首狩り
SS級冒険者アーシャが最期に見たのは大鎌の刃だった。
彼女の首が落ちた。アーシャの周りにはパーティーメンバー6人が同じように首なしの状態で横たわっていた。
その横にひっそりと立つ黒ずくめの男は、それらを気にすることなく、ただ大鎌をアイテムボックスに戻していた。
彼の頭には機械的な音声が流れていた。
『639レベルにアップしました』
『アーシャ・エルシアのスキルを獲得しました』
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『・・・・・のスキルを獲得しました』
『スキル【小刀】【刀】【大盾】【水魔法】【光魔法】【探索】【自動回復】がレベル上限に達しました』
『既存のスキルと統合され【全魔法適正】【不死】を獲得しました。ボーナススキル【全魔法耐性】【物理攻撃無効】を獲得しました』
その音声をぼんやりと聞いていた彼は、特殊だとはいえ人族で初めて獲得したスキルに驚くことも喜ぶことも無く。
風が吹き、ふとすると、彼の姿は無く、残されたのは7つの死体のみ。
ステータス
???
種族:人族(異世界人)
職種:???
レベル:639
称号:【首狩り】【無慈悲な殺戮者】【正当なる復讐者】【死神アルスマンの加護】
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クァルハ聖国の聖都にある冒険者ギルドのギルドマスターに凶報が届いた。
【首狩り】の正体を探っていたSS級冒険者アーシャをリーダーとする、聖国でもトップクラスのパーティーが任務失敗どころか、生きて帰ったものがゼロという、最悪の連絡だった。
ギルドマスターは頭を抱えた。どうしてこんなことになったのかと呟いた。だがギルドマスターは知らない。
【首狩り】は、かつてギルドに所属していたE級冒険者だった。
【首狩り】は、かつて唯一無二の肉親を最悪の形で失った。
【首狩り】は、かつて人族の希望である聖女に、最愛の妹は勘違いで罪人に仕立て上げられた。
【首狩り】は、かつて人族の救世主である勇者に、最愛の妹は勘違いで痛めつけられた。
【首狩り】は、かつて人族の心の拠り所でもある教会に、最愛の妹は聖女と勇者を守るためという理由で無実の罪で処刑された。
【首狩り】は、かつて人族の一般市民に、何の罪も無い最愛の妹の亡骸に石をぶつけられ、罵声を浴びせられ、辱められた。
聖女と勇者は知らない。教会もまた知らない。自分たちの勝手な行いによって、自らの首を狩られることになることを。
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【兄】は【妹】とともに大学に行く途中、時空の裂け目に飲み込まれ、異世界に降り立った。
降り立った【兄】は【妹】の無事を確認すると、周りを見渡し緊張した。そこには10匹を超える野犬が、突然現れた人族を警戒の目で見ていた。
【兄】は【妹】のために、【妹】は【兄】のために、戦うことを選んだ。
幸いにして、突然現れたことで警戒していた野犬は、人族が向かってくるのを見て逃げ出した。
【兄】は危機を脱したが、それも一時のことと考え、取りあえず行動してみることにした。
しばらく歩くと村が見えた。どうも中世ヨーロッパに見られた格好の外人しか居ないのに首をひねったが、【兄】は元々順応性が高いうえに、【妹】が居ればそれだけでいい人物だったから、気にしないことにした。
【妹】もまた、【兄】が居るところが自分の居場所を思う人物だったから、気にしない。
10年以上も2人っきりで生きてきた。場所が変わっただけで何も不都合がなかったのだ。
【兄】は村で世界のことを知り、どうも異世界に来たらしいと、無感動にただ思う。
【妹】は村で世界のことを知り、異世界なのに何で言葉が通じるのか考えたが、やはり気にしない。
【兄】は町へ行き、冒険者となる。特に異例の出世があるとか、そういうのは無い。出世欲など無いし、【兄】は【妹】と過ごすことができれば他に何も要らないのだから。もちろん【妹】もまた【兄】と過ごすことができたら何も要らないと思っているのだが。
【兄】と【妹】は、それぞれ違うところで作業をしていた。【兄】は【妹】に食べさせるため魔物狩りに行き、【妹】は【兄】の身体のために薬草取りに行っていた。
