第1話 柵越しの攻防
今回の登場人物
アンスール
『言葉のルーン』の名をもつ神。
アンスズ神族の長。
ハガル
『ひょうのルーン』の名をもつ謎の少女。
とっても元気。
ミーミル
アンスールの伯父で、大賢者。
気むずかしい暴れん坊。
ソウェイル
『太陽のルーン』の名をもつ神。
アンスルガルドの門番。
ティール
『勝利のルーン』の名をもつ軍神。
すごく、まじめ。
ソーン
『トゲのルーン』の名をもつ雷神。
すごく、狂暴。
エイワズ
『復活のルーン』の名をもつ神。
アンスールの息子。
ベオーク
『誕生のルーン』の名をもつ神。
アンスールの妻。
イング
『生命のルーン』の名をもつ豊穣の神。
変な人。
ニイド
『欠乏のルーン』の名をもつ邪神。
トラブルメーカー。
フッラ
ベオークの妹。美人でやさしい。
ニューラーズ
大工。しゃべるのが苦手。
スヴァジルファリ
ニューラーズの相棒。しっかり者の馬。
最近私は眠ることをせず、世界を見渡すことのできるこの椅子に座ることが多くなったいた。
――また、招かぬ客か。
目を瞑ると世界の非日常が見えてくる。
おぞましい姿をしたオセルの住人は毎晩のように現れる。
それを足止めしようと、この国の番人ソウェイルは寝ずの番を続けた。
この日は、ソウェイルの他にも大柄の男が共闘していた。
――オレンジ色の特徴的な髪の毛、軍神ティールが手伝ってくれているのか。
獣の数はおよそ30、昨日より数が増えていた。
今日の巨人は獣のような姿で、その皮膚はとてもかたく、ソウェイルの剣は数回叩いたところで折れてしまったようだ。
狼のようなものもいれば、そちらの世界ではライオンと呼ばれるような獣や鼻の長いものもいる。
巨人どもの住まう『オシラの地』より来たと思われる獣には珍しく羽根を持つものも混じっていた。
獣どもはじわりじわりと2人に詰め寄っていく。
――手を貸すべきか。いや……。
ソウェイルの表情からまだまだ余裕が見て取れた。
術で援護しようかと態勢を変えかけたが、「行けそうだ」と感じ、手を止める。
――勝機は見えている……か。
「ソウェイル! 下へ!」
ティールがそう叫ぶと、ソウェイルはすぐさましゃがみこみ、頭のすぐ上を剣が通りぬけていった。
ソウェイルのサラサラな黒髪に剣が触れ、ティールは少し早かったかと少し表情を変えるが、黒髪の持ち主は剣の行方を見て微笑んだ。
通り抜けた剣はこの国アンスルガルドへ侵入した獣に致命傷を与えたからだ。
頭と身体が見事に分断されている。
獲物を仕留めた男の瞳はこの国では珍しく、コーラル色をしていた。
この国にやってきた頃から感じてはいたが、引き込まれそうになる瞬間がたびたびある。
ぼーっと見ていると、どういうわけか男の私でも見惚れてしまいそうだ。
――いい奴ではあるが、いい男には見えん……不思議な男だ。
何度か、そんな風に感じてはいた。
世間ではなんでかわからぬが容姿端麗と持てはやされているそうなのだが、彼は常に謙虚。
その行動はまた妬ましいくらいスマートだ。
「ソウェイル、瞑れ」
ソウェイルがまぶたを下ろすと、今度は反射的に目を閉じるくらいの激しい閃光が炸裂する。
獣たちは普段見慣れない強い光にパニックをひき起こしたのか、ひどくうろたえて暴れまわる。
その動きに統一性はなく、障害にぶつかったり共に来た獣にぶつかったりしながら、軍神の思惑どおりに目標を失っているようだ。
――目くらましか。
軍神は慣れた手つきで空間を裂き、その中に慣れた様子で手を差し入れる。
そこから剣をソウェイルに選び、抜き出した。
「……もう、開けてよい」
ゆっくりと見開いたソウェイルの目の赤はいつもより鮮やかに見えた。
雪のように白い肌のせいか、その力強い眼光がより際立っている。
その神々しい姿は人間から崇拝されるのも納得のいでたちだ。
しかし……私が知る限りでは、ソウェイルには少し捻ひねくれているところがある。
そんなソウェイルがティールの言うままに目を開き、笑っていった。
――ソウェイルが私以外に笑いかけた?
