第五十八話 山田千華「反撃の狼煙を上げろ!」
商店街はまるでお祭り騒ぎ。冗談じゃない! オマエら本当に状況が分かってんのか? タケベのジジイなんか酒飲み始めた。バカか、お前!
商店街のメインストリート。アーチを描くアーケードのお陰で暴風雨は入ってこない。まだ夕方にもなっていないはずなのに、アーケードの内部を照らす蛍光灯が既に点灯してる。
その不自然な明るさの中、商店街はアタシでも見た事のないような騒乱の舞台になっていた。みど高を仕切る先輩によって率いられたヤンキーグループ、十二名。そして正体不明の闖入者、約三十名。それが入り乱れて暴れてる。
戦いそのものは恐ろしく低レベル。髪の毛をつかんで奇声を上げたり、むやみな大ぶりのパンチでどう考えても拳じゃなく手首で殴ってたり。
その低レベルっぷりがまた笑える。いや、笑い話じゃないんだけどさ。総勢四十名以上が参加する乱闘を前に、商店街の人たちはどうしてるか? 不安そうに見守ってる? とんでもない! ドイツもコイツも、楽しそうに乱闘を見物してるよ。
「おう! 小僧ども! もっと派手にやれ! なんなら殺せ!」
電気屋の親父が叫んでる。血の気が余ってんならオマエも参加しろよ。こっちは数で劣ってんだよ。
とは言うものの、人数の劣勢はほとんど問題になってない。なにしろこっちにはバーサーカーがいる。また『ふひひっ』とか珍妙な笑い声をあげながら、正体不明の闖入者をボコってる。
ただ意外だったのは、先輩も意外に強い。ゴーレム斉藤にボコられた程度だと聞いていたので、『気合いはあるが、ぶっちゃけ弱い』と思い込んでた。
舎弟から受け取った木刀を振り回す姿は意外と様になってる。もしかして子供の頃は剣道少年だったとか? いや、それにしちゃ構えが自由すぎるな。
木刀を片手に持って、縦横無尽に振り回す。飛び跳ねるように動き回っては、蹴りもいれる。
容赦なく振るわれる木刀に、何人も倒れた。先輩を恐れて、闖入者が距離をとる。そこにサキが襲いかかる。結果、滅多打ち。
木刀とメリケンサック、どちらで殴られた方がいいのかは分からない。分かりたくもない。ただどちらか一方で殴られたヤツは、その時点で終了。地べたに這いつくばって悶絶する羽目になった。
アタシは既に手を出す必要がないと判断して、酒飲みながら乱闘を見物してるタケベのジジイに声をかけた。
「アタシらが『アズマヤ』の中にいる間になにがあったの?」
既にほろ酔いのジジイが上機嫌に答える。
「ほら、さっき言っただろ。おかしな連中が商店街で暴れてたって。また来たんだよ、ダゴンちゃんたちが『アズマヤ』にいる間に」
まあ、そんなとこだろうね。それは予想通り。商店街にも被害はなさそうなので一安心。
「ところでダゴンちゃんは参加せんのか? いつも武器持ち歩いとるじゃないか」
「いや、もう終わりそうだし」
アタシがそう言った時には、本当に乱闘も終わる寸前になっていた。残るは三人。その全員が怯えきってる。逃げる事ができないように、先輩の舎弟が周りを囲む。そして先輩は木刀を担ぐように自分の肩をトントンと叩きながらソイツらを威嚇してた。
暴れるだけ暴れたサキは満足そうにアタシのところにやって来る。
「良い運動になりました」
ああ、そう。よかったね。メリケンに血がベットリついてるけど、どうする? とりあえず自首する?
