


「アウズを?」


「この世から消したのじゃ……」


「アウズは『始まりもまた予言通りだ』と叫び……笑いながら死んだ――」


「そうして、予言の巫女が各地に次々誕生した」


 最初に予言された滅びをどうにか避けようと、それはもういろんな策を講じた。


 予言の書と違う行動をしてみても、変えたい部分は変わらない。


 父と母の死。


 創世……。


 そして、戦乱と和解。


「運命など、知らずにいられれば……」


「我らは"運命"が望んで、生かされる存在じゃ」


「運命は確かに……確かに、あの時……死んだではありませんか――」


「それさえもまた運命の定めたこと」


「……死んではいないと?」


「運命を殺したお前の父ボルは……」


「誰でもいずれは……」


「あぁ、死ぬときは死ぬ」


 首だけの伯父が言うと、少し複雑である。


「……伯父上は、伯父上は一体何をおっしゃりたいのか?」


 ミーミルは少しだけ上を眺め、目を閉じてしみじみとしながら。


「……ベストラも報われんのぅ」


「何故、そこで母上が出てくるのですか!?」


「鈍い奴じゃ……わしは帰るぞ」


「何故……」


「本当にお前は昔からしつこいのぅ……嫌になるくらい誰かさんに似ておるわ」


 父より伯父になついていた私は、昔からこのように伯父と話をしたものだ。


 あの頃の伯父は今とは比べ物にならないくらい凶暴で、体もついていた。


 よく建物と一緒につぶされていた記憶しかないが。


 ニイドがいなくなった時、伯父がいてくれてよかった。


 私はそんなことを考えると表情が緩んだ。


「何を急に笑っておる?」


「母は……」


「お前のせいではない」


「私のせいなのです」


「昔のことは変えられん。だが、今は……」


「それもまた、私のせいなのです」


「決めたのか……やはり大馬鹿者じゃ」


「ええ」


「わしは付き合わんぞ?」


「そういいながら……」


「帰る」


 ミーミルは気分を害したのか、その場から飛び去っていってしまう。


「私もそろそろ帰ろうか……」


 すっと立ち上がると一瞬消え、いつの間にか扉の前に立ったイングは去り際に一言。


「ミーミル殿もアンスール殿のこと、心配しているのだ。一人で行くと喧嘩にしかならんから……と」


 私たちの言い合いを終始穏やかな表情で見ていたイングは、二本の指を顔の前で振ると丁寧に扉を閉めて帰っていった。


 私は部屋で一人、古びた絵画を見つめる。


 これから起こるであろう予言の一説。


 ラグナロクの予兆、息子の葬儀……。


 以前は私とベオークの挙式、さらに前は神々の戦争が描かれていた。


 今の絵画には悲しみに暮れる神々の絵に変化している。


 その中にはニイドの姿も描かれている。


『ニイドが戻ればこれが現実になる』


 この国の者どもは、それを言って私を慰めたつもりになる。


 確かに、このようなことが起るのは耐えられない。


 ――しかし、それでも私は……。


 帰ってこぬ方が国民のためにはなるかもしれない。


 何故なら、ニイドは滅びをアンスズ神族にもたらす存在なのだから。


 私にはニイドのことを思い出してしまう忌まわしい日になりつつある。


 しかし、他の国民にとっては今日は祝いの日だ。


 たくさんの者が今日は私に乾杯をねだり、グラスを重ねては浮かれ躍っている。


 去年の私も薄らぎ始めた義弟ニイドの影を手を尽くして追い求め続けていた。


 ――平和の祝祭か。


 壁が建設された頃を思い出すと、どうしてもニイドの存在を思い出さずにはいられなかった。


 


「ただいま、アンスール」


 まるで昨日のことのようだ。


 まだ声が鮮明に残っている。


「ただいま!」


 ――違う、これは……!!


 振り返ると、ずっといなかったはずの義弟の姿があった。


 幻覚を見ているのだろうか?


 私は何度目をこすって、何度瞬きを繰り返しただろうか?


「探してくれていたんでしょ?」


 それを目前に見つけると私はニイドの両腕を思わず、力いっぱい掴んでいた。


「今まで……今まで、どこへ行っておったのだ」


 


 ニイドとは弟ヴェーが死んだ日、義兄弟の儀式を行った間柄で、よそ者と言えど特別な存在であった。


 霜の巨人ユミルとの攻防で負った怪我があんな形で弟を奪っていくとは思いもしなかった。


 当時、回復の術を会得した者がおらず、もっと学ぶ方法があったらと後悔したものだ。


『僕がさ、……ヴェーの代わりになってあげてもいいよ? 』


 その言葉は癒えないと思っていた弟の空席を時間をかけて埋めていった。


 もう二千数百年は昔のことだろうか。


「ずっと、そばにおると……」


「アンスール、僕……」


「なんだ? ニイド」


「男に求められても、僕、ちょっと困るんだけど……なんかさ、皆見てるし」


 ニイドの動きは、気まずい人に告白されたときのあの感じであった。


 ――誤解を受けるような言動をするな。


 そう思った。


「嬉しいのはわかったけど……ねっ?」


 私はその言葉を聞いて硬直した。


 


 私が気づいたのは普段感じないような冷たい視線。珍しいものを見るような刺々しさを感じる。


「ほら、僕、奥さんも子供もいるし、そう言うの困るんだよね」


 ――その言動、その言動が!!