『――のぞき見は感心しませんよ?』
声が聞こえてくると、ソウェイルは私の方を見てニコリと笑って見せる。
――昔は私以外には表情一つ変えることのない男だったが。
どういうわけかソウェイルは私以外には物静かを徹底していた。
「ティール殿、恩に着ます」
――しかも、礼を言っただと?
私も知り合って何年も経つが、ソウェイルに素直にそんなことを言われた覚えがない。
オレンジ色の髪の男に私は前々から軽い嫉妬の感情を持ち、奥歯をギリリと噛みしめる。
そばでうろたえて走り回る獣にすべての状況をすぐに把握したのか、もともと知っていたのか、ソウェイルも慌てることなく丁寧に礼を言う。
――知能の低い獣か……それがなぜここまで来られたのだろう?
私はそう感じはしたが、ソウェイルがティールに対して素直に接していることにも首を傾げた。
「あの硬い剣が折れるとは思っていなかったが……」
「言った通りでしょう?」
「お主の予期した通りだったか」
「えぇ、私のカン、結構当たるんです♪」
実は、ソウェイルには予言のプロである『巫女』顔負けの予言の力がある。
その力を駆使して敵の侵入を拒んできた。
――予言の力を使えば、侵入などそもそもあり得ないのに……疲れているのだろうか?
軍神がこの国に来てからになるが、敵に侵入されかける事態が増えていた。
ソウェイルはティールの剣を手に取るため、歩み寄っていく。
「この剣には少しだが、術が施してある。役に立つだろう……活用してくれ」
ソウェイルが剣を手に取ると、特に打ち合わせをするそぶりは見られなかったが、二人は自然と背中合わせになる。
視界の敵に専念できるようにという配慮だろうと推測するが、本当にスマートな戦い方だ。
背中合わせになると、二人の身長差はこぶしひとつ分くらいか……もう少しあるかもしれない。
私より大きいはずのソウェイルと比べると軍神の身の丈の大きさがよくわかる。
ソウェイルは標準体型の私より少し大きいわけだから、私と並ぶとなると……。
いつの間にか、自分の手は顔を覆って考えを制止しようとしていた。
私は身の丈に自信がない。
ついつい身長を気にしてしまうときがある。
――隣に並ぶなら馬にまたがっておりたい。
そういう意味でもティールは私にとって、つよく嫉妬したくなる対象であった。
私の嫉妬を向けている最中も二人と多数の侵入者たちの激しい格闘が続く。
作戦が功を奏したのか、ティールが術をほどこした剣の威力だろうか……。
見た目ではそう強力な剣のようには見えない。
しかし、剣を変えてから時間をおかずに敵の数は目減りしていくのは明らかだった。
だが、オセルの住人も相当タフなのだろう。
首を切って動かなくなったものもいるのは確かなのだが、胴だけで動き回る獣は珍しくはない。
まだ、20ほどの獣が2人のことを狙っている。
――ソーンのように頭を砕いてしまえば、再び起き上がることはないのだろうが。
普段から無口な男が、口を開く。
「……一気に片付ける。少し、熱いぞ?」
軍神の呼びかけに、ソウェイルは答える。
「火傷しない程度でお願いしますね」
左手の指二本で宙に印を刻むティール。
宙にかいた印が強い輝きを帯びていき、その印が発した光は二人の周りへと円をかくように踊りはじめ……素早く広がっていく。
――カノとイースの印か。いつの間に。
魔法はこのアンスルガルドでは禁忌しておるが、オセルでは生活に利用されることもあると聞く。
カノは『火のルーネ文字』、イースは『氷のルーネ文字』のことである。
ティールという男は戦闘も魔法もバランスよく習得したパーフェクトな男と言えるだろう。
頭を砕かなくても獣たちは火に弱い。
2つ目の弱点を突いた攻撃に、戦いの結果は決まったも同然だ。
少し知能があれば2人が去ってから、意識を取り戻して国に入り込むものも出るかもしれない。
――まったく、少しくらいピンチになってくれた方が話は盛り上がるというのに。
この国の長としては失格としか思えないことを考えながら私はその光景を眺めていた。
二人の外側が氷で覆おおわれ、その周りを激しい炎が包み込んだ。
――ひとつ扱うのでも、並みの術師には難しいというのに。火のルーネと言えば上級の術だ。
「なるほど、さすがティール殿……美味しい丸焼きになれば、食糧にもできますね!」
危機を脱したことで、安心したのかソウェイルはいつものようにおどけて冗談を言い始める。
