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Character rone storys  作者: 路十架
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第9話 契約の悪夢

 オセルヘイムでグレンズに再会してどれだけの時間がたっただろうか。


 私達神々は若さを保つ林檎のお陰で老化に怯えることはなかったが、長く長く生き過ぎた。


 その後の世界に希望の風を吹かす若い世代も生まれることはすっかりなくなり、序列はいつまでも変わらなかった。


 序列について不満を述べるものは誰もいなかったが、誰もが見えない重苦しい空気とただ戦っていたのだ。


 この平和な時がいつまでも続いて欲しいと願っていた者たちはことごとく闘争を好むようになっていった。


 とてつもなくネガティブなものと比較しないと自分が幸福だということを実感できるだけの感性を失くしていた。


「長く幸福を感じたいのであれば、些細なことに優しさを感じたり美しさを感じるスキルを磨くといい」


 どこかの老巨人が言っていたことを小馬鹿にし、蔑ろにした自分を軌道修正をするには時がたち過ぎていたのかもしれない。


 


 神々はしばらく開かれることがなかった民会をエイワズの妻である女神、ラーグの呼びかけで開いた。


 数百年ほどの間に私はもう一人の息子ホズに恵まれ、息子たちは妻を娶り孫も誕生した。


 ハガルは相変わらず、成長が認められず巨人の子ではないのかもしれないが、よくわからんというところで落ち着いた。言動も特段変わることなく相変わらずのままだ。


「最近、エイワズ様はこのところ夢でうなされ続け、ろくに眠れておりません。どうか、お知恵をお貸しください」


 今日の民会は体調を崩している息子を心配して、解決策を探そうということらしい。


 ベオークはいつも以上に心配をしていた。母を心配させたくはないと、夢の内容をエイワズは教えてはくれなかったからだ。


 誰かが呪術でもかけているのではないか?と疑う者、まずはよく眠れるように薬をと提案する者、それぞれが知恵を出し合い息子エイワズのためにできることを考えてくれた。


 できる限りの努力をしたにもかかわらず、エイワズの悪夢はより鮮明になっていった。


 鮮明な死の恐怖。そして、訪れるラグナロク。


 神々は巨人たちの攻撃に次々倒れた。


「オセルヘイムとは和睦をしっかりと結んだ。我らを攻撃するわけがなかろう」


 ジェラ神族からアンスズ神族に入ってきた男神ヤラは夢の内容を逆夢だと指摘する。


「で、でも……巨人族がいるのはオセルヘイムだけじゃないんだ」


 ニイドが恐る恐る口を開いた。


 彼はアンスルガルドに初めてきた時、巨人族について私たちが欲しかった情報をリークしてくれた過去がある。それによって、神々は巨人の脅威から救われたのだ。


「初耳だな、ニイドよ……それは真実か?」


 豊穣の男神イングはニイドの発言は信用ならないと思っているのか、間髪入れずに説明を求める。


「いやだなぁ、僕が嘘をついていたらこの国は既に存在していないよ?」


「オセルヘイム以外に巨人のいられる場所なぞ、本当にあるのか?」


 この世界は大まかに10の世界で構成されている。


 すでにご存じかと思うが『アンスルガルド』、『ジェラヘイム』、『イーサヘイム』、『ダガズアントゥル』、『ニイドカゥム』、人間界である『マンナズガルド』、『オセルヘイム』についてまではふれたと思う。


