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元凶

「奥さん、怒った顔もやっぱり可愛いなあ」


 旦那様は蔦の吊橋で戻ってきました。私はツーンと顔を背けます。怒っているのですからね!


「リリィ」


 な、名前も呼ばれても許しませんことよ。


「リリィ、そのままで」


 え?


「ゃ! 何、何なのです?」


「見えるから怖いのだよ。こうして目隠しすれば怖くないさ」


「もっと怖いに決まっているでしょう!」


 叫んでしまいましたわ。目隠しを取ろうと手を伸ばしたら、その手を取られてしまいました。見えなくてもわかります。旦那様の手です。


「こんな、無理です無理です!」


 これで吊橋を渡るなんて、足が生まれたての小鹿のようになってしまいますわ。


「リリィ、大丈夫。おぶっていくから。私にしっかり掴まればいいから。シシー、手伝ってくれ」


「奥様、お手を取りますね。旦那様が屈んでくれますので、旦那様の肩に持っていきますよ」


 シシーが手を導きます。手が肩に触れました。恐る恐る手を伸ばすと、旦那様がポンポンと手の甲を撫でてくれました。その手に誘われるように、旦那様の背と思われる場所に抱きつきます。シシーが後ろからおしりを持ち上げてくれましたわ。恥ずかしいことです。


「よいしょ」


 ふわんと体が浮き上がりました。怖くて、旦那様に強く抱きつきます。


「リリィ、いい子だ。さ、吊橋を渡るよ。シシーが後ろにいるから安心して」


 ーーギシギシギシギシーー


 見えないからさらに怖いですぅぅ!


「旦那様、怖い!」


「わかった! 一気に走るぞ」


「きゃあぁぁぁぁ」ぁ」ぁ」ぁ」


 こだまする私の叫び声。ギシギシ軋む吊橋。渓谷から吹き上げる風。揺れるドレス。そして、旦那様のまたの笑い声。リリィ、撃沈しました。




 おんぶから下ろされて、地に足が着きましたが不安定です。ええ、ええ、その通りですわ。私リリィ、小鹿ちゃんですもの。それにまだ目隠しが取れていません。ソッと手を伸ばします。


「奥さん、私がやるから」


 旦那様は私の後ろに回ったようです。目隠しを取ってくれました。目前の蔦屋敷に愕然です。遠くからはわかりませんでしたが、棘のある蔦です。いかにも過ぎますわ。


「旦那様、何が封印されているのです?」


「封印?」


「ええ、屋敷に封印されているのは何ですの?」


「そんなものはないよ。もし何かを封印したいなら、私はリリィを腕の中に封印するけどね」


 背後から抱きすくめられました。小鹿の私の体がだんだんと落ち着いてきます。コクト様の温もりは、私を安心させてくれますから。


「旦那様、全員渡り終えました」


 シシーが報告するまで、旦那様は抱きしめてくれましたわ。それよりもシシー……貴女なぜそんなに髪が乱れているのです? 聞こえていましたよ、貴女が『ヒャッホー』と叫ぶ声を。ギロリンと睨むと、シシーは口笛でも吹くような真似で、そそくさと逃げていきました。


「さあ、屋敷に入ろう。この屋敷なら着替えられやすいからね」


 そうです。セノビールの町の建物は全て小人サイズですから、着替えられませんの。それで、案内されたのがこの蔦屋敷なのですわ。


「屋敷に住んでいるのは、マオと言ってちょっとばかり背が高い者だ。セノビールと隣村の領主だよ」


 旦那様に説明されながら、屋敷の入り口に向かいました。近寄るにつれ、屋敷から不気味な声が聴こえてきます。入り口は幾重にも蔦が重なり、閉じられております。どうやって入るのです?


「おーい、マオ! ちょっと部屋貸してくれ!」


『王子様かい? 了解したぞ』


 不気味なうえに重厚な声です。旦那様の腕にしがみつきます。


「奥さん、見てごらん」


 旦那様に促され入り口を見ると、重なっていた蔦がシュルシュルとひいていくのです。入り口が現れました。


 ーーギィィーー


 何もしていないのに、扉が開きます。


「さあ、行こう。マオを紹介しよう」




 いきなりの登場でしたわ。いえ、いきなりでなくそこに居りましたのよ。完全吹き抜けのロビーの真正面、ドンと座る大きなお方。その名は『マオ』


『マオ、まお、まおお、まおう、魔王!』


 心の中で叫びましたわ。人の三倍はあろうかという大きなお体。紫色の肌色。真っ赤な瞳。尖った耳と尖った歯。禍禍しい二本の角。その角に棘の蔦が絡まっております。あれは、きっと魔王を封印する蔦ね。


「マオ、私の奥さんだよ。可愛いだろ。奥さん、あれがマオだよ」


 魔王に紹介してもらい、魔王を紹介してもらいましたの。さっすが旦那様ですわ、魔王がお知り合いなんて。……ええ、そうね。そうでも思わないと、立っていられませんわ。いいえ、立っているだけじゃ駄目じゃないの。挨拶しなければなりませんわ。


「リリィ・フェインです。レネス国から嫁いできましたの」


 軽く膝を折ります。


「俺はマオだ。よろしく頼む。田舎者故、言葉遣いが失礼かもしれないが許してくれ。コクト王子様とは旧知の仲だ」


 私は軽く頷きました。旧知の仲とはどんな仲かしら?


