表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

アイテム

「選んで」


 ……これはいったいどういうことでしょう。ずらりと並んだアイテムは、黒から白まで色とりどりありますし、形も様々です。ですが、なぜでしょう。これを選ぶ理由がわかりません。


「私はこれにしよう」


 旦那様は黒のそれを……装着されました。


「奥さんは、エプロンとお揃いの色がいいよ。形はこれかな」


 旦那様によって装着されてしまいました。ふわふわの可愛らしい……ピンクの猫耳を。


「シシー、例の物を」


 シシーはささっとやって来まして、私にこれまたささっと、例の新妻の必須アイテム壱の巻『ピンクのエプロン』を着けていきました。そのシシーの装着猫耳は、ピンとたった茶色の猫耳です。もしやと思い振り返りました。皆が、皆が! 猫耳を着けています。


「私は蝶ネクタイだ。さ、皆も何か着けなさい」


 皆が猫耳以外に小物を着けはじめました。シシーはポシェットです。猫耳と同じ茶色のポシェット。


「ミャンミャンの町は、猫耳と小物を着けないと入場できない仕組みなのだよ」


 黒猫の旦那様が教えてくださいました。私の勉強不足でしょうか、そんな町があるなんて知りませんでした。フェイン国のことをあんなに勉強したのに、知らないことばかりですわ。


「皆準備はできたようだな。さあ、行こう」


 従者が入場門の扉を三回叩きました。扉の小窓が開いて私たちを確認する者がおります。


「緑の耳は門番だよ。他に町の保安も緑の耳。困ったら緑の耳に訊けばいい仕組みさ」


 旦那様が小声で教えてくださいました。何でしょう、わくわくしています。門がキィーっと開きました。


「まあ!」


「奥さん、気に入ってくれた?」


「うふふ、ええとても」


 町は皆が猫耳です。町の建物は全てがお伽の国のような可愛らしさです。なんだか、まるで夢のよう。


「町をうろうろしよう。入りたい店があったら言っておくれ」


 黒猫旦那様と腕を組んで歩きます。皆が、猫ちゃんです。うふふ、あの厳つい兵士も顔を真っ赤にして白耳を着けています。幼い主様の付き添いなのでしょうね。強面の者も猫耳を着ければ威厳もありませんわ。まあ! あのご年配のご夫婦はお揃いの猫耳です。二人仲良く肩寄せあいながら歩く姿の微笑ましいこと。


「奥さん、そろそろ私にも気にかけておくれ」


 優しく声をかけられました。ちらりと見上げると、やっぱり白い歯をキラリとさせた旦那様の笑顔です。はじめて見たときはうざったかったのに、どうしてかしら? 今はうふっと笑ってしまうのですわ。


「奥さん、ここに入らないかい?」


 旦那様に促されたのは、ラブリーな小物入れのお店でした。


「旅の思い出を入れる小物入れを買おう。二人のはじめての旅行だしね。二人で拾う海岸の貝がらとか、散歩した道にあった小石とか?」


 うふふ、貝がらはいいですが、小石って……旦那様ったら可笑しな人ですわ。ですが、小物入れは良いお考えね。旅の思い出かぁ……楽しみです。


「ええ、旦那様。私、これがいいですわ」


「奇遇だね。私もそれがいいと思っていたよ」


 二人で小物入れを取りました。蓋には黒猫と桃色猫が寄り添った絵が描かれています。周りは星が煌めく柄です。猫ちゃん二匹が月を眺めているのです。


「奥さん、今宵は私と月を眺めてくれますか?」


「ええ、よろこんで」




 町を堪能しました。堪能した証しに、背後の従者たちは手一杯に荷物を持っています。これ以上の買い物は無理でしょう。


「奥さん、次はあの店に行こう」


 背後から小さく悲鳴が上がりました。


「旦那様ぁ、私……足が疲れました。ぉ休みしたいな?」


 甘ったるく言いますの。もちろん、小首を傾げます。


「なんと、奥さん!」


「きゃあ」


 ばっと横抱きにされてしまいました。早技です。


「言ったでしょ、これは特権だとね。ではそろそろ宿に向かおうか」


 ああ、恥ずかしい。いくらこの町が特殊でも、横抱きにされるご婦人は町にはいませんわ。時おり、『ピュー』と口笛が吹かれます。ますます恥ずかしいのです。旦那様の厚い胸板に顔を埋めます。


