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ごっこ

 汗が出てきます。暑いわ。温室ですものね。


「旦那様、暑いですね」


「おっと、ここにいては脱水してしまう。さあ、進もう。奥に部屋があるのだ」


 復活した旦那様に手をひかれ、ジャングルをサバイバル中です。なぜか、通路でなく木々の間を行くのかわかりませんわ。


「さ、着いた」


 またも棘の蔦に隠れた扉です。


「おーい、マオ! 開けてくれ!」


 蔦がシュルシュルと引っ込んでいきます。


「どうぞ、リリィ」


 背を押され、部屋に入りました。アンティークな部屋ですわ。すごく落ち着きます。旦那様は奥に進み、クローゼットを開けました。ズラリと並んだ軽装なワンピースに帽子、サンダル、日傘。小物類もあります。


「全部リリィのために用意したのだ。旅行の帰りにここに寄ろうと思っていたのだが、先に披露することになってしまったね。恥ずかしながら、リリィとの婚儀が決まって浮かれてしまって、たくさん用意してしまったのだ。重いと思わないでくれ。あー、あとは、私の趣味で購入したのだから、気にくわねば着なくてもいいし。それから……」


「コクト様」


 コクト様は早口に一気に喋っています。照れてらっしゃるし、少し不安そう。義母である王妃様がご用意するであろうものを、ご自分でご用意したことへの照れと、そんな重い気持ちのご自分を拒まれはしないかと、不安なのね。たくさん汗をかいているわ。


「リリィ、あの」


「コクト様、私嬉しいわ。重いなんて思わない。こんなにたくさんご用意していただけるなんて、私幸せです。」


 ぱぁっと笑顔が弾けましたわ。


 ーーコンコンーー


「シシーかな」


 旦那様は扉を開けました。町長とシシーがお茶を持っています。涼やかな冷茶ですね。


「おっ、水出し冷茶だね。ちょうど喉が渇いていたんだ。さあ、飲もう」


 躊躇なく私を抱き上げました。そうでしたわ、忘れておりました。あの恥ずかしいお茶の作法を。


「あの旦那様、椅子はたくさんありますし……」


 もぞもぞと動いて、モジモジいたします。気づいて旦那様。


「ああ、そうだね。シシーも町長も一緒に座ってくれたまえ」


 ああ、そっちに勘違いとは。私リリィ一生の不覚。甘んじてこの恥ずかしい横抱きをお受けしますわ。け、決して喜んでなどいませんからね。


「冷茶なら、フゥフゥはなしですね、旦那様」


「はぅっ」


 旦那様は奇妙な声を発し、ガクンと項垂れました。そこまでフゥフゥがお好きなのですか? うふふ、可愛らしいお方ですわ。


「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ、チュッ」


 代わりにおまじないをかけて、カップの端にチュッとしてからお渡ししましたの。旦那様ったら、ニヘラァと顔を崩されております。


「ああ、なんと幸せなのだろう!」


 旦那様は一気に飲み干されました。そのカップにシシーがおかわりを注ぎます。次は私が飲む番ね。カップに手をかけました。けれど、すぐに旦那様に奪われましたわ。


「私もおまじないを。私をもっと好きになぁれ、チュッ」


「恥ずかしいですわ、旦那様」


 私の頬にチュッとして、カップを私の口に持ってくるのですもの。旦那様が、私の口にカップを添え冷茶を流し入れます。口の端から溢れた冷茶は、胸元に滑っていきました。


「ぇ、ゃぁっ……っん」


 溢れた時にはヒヤリとしたのに、旦那様にそれを吸われました。熱く痺れます。破廉恥な声を出してしまいました。頭がクラクラします。


「なんとも美味しい冷茶だ」


 旦那様が耳元で囁きました。体の力が抜けてしまいます。旦那様に横抱きにされていなければ、私は椅子から落ちていたでしょう。


「シシー、町長とお茶の仕入れを話してくれ。着替えは任せてくれ」


「かしこまりました」


 寄りかかったコクト様の胸板が、ドクドクと波打っていましたわ。




***




 シシーと町長が退室し、旦那様は私を横抱きでクローゼットまで運び、ソッと立たせてくれました。


「私が見立てていいかい?」


「ふふ、ええお願いいたしますわ」


 旦那様は嬉しそうにクローゼットを物色しています。


「これだ! これが良い!」


 旦那様が選んだのは、薄い薄い黄色のワンピースです。二重になっていて、ベースが薄い黄色、その上に総レースの白が重ねられています。とても涼やかです。ですが……


「だ、旦那様、そのワンピースはなぜお袖がついておりませんの?」


「奥さんは、南方の衣装を知らないのだね。これはノースリーブのワンピースなのだ。南方では暑いから、袖がないのがほとんどさ」


 腕が丸見えではないですか。私には無理にございますわ。でも、どうしましょう。どうやってお断りしたらよいかしら?