 嬉しさ、懐かしさ、怒り……声にならない声を上げながら私は色々な感情に悶絶しそうになった。


 


「あら、戻ってらしたのね。ニイド」


 久々の帰還というのに、通りかかった妻ベオークは冷めた声を義弟にかける。


「そんな言い方はないぞ、ベオークよ。久々の帰還、暖かい声をーー」


 前からニイドに冷たい態度をとっている妻。


 普段、私はそのまま何かを言うということはしていなかった。


 しかし、今日だけは言わねばと思ったがニイドが私の口を指でふさいだ。


「まぁまぁ、義姉さんには先月話にきたから、感動も何もないのは当然なんだよ」


 ――どういうことだ?


 私の視界はベオークとニイドを往復し続けた。


 ――事態が飲み込めぬぞ!


「だからさ、結婚したんだ。結婚の女神である義姉、ベオークのサインもここにある」


 婚姻証明書を広げて見せつけてくるニイド。


「お、お前……どんなに勧めても生涯独身と……」


 血の繋がりがないニイドに私は自分と血縁のある娘をニイドにどうか? と幾人(いくにん)も薦め続けていたのだが、ことごとく断られていた。


「それはさ、心に決めた人がいないとそんな気には誰だってならないじゃない?」


 当然のことなのに、頭がついて行くことをどういうわけだか、必死に拒否している。


 ――なぜそれを言ってくれなかった。


 ニイドは何一つ変わっていなかったが、何もかもが変わっていたように思えた。


「そうそう、紹介するならこういう賑やかな日がいいと思って、今日戻ってきたんだ」


 立て続けに話を進めるニイドに頭と心が拒絶していた。


「積もる話というものは、もっと、そう……小出しにしてじっくり時間をかけてだな」


 私はとっさに時間を稼ごうと言葉を並べた。


 ――ちょっと待て。考える時間をくれ。


「妻のイスと息子のエオーだよ」


 そう言ってニイドは愛想のかけらもない無表情の女と馬を連れてきた。


 二人とも軽い会釈をする。


 


 言葉を失った。


 しばらく沈黙が続き、私は必死に出ないものをひねり出すように言葉を探す。


「そうか、ニイド……頭でも打って……」


 私の言葉に邪神は、そうなるよなというような表情をして頭をかいている。


 ――しかし、記憶喪失などは……よくある話だが、そのパターンではないのか!?


「やむを得ない事情があって、それでしばらく姿を――」


 私は現実逃避をし始める。


「いやいや、至って正常」


 だが、その余裕をニイドは与えてはくれない。


 音沙汰のない子供が突然妻子を連れて戻ったような気分だ。


 他人事と笑っていたが、誰でもこうなるものなのだと今になって理解した。


 ニイドの立場は私にとって義弟ではある。


 意図しない相手との婚姻は親の立場で考えるとするならば、今の私と同じ気持ちになるはずだ。


 ――からかっているのか?


「確かに色々あったけど」


 ――っていうか、どっちが嫁なんだ!?


「頭どころかどこも悪くないし」


 ことが急すぎることと、内容に納得のいかない部分がオーバーフロー気味だった。


 頭痛がしてきて、強い脱力感も同時に襲いかかる。


 たまらず額に手を当て、顔は自然と下を向く。


「え? なに? ちょっと、そんなにショック?」


「……誤解を招くような言い方はやめてくれないか?」


「誤解させてるというか、誤解しているのはアンスールだと思うんだけど」


 はたから見ると恋人同士の質の悪い痴話喧嘩に見えるかもしれない状況だ。


 しかし、断じてそういうことではない。


 私は男にたいしての興味は一切ないし、何より妻もいる。ニイドにも妻がいる。


 妻というからにはとりあえず、この無表情の女が妻だと考えて間違いないだろう。


 だが、そうなると馬が息子ということになる。


 いや、女に見えるが胸もないし、もしかしたら息子なのかもしれない。


 だとすると、馬が義妹に……。


 逆だとしても義甥が馬!?