冗談を言うときは、いつも決って左手の人差し指を立てるのだ。
「……お主、食う気か?」
いつものことではあるはずなのだが、軍神は真面目な性格からか真に受けているように見える。
ティールは亡骸となった獣たちに眼を配り、少し哀しそうに視線を落とす。
「まさか……冗談ですよ。ソーンがいたら味見くらいはしているかもしれませんけどね」
くすりと笑って見せるソウェイル。
ティールは困ったような顔をしている。
「しかし、ソーンが来るまで……」
今回の襲撃では、私の出る幕はなかったかと、ホッと一息ついて目を開く。
『――アンスール、お客様がみえています』
『――客? そんなものがおったか?』
『――ちゃんと……伝えましたからね?』
ソウェイルの声にはてどうしたものかと思いながら周りを見渡したが、それらしい姿もない。
ときが経つのは早いもので、伯父のミーミルとハガルが、この国アンスルガルドへ何の前ぶれも訪れ、すでに数年のときが経っていた。
その頃からだったと思うが、その時期から頻繁に巨人たちが来るようになった。
この国の住人は巨人どもの脅威に、ぐっすりとは眠れぬ日々を送っていた。
「ハガル、雹のルーネの名を持つ少女か……。それにしてもよく眠っておる」
少女はここに来て、暴れるか寝ているかを目まぐるしく繰り返していた。
『トラブルの告知』と捉えるべきか……、『雹のルーネ』の意味と連日の襲撃は、何か関連があるのではないかと感じるものがある。
「エイワズはこんなにやんちゃではなかったから、日々が新鮮に感じられますわ」
私の肩に手を添え、にっこりと笑って答える世界一の美女ベオーク。女神の中でも最高位にある彼女は、誰もがうらやむ自慢の妻である。
彼女は神秘的なムーンストーンのように輝き、感情が高ぶれば高ぶるほど濃い青色へと変化する不思議な瞳をもっている。
今は穏やかなのだろう、いつも通りの涼しげな水色をしている。
「急に幼子が来て、どうなることかと思ったが……私はいい妻をもらったものだ」
この世界はあるべき姿に向けて、少しずつ変化はしているものの、予言にあるような物騒なことは特になく平和そのものであった。
まえまえから宝欲しさに隣国オセルヘイムより巨人が来ることはあったが、神具の力と雷神ソーンの手により堅く守られている。
「急ごしらえの柵があるとはいえ、四方八方からオセルの住人が来るとなると、防ぎきれるか……すこし心配ですわ」
腰まで伸びた若草色の髪を指でねじりながら、心配からなのか視線を落とす。
アンスルガルドの住居の周りには巨大な柵を前もって作り、侵入に気づくための仕掛けをして時間稼ぎをしておいていた。
「ジェラヘイムとの和睦が成立するまでは不毛な戦いが続き、作っては壊しの日々であったからな……そろそろ城壁の再建をせねばな」
椅子から腰を上げ、ベオークの近くに歩を進めると彼女の肩に手を添える。
「ソウェイルとティール、イングが交代で夜は見張りに立ち、深刻な人手不足な状態ですもの……数年はかかりましょう」
ここ数日、巨人どもの襲撃が、昼夜問わずひっきりなしに続いていた。
頻度も大変なものだが、何より数もまとまってくるので眠るに眠れぬ。
ソーンを遠征に出して、元を断つことも民会の議題にあがったが、アンスルガルドは少数精鋭。
どう考えても、戦力が不足している。
ソーンが不在のアンスルガルドで疲弊した神々にオセルの住人気づいたなら、状況はさらに悪化するであろう。
「アンスール、ちょっといいかな? 前にいっていた城壁再建についてなんだけど……アンスールに紹介したい奴がいるんだ」
声をかけられ振り向くと、見たことのない汚らしい男と私の義弟である邪神ニイドが気づかぬ間に部屋の入り口に立っていた。
「誰だ? その男は?」
来訪者があれば気づくはずなのだが、気配を感じなかった。
――ソウェイルの言ったのはこやつのことか。
全然気づけなかった自分に対するモヤモヤで顔が険しくなる。
「怒んないでよ! 国外でちょっと名の知れた大工を見つけたから、ちょうどいいと思って、さっそく連れてきてみたんだ」
両手を前に私を怒るなといわんばかりのジェスチャーをしながら、話すニイド。
――アポくらいは取ってから来てほしい。
しかし、城壁についてはこのままにしておくこともできないし、ニイドとしても事情を考えて急いで探してくれたのかもしれない。
――気持ちはわかるが、妻はどうか?