「じゃあ、マオ、あの部屋借りる。町長、お茶を用意してくれ。シシー頼んだよ」


 旦那様に促され右側の通路に向かいました。あら、不思議。真っ暗だった通路にポッポッポと灯りが灯っていきます。魔王を見た後ですから、不思議を超越してますわ。すんなり受け入れました。私リリィ悟ったのですね、きっと。


「さあ、ここだ。ここは私専用なのだよ」


 突き当たりの扉でしたわ。その扉に、何やらプレートがかかっています。


『コクトの秘密部屋』


 ……旦那様、秘密部屋をこうも宣伝なさっては秘密になりませんことよ。私リリィ、いつものめまいが。


「奥さん、ここのことは秘密だよ。決して口外してはならない。もし、口外したら屋敷に閉じ込められて、一生出られないのだ」


 いつぞやに、聞いた台詞でございます。いつぞやでなく、昨日ですが。ですが、ここはノッてあげましょう。


「まあ、そうですのぉ? 旦那様ぁ、私怖ぁい」


 旦那様の腕をギュッと掴みます。


「私にしっかり掴まっていれば大丈夫さ!」


 ーーキラリンーー


 真っ白の歯を煌めかせ、キラキラ笑顔でウィンクです。きゃ、素敵な旦那様、ハート。……はっ! 何を私は思ったの? 小人や魔王といった現実離れした存在のせいで、旦那様がすっごく格好良く見えてしまったのだわ。そうよ、そうよね。だって、いつも暑っ苦しいですし。キザですし。け、決して、ときめいたりしていないわよ。


 旦那様が扉を開けました。


「これは、いったい」


「すごいだろ?」


 私リリィ、顔がひきつっておりますわ。見渡す限り禍禍しい色の草花が生い茂っております。毒草や呪草でしょう。どす黒い赤の花弁の花、紫の実をつけた曲がりくねった木。ポタポタと緑色した汁をたらす魔女の爪のような植物。色彩色黒い植物園が広がっておりました。見上げると、ここが部屋であることがわかります。


「温室」


「そう、温室さ」


 旦那様はニコニコしています。これを見せられて、『わあ、素敵な温室ね』と言えない私をお許しくださいませ。代わりに、言いましょう。


「秘密の園ですわね」


「リリィ、いいかい。決してこの温室のことを……口外してはいけないよ」


 コクト様は私の両肩を掴み、真剣な眼差しで私に訴えています。少々ひきますわ。


「特に、母上と兄上には絶対だ」


 王妃様とハクト様にはとは、いったいなぜなのでしょうか?


「リリィ、いつか言わねばと思っていたが、それが今だとはな。リリィに重責を背負わせたくはないのだが告白しよう。実は……」とコクト様。


「実は?」と私。


「実は、母上と兄上は……」とコクト様。


「王妃様とハクト様は?」と私。


「太っている」とコクト様。


「太っている」と私。


「……」

「……」


 無言のコクト様と私。


「リリィ、ああ、リリィ……、リリィもこの重責を知ってしまうとは」


 膝を崩すコクト様。目をパチクリする私。


「あの、コクト様?」


 今の会話のどこに膝を崩す要因があるのです? コクト様は立ち上り温室のお空を見上げています。哀愁漂う佇まいを演出しているのでしょうか? 両手をポケットに入れ、目を閉じて首を小さく横に振っておられます。


「呪いなのだよ」


 きましたね。本題、きました。私リリィ、重責を背負ってみせますわ。コクト様の肩にそっと手で触れ、こちらを見てと促します。


「何でもお話しくださいませ。私リリィ、コクト様と共に重責を背負ってみせますわ」


「ありがとう、リリィ」


 コクト様は弱々しく笑みを返してくれました。


「見ての通り、二人は太っている。呪いのせいなのだ。二人は何年もかけて徐々に太っていった。私も父上も最初は気づかなかったのだ。呪いはじわりじわりと二人を蝕み、あのような姿に。私はね、呪いと対抗するために、この秘密の園で……痩せ薬を開発しているのだよ」


「……あの、何の呪いですの?」


「だから、太る呪いだよ」


「ですから、誰に呪われたのです?」


「ん? 誰に……だろうね?」


 私リリィ、大いなるめまいが。真剣な旦那様に、真実を告げても良いでしょうか?


『単に食べ過ぎで太っただけよぉぉぉぉ!』


 と。王妃様はお茶の時も出された茶菓子を全て食べておられましたし、ハクト様に至っては従者がずっと菓子容れを持っておりましたわ。単に不摂生で太ったのですわよ。旦那様……ああ旦那様、きっと認めたくはないのね。けれど、本心は認めているのよ。だって、呪いを解く努力でなく『痩せ薬』を作っているのですから。


「旦那様、私も協力しますわ。お一人で重責を背負わないで」


 いまだ哀愁漂う旦那様を後ろから抱きしめましたわ。旦那様は私の手の甲を撫でます。


「ありがとう、奥さん。心強いよ。ああ、そうだ。ここの植物で作ったお茶もあるのだよ。とても魅惑されるお茶でね、美味しさのあまりに皆が欲したほどさ。だが、奥さんには出せないな。飲んだら皆が小人のなってしまってね。アッハッハ」


 小人の町の元凶は、旦那様でしたのね……

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