 


 ――悪夢だ。


 


「ちょっとー? ちょっと、アンスール? きいて―?」


 グラグラと世界が揺らぐ。


 


 □■□■□■


 


 目が覚めると私はベオークの膝の上にいた。


 


 ――どうやら悪夢を見ていたようだ。


「あなた……大丈夫? 飲みすぎかしらね?」


 少し目をあけると、心配そうにのぞき込む美人が見えたことに安堵する。


 


「ほら、ニイド。一気に紹介するのはおやめなさいとあれほど言ったのはこういうことなのよ?」


 ――ニイドが帰還したところまでは現実であったか。


 


「どうしようか……義姉さん。こんなに驚くなんて、まったく想像してなくてさ」


 


 ――言うな。


 


「まず、どちらかを紹介すべきだったのよ」


 


 ――言うな。


 


「息子から?」


 


 ――言うな。


 


「順番からしたら、普通は奥さんじゃなくて?」


 


 ――言うな。


 


「いやいや、順番的には息子の方が先だから」


 


 ――だ・か・ら! それ以上言うなッ~!


 


「あら、そうなの? そういえば、この子は誰との子供なのかしら?」



「あれ、言わなかったっけ?」



「私もそこまでは聞いていなかったわ」


 


 ――そうか、馬はただのいたずらか!


 


 現実を受け入れようと、起き上がろうとする。


 


「あ、義姉さんも見たと思うけど」



「え? 知り合いなの? そんな女性いたかしら?」



「ニューラーズの手伝いをしていたスヴァジルファリ」




 ――無理だった!!


 


 再度、倒れ込む。


 


 きっと夢なのである。


 


「あら、あの馬……雌だったかしら?」



 ベオークも現実逃避気味になり始める。



「話せば長くなるから端折るね」


「えっ? えぇ……」


「僕、1年ほど雌馬として過ごしててね」


 ニイドの話にベオークはとりあえず相槌だけうっている。


「スヴァジルファリの手伝いを妨害しようと思ってのことだったんだけど……」


「……」


「まさか子供ができるとはね! エオーを生むまで大分苦労したんだよ」


 あっけらかんと言うニイドにベオークは言葉を選んでいるようだった。


「……そっ、それは苦労されたのね」


 ベオークの相槌も何かを飲み込めない様子だ。


「まったまたぁ〜、義姉さん……」


 ――ニイドにとっては日常。


「そんな、汚いものを見るような目、止めてくれないかな?」


 ――日常なのだ。


 ベオークは固まってしまった。


「これでも人並みに傷つくんだけど……なんかいつも、扱い酷くない?」


「……馬同士の子を授けたことはここ数年何度も……」


 ベオークには心当たりがあったようだ。


 ブツブツと独り言を言い始めた。


「もしも~し。義姉さ~ん?」

 


 ――ちょっと……。


 


「ちょっと待った!!」


 勢いよく起き上がり、そのまま立ち上る。


 少しバランスを崩してベオークの肩を借りた。


「大丈夫? あなた……ふらついているようだけれど」


 視界はまだグラグラしている。


 勢いが良すぎるくらい急に立ち上ったのだから、しょうがない。


 しょうがないのだが、視界がぶれる。


 


「あ、あぁ……久々に変な酔い方をしてしまったらしい」


 私は考えることを止めた。


「事情はなんとなく把握した。だが、今は少し時間をくれないか?」


「まぁ、結婚の報告だけ覚えておいてくれれば」


 


「時間を……くれないか?」


 私が真顔で言うと、ベオークが回らない頭で言った。


「ですってよ、ニイド。今日はこの辺りにされたらいかが?」


「時間を……」


「……こうは言っているけれど、アンスールはわかっているの」


 ――お主も……わかっていないのではないか?


「でも、どこか飲み込めないのよね?」


 ベオークも自分自身も納得させようと言い聞かせているようだ。


「そうでしょ? そうなんでしょう?」


 ニイドは暴走するベオークに少し引いている。


「お願いします。時間を……ください……」


 こうでも言わないと話は終わらない。


 私は頭をさげて頼み込むように言った。


 ニイドは『おっ、OK……』とだけ言った。


 どうやら察してもらうことができたようだ。


 


「アンスール、おきたのか?」


 足元にハガルが走ってきた。


 このような状況にハガルを目にして妙にホッとした。


 大人の世界は、時々見たくない現実があふれている。


「アンスールもおいしいものたべるのだー」


 後ろからもハガルがきた。


 ――ん?


「アンスールはごはんたべないのか?」


 右からはパンを持ったハガル。


 ――どういう……。


「アンスールもいっしょにあそぶのだ」


 左からは人形をもったハガル。


 ――ことだ!?