「リリィ、恥ずかしがりやさんだね」


「……ここは私の特権ですから」


 そう、ここは私だけが許される場所。旦那様の胸板は私の特権ですもの。




***




 おどろおどろしい。狼男、吸血鬼、魔女……そんな者が住んでいそうな外観の屋敷です。旦那様、ご冗談ですわよね? こんな怖い屋敷が宿なのですか?


 ーーミャーゴーー


 黒猫が前を横切ります。もちろん、本物の黒猫です。


「出迎えかい?」


 旦那様は黒猫に着いていきます。


「あの、旦那様。確認ですが、目前のおどろおどろしい屋敷に泊まるわけではないですよね?」


「ん? 何か言ったかな奥さん」


 しっかり聞こえているはずなのに、何なのです、その返しは。じとーっと旦那様を睨みます。


「今夜の宿は『肝屋敷』と言ってね、まあなんだ……肝だめし屋敷なのだよ」


 私、旦那様の胸板をエイエイと叩きます。旅行の最初の宿なのですよ。思い出の宿になるはずですのに、『肝屋敷』などとは。


「バカバカバカァ。はじめての旅行の宿ですのに。うっうっ」


 感情が高まって涙が出てきました。


「リリィ、泣かないで」


 まただわ。名を呼ぶなんて……。いつもそうなのだから。コクト様はいつもそう。その声に迷いがないのは、婚姻式のときもそうだったし、その後もそうだったもの。


「私のイチオシの宿なのだよ。……豪華で華やかさな屋敷には、リリィも私も慣れているだろう? ここは面白いのだ。私はここでリリィと笑顔で過ごしたい」


 確かに豪華で華やかさなものには慣れていますわ。ええ、私ったらおバカさんでしたわ。グズグズと鼻を鳴らしながら、えへへと自然に笑ってしまいました。


「おどろおどろしくて、面白いのですか?」


「ああ、そうだよ。私の可愛い桃色子猫ちゃん、機嫌がなおって良かった。見た目はこれだが、中はファンシーなんだよ。さあ、入り口に着いた。立てるかい? それとも中までこのままがいいかい?」


 唇を尖らせましたわ。桃色子猫ちゃんですが、私も淑女ですのよ。大人の女です! 旦那様は私を子供のように扱うのですもの。


「立てますわ!」


「奥さん、ちょっと待って」


 降りようとした体を旦那様がグッと引き寄せます。なぜ? と旦那様を見たらニッコリ笑っております。


「ご褒美のチュッはないの、奥さん?」


 まあ! もう旦那様ったら。うふふ……


「もぉっ、目を閉じてくださいまし」


 旦那様は嬉しそうに目を閉じました。照焼肌の旦那様の頬にチュッとしましたわ。


「まだ頂戴」


 まあ、おねだりのおかわりとは、旦那様ったら……うふふ……もう片方にチュッ。


「ありがとう奥さん。では私もご褒美を」


「ぁ……」


 旦那様の唇に囚われた私の小さな吐息。今までよりも長い口づけ。また、涙が出てしまう。離れた先の旦那様が、頬に流れた一筋にもう一度唇を這わせます。顔が心が熱を出す。


「恥ずかしぃ。皆が、見ていますのに」


「やっぱり、恥ずかしがりやさんだね」




***




「いらっしゃいませ」


 屋敷の入り口に立っているのは、宿の方でしょう。ですが、何かおかしいのです。普通の人間なのです。おかしいでしょ?


