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だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第四章 ダゴン秘密教団にようこそ!
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第六十四話 山田千華「アタシたちの居場所」

 荒れ果てた街道を走る。アタシたちは商店街の人から車を借りて、それをヒョウドウさんに運転してもらい海を目指した。

 奇跡的に暴風雨はやんでいた。ただしクソジジイに言わせると、


「台風の目みたいなもんだな。ワシもよく知らんが消防隊から聞いた話だと、発達した低気圧の目ってヤツは、あまり安定していないらしい。つまり暴風雨はまた始まるし、ソイツが何時頃って予想する事もできんって事らしい。とにかく急げよ」


 だそうだ。


 街道にはゴミが散乱していた。看板や木の枝。元がなんだか分からない破片。通り過ぎようとしている暴風雨の破壊力がよく分かる。


「でもまだ通り過ぎてはいないんですよね。今夜は酷い事になりそうですね……。家、帰れるかな」


「いや、帰らない方がいいんじゃない? だって片腕無くなってんだよ。とりあえずケイトを探して治させないと。そのまま家に帰ったらサキのお母さんまた気を失っちゃうよ」


 サキはアッサリと納得してくれた。でも不思議なのは、どうしてこの子片腕吹っ飛んでるのにこんなに冷静なんだろう。泣き叫んだりするだろ、普通。

 冗談じゃなく、マジでこの娘さん人間じゃないんじゃないかな……。


 スマホと接続したインカムから優子の声が聞こえた。


「あー、やっと見えてきたよー。病院から少し離れてみたんだけど、ようやく海が見える範囲に入ったよー」


「ほんでお父ちゃんは?」


「ゴメン。見つからない。て言うか、深きものが多すぎる。どれが魚政さんなのか私には見分けがつかないよー」


 それはしょうがないか。優子だって『クソガエル』を取り除いた後のお父ちゃんは見た事がない。アタシだって見た事ない。

 どんな姿になっているのか、想像はできる。ルーカスやチャールズと同じ、完全な深きもの。正直に言えば、アタシでも見分けがつくかちょっと怪しい

 それにしてもお父ちゃん。なにをやってんだよ、まったく……。


 サキとルーカスの一騎打ちの後、クソジジイから電話がかかってきた。アタシはクソジジイが言っていた事を思い出す。


     ***


「魚政のヤツが見つかったんだが、どうも妙なんだよ。まあ、万事解決したって事だと思いたいが、どうも経緯が分からん」


 クソジジイにしては妙な言い回し。話し方にしてもちょっと歯切れが悪い。


「実はアイツから連絡が入っていた。ワシの秘書にくだらない伝言を残していきおったよ。『千華をよろしくお願いします』だと。とにかくあのバカを連れ戻せ! お前みたいな小娘の面倒なんぞ見れるか!」


 アタシだって願い下げだよ! どういうつもりだ、お父ちゃん。いや、今日からクソ親父って呼んでやろうか! 本気でそう呼ぶぞ、コラ!


「だが、つい今しがたな、海沿いの消防隊から連絡が入った。魚政を見つけたってな」


 やっぱりお父ちゃ、いやクソ親父は海に行ってた。一体どうやって『第四波』を退けたのか。本気を出したクソ親父ちゃんはやっぱりムチャクチャ強かったのかな。


「ほんで、クソお父ちゃんは今、なにしてんの?」


 クソジジイが小さな唸り声を上げた。自分でも理解不能な事を口に出そうとして、唸り声しか出なかった。何度か唸り、そして言葉を選ぼうとして、最後は簡潔に事実だけを教えてくれた。


「海岸で『防波堤』を作っとる」


 ゴメン、まったく意味が分からない。


「いや、だから高波が予想以上だったんでな、辺りの消防隊やら青年団が集まって、沿岸部に土嚢を積んだりしてたんだとよ。まあ、ワシが指示を出したんだが。

 そこに仲間を連れた魚政が通りがかってな、いつもの調子で『なにか手伝おうかぁ?』とか聞いてきたらしい。それで消防隊は魚政と仲間の手を借りて、沿岸部に簡単な防波堤を作っとる」


 うん、まったく意味が分からない。


 なんでさ!? アタシとサキが苦労して戦ってたのに、クソお父ちゃんはなにしてたの? 『第四波』はどうしたんだ、オイ。あれ? でも仲間って誰の事? ああ、なんか面倒くさくなってきた。やっぱりお父ちゃんでいいや。