その日【兄】は、美味な魔物が普段の狩場ではないところに居るということで、離れたところに行っていた。
その日【妹】は、最近見つけた良質な薬草を取るために、離れたところに行っていた。
その日【妹】は、【勇者】と【聖女】に出会った。出会ってしまった。
【勇者】は大学から帰る途中、光り輝く魔法陣によって異世界に召喚された。
【聖女】は自国の為に召喚の儀式を行なった。
【勇者】と【聖女】は出会った。
【聖女】は言う。魔物が大量発生し、不安定な世界を救ってくださいと。
【勇者】は答える。僕に任せてくれ。と。
その日、【勇者】と【聖女】は魔物狩りのため、遠征という名目のデートを楽しんでいた。
【勇者】は、ふと人の気配を感じて、そちらを見ると、珍しい黒髪の少女が薬草を摘んでいた。なんとなく懐かしくなって、じっと見てしまう。
【聖女】は、【勇者】が少女を見ている姿を見て、胸をざわつかせた。それが嫉妬とは気づかなかった。幼少時より、今までずっと恋を知らなかった【聖女】は、胸のざわつきを、あろうことか少女による精神攻撃と受け取った。
【聖女】は【勇者】に告げる。あの少女は人の形をした魔物の可能性があると。
【勇者】は困惑する。だが、愛する【聖女】がそういうのだから、そうなのだと信じてしまった。
【聖女】は魔法を掛けて【妹】を拘束する。突然捕らえられた【妹】は何が起こったのか分からずに暴れるが、拘束は解かれず。【妹】は盗賊の類かと【聖女】を睨む。【勇者】は、その行為を許さなかった。【勇者】は【妹】を殴りつける。【妹】はその1発で気絶したが、【勇者】は何度も殴る。
【妹】は、【兄】の元に帰らなかった。帰れなかった。
【兄】は、【妹】の帰りが遅いので、探しに出かけた。
【兄】は、【妹】の、いや【妹】だったものを見つけた。
その日、【兄】は死神の加護により手に入れた【大鎌】を手にし、【首狩り】となった。
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【首狩り】として最初に狩ったのは【妹】を罪人として処理した教会の者の1人だった。
酒場で出会い、酒を何杯かおごって気を良くした教会の者は、詳しいことを【首狩り】に喋った。
その帰り、教会の者は泣き叫んで許しを請うた。だが、【首狩り】は許すことは無い。
【首狩り】は何の感情も見せる事無く、狩った。
『12レベルにアップしました』
『ラシア・アラスラのスキルを獲得しました』
『【光魔法】【杖】のスキルを獲得しました』
ステータス
アルス(死神アルスマン命名)
種族:人族(異世界人)
職種:首狩り(死神アルスマン命名)
レベル:12
称号:【正当なる復讐者】【死神アルスマンの加護】
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【首狩り】の名が広まったのは、初めに狩ってから2年ほど経ってからだ。
聖国内において、首無し死体が何体も見つかるようになって、新種の魔物かと冒険者ギルドがC級以上のパーティー6つの合同チームを作り、捜索任務に就かせた。
その捜索任務のリーダーとなったのは、S級間近と言われているルリ・エイエイ。ルリは慎重に死体が発見された付近を捜索する。
異変に気づいたのは魔法使いの1人だった。魔物が居ない。
付近は街道が近く、魔物は元々少ないが、全く居ないのはおかしい。そう判断したルリは斥候として3人を放った。
だが、20分待っても斥候は帰ってこない。まさかと思い、前衛職6人を新たに向かわせた。
だが、B級以上の実力があるはずの6人は帰ってこなかった。いや、1人だけ。頭部だけが帰ってきた。
さすがに修羅場を何度も経験しているだけあって動揺したものは少ない。
だがやがて、1人が気づく。その頭部の持ち主はA級の実力があり、さらに気配遮断のスキルを持っていたことに。気配を消して近づける、暗殺者のように一撃必殺を得意にしていた。だが、狩られた。
気づいた1人は、一時撤退することを進言した。だが、別の何人が、他の仲間が本当にやられたか分からないのに撤退できないという。
ルリは進言した1人をギルドへ伝言役として戻し、他は仲間の捜索をすることにした。
伝言役がギルドに着いた時、ルリの前には黒ずくめの男が立っていた。