 残りの3つがここにいるイングの治める『イグヘイム』、ニイドカゥムの更に奥の世界『ハガラズテネブレ』、そして世界の南で火を吐き出し続ける『カノクラーティル』だ。


「ニイドカゥムの奥地にあるハガラズテネブレが私は怪しいと思っています」


 ブラギが口を開いた。彼はいっこうに訪れない平和に焦りを感じ、私が城にいる時期には諸国を旅してまわっていた。


「何かをみたのか?」


 さっきから私は口を開いておらん。話を引き出すのが上手いのは私よりもヤラの方であるからだ。


「えぇ、あの地に住む小さな住人が……とても狂暴な巨人に姿を変えるところを私は見ました」


 霜の巨人は氷の中から生れて、水で消えてしまうというのが我々の常識であった。熱を強烈に当てることでその大きな体はたちどころに消えてしまう。


 他の巨人との間に出来た子はどういうわけか、消えることはなく、どこか人間のような……いや、人間よりも結束は固い。


「信じ難い話だ……」


 義手になったティール神はぎこちなく腕を組み、眉間にしわを寄せている。


「ハガラズには今、瘴気が立ち込めているのです……。その瘴気に触れた物は魔物と姿を変えるのです」


 イング神の妹、ギューフが口を開いた。彼女はジェラヘイムでよく使われるルーネによく似た術を使う。


 アンスズの神はルーンを刻んだり、結んだりして力を発動させるがギューフは術を唱えたりするだけで発動させることが出来る。


「何者かがその瘴気をハガラズに撒き、混乱を起こしているのか?」


 ヤラが娘に尋ねた。


「あれはどこからか自然に湧き出しているのです。私はその口をふさぐ事を幾度か試みましたが、すぐに別の穴が瘴気を吐き出すのです」


「それで、時々館を留守にしておったのか……」


 ヤラが驚くと、ギューフは笑って言った。


「お父様、それは……半分は逢引しておりますのよ?」


 クスクス笑う彼女に違和感を覚える。


 ギューフとイングはヤラの双子の子供である。イングはとても見目麗しく、人間からの人気も高い。


 ギューフは似ても似つかぬ老婆だが……、どこかベオークに似た雰囲気を持っていた。


 ヤラはどこか複雑な顔をしていた。


「ギューフ殿、お父上に報告なさるなら、他の機会になさいな」


 空気が悪くなりそうな気がしたのか、ブラギの妻ウィンがギューフに言葉をかけた。


 あろうことかこの国一の美女とブラギが結ばれるとは……。誇らしいような、自分の側室にしたいような……。いやいや、私はベオーク一筋だ。


「ヤラ殿も、ギューフ殿は大人の女性、その程度で動揺なさらぬように」


 ――気立てもいいし、しっかりしておる……。


「い、いや動揺しておるわけでは……。民会で話す内容ではないのではないか?それにギューフには夫があるのに」


 しかめっ面のヤラ。彼はジェラに妻であり、妹でもある女神と離縁し、女巨人オシラと夫婦となっていた。


 ――何を言ってもやぶ蛇である。


「夫でしたら、この国の住人であることしかわからないのに……一向に姿を見せませぬ。愛を求める者と愛を求めあって咎められるとこがありましょうか?」


 ――大衆娯楽の演劇のようなセリフが、身の回りで聞かれようとは……。


 私はヤラに同情しつつ、半分は演劇を鑑賞するような気分になっていた。


 ――よし、一声かけてみよう。


「ヤラが困っておる、その件についてはまた他の機会を設けよう。父はお前が心配なのだよ」


 ――登場してみた。


「アンスールの言う通りです。今はエイワズのためになることを話しましょう?」


 ベオークも重ねて声をかけ、場の空気をリセットする。


 ――全く、それにしても、ギューフの夫は何者なのだ? ずっと旅に出たままなかなか戻らぬといえばソーンか他の神か? 人騒がせな男だ。


「そろそろ……いいかな?」


 ニイドが恐る恐る話に入ってくる。今回の話にはあまり確信がないのかもしれない。


「……軍を率いてやって来るとしたら、未開の地になっているカノクラーティルじゃないか?と僕は思うんだ」


 その場にいる神々全てが目を点にしている。


「酔狂な……あのような場所に住む?……あり得ないでしょう?」


 押し黙っていたソーンの妻、シフが口を開いた。


「何か、根拠があって言っておるのか?ニイド殿」


「ヤラ、実は僕の家族……今、カノクラーティルに住んでるんだ」


 カノクラーティルは常に炎が立ち上り、あらゆるものを焼き尽くしているような場所である。


「まさか……あのような場所で生活できるような者がいるものか」


「僕もまさかと思って、実際に試したんだけど、炎を浴びても火傷一つ出来なかったんだ」


 ニイドの言葉は真実か虚偽か……彼の身体にそのような痕は全く認められない。


「むしろ、温泉帰りみたいに元気になるくらいだったよ」


 そう言って両腕を大きくあげて見せる。


「カノ……チュール・ジェラ!」


 ギューフが唐突にニイドの周りに火を出して見せる。


 ニイドは落ち着き払い、そばにいた者は驚いて席を飛び退いた。


「あら、ニイドに炎で傷つかないのは、真実のようですわよ?」


 ――ジェラ出身の女神の力技は遺伝なのだろうか……。


 ギューフは上品に笑って見せる。


