表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第一章 間丹生市にようこそ!
8/65

第八話 山田千華「アタシはヒロインじゃなかった」

 何が何だか分からない。あれ? おかしいな。いや、ホントにおかしいよ。どうしてこうなった?

 アタシの目の前で、『ルーカス』と名乗った深きものがマジで死にかけてる。いや、それはいいや。もうこの際どうでもいい。

 問題はそれをやらかした人物。サキがやらかした。いきなりメリケンサックで後頭部を一撃。普通死ぬ。生きてるルーカス、マジ凄い。やらかしたサキ、マジ容赦ない。

 アタシ自身が今起きている事を理解するためにも、記憶を辿って話を整理する必要がある。


 少しばかり時間はさかのぼる。今から三時間くらい前の話。アタシとサキは商店街から外れた路地裏を歩いていた。買い物ついでにサキを家まで送るつもりだったんだけど、その途中でヤツが現れた。

 昨日もお店の前にやってきた深きもの。アイツはお父ちゃんに用があったらしい。その内容までは知らない。ただお父ちゃんの事を洗いざらい話せと言ってきた。

 一見、マイクか電気カミソリに見える電動式人工喉頭という道具を使って、機械的な声で話す化け物。それだけで不気味だけど、相手はアタシの話なんてまるで聞いちゃいない。ただサキをかばおうとしただけで、いきなり前蹴りをぶち込まれた。

 かばおうとしたサキまで巻き込んで吹き飛ばされたアタシたち。なんとかサキだけは逃がさないとって思っていたけど甘かった。


 深きものって存在をどこかで甘く見ていた。お父ちゃんは深きもの、そしてその娘であるアタシだって深きものの血をひいている。それだけにアタシは深きものを、少し外見に特徴がある人、くらいにしか思っていなかった。

 それは間違いだった。深きものは化け物、端的に言えばそれがすべて。常識の外にいる存在だった。もちろん、それはアタシも同じはずなんだけど。

 ソレはヤツの右手から始まった。右手を中心に空気がゆらぎ、陽炎が立つ。アタシはお昼ご飯だったモノを道路にぶちまけながらソレを見ていた。混乱もしていたし、それは目の錯覚なんじゃないかと思ってた。

 でも陽炎は徐々に大きくなり、そしてヤツの全身を覆うほどの大きさになった。それからヤツは手を振って、手のひらをアタシたちに向かって突き出す。そこに陽炎が収束していくように動き出す。ただ小さくなっている訳じゃない。収束していく陽炎は、見た目には空気のゆらぎにしか見えないけど、そこには恐ろしいほどの質量を感じた。

 そして次の瞬間、それは解き放たれた。不自然なほどに一点に集約された爆風。空気の壁に叩きつけられたような衝撃。アタシとサキはもう一度吹っ飛ばされた。

 吹っ飛ばされた勢いのまま、何度も地面に叩きつけられた。そのままアタシの意識はもうろうとしていく。なんとか歪んでいく景色の中で、なんとかサキを探した。

 見つかったサキは、アタシと同じように地面に叩きつけられて、傷だらけだった。身体中のあちこちから血を流し、服や地面を血に染めていた。


 アタシはサキの名前を呼んだ。多分、何度も呼んだ。深きものはアタシの髪の毛を掴んで無理矢理起き上がらせた。そして誰かに指示を出した。

 その指示に応えるように現れたのは一人の女。この辺りでは見た事もない外人の女。ボサボサの金髪で顔はよく見えない。そしてその後ろには地元のバカヤンキー共。

 アタシとサキはそのまま引きずられて、少し離れたところに駐まっていた車に押し込まれた。


     ***


 それから三〇分後、アタシとサキは商店街からかなり離れたところにある寂れた倉庫まで連れてこられた。サキは気を失ったまま、目を覚まさない。

 倉庫の中はあまり広くない。倉庫にしか見えないけど、中に保管されている荷物なんてない。机が一つ、倉庫の中にあるのはそれだけ。あとはただ妙に生臭い臭いが充満している。

 アタシとサキをここまで連れてきたのは深きもの、そして同行していた女。あとはバカヤンキーが三人。

 倉庫の中には更に三人いた。見覚えのない顔。多分街の人間じゃない。ソイツらはほとんど喋らない。黙ってアタシやルーカスを見ている。

 アタシは軽く意識がもうろうとしていたが、気を失う事はなかった。それが余計に不安をかき立てた。アイツらは顔を隠しもしない。アタシに顔を見られても構わないと思ってる。それがアイツらの油断なのか、それともアタシたちを生かして帰す気がないのか……。


「おい! バカヤンキー! そこのうどん屋! お前なに考えてんだよ! 犯罪だよ、犯罪! いいのか、一生刑務所だぞ!」


 我ながら幼稚なあおり。バカヤンキーの中の一人は以前サキにチョッカイ出していたうどん屋の息子だった。頭の横だけを刈り上げて、首筋の部分は伸ばしているヤンキーにありがちな髪型。それだけならまだいいけど、おまけに髪の色を赤と青と黄色の三色に染めている。見た目が本当にバカみたい。


