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面を上げよ

 目覚めて最初に会うのはいつだってシシーだったわ。でも、今日は違った。


「おはよう、リリィ」


 目を開けた瞬間に呼ばれた名前に、くすぐったさを感じるわ。そんな甘い朝を夢見ていた私は、きっと子供でしたのね。一番最初に思ったのは、『暑っ苦しい!』でしたもの。


 起きて最初に見た顔が照焼色よ。白い歯をキラリと見せての笑顔がもれなくついておりますのよ。昨晩はきっと幻想を見てたのね。


「リリィ? まだ体調が悪いのかい?」


「い、いいえ。もう大丈夫ですわ。あの、離していただいても」


「こらっ、ダメだよ。ちゃんとくっついて。病み上がりに手は抜けないからね」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。暖かいけれど、いいえ言い換えますわ。暑苦しいのですって! 体調など悪くはありませんわ。だって、仮病でしたから。


 ーーコンコンーー


 きっと、シシーね。


『入室してもよろしいでしょうか?』


 あ、やっぱりシシーでしたわ。


「構わぬ、入れ」


「失礼いたします。目覚めの紅茶をお持ちしました」


「さあ、リリィ起き上がろうか。飲んで暖まろう」


 やっと暑苦しさから解放されるのね。ふぅー。……いえ、ちょっと待って。そういえば、私は今何を着ているの? コクト様は何をお召しになっているの?


 ーーカチャカチャカチャーー


 茶器の音が鳴った。


「ひっ」


 シシーの小さな悲鳴が耳に届いた。


「こちらまで、運んでもらえるかな」


 シシーは茶器を揺らしたまま固まっているわ。ええ、私だってシシーの立場ならきっとそうでしょう。これを華麗にスルーできる侍女は世界中捜したっていないわね。


「は、はい」


 あのシシーが動揺しているわ。ふふ、可笑しい。ひっ、シシーと目が合っちゃった。ええ、この状況を笑うなんていけないわね。


「アールグレイかい?」


「はい。ミルクはどういたしましょうか?」


 さすがシシー、持ち直したわね。


「僕は入れないでくれ。リリィは?」


 問われて顔を向けてしまったわ。陽にさらされたコクト様のお姿が目に入った。


「ぶほっ」


 吹き出すに決まっているでしょ! 私のスッケスケをコクト様はお召しになっているのですから。腹筋が痛い。


「ミ、ミルクは……ふほっ、少々」


 ギギギッとシシーに顔を向けましたの。だって、これ以上見てはいられないもの。スッケスケから覗く胸板の厚みは恐怖ですから。


「かしこまりました」


 シシー、ねえシシー。どうして、目を伏せているの?


 美味しく紅茶を飲んだ後、コクト様は颯爽と出ていかれたわ。もちろん、私に優しい声をかけてもくれました。私も、言わなきゃって思ったのよ。思ったのだけど、コクト様ったら私の頭にキスをし、退室の扉では白い歯を見せてのウィンク、加えて前髪掻き上げての流し目。その攻撃に私は打ちのめされたのですわ。


『お待ちになって、コクト様。私のスッケスケの寝間着姿で廊下に出てはいけませんことよぉぉ』


 私はガクンと項垂れた。もう、手遅れね。心の声は届かなかったわ。




***




「……シシー、何で訊かないのよ」


「何がでございましょう?」


 シシーは平然としているわ。


「なぜ、私がいえ、私たちがあのような格好をしていたかです!」


 興奮してしまったわ。


「こほん、失礼。なぜ私がコクト様の服を着用していたか、訊きたくはなくって?」


 ちらりとシシーを見る。シシーは私と視線を反らしたわ。


「稀に……そのような嗜好の殿方がおられることは、このシシー知識として持ち合わせておりました。ですが、はじめての体験故仕事を中断するという不始末を。リリィ様、お許しくださいませ」


