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だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第一章 間丹生市にようこそ!
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第五話 御堂サキ「疑問ばかり増えていきます」

 夜の間丹生市。月並みな表現ですが、窓から見える田舎の夜空はとても綺麗です。私はその夜空を時折眺めながら、父の書斎にあるパソコンを借りてネットをしていました。

 昼間の事。山田さんのお父さんが母を知っていた事を、直接母に尋ねてみました。山田さんという私と同年代の娘を持つパン屋さんの知り合いがいるかと。

 最初は考え込んでいた母でしたが、顔がカエルそっくりと告げたら『グルーノ』という人が母のいとこにあたる『早苗』さんと駆け落ち同然で結婚したという話を聞けました。


「早苗にサキと同い年の娘がいたなんてね……」


 母が言うには、早苗さんは既に他界しているそうで、生前もほとんど連絡をとっていなかったそうです。

 その後、母が探してきてくれた古いアルバムからグルーノさんと早苗さんの写真を見せてもらいました。

 ですが、その写真は私を困惑させるものでした。その写真に写っているのは二人の人物。一人は私に少し似ている女性。かなり気の強そうな感じの女性でした。

 もう一人の人物を指して母はグルーノさんと教えてくれましたが、その人物はどう見ても山田さんのお父さんとは別人でした。

 あの山田さんの家の前であった不気味な人物とも違う、どうみてもファンタジーの世界から出てきたような『生き物』。ハッキリ言ってしまえば『人物』と称するのも抵抗を感じてしまう容姿。

 全体的にカエルをベースにした生き物でありながら、頭頂部にはニワトリにも似た真っ赤なトサカを持ち、少し開けた口には不揃いな牙が見えていました。

 母から聞いた早苗さんの身長は、母と同じくらいで160センチ程度。となりに並んでいるグルーノさんは、早苗さんを基準に考えるとやはり2メートルは超えていそうです。多分、今日の昼間に会った人物よりも更に一回り大きいくらい。

 不気味というか、純粋に怖い生き物という感じでした。ですが、その表情はどことなくはにかんだ笑顔にも見えます。


 結局、山田さんのお父さんについてはなにも分かりませんでした。そして今、私はお父さんのパソコンを借りてネットで調べ物をしています。

 山田さんのお父さんが運営しているという宗教団体。パン屋さんの店頭に張られていたチラシには、『間丹生市支部』と書かれていました。それならどこかに本部があるはずです。小さな団体ではなく、それなりに各地に展開している団体なのでしょう。

 それならばネットで検索すれば教団の公式サイトや評判が見つかるはずだと思っていました。ですが見つかったのは、余計に困惑を深めるだけの情報でした。


 ダゴン秘密教団。結論から言えば、そんな宗教団体は実在しませんでした。検索結果が表示されたモニタを凝視しながら困惑、それから数分かかって先の結論に到達しました。

 ダゴン秘密教団、そして深きもの。それはクトゥルフ神話と呼ばれる小説に登場する存在。検索結果からいくつかのサイトを見てみましたが、結果は変わりません。

 困惑したままモニタを眺めていると、書斎に父が入ってきました。私は父にも尋ねてみました。お母さんのいとこにあたる早苗さんという人の事を。そしてついでにクトゥルフ神話という小説を読んだ事があるかと。


「うーん。お母さんの親戚とはほとんど会った事がないんだよね。その早苗さんという人も、多分面識は無いだろうね。

 クトゥルフ神話? ラブクラフトの本なら、まだ開梱してない段ボールの中に入っているはずだよ。そうだね、本棚の整理を手伝ってくれたら持って行っていいよ」


 その後、引っ越し以来放置されていた段ボールを開けて、中の本を本棚に収める作業が始まりました。おおよそ二時間。途中で目当ての本は見つかっていたので、それを貰って部屋に帰りました。

 全体的に黒い表紙に少し気味の悪い面長の顔。それだけが描かれていた文庫本が九冊。ラブクラフト全集という短編集を手に入れました。九冊の短編集は少し古い物なのか、ほとんどすべてのページが黄ばんでいた上に、本全体がザラザラして嫌な手触りがありました。

