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壱の巻

「奥さんは可愛いなあ」


 うふふ。王子様ったら、私にぞっこんね。


「どうしよう。あまりに可愛すぎて誰にも見せたくないなあ」


 ま! 王子様ったら、なんて独占欲なのでしょう。


「……寝ているうちに、ちょっといたずらしようかなあ」


 きゃ、王子様の……じゃなぁーい! 王子様に夢見る婚姻前リリィになっていましたわ。


「……おはようございます。だん、いえ狼さん!」


 照焼旦那様こと、狼さんの胸板を手で目一杯押した。寝ていることをいいことに、さわさわとヤられてしまいましたわ。


「子羊ちゃん、狼さんだぞお!」


 ぎゃ、抱きすくめられましたわ。その手がまたさわさわと……


「そ、そこは美味しくありませんわ! きゃ、やめてくださいまし」


「なにを言うか、子羊ちゃん。今にもかぶりつきたいほど、柔らかな弾力であるぞ」


「お・お・か・み・さん!」


 反動をつけて頭突きを食らわせました。どこの弾力かは訊かないでくださいましね。狼さんはお鼻をおさえて涙目になっておりますわ。


「おはようございます。本日の目覚めのお茶は、オレンジ・ペコーでございます」


 やっぱりシシーね。私の目覚めとともにお茶が出てくるわ。爽やかな香りね。


「さあ、子羊ちゃん。あちらで飲もうではないか」


 あら、いつの間にか復活しておりますのね。あの一脚の椅子でのお茶だけは避けなければ。だって、あれを朝からするなんて……私リリィ恥ずかしいのですもの。


「狼さん、私ここで飲みたいわ。毎朝、二人ベッドで寄り添いながらお茶を飲むって、素敵でしょ。私、ずっと憧れておりましたのよ。昨日と一緒で、お・ね・が・い、旦那様ぁ」


 ふう、言い切りました。最後は甘い声でねだってみましたわ。私リリィ、今日一番の仕事をやりきりました。


「ああ奥さん、君はなんて小悪魔なんだ。シシー、それをこちらへ」


 うふ、イチコロね。シシーったら、なぜに残念そうなのかしら。


「奥さん、昨日はすまなかったね。一人で寝入るのは寂しかったであろう」


 旦那様は優しく髪を撫でてくれている。そう……昨夜は旦那様を待っていたのに、遅くなるとの知らせにふてくされて寝たのだわ。


「奥さんは怒った顔も可愛いなあ」


「そんなこと言ったって、騙されませんわよ」


 プイッと顔を背けましたわ。私、怒っているのですから。だって、待っていたのに……心の準備をして待っていたのに……


「奥さん、フェイン国の南に美しい湾があるんだ。そこに婚姻後に行く予定だった。延期していたのだが、奥さんの体調も良いようだし急きょ行こうと決めたのだよ。それで、いろいろと準備がね」


 卑怯だわ。そんなの知らないわ。知らなかったんだから。


「リリィ、おいで」


 優しく抱きしめられてポンポンと背中をあやされる。子供じゃないのに。


「ほら、お茶を飲んで泣き止んで」


 やだ、私ったら泣いてしまっていたなんて。本当に子供のようじゃない。


「待ってたんだから……待ってたんだからね!」


「うんうん」




***




「南方は暑っ苦しい……暑いのでしょうね。正に寝起きのお二人のように」


 シシーったら、ニヤニヤしちゃって。何よ、何が悪いって言うのよ。だって、フゥフゥなのだから……もとい夫婦なのだからいいじゃないの。


「お可愛らしい痴話喧嘩ですこと。シシー、悶絶しました。仲直りのお茶のフゥフゥに、旦那様はお顔がとろけておりました。奥様のちっちゃいお口が一生懸命フゥフゥしているのを、ニコニコと見ているのですからね。それはそれは幸せそうでした。それに」


「シシー! もういいからやめて!」


 恥ずかしいじゃないの。客観的に聞いていたら、イタイ二人じゃない。私ったら、また雰囲気に流されてしまったのだわ。気を付けないといけませんわね。


「シシー、そろそろ旅の準備を」


「かしこまりました。旦那様よりご指示は受けております」


「指示?」


「はい。旅のテーマは『お忍びルンルン旅行~狼さんは子羊ちゃんを食べちゃうぞ~』だそうです」


 ……めまいが。


「因みに、~狼さんは子羊ちゃんを食べちゃうぞ~の副題は今朝旦那様の退出時に言われました」


 シシー、貴女の手に持っているものはなんですの? 先ほどから入念にチェックしていますね。もしやと思いますが……


「それは旅のしおりだったりして?」

「これは旅のしおりでございますよ」


 見事に被りましたわ。待ってください……まさか旦那様の昨夜の準備とは、しおり作成でしたの?


「こちらは奥様の分でございます」


 シシーのとは違い、華やかさな表紙のそれをまじまじと見つめましたわ。


「『お忍びルンルン旅行』……私の副題は、やだ旦那様ったら」


 涙が込み上げてきましたわ。だって、副題は……


「『私の愛する奥さんに素敵な旅行を捧げる』さすが、旦那様にございますね、奥様。さあ、旅のドレスに着替えましょう」


 旦那様もシシーも私を何度泣かせるのでしょう。もちろん、嬉しい涙ですわよ。あ、目が腫れちゃうわ。


「奥様、どうぞ」


 やっぱりシシーね。冷したハンカチを持ってきてくれましたわ。




「ねえ、シシー。訊いても良いかしら?」


「はい、何でございましょう」


 準備に忙しいシシーに声をかけました。


「シシー、これはいったい何かしら?」


「新妻の必須アイテム壱の巻『ピンクのエプロン』にございます」


 うふ、旦那様ったら。ヒラヒラピンクのエプロンをご所望なんて……なんて……なんて……変態チックなのでしょう! 落ち着いてリリィ。壱の巻と言うなら、弍もあるのよね。さらっと訊くのよリリィ。