「それにしても変ですね……。ねえ、タケベのお爺様。彼らは何度もやって来たって言ってましたけど、これまでもこんな感じだったんですか?」
「ふい? ろーゆー意味かなぁ?」
酔うの早えな。ろれつ回ってねえぞ。
「サキひゃん! 小遣いやろーか?」
「いりません」
まるで噛み合わない会話を交わした後、タケベのジジイは店を継いだ息子さんが引き取っていった。て言うか、質問に答えろよ、ジジイ……。
「で、サキはなにが変だと思ったの?」
「いえ、さっき聞いた話では、これまでの襲撃は問題なく追っ払っていたって聞いていたんですけど、今のは違うんですよ。なにか覚悟を決めてるって言うか……」
確かに妙だね。さっきまではアッサリと逃げ出して、またやって来てって繰り返してた連中が、今回は最後まで戦った。逃げようとしたヤツもいたけど、ほとんどは正面から挑んで返り討ちにあってた。一体ヤツらになにがあった? アタシは眉をひそめて終わりかけの乱闘を眺めた。
そんな事をしている間に、乱闘は完全に終わった。最後に残った連中も先輩たちにボコられた。気を失った連中は放置して、意識のあるヤツだけ商店街の中央で正座させられてる。
商店街の見物人どもは乱闘が終わったのを見届けてから、正座している連中へと近付いていった。そして思い思いにしゃべってる。戦った先輩の健闘をたたえる人、倒れた連中に応急処置をしてる人、正座している連中に説教を始めた人。
アタシは頭をポリポリとかきながら、見物人を押しのけて正座している連中に話しかけた。
「ほんで、アンタらはなにモンなの?」
男たちはしゃべらない。何一つしゃべらない。その姿にアタシよりも先に、先輩がイラだち始めた。木刀の先端で正座している連中のこめかみをグリグリ。
「しゃべらねえのは勝手だ。ただ襲ってきた理由もしゃべれねえってんなら、負けを認めたって五体満足じゃ帰れねえぞ」
先輩が威嚇する。男たちは間違いなく怯えてる。できれば逃げ出したい気分だろう。これ以上戦えない、勝ち目がないのは分かってる。だけどアンガスの事をしゃべるつもりもない。そんなところじゃないかな。
正座している男は三人。街では見かけない顔だけど、外国人には見えない。一応日本語を通じると思うけど、今のところまったく会話がない。
さてどうするかと思った矢先にサキが動いた。無言で先輩の横に立ち、そして先輩の手を取って男のこめかみから木刀を放させる。
その直後にメリケンサックの一撃。むごい。相手は戦う気も無いのに。殴られた男が倒れる。口からボタボタと血を流す。他の連中はそれを横目に見ながら怯えてた。アタシは連中の弱点が見えた。
「あのね。この子、ルーカスをボコった御堂サキだよ。聞いた事ない?」
正座していた連中が一斉に妙な振動音を出し始めた。思わず身構えてしまったけど、よく聞いたら歯をガチガチ言わせて震えてる音だった。
「聞いた事は素直に答えようね!」
男たちは一斉に激しく首を縦に振った。もう首が折れそうなくらいに激しく。はたから見てると、騒々しい音楽に合わせてヘッドバンギングしてるような動きだった。
***
「ほんで、アンタらはアンガスの言う事を疑いもせずに従ってたって訳だ」
アタシはアンガスの手口を詳細に知る事ができた。アイツは異様なほどの嗅覚で『満たされていない人間』を見抜いていた。そして相手に合わせていくつかの『ストーリー』を語っていた。
「僕はダンセイニ症候群なんです。自分でも疑いを持っていたのですか、ダンセイニ症候群の専門家のアンガスさんも僕に『兆候が見られる』と言ってくれて……」
自分は特別だと思いたいヤツ。健康だからこそそんな願望を持ってしまうんだろうけど、そんなヤツは大概『奇病』に憧れる。
「俺はアンガスさんから『クトゥルー神話』の真実を打ち明けてもらったんだ。あれは真実だよ、あの人はそう言った。そして俺は選択しないといけなかったんだ、真実を隠蔽する側に立つか、暴く側に立つか」
まあ、陰謀論の変化球バージョンってとこかね。世界の真実とやらを語って、その真実に対するリアクションを求める。どちらを選んでもアンガスの操り人形。
実際、その場にいる連中の中には『クトゥルー神話』の真実を暴くつもりでいたヤツと、隠蔽するつもりでいたヤツの両方がいた。
ソイツらはお互いに顔を見合わせて、そして今の今までアンガスに騙されている事を悟った。
「私は市長の専横を告発する手伝いをしたかったんです。市長は私兵を引き連れて、街を恐怖で支配していた。私はこの国でそんな事が行われている事が許せなかった。だからアンガスに協力して、街を取り戻そうと思った」
善人なんだろうね。一応そこだけは認めてもいい。だけどコイツは正義のためなら無関係の人間に火炎瓶を放り投げるタイプのヤツだ。