私は妻の顔を念のために確認してみた。
あまりいい顔をしていない。可愛らしいその顔の眉間にはわかりやすく皺が寄っていた。
ニイドが何か持ちこむとは、必ず事件が起きるというのがこの国では常識になりつつあった。
「こちらでは見ない顔ですわね」
「ヘェ、ニイドカゥムから参りまっさ。……ニイドカゥムでは大工をして飯を食べておる者でさ」
ペコペコしながら男は恐る恐る挨拶をした。
「ニイドカゥムの住人にしては大柄な気もするが……まぁ、よい。お主、名はなんと言う?」
ニイドカゥムの住人は見てくれは美しくはないが、小柄で陽気な気質の種族だ。
夜しか外を歩かない種族もいるが、夜だけ行動するなら、完成は遅くなるだろう。
何より背格好は私と同じくらい……それにしては大きいように感じる。
他にもどこか違和感があった。
――はたして、この男は本当にニイドカゥムの住人なのだろうか?
私はそんなことを感じ、さらに顔をしかめた。
ニイドカゥムといえば、そちらの世界でいう小人の世界なのだ。
この何とも言えないうさんくさい小人に対して疑惑はあったが、ニイドには巨人に関わるとても有益な情報をもらった恩義がある。
無下にすることはしたくはなかった。
――それにしても、回答が遅い。
男の方に視線を送って観察を続ける。
大工は私が尋ねたことに対して焦りを感じたのか、ニイドの方を見て助けを求めているようだ。
男はとにかくずっと、キョロキョロしている。
「やだなぁ、ニューラーズ! 自分の名前くらい覚えてなよ! ……こいつさ、建物建てる分には一流以上なのに、とにかく喋るのが苦手でさ」
ニイドの青い目が左右に踊っている。
隠しごとをできないいい奴だと、少なくとも私は思ってはいる。
しかし、他の神々には……必ずしもそうではないようで、ニイドが女神と痴話げんかをしていたという話はよく耳に入る。
「ほう、お主がニューラーズか……それで、工期はどのくらいかかりそうだ?」
小人族の名で聞き覚えがある名前ではあった。
ニイドが答えろと言わんばかりに視線を送ると、大工ニューラーズは少し考えて、首を小刻みに震わせ慌てて口を開いた。
「お、お……同じ月がもう一回やってくるまでくらい時間さもらえれば……で、しっかりしたぁ城壁さお約束しまっさ」
ベオークは信じられないと言いたげなとても厳しい顔をしている。
妻に対しても、こういう分かりやすいところを私は気に入っているのだが……。
――困った顔も可愛い。
私の脳内は不謹慎でいっぱいだ。
女神の瞳は話が進むにつれて、少しずつ濃い青に変わっていた。
実はベオークには、少し人見知りなところがあったりするのだ。
なにより、ニイドとはいつもぎこちない。
――……ニイドのことをやはり、よく思っていないからか?
ベオークが「故郷を売るような者を味方とはいえ信用してはならない」と言っていたのを思い出す。
それとも見た目が小人ではない小人が信じられないのか……?