「いや、俺たちだってここまでやるとは思わなかったんだよ……」


 うどん屋がアタシに向かって話し始めたら、深きものがいきなりうどん屋を殴り倒した。仲間じゃない? うどん屋は倒れたまま動かない。半開きの口から血を垂れ流しながら気絶していた。あ、前歯折れてる。

 深きものは自分に従っている連中を無言で威嚇する。ヤツらの関係がイマイチ分からない。目的すら分からない。


「ねぇ、アンタ深きものなんでしょ? なんでこんな事すんのよ。お父ちゃんになんか恨みでもあんの?」


 アタシの声は震えてた。でも、このままじゃどうしようもない。せめて、サキだけでも開放してもらわないと。アタシやお父ちゃんのせいで、サキを巻き込んだ。それだけは間違いない。


 深きものは深く息を吐いてから、連れていた女に何かの指示を出した。それに応える様に女が話し始めた。ボサボサの金髪で、外人かと思ったけど意外と日本語が上手かった。


「私の名前は、ケイトリン・フェアチャイルド。彼はルーカス・ヤ・グレ。貴方のお父さんと話がしたいの」


「だったら、普通に家に来ればよかったじゃん。なんでこんな事したのさ」


 ケイトリンと名乗った女は口をつぐんだ。明らかに返答に困ってる。パワーバランスは理解できた。ルーカスとかいう深きものがこの集団のトップだと思う。だけど、そのやり方には誰も賛同していない。

 うどん屋も殴り倒されたまま動かない。バカヤンキーの仲間が介抱してるけど、気を失ったままだ。アイツはいきなり殴られた。でも、なんでそんなヤツに従ってるんだろう。

 多分隙があるとすればそこだけ。従っているけど、仲間って訳じゃない。でももう少し話を聞き出さないと。バカヤンキー以外にいる三人の男は動かない。うどん屋が殴られた事に動揺もしていないように見える。


「それで話ってなんなの?」


 出来るだけ平静を装って話し続ける。声が震えている事がバレてなきゃいいけど。そんなアタシの不安も意味がなかった。ルーカスはなにも言わず、いきなりアタシの頭を蹴っ飛ばした。また鼻血が吹き出た。痛い、痛いよ。鼻血も止まらないけど、涙も止まらない。


 ルーカスはつまらなそうにアタシを眺めた後、ポケットから人工喉頭を取り出した。あのマイクみたいな機械。事故や病気で声帯を失った人のための道具。

 機械の振動を喉に当てて擬似的な声を作り出す機械。多分、ルーカスは喋れない。理由は分からないけど、人工喉頭を使わないと意思の疎通も図れない。

 ルーカスはその人工喉頭を自分の喉に当てた。不安の中に期待がよぎる。少なくともアイツはアタシと会話する意思がある。


「話ナド無イ。タダ身分ノ違イヲ、分カラセテヤルダケ」


 身分? 嫌な予感しかしない。もしかしたらコイツは話が通じないタイプかも……。


「オ前ノ父親ハ深キモノダナ。ソレナラバ我々ノ崇高ナ目的ノタメニ、スベテヲ捧ゲナケレバイケナイ」


 聞き取りづらいけど、話を一語一句逃さないように耳を傾ける。アタシは可能な限り、それを理解した上で出し抜く手を考えようとした。ルーカスの話は続く。

 ルーカスの目的、それはダゴン秘密教団の復活。そして新たな『共有地』の建設。共有地とは名ばかりの、深きものの支配下に置かれた領土。それを人知れず作り上げようとしている。

 ルーカスの言葉を信じるなら、ヤツはリーダーじゃない。この場では一番上に立っているようだけど、更にその上がいる。ただその素性についてはまったく触れようとしない。


「我々ハ支配者ダ! 人間ドモヲ服従サセ、使役スル権利ヲ持ツ。タダシ、我々ノ中ニアッテモ序列ハ存在スル。コンナ山奥ニ潜ンデ暮ラス、オ前タチノヨウナ、惰弱ナ同族ナドニ話ナド無イ。タダ服従シロ、オ前モ、オ前ノ父親モダ」


 ケイトリンが口を挟む。少し怯えながら。


「貴方も私たちの同族のはずです。それなら理解もできるはずです。私たちは人間と共存出来ない。それはかつてのインスマスで明らかになったはずです」


 アタシはその当時の事を知らない。お父ちゃんから聞いた限りでは、アメリカを侵略しようとしてボコられただけのはずだけど。なぜかヤツらは被害者気取りだ。

 ヤバい。多分コイツらとは話し合いにならない。そもそも、アタシとサキをさらった理由が分からない。それが狙いか。話が通じないと思わせて、圧倒的な暴力で優位に立とうって魂胆か。その時、倉庫内で誰かの携帯電話が鳴った。