「その魚政の仲間ってヤツがな、半魚人みたいなヤツで、そんなヤツが二〇〇人くらいいるって事らしい。なにがなんだかまったく分からん。とにかくすぐに行け。そんで、あのバカ連れ戻してこい」


 アタシに黙って消えたお父ちゃん。二度と帰ってこない。正直に言えば、そんな予想もしていた。だけど許さないよ、このままいなくなるなんて。


 そして車はゴミの散乱している街道を走り抜けた。途中で何度もゴミを踏んづけてはスリップしそうになる。慌ててハンドルを切る度に、ヒョウドウさんは苦悶の表情を浮かべる。この人も本当は限界なんだよな。それにサキも……。


「ねえ、千華。この栗まんじゅうの包装、ちょっと取ってくれない? 片手が使えないとやりづらくて……」


 それ何個目? アタシの分、残ってる?


     ***


 そしてアタシたちは海までやって来た。暴風雨はやんでいたけれど、海は決して穏やかとは言えない。その海に面している距離は二キロくらいの長さしかない沿岸部には、結構な高さの土嚢が積み上げられていた。

 優子の『千里眼』で深きものが集まっている位置を特定できていたので、アタシたちは直接そこに向かう。そして目にしたのは、ちょっと異様な光景。


 それは沿岸部の外れ。海岸線に隣接するようにのびている県道。荒れ狂う波を受け止めている土嚢の山は、県道を守っていた。その土嚢の周囲にはおびただしい数の深きもの。 クソジジイからの情報が正しければ二〇〇人はいるらしい。その二〇〇人からの深きものたちは、なんだかまったりとしてペットボトルのお茶を飲んだり、コンビニの弁当を食べたりしていた。


「なんだこれ……」


 アタシは思わずつぶやいた。


「彼ら……、街を襲いに来たんですよね……」


 アタシと同じように呆然としているヒョウドウさんも小さな声でアタシに聞いてきた。


「うん、多分そのはず……」


 ソイツらがなんで街を守るために防波堤作ってんのさ。ほんで、なんでこんなトコでメシ食ってんだよ!


 アタシは周りを見回す。誰か知ってるヤツがいないかと。人間も多少いた。消防隊の制服を着てる人や、普通のおばちゃん。そんな人たちが深きものに弁当を配ったりしてた。

 そしてアタシは妙に目を惹く人を二人見つけた。一人は真っ白な深きもの。顔からつららをぶら下げた妙な顔をしてる。多分コイツは『クソガエル持ち』、例のバルカってヤツだと思う。

 そしてもう一人はボロボロの服を着て、ボンヤリとペットボトルのお茶を飲んでいる。どこかに特徴がある訳じゃない。むしろ深きものとしては平凡な顔立ちなのかも知れない。だけどアタシには分かる。意外と見分けがつくモンだと、内心笑いながらその人の元へ。

 その人はアタシの姿を見るなり、顔を伏せた。遅いよ、今更。さあ、どうしてやろうかね。

 アタシはその人の前に仁王立ち。しぶとく顔を伏せたままの頑固者に声をかける。


「お父ちゃん、帰ろっか」


 お父ちゃんは驚いて顔を上げて、そして少し動揺しながら聞いてきた。


「えぇ、どうして分かったのぉ?」


 さあ、なんでかな。親子だからじゃない? たとえ『クソガエル』がなくなって元の深きものに戻っちゃったとしても、アタシのお父ちゃんには変わらない。


「ほら、帰るよ。あっ、それとケイトいる? アイツに一働きしてもらわないといけないんだ」


 そこでようやくお父ちゃんはアタシの後ろにいたサキとヒョウドウさんに気付いた。


「あれぇ、二人ともどうしたのぉ。ボロボロじゃないかぁ」


 サキもヒョウドウさんもちょっとうろたえてる。


「えっと、この人……。魚政さんなんですか? ちょっと他の人と見分けがつかないっていうか……」


「あの……、すいません。自分も分からないですね。お嬢、どうして分かったんです?」


 いや、その話はもういいよ。分かったもんはしょうがないだろ!