『ああ、リリィ。気づいたかい? 彼はここのオーナーでね。そう、三年前だ……彼はネズミに耳をかじられてね。猫耳を失ったのだよ』


 旦那様は、耳元で教えてくださいました。ですが、……はい? 猫耳はまた新しいのを着ければいいではないですか。


「あの、新しぃ……」


 チュッと口を塞がれました。旦那様はそのまままた口を耳元に寄せます。


『彼は本物なのだよ。彼は猫人族でね、本物の耳があったのだ。いいかい、奥さんこれは秘密のことだよ。決して彼の前で猫耳のことを口に出してはいけないよ。口に出したが最後……この屋敷に閉じ込められてしまうんだ』


 ガクブルにございます。さすが『肝屋敷』にございますね。……って、騙されませんことよ! 旦那様ったら、私を怖がらせようとなさっているのね。そして、怖がる私が『行かないで、旦那様ぁ。離さないで、旦那様ぁ』そうねだるのを楽しもうという魂胆でしょう。いいわ、のってあげます。旦那様の体にピッタリ寄り添います。け、決して怖いわけではありませんけれど!


「本日の肝は新鮮にございますなあ」


 耳に届いた声は、あのオーナーのもの。こ、怖いぃ! 旦那様の腕をぎゅっと掴みます。


「どうぞ、お入りくださいませ」


 ーーギィギィギィィィーー


 扉が嫌な音を出して開きました。




「まあ! なんて可愛らしいの!」


 全てが猫ちゃんです。ロビーはガラスの猫ちゃんがずらりと並んでおります。壁紙はお眠り子猫柄です。飾られた画は、あらゆる愛くるしい猫ちゃんたち。椅子もテーブルにもどこもかしこも、猫ちゃんグッズが飾られております。


「ありがとう、旦那様」


 旦那様の腕をぎゅっとしました。今度は嬉しくてです。見上げた旦那様のお顔が、私をまた幸せにします。穏やかで、愛おしそうに私を見つめていますから。


「お部屋にご案内いたします。ご所望は白猫の間でお間違えありませんでしょうか?」


「ああ。部屋係はいらない。シシーが良いのだろ、リリィは」


 私の頭をポンポンと撫でてくれました。ええ、私はシシー以外はダメなのです。


「旦那様、弐の巻は必要でありましょうか?」


 シシー、久しぶりの登場だというのに、いきなりの爆弾を落としましたね。私、キッと睨みます。シシーはカッと目を見開きます。そう、まるで威嚇する猫のように。お見事だわ、シシー。


「それは、南方に行ってからだ。伍の巻を頼む」


「かしこまりました」


 何でしょう、伍の巻って。口元がヒクヒクしてしまいます。


「あの、旦那様?」


「楽しみにしておいて。さあ、部屋で夕食までゆっくりしよう」


 誤魔化された感があります。いい、リリィ聞きなさい。雰囲気に流されないように気をつけるのよ。私自身に語りかけましたわ。この旦那様とあのシシーという巨頭に、私は負けませんことよ!


「白猫の間でございます。どうぞ、おくつろぎください」




「もふもふ」


 思わず声が漏れてしまったわ。部屋中、白いもふもふですの。もふもふ絨毯に足を踏み入れました。


「はぁん」


 なんて柔らかな毛並みの絨毯なのでしょう。足首を包み込む柔らかさ、もうそれだけで腰を落としそうになります。この絨毯に座ってみたい欲求にかられてしまいました。


「奥さん、この部屋では靴を脱ぐのだよ」


 旦那様はすでに靴を脱いでおられます。ですが、ベッドの上以外で靴を脱ぐなんて、明るい中で旦那様に素足を見られるなんて、恥ずかしいわ。


「私たちは猫なのだよ。猫は靴を履いていないものだからね」


 旦那様はそう言って、私の前で膝を着き私のドレスの中に手を入れました。靴を脱がされてしまいました。素足がもふもふの中に埋まります。


「はぁん」


 なんて心地よさなの。


「奥さん、猫はゴロンと横にもなれるのだ」


 旦那様は私の手をひき、部屋の中央に敷かれているふわふわマットに誘います。繋いだ手のまま、旦那様はマットに横になりました。もちろん、私を抱えています。もふもふとふわふわと、旦那様の胸板と……なんと至福の時でしょう。


「リリィ、夕食まで猫寝しよう。私たちは猫なのだから」


 ふふぁあん。欠伸が出てしまいました。まぶたが重いですわ……


「おやすみ、リリィ」


 優しい声に誘われ、リリィ桃色猫は意識を手放しましたの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