無言で、だが、直視すると狂ってしまいそうなくらいの目をした男が大鎌を構えて立っていた。
ルリは勇気を振り絞り、得意の魔法剣術で立ち向かおうと仲間に呼びかけた。だが、返事は無く。
周りを見ると、首無し死体が27体あるだけ。ルリは遂に恐慌状態に陥った。そして狩られた。
『232レベルにアップしました』
『ルリ・エイエイのスキルを獲得しました』
『スキル【看破】【鑑定】【闇魔法】【回復魔法】がレベル上限に達しました』
『既存のスキルと統合され【森羅万象】を獲得しました。ボーナススキル【自動回復】を獲得しました』
ステータス
アルス
種族:人族(異世界人)
職種:首狩り
レベル:232
称号:【首狩り】【無慈悲な殺戮者】【正当なる復讐者】【死神アルスマンの加護】
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【勇者】はただひたすら魔物を狩る。薬草摘みの少女が処刑されたのは知っていた。
冷静になって考えると、少女からは悪意を感じなかったが【聖女】に敵意を見せたから暴力を振るった。だがしかし、その前に少女を拘束したのは【聖女】だった。考えてしまうと、もうどうにもならない。
罪悪感が【勇者】の心を締め上げる。
【聖女】もまた罪悪感に押しつぶされそうになっていた。教会の者に、あの時の感情は嫉妬というものと教えられてから、少女が自分に攻撃したと思ったのは間違いだと認識してしまったからだ。だからといって、もう少女の命は戻ってこない。
2人とも意見は共通している。罪悪感はあるが、幸いにも少女に身内は居なかった。少女には申し訳ないが、教訓として受け取ろうと。
2人とも、まだ若い。そして未熟である。
そんな【勇者】と【聖女】は、今、【首狩り】という犯罪者を追っている。
SSS級冒険者である【勇者】と【聖女】は国からの特別依頼を受けた。それが特級犯罪者【首狩り】の討伐だ。他のSSS級冒険者も10人中8人までが参加している。
なぜ、そこまでか。なぜ、特級犯罪者となったか。
1年前までSSS級冒険者は【勇者】と【聖女】を除き、12人居た。
つまり、2人のSSS級冒険者が既に狩られている。SS級以下、一般人含めて、800人以上が既に狩られている。
ステータス
コウキ・サカグチ
種族:人族(異世界人)
職種:勇者
レベル:298
称号:【正義の執行人】【勇者】
隠し称号:【正義無き断罪人】
マリア・ユーフォミア
種族:人族
職種:聖女
レベル:285
称号:【聖なる守護者】【聖女】
隠し称号:【嫉妬に狂う処刑人】
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【勇者】は【聖女】とともに立ち寄った温泉街で1人の青年に出会った。
この世界には珍しく、黒髪で、2人には嫌な思い出が蘇った。
温泉街で働いているという青年は、元冒険者だったらしく、興味深そうにSSS級冒険者たちを見ている。
嫌な思い出を払拭するため【勇者】は青年に話しかけた。
いろいろと話すうちに打ち解け【聖女】も話に加わった。
近くでSSS級冒険者など見ることが出来て感動だと言われ、鼻高々になる2人。
そんな未熟な2人は酒を勧められ、徐々に言ってはいけない情報を喋りだす。
その青年、アルスはとても興味深そうに聞いていた。
2人が酔っ払いながら、【妹】を勘違いで処刑してしまったことを、まるで他人事のように話していく。
2人は気づかない。アルスの雰囲気の変化に気づかない。
気づかないまま、【妹】のことを過去に置こうとしていた。
アルスは、次は自分も話しましょうと、冒険者だった頃の話をする。
【兄】はかつて、最愛の【妹】とともに暮らし、生きてきた話をする。
【勇者】も【聖女】も気づかない。
【兄】は、【妹】が死んで、冒険者を辞めた。その後、というところで急に話を終えた。
【勇者】は、見覚えがあることに気づいた。【聖女】は少女をじっくり見ていないので気づかない。
対して【勇者】は、少女をじっくり見ていたから気づいた。目の前の青年は少女によく似ている。【兄】と【妹】のように。
【勇者】はどこか歪な笑顔を見て、酔いが急速にさめていった。
それに対して、【聖女】は酔ったまま、続きを求める。冒険者を辞めた後、どうしたのかと。
【兄】は答える。
【妹】を勘違いで処刑した者を、【妹】を死後も辱めた者に復讐するために、