「そのような嗜好?」


「はい。愛する者にご自身の服を着させ、ご自身は愛する者の服を着て……興奮なさる」


「こ、興奮?!」


「私シシー、リリィ様が昨夜どのような羞恥なプ、プレイをされたかを訊くほど、変態ではありません」


 な、な、な、なんですってえ! プ、プレイ……口がパクパクして、渇いてきたわ。頭が沸騰しそうよ。


「シ、シ、シ、シ、シシー!」


「は、は、は、は、はい!」


 なんで伝染しているのよ。シシー、貴女動揺しているように見せかけて、実は面白がっているのじゃなくって? じとぉーとシシーを見ると、シシーは明後日の方へ視線を外したわ。そのあからさま、わざとね。


「いいわ、シシー。教えてあげる。


……『君はバカなのか? 風邪をひいているのに、なんて薄着をしているのだ? さあ、着替えよう。待てよ……人肌に暖まったものがいいよな。そうだ! 私の服を着なさい。いや、着させてあげよう』


手が早いコクト様は、私のスッケスケを素早く脱がせ、私に自身の温もりがついた服を着させてくれたのよ。でもね、


……『少し寒いな。おっ、私が代わりにこれを着ればいいな。うん、名案だ』


そう言って、コクト様はあのスッケスケをお召しになったのよ」


 これが真相なの。シシー、わかってくれるわね。私が決して変態ではないことを。


「そして、コクト様は目覚めたのですね」


「そうそう、露出狂に……って違う! 何を言わせるのよ、シシー」


 シシーに引きずれられしまったわ。私ったら、まだまだ修業が足りませんわね。


「ですが、お優しいではないですか。昨夜はリリィ様も緊張しておりましたし、まだ心の準備が出来ておりませんでした。コクト様は優しく気遣い、リリィ様を大きく暖めたではないですか?」


 ええ、そうよ。コクト様は私を丁寧に抱きしめるだけでしたわ。確かに仮病でしたけど、緊張で手足は冷たくなっていましたし、心が落ち着かなかった。


 コクト様の服は、コクト様に似てとても熱かったわ。熱い衣服なんてないから、きっと私がそう感じただけよね。でも、とても気持ちが落ち着いたのは確かだわ。包まれるような優しい熱さと、丁寧に抱きしめる温もりは私の体を弛緩させた。


「とても熟睡したわ」


「よおございました」




***




「やあ、僕の子猫ちゃんは準備ができたかい?」


 今日も私は子猫ちゃんですのね、コクト様。


「はい、最後に髪飾りをつけるだけとなっております」


 シシーは今日も戸口で会話しているわ。すぐに、入室させないのはレネス国の風習ですのよ。侍女を味方につけてこそ、殿方は入室できますわ。コクト様もそれはご存じのはず。昨日もそうでしたもの。


「それはそれは楽しみだ。今日は父上、母上との面会である。子猫ちゃんを最上級に飾ってくれているよね?」


「まあ、コクト様。どんなに私どもがリリィ様を飾っても、最上級にすることはできませんわ。″愛する方″からの髪飾りなくして、最上級などレネス国ではありえませんの。リリィ様はお嘆きになっております。″愛する方″からの髪飾りがないのですから」


 シシーはおもむろにハンカチを目元にあて、悲しそうな侍女を演じているわ。おいおいと泣いてみせ、おいたわしやと言って体を崩れさせた。迫真の演技ね。でもね、シシー。そのわざとらしさ、私恥ずかしくってよ。いいえ、居たたまれないわ。


「シ、シシー。ここはレネス国ではないのよ。そんなことはしないで、恥ずかしいわ」


「僕の子猫ちゃんは奥ゆかしいな。けれど、心配しないでくれたまえ。さあ、これを子猫ちゃんにつけてやってくれ」


 え? ご準備していただいていたの? 私のために……レネス国の風習に倣っていただけるなんて、潤んでしまうじゃない。


「いいえ、つけるのはコクト様でございます。最初の既婚の結い上げ髪に飾りをつけるのは、そう決まっておりますから。どうぞ、コクト様」


 シシーがやっとコクト様の入室を許可したわ。


 鏡越しのコクト様を見る。素敵なお召し物だわ。……いいえ、今朝のスッケスケのせいで全てが素敵に見えるのだわ、きっと。と、ときめいたりなどしていませんことよ。


「リリィ」


 この方はどうしてこうなのでしょう。さっきまで『子猫ちゃん』でしたのに、ここぞというときをわかっていらっしゃるの? 甘く囁く名前に、トクンと胸が疼いたわ。まるで、昨夜のよう。