いや、工期が短すぎて、出来るわけがないなどと感じたからか。
「たった一年でできるとおっしゃいますの?」
私は工期そっちのけで、女神の表情ばかりを気にしていた。
――ものすごく警戒しておるのか。
私はそんな風に感じ取ったが、後になって思うと違う部分も影響があったのかもしれない。
そういうのもニイドと妻には昔何かあったのか、どういうわけなのか、私はこの二人の間にぎこちない空気を感じることがある。
それはさておき、しゃべるのが苦手という大工ニューラーズは、またしばらくの間じっくり考えてから今度はおそるおそる口を開いた。
「ヘェ、それだけ時間さあれば、頑丈な物さぜってぇこしらえられまっさ」
おどおど話す男にベオークは調子がくるうのか、他に原因があるのか、あきらかにいつもよりソワソワしているように感じる。
普段気の知れた相手としか話さないからかも知れないが、普段とくらべ会話がぎこちなく、いつもの気づかいを感じない。
妻は子供にはすこぶる優しいのだ。
「そっ……それは、願ってもないお話ですわね!」
ベオークの視線が泳ぎ、私に顔を向けた。
「あなた……いえ、神々の父はどう思われますの?」
やはり調子がくるって、話すのが嫌になったのか、ベオークは私に話を振ってきた。
この国の妃としては壁は必要というところで気持ちは決まっているようだ。
――それならば、作るということで話を進めていこう。
私は頭を切り替えることにした。
「……それだけの物ができるというのは悪い話ではない。報酬はいくらほしい? 聞かせてくれ」
するとニューラーズはもじもじし出した。
「なんだ? 相当法外な値段なのか?」
「いえ、報酬さ一銭もいただかねぇす」
「そんなうまい話はなかろう? 国外の者にただ働きさせたとなれば、私が笑い者にされてしまうではないか。遠慮なく欲しいものを申してみよ」
そうすると、一歩さがってから顔を真っ赤にしてから、ニイドに耳打ちをする。
「太陽か月が欲しいらしいけど、無理だったらフッラが嫁に欲しい……でさぁ?」
赤面してもじもじしながら、うなずく男。
もはや鬼のような形相になるベオーク。
「……はぁっ?! 勘弁してよ! ごめん、アンスール、今の話はナシね! ホント、ナシ! ナシ!」
ニイドは自分が通訳している内容の不味さと重大さに、言葉にしてから気づいた感じたのだろう……言ってから驚いている。
特に準備も打ち合わせもしていないようだ。
自分で言っておいて、すこし間を空けてから内容に驚き、急いで訂正に入る。
その言葉にベオークはホッとする。
――濃くなったり、淡くなったり……本当にわかりやすい女神だ。
フッラとはベオークの妹にあたる女神でベオークに次ぐ美女であり、器量もいい。
義妹は妻だけではなく、私にとても大切な存在だ。
大きな声ではいえないが、家事がとてつもなく苦手な妻に代わり、その苦手な部分を一手に引き受ける大事な存在でもあるからだ。
――このままでは間違いなく妻の機嫌が悪くなる……今すぐにでも、代案を提案せねばならん!
ベオークは結婚の神。彼女の機嫌次第では結婚どころか結実するものすべてに影響が出る。
最高位の女神は意外と気分で動く存在なのだ。
恋愛や結婚が思うようにいかないと人間がぼやくのも仕方のないことなのだろう。
――何か他に提案しなければ!