 ちなみにそれを手に取った私を見て、お父さんも困惑していました。


「クトゥルフ神話か……。女の子が読む本じゃないと思うんだけどな……」


 確かに本屋さんで見かけたとしても、間違いなく手に取る事はない表紙でした。お父さん曰く、少し読みづらいホラー小説のようなものとの事です。

 私はそれを部屋に持ち帰り、そして全部の本の目次を確認。そして『ダゴン』と『インスマウスの影』だけ読んでみました。


***


 そして翌日。寝る前に読んだ小説のせいか寝付きも悪く、あまり寝ていません。そしてその読んだ小説の内容についても、ほとんど理解できていません。

 簡単にまとめると、深きものというのは小説に登場する半魚人の化け物の様です。そしてダゴン秘密教団というのは、その深きものによって組織された秘密結社。多分、大きく間違ってはいないと思います。

 もちろんフィクションです。架空のお話です。そのはずです。ですが私は見てしまっています。明らかに人間とは思えない深きものの姿を。そしてその存在にやたらとフレンドリーに呼びかけるもう一人の深きもの。

 いや、山田さんのお父さんは何か違う気がしますけど。なんにせよ、今日も山田さんのお家にお呼ばれしています。どんな話が聞けるのか、少し不安ですが妙に期待もしています。


 既に何度か通った道を歩いてベーカリー・ダゴンへ。少なくとも今はお店の前に深きものの姿は見当たりません。お店の中にはいましたが。なんか凄い笑顔で私に向かって手を振っています。


「いらっしゃい。あっ! ちょっと待ってね。千華ぁ! 御堂さんが来たよぉ!」


「昨日はきちんとした挨拶もせずにすみませんでした。あらためまして、御堂サキといいます」


「あはは、そう言えば名前も言ってなかったねぇ。ゴメンねぇ。僕は千華の父で、山田魚政うおまさっていいます。千華がお世話になってます」


 魚政? カエルみたいな顔をして、パン屋さんを営んでいる人の名前が、魚政?

 自分でも口角が上がって震えているのが分かります。あ、これダメかも知れない。


「サキー、おはよー。あれ? もしかしてお父ちゃんの名前でハマっちゃった?」


「ふへっ!」


 この間抜けな奇声は不可抗力です。笑ってはいけないと思ってはいたものの、我慢しきれずに奇声を上げてしまいました。

 お店に顔を出してきた山田さんがジト目で私を見つめています。


「いや、分かるけどね。魚政って、魚屋じゃん。じゃなきゃ寿司屋。なんでパン屋やってんだって話だよね」


「名前で職業が決まる訳じゃないよぉ。それに父さんの名前を聞いた人って大体笑ってくれるんだよぉ。それって良い名前って事だよねぇ」


 恐ろしいほどにポジティブです。山田さんも呆れています。ため息をつきながらまた昨日の様にトレーにクロワッサンを載せていきます。少し悩んだ後、今日はタマゴサンドと追加しました。


「サキは何がいい? クロワッサンだけじゃ足りないでしょ?」


「じゃあ、ハムサンドを……。いえ、それより見てほしい写真があるんですよ」


 昨日、母から借りた写真を山田さんに見せました。山田さんの表情に困惑が浮かび、そして無言で写真を凝視しています。その雰囲気の変化を察した魚政さんも写真を覗き込みます。そして素っ頓狂な声で言いました。


「いやだなぁ。こんな写真どうしたのぉ。恥ずかしいよぉ」


「恥ずかしいってなにさ! そうじゃなくてサキ、この写真どうしたの。これ、昨日のヤツでしょ」


 なぜか恥ずかしがっている魚政さんを無視して、山田さんは写真の深きものを指差します。それを見て魚政さんは、キョトンと目を丸くしました。


「えぇ? 千華ぁ、それ父さんだよぉ」


 一度、整理する事にします。写真に写っているのは私の母のいとこ、そしてグルーノという深きもの。その容姿は半魚人にニワトリのトサカを足したような姿で、身長はおそらく二メートル以上。少し薄汚れたコートを羽織っていますが、その身体はまるでゴリラかプロレスラーの様に筋骨隆々である事がうかがえます。

 表情はよく見ればはにかんでいる様ですが、それは写真だから『よく見られる』のであって、恐らく直接対面したら思わず目をそらしてしまうほど恐ろしい風体です。


 それに対して私の目の前にいる魚政さん。身長は山田さんよりも少し高い様ですが、おそらく140センチ程度。全体的に丸っこい容姿です。ツヤツヤのカエルの様な顔は、愛嬌があって可愛いと思います。