「奥さん、眉が下がっているよ」


 旦那様は私の額をツンと押しましたわ。


「わかっている。慣れないものを着るのだからね。奥さん、これにこの上着を着たらどうかな?」


 旦那様はノースリーブワンピースの上に、薄手のケープを合わせております。少し長めのケープですわ。とても上品です。ケープの縁は蔦の刺繍が施されております。


「素敵」


 思わず、声が出てしまいましたわ。ですが、旦那様はそれはそれは嬉しそうに頷きましたの。それから、サンダルや帽子、小物も選んでもらいました。


「着替えようか」


「ええ」


 向かい合って見つめあっています。なぜかしら? 小首を傾げましたわ。旦那様も同じく傾げました。ニッコリ笑っております。


「あの、旦那様?」


 淑女の着替えに旦那様が立ち会ってはいけませんことよ。おわかりかしら?


「奥さん、私の着替えを先に手伝ってくれないかな?」


 あっ、そうね。私ったら、ダメな奥さんだわ。きょろきょろして、旦那様の着替えを探します。旦那様が指さしてくれました。知らぬ間に準備万端でしたのね。


「脱がせて、奥さん」


 クハッ……なんて台詞なのでしょう! 私、顔が一気に沸騰しました。旦那様がプップッと笑っておられます。なんとなく悔しいですわ。負けられません。何に対してかはわからないですが。


 旦那様のシャツのボタンに手をかけました。最初は戸惑いましたが、何とかできました。シャツをはだけた旦那様の胸板は、定番のクオリティです。つまり、圧巻ですの。


「奥さん、着替えは脱がすだけじゃないよ」


 私リリィ一生の不覚。旦那様の胸板に見とれてしまっていましたの。いそいそとシャツを脱がせて涼やかな薄手のシャツを羽織らせました。ボタンを丁寧にとめて、『よし!』と思わず言ってしまいましたわ。


「ねえ、奥さん。下は?」


 舌? 旦那様を見るとその視線がズボンに向かってます。クハッ……舌でなく下、ズボンでございますね。どうしましょう。ズボンなど触ったこともありませんのに。それに! 下を下に下ろしたら、どこを見たら良いのです? やっぱりその下かしらん?


「クスクス。下は自分でするよ」


 躊躇なく下ろされたそれを見るわけにいかず、思わず背を向けましたわ。衣擦れの音が艶かしくて、熱くなった頬を押さえるように耳を塞ぎました。


「リリィ」


 背にかけられた声と、肌が痺れる感覚にビクンと体が跳ねました。


「そのままで」


 コクト様の手が背をすべります。シュルシュルと解かれたのはドレスのリボンです。背のホックが外されていきます。いつもはホッとする一息なのに、体の弛緩とは反対に私は動けなくなってしまいました。ずり落ちないように、ギュッとドレスを掴みます。


「リリィ、すごく綺麗だ」


「コ、クト様……お願ぃ。見ないでくださいまし」


 声が掠れましたわ。コクト様の吐息が背にかかります。肩にチュッと添えられた唇から、


「ぅん、わかった。後ろを向いているからワンピースを着て」


 と発せられました。ホッとしてぱさりとドレスを落としました。選んでもらったワンピースに袖を通します。肌ざわりの良さと熱さへの解放で、体の力が抜けてしまいました。ぐらりと視界が揺らぎます。


「リリィ!」


 抱き止められたコクト様の腕の中。さらに安心し、体を預けてしまいました。ですが、ふと気づきます。


「なぜ、後ろを向いていたのに気づいたのです?」


 コクト様の体がビックンと揺れましたわ。正に動揺を表すが如くビックンと。


「……旦那様?」


「な、なんだい、奥さん」


 ええ、確信しましたとも!


「見ていましたね?!」


「い、いや、後ろを向いていたから見えるわけないだろ!」


 旦那様から体を離し、ぎろりと睨みます。旦那様がとてもとっても挙動不審ですわ。しきりに後ろを気にしていますね。私、ササッと体を動かします。ドレスでなくワンピースのおかげで機敏に動けますわ。そして、見つけてしまったその存在。


「鏡ですわね」


「ん? そんなものがあったのかい?」


 そのように汗を多量に噴出した顔でとぼけたって、納得するわけないでしょう!


「後ろを向いて、鏡で私の着替えを見ておりましたね?!」


 ーーコンコンーー


 ちょうどいいところで、扉がノックされました。旦那様は、逃げるように扉に向かいます。


「お着替えごっこはお済みでしょうか?」とシシー。


「シシー、シッ!」と旦那様。


「シシー、お着替えごっことは何です?」と私。


「参の巻『魅惑のイチャイチャお着替えごっこ』のことです」とシシー。


「シシー! それは禁句にしたはずだ。しおりに書いてある!」と旦那様。


 シシーはおもむろにしおりを開きましたわ。旦那様は、指をさして『ここだ』と言っております。シシーは『あら、本当にございますね。申し訳ありません』と謝っております。


「ほら、シシーも謝ったことだし、許しておくれ」


 旦那様はニカッと歯を煌めかせ、私にウィンクしました。


「お話、ずれておりますことよ」


 私、到って冷静に発しましたわ。


「……」

「……」

「……」


 流れる微妙な空気。私のせいではありませんわ。


「……お着替えごっこ途中でございますね。奥様、旦那様が多量に汗をかかれたようですので、お着替えを」


 ーーパタンーー


 閉まった扉。消えたシシー。


「シシーには敵いませんわ」

「シシーには敵わないなあ」


 二人同時に発した言葉に、二人で笑ってしまいましたわ。

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