 


 まだ、夢を見ているのだろうか……。


 頬をつねるも普通に痛い。


 そして、目が覚める様子がない。


 


「あら、ハガル」


 ハガルに気づいたベオークはまだ思考が停止しているようだ。


「先ほどから高速移動をしているのかと思っていたら」


 パンを持ったハガルにベオークは話しかける。


「目の錯覚ではなかったのね」


 たくさんのハガルが一斉に言う。


「そうなのだよー」


 そして、はしゃぎ回るハガル。


 ――ベオークはなぜそんなに受容できるのだ……。


 これが悪夢の始まりだった。


 あれよあれよとハガルの数は増え、至る所にハガルが現れては物を壊し、被害は広がる一方。


 壊すハガルと直すハガル。壊すハガルが直して、直すハガルが壊す。だから、結局壊れるけど、直す。


 何が何だかわからない状態が続いた。


 


 皆、酔いのせいかと眠りにつくと、ハガルは朝には一人に戻っていた。


 昼まで増殖して、昼過ぎに戻り、そして夜にはまた増えて朝には消える。


 アンスルガルドにはニイドのことがどうでもよくなるくらいに混乱が続き、ニイドの帰還ショックについては徐々に和らいでいった。


 


 そんな時、さらなる混乱が引き起こされた。


 ニイドの妻、イスがハガルによって氷漬けにされたと言うのである。


「これは一体」


 イスとは氷のルーンの名。


 ルーンの意味そのままに彼女はその猫目石のような瞳を大きく開けたまま巨大な氷柱となっていた。


 その現象が起きた時、傍にいたのはニイドとハガル、そして軍神ティールだった。


 ティールの話ではハガルがニイドの妻に駆け寄り何か呟いたところで、身体が宙に浮き、たちどころにこの状況を作り出したらしい。


 説明を聞く分にはハガルの引き起こしたトラブルに聞こえるが、ハガルに考えがあってそのようなことを引き起こすとも思えない。


『他に原因があるはずだ』と、ミーミルと私は考え、ハガルの出処を探すようあらゆる神に通達した。


 ハガルの増殖は日々続いていた。


 これに対しても何か対策を取らねばならないと考え、知り得るすべての有識者に意見を募った。


 


 そして、ある情報がもたらされることとなる。


 アンスルガルドの外れに住む、曲者のフェオ。


 すぐに私の書斎に招き入れ話を聞くことにした。


 背中は大きく開き、脚のスリットも大きく大胆に設えられたドレスは自信の表れだろう。


 奇抜で大胆な形の真っ赤なドレスを翻し、颯爽と歩く。


 背丈は160cmないくらいだろうか、小柄な女は15cm程のピンヒールを履いて現れた。


「ごきげんよう、アンスール。お招き頂き嬉しいわ」


「座ってくれ」とも言っていないのに彼女は私の気に入っている椅子に堂々と腰をかけ、当たり前のように脚を組む。


 透き通るように美しい金色の目と髪。


 顔は私好みではないが、キリッとしたつり目が印象的だ。


 これを口説く男がいるとしたら相当な自信家であろう。


「単刀直入に言うわ、アンスール。あなたはジェラヘイムとニイドカゥム、イーサヘイムを尋ねなさい」


 どこもアンスルガルドの民にとっては、行くことなど考えるはずもない、縁遠い場所であった。


 なぜかと尋ねようようとする前にフェオは続けて言った。


「理由を言ってしまえば、この旅は無駄足になります」


 ――理由も言わず、旅立てというのか!?


「いっ、いや、そういうわけには」


 予想しない展開にしどろもどろになる。


 


「何も聞かずに行動を起こしなさい。行く先は同伴者にすべて託します。あなたは行く先々で今回のことに対する知識を得るでしょう」


 ――同伴者?


「ペオース!」


 そう言われると、フェオよりも小柄で華奢な少女が浮遊しながら現れる。


「はい、こちらに」


 そして、フェオに返事を返すと私の方に顔を近づける。


「さあ、参りましょう」


 私は手も触れられることなく強制的に宙へ浮く。


「ちょっと、待ってくれ!皆に挨拶だけでも」


「なりません」


「ペオース、あとは頼んだわよ」


 華奢な体からは想像できない力に逆らうことすらできなかった。


 不用意過ぎたのだ。


 私は間抜けな体勢のまま、アンスルガルドの外に連れ出されていた。


「つつがなく……」


「こっちの方はうまくやっておくから、安心なさい」


 アンスルガルドの外れに出てフェオの姿はあっという間に小さくなって行く。


 こうして、私の拉致事件同然の長くて短い旅は不本意にも始まってしまったのである。





しばらく、北欧神話は無視してのオリジナルストーリーになります。


ジェラヘイムは場所などの詳細がわからないジェラ神族の住まいがある場所。


イーサヘイムは地底にあるといわれている、創世前の世界。


ニイドカゥムは北の方にある暗くて寒い場所らしいです。


このお話はもうちょい追記したい(A;´・ω・)フキフキ

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