「ギューフ、確かに燃やしたら手っ取り早いけどさ……僕の心は君のせいで火傷だらけだよ?」


「またまた、ニイドは口から出まかせばかり……そもそも、あなたの体は切り裂いても元に戻るではないか」


「ギューフだって、何回槍で貫いても涼しい顔で過ごしているじゃないか!」


「お前らは、普段からどんな喧嘩をしておるのだ……」


 ヤラが頭を抱えて言った。


「ストレス……発散かしら?」


「暇つぶしかな?」


 二人の心は揃っていないが利害は一致しているようだった。


「だ・か・ら! 話を逸らすのはやめんかギューフ!」


 ――いいのか、ニイドはいいのか……。


 ヤラがイライラするとは本当に珍しい。


「では、ニイドよカノクラーティルに行って和睦を結んできてはくれんか?」


「い、いやぁ……それは無理……かな?」


「家族が住んでいるのだろう? コネは十分ではないか」


「僕、実は親子の縁切られてるんだ」


「何をどうしたらそうなる!」


「い、色々あったんだよ。これでも苦労してるんだから」


「お父様、彼はニイドなのですよ? 身内の情報を売って立場を固めるような子を親はどう思います?」


 ――ギューフよ。言葉を少し選んでやれ。わかりやすいけど、なんか色々気の毒だ。


 と言ってやりたかったが、意外な人物がフォローに入った。


「ギューフさん、親という者は例え、子が裏切り行為をしたとしても味方でいてあげたいものよ?」


 イングの妻となったフェオだった。この二人もまさか結婚するとは……。世の中わからないことだらけだ。


「そうだな、フェオよ。フィヨルニルは本当に可愛い。目に入れたら、もう片時とて出したくはない」


 ――いかん、イングの息子談義が始まってしまう。


「ニイドは自分の子に対しては、そんな風には思わないのかしら?」


「残念ながらフェオ、僕はイスにしか今は興味がないんだ」


「そうだな、ニイド!うちのフェオもそれはそれは可愛いぞー」


 また始まった……と思った者もおったことだろう。フェオは予想外の方向に話が進んだのが癪に触ったのか、淀んだオーラを纏った。


「イング様、今はお口チャックしましょうねー」


 そういう時、フェオは香水をイングに吹きかける。


 不思議とイング神は静まり返る。


「夫が場を乱しましたわね……ごめんなさい♪」


 フェオは可愛くウインクして見せる。


「フェオ、それはなんだ?」


 ヤラは興味津々だった。黙らせたい相手でもいるのだろうか?


「沈黙香ですわ……うちの旦那様は語り出すと本当に長いから。夫婦円満の秘訣ですわ」


 イング神はフェオに何かをアピールしようとジェスチャーと眼差しで訴え続けた。


 ――まだ鬱陶しいままなのだが。


 イングという男、見てくれは長身の色男なのだが……動き出すとこんなにも鬱陶しい生き物なのか。


 人間界では石像や絵画のモチーフとしても好まれておるのに、残念な男である。


「うふふっ♪ イング様、お姿も消されたいのかしら?」


 満面の笑みではあるが、言っている内容がかなり怖かった。


 イング神は少し考えると、その場に鎮座し、頬杖をついた。その姿は凛々しく、先ほどとは別人のようであった。


「庭先に飾っておくには素晴らしいのですが、夫は少し面白すぎるところがあるので……ごめんなさいね」


 ――イングはフェオと結婚してくれて、本当に良かったのかもしれない。


 フェオの尻にひかれても、人間たちが思い描く彼への信仰はきっと揺るがないだろう。……多分。


「決めましたわ! 私はこれより、この世のあらゆる物もエイワズの生命を奪わないという契約を交わしてきます」


 ベオークは唐突に席を立ってそう言うと、誰かが止める間も無く出て言ってしまった。


「お義母様、私もお供させてくださいませ」


 続いて、ラーグがその後を追った。


「ねえ、アンスール……今回は何しに来たのかな? 僕ら……必要だった?」


 随分と離れた席から一瞬で私の隣にやって来たニイドは、そばで苦笑いをしている。


「……あ、あぁ」


 言葉が出てこない。


「ねぇ、この民会必要だった?」


 色々なことが杞憂で、それにより一部の神は暴露をし、暴露される結果に終わったようだ。


 


 こうして、エイワズは死の恐怖から解放され、眠れるまでに心が回復した。


 いつもベオークには力技には驚かされる。沢山の女神たちも協力してあらゆる物と契約を交わした。


 刀剣に始まり、石鹸や布……虫や糸との契約書まであった。


 しばらくアンスルガルドではエイワズに物を投げつけ、最強となったエイワズを祝福した。


 一部の者は楽しんでいたようだが、一部の者はその光景に神のすることではないと嘆き悲しんだ。


 私は足の踏み場も無くなった書斎に嘆き悲しんだ。


 部屋が足りなくなったのだ。紙の束が私のお気に入りの本や椅子や様々な物を覆い隠してしまった。


 ――秘密の部屋のはずなのに……なぜここにまで。


 これで誰もが、ラグナロクは発生しなくなったと思っただろう。


 エイワズの死が、その発端として予言には語られているのだから。


 私もそうだろうと信じていた一人であった。


 

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