「輝く蜂蜜色の髪に凝った髪飾りなど不要だ。リリィの髪自体が宝なのだから。この真珠の髪飾りこそリリィの髪をさらに際立たせるだろう」


 鏡越しの口上なんてはじめてよ。一歩二歩と近づくコクト様を鏡越しで見つめる。振り返りたい衝動を抑えながら待ったわ。


「ほら、やはりな。真珠は蜂蜜色を映し黄金に煌めいているよ」


 コクト様は真珠の髪飾りをさしてくれましたわ。




***




 フェイン国の城は廊下も華やかね。昨日は気絶してしまったからわからなかったけれど。それに幅が広いわ。レネスの城の廊下は、人三人分の幅でしたもの。ここは……五人分ほどあるかしら?


「子猫ちゃん、そんなに珍しいものでもあるのかい?」


 コクト様は、私の顔を覗きこんだ。例の白い歯がキラリン笑顔付きで。私ったら、キョロキョロし過ぎでしたわ。淑女たる行いに反しますわね。


「申し訳ありません。何分、昨日はフェイン国の素晴らしい城を見ることがなりませんでしたので」


「そうだったね。けれど、素晴らしいものは他にも見れたのでないかい?」


 コクト様は何を言ってらっしゃるのかしら?


「僕の姿は素晴らしくはなかったようだね」


 コクト様の姿? ……! あのスッケスケのお召し物のお姿がですかぁ?!


「もう少し腹筋が割れていた方が良かったのか? いや、もっと胸筋が必要か?」


 は? 腹筋……胸筋……あっ、思い出してしまったわ。顔の照り具合と一心同体のような、鍛えられたお身体を。きゃ、リリィったら恥ずかしっ。って、違う違う違あーう。シシーに背中を小突かれてしまいましたわ。


「そ、そうのようなことを、皆の前でおっしゃらないでくださいまし。私、恥ずかしゅうございます」


 そう、これよ。この台詞よ。恥ずかしがる新妻の初な台詞。言ってみたかったのよね。


「リリィ、その台詞は別の日に……そう私の腹筋も胸筋にも触れた朝に言ってほしいものよ」


 耳が熱い。コクト様ったら、耳元で言わないで。囁く吐息が耳を熱くする。ううん、耳だけじゃない。全身が一気に沸き立った。コクト様に見られているのが気配で感じるわ。ですが、顔は上げられません。きっと紅い顔をしてますもの。


「おや? 兄上ではないですか!」


 まあ、第一王子様ですか。顔をちろりと上げて前方を見る。あの物体は何でございましょう?


「ふんっ、黒糖か」


「兄上、黒糖でなくコクトですよ。私の奥さん、こちらはフェイン国第一王子ハクト様です。兄上、こちらはレネス国のリリィ姫です。いえ、違いますね。私の奥さんになったのです」


 膝を深く折って頭を下げましたわ。フェイン国の第一王子ハクト様、この方がフェイン国を背負っていくお方ですのね。


 ……私リリィ、腹筋を鍛えなくてはいかなくってよ。コクト様のように腹筋を鍛えておかねば、きっとお会いする度に私の腹筋は瀕死になるわ。


 白桃のような白く美味しそうな頬肉。白豚さんのような美味しそうな腹肉。総じて小デブ。白いタイツとかぼちゃパンツ。ちょうちんお袖の上着はゼブラ柄。極めつけは、中心真っ二つに分けた髪が、頬の一番膨らんだところで外側にカールされている。


『どこぞの絵物語のぼんぼん王子でございますかぁぁ!』(リリィ心の叫び)


 この拷問にも似た踏み絵擬きの存在と、平然と会話しろといいますの?! 私リリィ、何とか頭を下げていることで回避できますわよね。どうか、コクト様このリリィをお助けくださいまし。


「苦しゅうない、面を上げよ」


 ひぃぃ……

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