 ケイトリンが自分の服のポケットから携帯電話を取りだして、画面を見る。


「豹紋葛様から連絡が入りました。少し失礼します」


 あのジジイ! コイツらと組んでるのかよ! いや、待って。それは少しおかしい。お父ちゃんは多分、あのジジイには逆らえない。それはジジイだって分かってるはず。

 ジジイが直接出てくれば、それで話は終わる。ならこの状況はなに? アタシの困惑をよそに話は進んでしまう。ケイトリンはバカヤンキーを二人連れて倉庫から出て行った。

 うどん屋はそれからしばらくして気が付いた。自分の仲間がいなくなっている事に動揺していたら、気を失わない程度にルーカスに殴られてた。

 うどん屋を殴って黙らせた後、ルーカスはアタシをまた蹴っ飛ばして言った。


「オ前ノ父親ハ、モウスグ来ルハズダ。ソレマデ大人シクシテイロ」


 それからしばらくの間、アタシはルーカスから話を聞き出そうと無駄な努力をしていた。アタシがどれだけ声をかけても、あおっても、ルーカスは人工喉頭を取り出しもせず、アタシの頭を踏みつけていた。


 辛かった。アタシは化け物だ。少なくともお父ちゃんがそうである以上、アタシ自身だって普通じゃない事くらい分かってる。体育の授業の時はいつも手を抜いている。小学校の頃、五十メートル走で規格外の記録を叩きだして周囲の大人を唖然とさせた。それ以来、アタシは手を抜き続けていた。

 アタシはヒロインになりたかった。ラノベのヒロインのように、自由奔放に振る舞い、周囲を明るくしたかった。アタシは化け物になんかなりたくなかった。

 涙が止まらない。せめてサキだけでも、ここから逃がしてあげないと。アタシなんかのために巻き込んじゃいけない。

 頭を踏みつけられながら、アタシはサキを見た。気を失ったまま、動かなかったサキが静かに起き上がった。アタシは背筋が寒くなる。

 ダメだよ、サキ! 見つかったらまた殴られる! 声は出せない。出せばサキが起き上がった事がバレる。まだサキが立ち上がった事に誰も気が付いていなかった。

 出来ればこのまま一人で逃げてほしい。そう思った。でも彼女はまったく予想しなかった行動に出た。


 倉庫内を見回して、その後取り上げられていたアタシの武器や財布が置いてある机に向かって歩き始めた。本当に何気ない仕草で、ごく自然に。

 まるで『ごきげんよう』とか言い出しそうな上品な笑顔で、アタシのメリケンサックを取り、そして手にはめる。

 うどん屋がそれに気が付いた。でもサキの方が速かった。うどん屋が何かを言う前に突き飛ばし、そのままの勢いでいきなりルーカスの後頭部を殴りつけた。


 いやいやいやいやいや、ちょっと待ってよ。それ死んじゃうよ。『ゴッ』っていったよ。アレ、相手が人間なら多分死んでる。

 サキは笑みを浮かべてる。表情とやらかした行為が、まったくつながらない。


「ふへっ、ふひひっ」


 サキが妙な笑い声を上げた。帰り道でルーカスに襲われた時、彼女も身体中にケガをしているはず。今も顔に乾いた血がこびり付いてる。

 それなのに、彼女は平然としている。身体中が痛いはずなのに、気が付けば上品な笑顔はこの場にそぐわないような満面の笑みに変わってる。

 そして彼女は静かに言った。


「それでは始めましょうか」


 いや、何を? アタシの疑問はすぐ、解決した。呆然としている男たちに向かって、サキは駆け出した。そして次々と殴り倒した。

 アタシはこの時、この異常な状況の中で、それを打開しようとするサキの更に上を行く異常な行動を見ながら、なぜか妙に冷静になっていた。


 アタシはヒロインじゃなかった。アタシはきっと『巻き込まれる側』なんだ。破天荒なヒロインに振り回される役どころなんだって。


 そんな事を妙に冷静になって考えていた。でも……。サキ一人に全部任せる訳にはいかないよね。

 アタシは走り出して、そしてサキがメリケンサックを手に取ったように、アタシも同じ場所に置かれていた特殊警棒を手に取った。

 こんなの本気で使うの初めてだよ。思いっきり特殊警棒を振る。十八センチの警棒に収納されていた先端部分が『シャキンッ』という小気味のいい音と共にスライドして飛び出してきた。伸びきった警棒は四十三センチ。

 心のどこかに恐怖がある。こんな武器を本気で振り回したらどうなるだろう。サキは、まるで容赦なくメリケンサックを振り回す。気が付けばルーカス以外に二人殴り倒してた。

 いや、マジでなんなんだ、あの娘さん。頭打ってどうかしちゃったのかな。だとしたら、やっぱりアタシのせいなのかな。

 アタシはためらった。サキを守らないと、そう思っているはずなのにアタシは戦えない。そんな事、考えた事もなかった。


 ルーカスが起き上がる。ヤバい。ためらってる暇はなかった。さすがに頭は狙えない。サキに向かって襲いかかろうとしているルーカスの背後から、ヤツの足を狙って思いっきり警棒を振り切った。

 『パギィッ』という金属が軋む音がした。そしてルーカスはまた倒れ、アタシの足下でゲコゲコと悲鳴を上げていた。

 ルーカスの悲鳴に気が付いたサキがアタシに向かって親指を突き立てる。アタシもサキに親指を突き立てて応える。


 いや、『グッジョブ!』じゃねぇよ。ホントどうすんだろ、これ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