【勇者】の、【聖女】の、教会の者の、聖国の者の、【首狩り】をしている。と
【勇者】は叫びながら聖剣を手にし斬りつけた。【聖女】は酔いつつ悲鳴を挙げつつ魔法を放つ。
周りに居たSSS級冒険者も素早く反応し、得意な技や魔法を放つ。
誰が予想しただろうか、【首狩り】は微動だにしないまま、全てを受け止めた。
そして、何事も無かったかのように、また話し始めた。
【勇者】と【聖女】に対し、狂わしいほどの憎悪と殺意を込めて話し出す。
周りは愕然とする。自分たちの中でも、1番2番の実力を持つ2人の姿に。
ズボンから臭いを発しているのに気づかないほど怯えながら謝罪を繰り返す【勇者】、
小便を漏らしているのに床に座り込み、足を濡らしている【聖女】も頭を抱え、謝罪を機械のように言い続けていた。
ステータス
コウキ・サカグチ
状態:恐慌
種族:人族(異世界人)
職種:勇者
レベル:298
称号:【正義の執行人(剥奪)】【勇者(剥奪)】【正義を騙る者】
隠し称号:【正義無き断罪人】
マリア・ユーフォミア
状態:恐慌
種族:人族
職種:聖女
レベル:285
称号:【聖なる守護者(剥奪)】【聖女(剥奪)】【嫉妬狂いの悪女】
隠し称号:【嫉妬に狂う処刑人】
アルス
種族:人族(異世界人)
職種:首狩り
レベル:1297
称号:【首狩り】【無慈悲な殺戮者】【正当なる復讐者】【不死者】【死神アルスマンの祝福】
隠し称号:【シスコン】
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【兄】の復讐は終わった。殺害数6749人。聖国の上層部はもちろんのこと、教会幹部、【妹】を傷つけたもの全てを狩った。
不死ではあったが、不老ではなかった【兄】は【妹】の墓がある山奥で天寿を全うした。
天界にて【死神アルスマン】は【兄】を受け入れた。
【アルスマン】は元人間である。かつて、まだ魔法が多くに広まっていなかった時代、妹が魔女裁判に掛けられ殺された。それを恨み、【アルスマン】は【死神】となった。
そして、元々偶然世界を渡ったことで気にしていた【兄】と【妹】が、自らと同じようなことになり、【死神アルスマン】は【兄】に名前と大鎌を与えた。まだ若い神である【アルスマン】にはそれが精一杯だった。
だが、【兄】は【首狩り】となり、とうとうやり遂げた。
彼らは、それぞれの妹について自慢を繰り返し話し続けた。延々と、延々と、飽きることは無かった。
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その様子を1体の神が見ていた。
復讐が善とは言わない。だが、悪であろうか。
この話を聞いているに、悪と思いたくない。
そう思った、かなり上位に位置する、その神は
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【兄】は起きた。変な夢を見ていたのか、ぼーっとしている。
だが、はっとして起き上がる。
【妹】は起きた。こちらもぼーっとしている。
だが、はっとして起き上がると思いきや、寝たふりをしている。
【兄】が起こしに来た。【妹】は寝たふりをしながら、どさくさに紛れて【兄】に抱きつく。
【兄】は起きなさいと言っているが、顔はにやけている。【妹】も同じ顔だ。
さすがに遅刻すると【兄】は【妹】を着替えさす。
どちらも大学生だが、どちらも気にしていない。
大学に行く道で、幼少時よりの親友兄妹と合流する。
【兄】は親友の【アルスマン】と毎朝恒例となっている昨日の妹についての自慢話を繰り返し話し続けた。
延々と、延々と、飽きることは無かった。
妹2人も、まんざらでもない様子で聞いている。
大学が近づいたとき
【妹】が耳元に口を近づけて何かを言う。
【兄】は嬉しそうに聞き、【妹】の耳元に口を近づけて返事をする。
【妹】もまた嬉しそうに聞いている。
もうすぐ兄たちと妹たちで道が分かれるといったとき、
光り輝いた魔法陣が。
兄たちと妹たちは、不思議に思うことも無く、飛び乗った。
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神は思う。次は復讐ではなく、自由な世界で兄妹自慢をして楽しく過ごして欲しい。と