 お父ちゃんは普段は見せないようなしかめっ面をしてる。機嫌が悪いっていうより、怒られた子供みたいな表情。重々しく切り出したお父ちゃんの言葉は、自分がなじられる事を覚悟した上で発してる。


「ねえ、千華。このまま帰ってくれないかな。僕はもう帰れない。僕は彼らを見捨てられないんだ。彼らを導いてやらないといけない。偉そうな言い方だけどね、誰かがやらないとダメなんだ」


 お父ちゃんは海に帰る。そう言ってる。これも予想してた……。


「僕らはイハ・ンスレイに行こうと思う。そこでなら深きものは自由に生きられる。僕は彼らの長として……」


 そこでサキが口を挟む。結構真面目な話をしているはずなのに、普段通りに空気を読んでくれない。


「すみません。ダゴン秘密教団なら私がトップに立つ事になりましたので」


「は!?」


「いえ、ですから私が『オーベッド・マーシュ』に就任しました。ですから今後の事につきましても……」


「いやいや、サキちゃん。ちょっと待ってぇ。うん、あのねぇ、就任ってなぁにぃ? オーベッドは役職じゃないよぉ」


 アタシも深刻な話をぶち壊しにかかる。


「そうだね。就任じゃなく襲名。『三代目オーベッド・マーシュ』って言わないと」


「ああ、なるほど。じゃあ襲名披露公演とかやりますか?」


 いや、なにすんの? 落語家かよ!?


「ちょっと待ってぇ! サキちゃん、その腕どうしたのぉ」


 サキの右腕は肘から先が無くなってる。肩から包帯がグルグル巻き。止血してあるはずだけど、さすがに包帯が血に染まってきた。


「ところで魚政さん。教団のトップってなんて呼ばれてたんですか? 団長ですか?」


 話が見事に噛み合わない。それでこそサキ。


「横から失礼します。御堂さんもこの戦いで深い傷を負っています。どうかこれ以上、お嬢や御堂さんを傷つけないでやってください」


 横から口出してきたヒョウドウさんが、無理矢理真面目な話に戻す。


「まあ、昔は『大神官』とか呼ばれてたねぇ。最近のことは知らないけどぉ」


 そしてヒョウドウさんは無視された。


「あ、あのですね……。つまり魚政さんがいなくなってしまったら、お嬢や御堂さんが悲しむって言ってるんです」


 あっ、結構しぶとい。お父ちゃんのテンションが元に戻ってしまう。


「そうだねぇ。確かにこれ以上千華やサキちゃんには迷惑をかけられない……」


 なにしてくれてんだよ! ヒョウドウさんは少し黙ってて!


「でもねぇ。街に深きものの居場所なんてないんだよ。僕らは所詮化け物なんだ……」


 アタシは深くため息をついた。そうだよね、ふざけてうやむやにしちゃうような話じゃないんだよね。


「ねえ、お父ちゃん。じゃあ、お父ちゃんがお母ちゃんと一緒に始めた『ベーカリー・ダゴン』も、お父ちゃんの居場所じゃなかったの?」


 アタシは思わず聞いてしまった。目が熱い。もしかしたら泣きそうになってるかも知れない。

 アタシはお父ちゃんと本気でケンカした事なんてない。いつだってアタシがふてくされると、お父ちゃんが折れてくれてた。だから本気でケンカした事なんて一度もない。

 だけど今から始めるよ。今までやった事のない、本気のビンタ。くれてやる、クソ親父!


 大きく一歩踏み出す。サイドスローでボールを投げるように、思いっきり身体をしならせて、そして全身の力を手のひらに乗せた。

 そのまま渾身の力で打ち下ろすようにお父ちゃんのほっぺたをひっぱたく。


 大きなタイヤがパンクするような音が響き、座っていたお父ちゃんの頭を地面に叩きつけてやった。そしてアスファルトの地面にお父ちゃんの頭が突き刺さった時、やたらと鈍い音が響いた。