そしてその正義とやらも、自分勝手で一方的なものでしかない。ついでに言えばコイツは街の人間じゃなかった。要するに無関係な街で、無関係な権力者に怒り、そして無関係な人間に暴力を振るってた。そしてそれを『正義』だと言ってはばからない。
「要するに心に隙があったんだよ。そこをアンガスにつけ込まれた」
アタシはサキや先輩にそう言った。コイツらはオーベッド派の『第二波』。アンガスに操られた人間たち。
アタシは第二波の連中に、どうやって連絡を取り合っていたのかを聞いた。今時は珍しくもない方法だけど、ヤツらはポピュラーなSNSに『ダゴン秘密教団』のグループを作っていた。
非公開のものでアンガスが認めたIDでしかログインできない。アタシは『第二波』の連中からIDとパスワードを聞き出して、そして自分のスマホでログインしてみた。
***
「こっちでもログインしてみたよー。とりあえず遡ってログを漁ってるけど凄いねー、この人。なんかもの凄く細かい指示を出してるよ」
聖アダムズ病院にいる優子にも、アタシが使ったのとは別のIDを教えた。この手の事はアイツの方が詳しい。
アンガスはSNSを通じて『第二波』に指示を出していた。主な指示は街の要所で騒乱を起こす事。みどり聖堂商店街、聖アダムズ病院、そして市庁舎。いくつかのグループに分かれて、それぞれが割り当てられた場所で暴れる。
どんな風に暴れるかも、事細かに指示が出されていた。みどり聖堂商店街では、商店を重点的に襲い、そして抵抗する者がいれば即離脱。時間をあけて再度襲う。それを繰り返せと指示されていた。
だけど、最後の指示だけ内容が変わってる。『抵抗する者を片付けろ』。最後にアンガスから送られた指示はそれだけ。
「その指示が送信された時間なんだけどね、多分これ、無線でアンガスと話した直後だよ」
優子がSNSのログを漁りながら言った。アタシたちが商店街に戻っている事を知ったアンガスは、とりあえず手近な兵隊を送り込んできた。多分そんな感じ。
「ところでこのIDさー。位置情報と紐付けしてるねー」
なんの話? 分かる言葉で言え。
「要するにアンガスは『第二波』の人たちの場所を常に監視してた。だから今も『第二波』の人たちが商店街から動いていない事はもう分かってると思う」
「ちょっと待って。それって逆の事はできないの?」
「えーとねー。指示を出してるのがアンガスなんだよね-。そのIDが公開してる情報は……っと。うん、別に隠す気も無いみたい。普通に位置情報が見られるよー」
アタシはスマホを操作して、アンガスの位置を確認した。もう近くまで来てる。進む速度は速くない、だけど暴風雨の中でも止まる事無く商店街を目指して進んでいる。
アタシはスマホの画面を見ながら考えた。そしてアンガスに騙されている事に気が付いた連中に声をかけた。
「あのさ。アンガスにひと泡吹かせてやるつもりは無いかな?」
今度はアタシが利用する番だ。『第二波』の連中にSNSで報告を始めさせた。
『商店街は制圧完了。抵抗する者はすべて取り抑えました』
さて、これで油断してくれればいいけど……。それからアタシはクソジジイに電話。
「今、向かっとるよ。あ? 引き返せ!? オマエなにを言っとる……。ん? ふむ……、なるほどな。相手の手の内が読めるようになったか。ああ、そのSNSを調べて病院や市庁舎で暴れてる連中に紛れてる『扇動者』を潰せばいいんじゃな」
暴風雨、ネットを中心に広まる噂話、そして実際に街の人が目にした深きものや『クソガエル持ち』。それが街を混乱させていると思ってた。
だけど、それだけじゃない。アンガスは『第二波』を暴れさせて、混乱する人たちを扇動していた。
これまでは、どこに潜んでいるか分からなかった。どんな手を使ってくるかも分からなかった。だけどこっからはアタシの番だ。
さあ、反撃開始だ、バカヤロウ!
「ねえ、千華。ネットを利用して『第二波』の人たちを探し出すのは簡単かも知れませんけど、それからどうするんです? 『第三波』と『第四波』は?」
コレはアタシの予想に過ぎない。多分『第三波』はあまり人数がいない。コイツらはオーベッド派の深きもの。人間を洗脳した『第二波』と違って補充が効かない。それでいてため池で二十人以上を捨て駒として使ってしまった。
仲間を捨て駒にすれば士気は落ちる。多分、劣勢になれば『第三波』は逃げるだろう。追い詰めて始末する必要は無い。むしろ逃げるヤツを追って、妙な覚悟を決められても困る。
そして『クソガエル持ち』のバルカ率いる『第四波』。コレは信じるしかない。きっとやってくれる。なんでか分からないけど、アタシは確信してる。
お父ちゃんなら、きっとやってくれる。
そう信じてアタシはルーカスとアンガス率いる『第一波』への反撃の準備を始めた。