「金銭や宝ではダメなのか?」
コクコクと頷く男。
そして、大きな小人は、再びニイドにゴニョゴニョと耳打ちをする。
「ニイドカゥムは金銀は腐るほどあるから、どんな風に考えても違うものの方がいい。金銭に対しては価値を見出せないんだってさ」
――価値観の違いがこんな事態になるとは。
「そもそも太陽も月も誰かの所有にすることは、私の力をもってもできぬこと……」
――小人族の物になったとしても、何も変わらないとは思うが……所有だから位置を変えると言われても、私がどうこう言えるものでもない。
私がしばらくうなり声をあげて悩んでいると、ニイドは閃いたように言う。
「じゃあさ、城壁半年で作ってみてよ! それで、出来具合で報酬を考えることにしたら?」
ニイドの意見にはいつも驚かせる。
その場にいる誰もがキョトンとした顔をしたまま聞き入っていた。
「壁の建築は急務だし、完成後にお互い納得いく報酬を考えるのでどう?」
そして、ベオークに耳打ちをするニイド。
内容に納得したのか、ベオークの口元はおどろくほどにこやかに変化していく。
「その条件でしたら、構いませんわ」
「もし完成できなかったら、報酬とか結婚とかも諦めてもらうってことでどうかな? いいよね?」
――なるほど、こういう約束であれば、半年分の城壁が無償で完成するということか。ニイドの奴め。ズルいことだけは一流か……。
「さすがに、一人で半年以内はぜったいに完成させれねぇす。馬を一頭だけ使ってもよかっす?」
するとニイドが耳打ちしてくる。
――妻がいるときにはニイドが隣に立つのは、いつもいつも止めろといっているのだが……。
ニイドの服装はいつも奇抜で、よく女物のような足が長く見える細工の靴を好んではいているのが、私にとってはとくに曲者なのだ。
しかも、元々身長も無駄にデカい。
隣に立たれてしまうと、この私が圧倒的に小さく見えてしまうのだ。
だから、『靴を変えろ!』と私は何度もニイドにいっているのに、彼は『ダサいから絶対ヤダ』と頑なに拒否を続けたのだった。
――絶対的な嫌がらせだ。
足元を恨めしそうに見る私の肩をニイドはポンポンと叩いてくる。
「いいよね? もしかしたら予定より多く完成できるかも。半年じゃ完成は無理だって、大丈夫。完成はこのニイドが絶対にさせない」
ニイドはその瞬間、私に向かって不敵な笑みを見せ考えがあるんだと目で訴える。
その目はなぜか赤く、正気を失ったかのようにその場にいた誰もがなぜかうなずいてしまう。
――おっと、上の空でうなずいてしまった。
「よし、決まった!」
ニイドは嬉しそうに場をまとめた。
ニューラーズは自信があるのか、誰よりもいい顔をしてうなずいている。
――自信を持たれても不安なのだが。
「そんな感じでどうかな?」
私とニイドの身長差が激しいことがわかる距離感でニコニコとして聞いてくる邪神。
――嫌がらせなのか? 公開処刑か?
「そうであれば、認めよう」
とっとと離れて欲しかったので、即答した。
――デカい図体で、セコセコとよく動く奴だ。
「OK! さすが、アンスールは器が大きい! 君なら絶対、絶対に『やっていい』って言ってくれると思ってたよ」
目論見通りにいったと邪神は嬉しそうに笑う。
「ただし、もしも何か問題などが発生した場合は、ニイド……お主には取るものは取ってもらうから、そのつもりでな」
私の言葉を受けて、今更遅いかもしれないが、念のためにニイドに釘をさすようにいう。
だが、とくに苦い顔をすることもなかったので、恐らく何か城壁が完成しないといえる根拠……自信のようなものあるのだろう。
「……まったくもって問題ないよ! あと、念のためニューラーズにいっとくね!」
つかつかとかかとの高い靴を鳴らし、ニイドはニューラーズの方近づいていく。
「手を抜いたら、その段階で報酬は一切なしってことでどうかな?」
いつもよりワントーン低い声でニイドはニューラーズの両腕を掴む。
どこか凄みのある空気を感じ取ったのか、とっさにニューラーズはうなずく。
思い通りにことが運んだのか、身体ごとこちらを見た邪神の顔はほころんでいった。
決まったということが嬉しかったのか、ニイドは両腕を大きく上げた。
「交渉成立だ! あとはヨロシクね!」
そういってニイドは手を打ってから、小人に向かって、嬉しそうに片目を閉じて合図を送る。
本当にふざけたやつだ。
――……嫌いではないが。
「願ってもねぇす」