「おっ……、おごぉ……。千華ぁ、父さんになんて酷い事……」


 アタシは胸を張って応える。


「反抗期だ!」


「じゃ、じゃあ、仕方がないねぇ……」


 お父ちゃんは怯んでいるけど、周りはそうでもなかった。お父ちゃんにビンタをかました瞬間、周りの深きものが一斉に立ち上がった。

 そしてアタシたちは囲まれた。なるほどね、確かに『長』になってる訳だ……。


「大丈夫だよぉ、みんなぁ。この子は僕の娘でねぇ」


 日本語が通じてるか怪しいな。特に白いヤツ。アタシを見る目が殺気立ってる。


「あっ、そう言えば『アレ』持ってきてましたよね。もう呑んでもらっちゃいます?」


 サキはまったく空気を読まない。そう思ってた。だけどアタシはこの娘さんをまだ甘く見てた。彼女は空気を読まないんじゃない。読んだ上でガン無視してる。

 次の瞬間、アタシはそれを悟った。


 白いヤツが吠える。戦闘が始まったと思った。次の瞬間、サキのメリケンサックが白いヤツのこめかみを貫いた。不意を突かれた白いヤツは一撃でノックアウト。どんなスキルを持っていたのかも分からない。あれ? なんかヒヤッとする……。


 その場の全員が沈黙した。自称『三代目オーベッド・マーシュ』の怖さを全員が理解した。

 そんな空気をガン無視して、サキは口をキツく縛ったコンビニの袋を取り出した。それをアタシに渡す。アタシは思わずしかめっ面、だってこれ……。アタシが開けるの?


 意を決してコンビニの袋を破く。そしてテロ発生。中にはスッカリ溶けて異様な臭気を発してる『クソガエル』が入ってた。

 アタシが開けてやった袋に手を突っ込んで、サキは無造作に『クソガエル』を持つ。そしてお父ちゃんの鼻先に突きつけた。


「くっ、臭いよぉ。サキちゃん、それはやめてよぉ」


 ああ、完全に拷問だ。お父ちゃん、ゴメン。諦めてさっさと呑んで。アタシも臭くてたまらないから。


「魚政さん。よく見てください。貴方の周りを」


 完全にお父ちゃんの視界は『クソガエル』でふさがっている。だけどそんな事実はガン無視したまま、サキは続けた。


「魚政さん。貴方がこの場にいる深きものを従えているのは分かります。ですが、その力を貴方はなにに使っていますか? 私の目がおかしくなければ、貴方は深きものの力で街を守ろうとしていますよね。こうして防波堤を作るのを手伝って。

 そして守ってもらったこの近隣の住民や、消防隊の人は貴方たちにこうしてお礼の食事や飲み物を配ってる。

 これって『居場所』じゃないんですか? 今だけの事かも知れませんけど、今は人間と協力してる。それが明日も続くって期待するのはダメなんですか?」


 アタシはヒロインじゃなかった。つまらない嫉妬も湧いてこないくらいに打ちのめされた。ああ、こういうのをヒロインって言うんだね。

 あっさりと美味しいところを持っていきやがる。やりたい放題で、みんなを引っかき回す。だけどみんなあの子についていく。


「このまま魚政さんがいなくなったら、ベーカリー・ダゴンはどうするんですか? 千華が継ぐなら私だって手伝います。だけど、まだ中学生ですよ。できる訳ないじゃないですか」


 お父ちゃんの顔面に『クソガエル』を突きつけるのはいい加減やめてやれ。


「ねえ、魚政さん。パン屋さん、続けてください。千華のために、それに貴方のために……」


 サキの言葉にお父ちゃんが固まった。そして言葉につまりながらお母ちゃんの名前を呼んだ。


「ふえぇ、えっ、えっぐ、うぅ。早苗さん、さぁなぁえぇええさぁん! 僕はねぇ、ぼっ、僕はぁっ、あああああぁ」


 お父ちゃんは泣き出した。アタシも泣きそうだよ。なんかボケてやらないと涙が止まらない。


「ヒョウドウさん。お父ちゃん押さえるの手伝って!」


「は? お嬢、なにを……」


「サキ! もう帰りたいから、ソレ、口に突っ込んで!」


 アタシとヒョウドウさんでお父ちゃんを押さえる。そしてサキが『クソガエル』をお父ちゃんの口に突っ込む。お父ちゃんは必死に抵抗していたけど、最後は無理矢理呑み込ませた。

 そんなバカ騒ぎをしていたら、ケイトとチャールズがひょっこりと顔を出した。どこ行ってやがった、テメエら!

 その後、アタシとヒョウドウさんで、泣きながら吐いてるお父ちゃんを引きずって車に無理矢理押し込んだ。


 さあ、帰ろう。アタシたちの居場所に。

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