「弍の巻は何かしら?」


「弍の巻は『生足魅惑のルームドレス膝丈』にございますね。ん?」


 シシーはしおりをチェックして教えてくれましたわ。ええ、ええ、そのしおり見せてくださいね。私、シシーのしおりに手を伸ばしましたわ。


 ーーくるりんーー


 しおりがあ、しおりがぁ、手を掠めただけでした。気配を消したのに、私をかわすなんてさすがシシーだわ。そのまま、作業を開始するあたりが子憎たらしくってよ。


「シシー、何巻まであるの?」


 そこでやっとシシーが手を止めました。私をじっと見つめておりますわ。何でございますの?


「聞けば地獄、聞かぬは天国にございましょう」


 なんですって?!


「つまり、聞かなくっても地獄ってことでしょう!」


「大丈夫でございますよ。旦那様が徹夜でご用意したものです。真珠の髪飾りのように、きっと素晴らしいはずです」


 ……そうね。鏡を見る。真珠の髪飾りが輝いているわ。思い出すのは、どんなものよりも私が宝だとおっしゃった旦那様のお言葉。あんなに嬉しくて、幸せな言葉はありませんわ。旦那様は、私自身をちゃんと見てくれるわ。


「きっと、ピンクのエプロンもお似合いですよ」


 シシー、私今とっても幸せな気分でしたのに、それを害するなんて! キッと睨むと、やはりシシーは明後日の方向に目を泳がせていましたわ。




***




 ーーガタゴトガタゴトーー


「奥さん、しおりを開いて」


 馬車の中で旦那様は隣でお座りになっています。体を寄せ開いたしおりを見ていますの。ちょっと、暑っ苦しいですわね。


「最後のページに地図があるんだ」


 しおりの最後のページを開くと、フェイン国の地図が記されております。


「ここが王都。で、行き先はこの南方のトウキビ地方のこの港町」


 旦那様はわざわざ私の指を掴んで、その指で場所を差しております。指がくすぐったいですわ。旦那様ったら、指の腹を撫でるのですもの。


「だけど、一日では行けないよ。馬車では三日ほどかかる。今日の宿はここ」


 また指を誘導されました。王都から少し下った場所ですね。


「ミャンミャンの町だ。ここは面白いぞ。奥さん楽しみにしていておくれ」


 ーーガタゴトガタゴトゴットンッーー


「きゃ」


 馬車が大きく揺れて旦那様の胸に倒れこんでしまった。旦那様は私を優しく起こしてくれたのだれど、その手が私から離れずにっこり笑っている。何となく嫌な予感がしますわ。


「このくらいの揺れで倒れては大変だ。奥さん、私に掴まりなさい」


 旦那様の両手が私の脇に滑り込み、ひょいと持ち上げられた。


「きゃあ、旦那様!」


 バタバタと足を動かしても、旦那様の腕はびくともしません。そして、すとんと収まったのは旦那様の太腿の上です。それも、ペタンコ座りの向かい合わせなんて! 足を閉じようにも、旦那様の脇腹が邪魔をして閉じられませんの。なんて破廉恥な格好なのでしょう。


「旦那様! このような淑女たるにあるまじき姿……私、お嫁にいけなくなりますわ!」


「プップッ、奥さんはもうお嫁にきているよ。この私の元にね」


 ああ、なんてこと! 私リリィ一生の不覚。自分でもぱくぱくと開く口を認識できるほど動転してます。旦那様はクスクス笑っております。私、睨みましたわ。ですが旦那様ったら、そんな私に言うのです。


「奥さんは怒った顔も可愛いなあ」


「それは朝も聞きましたわ!」


「そうだね。そして、私はこうやって抱きしめて……」


 朝のように旦那様は私を抱きしめます。ポンポンとあやすのでしょ?


「リリィ」


 ああ、どうしてでしょう。こんなときに、名を呼ぶなんて。旦那様はいつだってそう……私の名をとても愛おしそうに呼ぶの。あやされるはずの手が、私の頭を覆い、引き寄せられる。互いに埋めた首筋が、互いの吐息で熱くなる。


「この程度、破廉恥とは言わないよ。リリィ、少しずつ私に慣れていっておくれ」


 コクト様……慣れるなんてできないわ。コクト様に触れられると、いつだって心臓がうるさくなるのですもの。




***




『ミャンミャンの町の入場門に着きました』


 外から声がかけられて、びくんと動いた体を旦那様はがっちり包む。外の気配が気になってそわそわしてしまう気持ちに気づいているのか、旦那様は私を離さない。いたずら顔で私を抱きしめるの。こんな破廉恥な格好を見られたら、私リリィ生きていけないわ。


「入場料を払っておいてくれ」


「入場料?」


 町に入るのに入場料がいるのかしら?


「ミャンミャンの町は特別だからね。さ、降りようか。私はこのままでいいのだが」

「よくありませんわ! お離しくださいませ」


 力一杯旦那様を押すけれど、やっぱりびくともしません。


「ぉねがぃ、旦那様ぁ」


 力なく声が漏れてしまいました。敗北を認めますわ。


「私の敗けだ」


 旦那様? すとんと降ろされて、小首を傾げます。


「破壊力抜群のお願いだったな」


 引き寄せられ、耳元でかかった甘い声と首筋へのキスに、私の方こそ破壊されてしまったの。腰の砕けた私を、旦那様はクスクス笑いながら抱き上げました。


「やっぱりこのまま出よう。新妻の横抱きは特権だからね」

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