契約をくつがえされても困るので、私たちはすぐにその内容を書面におこして、お互いの保管用に同じものを二通作成した。
「ここに指型をつくがいい」
私が先に書面に指型を押す。
ニューラーズは見よう見まねで、私の指型の隣に赤インクの付いた指を押しあてた。
アンスルガルドの国とニイドカゥム大工、ニューラーズとの契約はこれで、無事に成立した。
私は立ち会ったものに見せるように、出来上がった書面を高々と両手で掲げて見せた。
こうして、アンスルガルドの城壁再建にむけて誰もがおどろくほど短い期間での慌ただしい工事が始まったのである。
ニューラーズは翌日、白くたくましい馬をつれてアンスルガルドの柵のところにやってきた。
「スヴァジルファリ、さっそくでわりぃすが、お前さ急いで材料の調達を頼むす」
長年の相棒を労わるように撫でる職人の男。
スヴァジルファリは嘶くと、本当に馬なのか? と思えるような働きを見せた。
とても賢く、とにかく働く、主人が休んでいるときでさえもまったく休むことなく働き続けた。
――なるほど、ニューラーズの自信はこの反則級の馬の存在が原因であったのか。悔しいが……賢く強くとてもいい馬だ。
5か月目に入った時、城壁は間もなく完成というところまでこぎつけ、壁作りの優秀な職人ニューラーズは仕上げの作業に入り始めている。
「おい、ニイド。壁は完成しつつあるようだ。ありがたい話ではあるが、このままでは私は大事な義妹を嫁にやらねばならん。本当に大丈夫か?」
そうなれば、ベオークは口をきいてくれなくなるのは目に見えている。
ハガルがきたときは、私にとってこれ以上の大きな悩みはないと思っていた。
だが、それも些細なことだったと撤回したくなるほど、悩ましかった。
「大丈夫、彼は手を抜かない。だけど、満足なものが出来上がるまでは、期日前に完成したとは絶対に言わないよ」
ニイドはまだまだ余裕で笑って言う。
そんな日が何日か過ぎて、神々は『喜びが半分』と『焦りが半分』で起きて仕事がない時間には、誰もが工事を見守り過ごす。
完成が近づいていると感じるたびに、気が気ではなくなっていた。
期日まであと5日、城壁はほぼ完成し、頑丈な扉をけずりだして取り付ける作業が残っているだけとなってしまっていた。
ニューラーズはその扉にも手を抜かず、見事な彫刻を施し、ソーンが叩いても壊れないような加工をしていたようだった。
ソーンが何度も何度も破壊するので扉はなかなか納得のいくものにならないようだ。
壊されるたびに、趣向が凝らされた見たことのない建材が何度も何度も運び込まれた。
大きな建材を主人の元へ急いで届けようと、毎日……毎日、スヴァジルファリは懸命かつ、とても真面目に仕事をしていた。
……していたはずだったが、期日を前にしてなぜかこつぜんと姿を消してしまったのである。
ニューラーズはいつからかずっと一人での作業になり、それでもあきらめず懸命に働いた。
そして、期日が過ぎて完成しないままの城門が存在しないままの状態の城壁を残し、大工は愛馬と同じくこつぜんと姿を消した。
私たち神々は完成しないままの城壁の存在を大いに喜び、その日を祝日と定めた。
少ない見張りでもアンスルガルドは、平和を守ることが出来る『門のない堅固ですばらしい城壁』をタダで手に入れたのだ。
アンスルガルドでは、未完成の城壁完成を祝う宴は三日三晩続けた。
門がなくても城壁としては、この世で一番素晴らしい出来であったからだ。
その影にニイドの捨て身の奇策があったことを知らぬまま、ただただ陽気に踊り歌い平和の美酒を味わうのだった。
なんとか、一話はこれで完成となります。
細かな文字修正などがまた入るかもしれませんが(A;´・ω・)フキフキ
★☆ アンスールの身長をいじるコーナー ☆★
ハガル:136cm
ベオーク:169cm
アンスール:172cm
ソウェイル:176cm
イング:178cm
ニイド:180cm
ティール:187cm
ソーン:195cm
ハガルが一番小さくて、背の順に並べたらアンスールすごく前の方です(/・ω・)/
シークレットブーツはけばいいのにね♪
感想や二次創作はいつでも大歓迎です☆
占いサイトはシリーズが完結したらもう少し充実させたい。
まだ準備中な状態です。
更新したら、あとがきなどでまたお知らせしたいと思います。
最後までお付き合いいただきありがとうございましたm(_ _)m