 もちろん魚政さんにトサカはありません。写真のグルーノさんや、昨日見た深きものとはまったく違う生き物にすら見えます。もちろん人間にも見えませんが。


「いや、全然違うじゃん。お父ちゃんに似ても似つかないよ、これ」


「いやぁ、それ父さんの若い頃の写真だよぉ。ほら、早苗さんも一緒に写ってるでしょ」


 そもそも、姿だけでなく名前すら違います。山田さんでさえ、魚政さんの話についてこれなくて呆然としています。


「昨日、母からこの写真を借りてきたのですが、母はこの人を『グルーノ』さんと言っていましたけど……」


「うん。僕は外国の出身でねぇ。日本に帰化した時に早苗さんのお爺さんから『魚政』って名前をつけてもらったんだよぉ」


「お父ちゃん、それアタシ初耳。あのジジイ、ちょっと殴りにいっていいかな?」


「ダメだよぉ。千華のひいお爺ちゃんだよぉ」


「うん。混乱してきたから、問題は一つずつ片付けていこうよ。とりあえずお父ちゃんの名前に関しては、あのジジイが原因だった訳だね。うん。殴ろう」


「だからダメだよぉ」


 殴るかどうかは別として、確かに話は混乱してきました。結局今の時点で話はなにも解決していません。


「それで最初に聞きたかった事なんですけど、この早苗さんというのが山田さんのお母さんなんですか? つまり私と山田さんは親戚だったんでしょうか」


「て言うか、アタシだってお父ちゃんが外人だったなんて聞いた事なかったよ。じゃあ、お父ちゃんは『山田グルーノ』って名前だったの?」


「いやぁ、この頃は僕も若かったねぇ。ほら、見てごらん。千華。この写真は僕と早苗さんが出会って間もない頃だよぉ」


 ああ、なんか昨日もこんなやりとりを繰り返した様な気がします。昨日と同じように、まず私が話す気を失い、それから山田さんが諦めて、魚政さんが一人で話し続けています。なんでしょう、私が持ってきた写真を見ながらどこかホッコリした表情を浮かべています。


 そして私たちはまたお店の二階にある山田さんの部屋へと上がりました。


「うん。実はね、昨日の時点でアタシとサキが親戚かも知れないってのは予想してたんだ」


 山田さんはクロワッサンを頬張りながら話し始めました。


「そんでね。昨日の夜にお父ちゃんを問い詰めたのよ。サキのお母さんを知ってんのかって。ただサキも言ってたけど、アタシのお母ちゃんとサキのお母さんってほとんど音信不通だったんだってね。両方とも本家が認めてない相手と結婚しちゃったせいで付き合いがなくなってね。お互いどこで何してんだか分からない状態だったみたいだね。

 だからお父ちゃんもハッキリした事は分からなかったんだって。今日サキが持ってきた写真で、アタシたちが親戚だって事はハッキリしたけど」


「はい。写真に写っていた早苗さんという人は、間違いなく私の母のいとこにあたる人だそうです」


 そのやりとりの最中に、少しだけ山田さんが居心地悪そうにしていました。恥ずかしそうと言うか、なんと言うか。


「いや、あのね。別にアタシのお母ちゃんに似てるからサキと仲良くしたいんじゃないからね。ほら、たまたまだよ。たまたま商店街のバカ連中に絡まれてたからさ……」


 照れ隠しなのか、話の途中でタマゴサンドまで口に放りこんで頬張ってます。そしてタマゴサンドをのみ込んだ後、唐突に話は切り替わりました。


「そんな事よりもアレだね、アレ。昨日の変なヤツ。お父ちゃんに昨日の夜、聞いたのよ。アレって本当にお父ちゃんの同族なのって。

 そしたらお父ちゃんも間違いないって言ってんの。ただお父ちゃんもなんで同族がいきなりこの街にやって来たのかは分かんないんだって。

 昨日は割と軽めに声をかけてたけどさ、お父ちゃんなんか嫌な予感がするって言ってたんだ」


 その時、突然山田さんの部屋のドアが勢いよく開け放たれました。


「話は聞かせてもらったよぉ!」


 やって来たのは魚政さん。お店は大丈夫なのでしょうか。


「いや、なにがさ! 意味分かんないよ!」


「いやぁ、こういうの、一回やってみたくてねぇ」


 魚政さんは手にリンゴジュースとコップが載ったお盆を持って部屋にやってきました。もの凄く照れています。まあ、今の登場シーンは少しやってみたいのも分かりますけど。


「お店の方は休憩にさせてもらったんだよぉ。ドアに鍵かけて、休憩中ですって看板ぶら下げてねぇ」


 そんな事でお店は大丈夫なのでしょうか。そんな私の疑問に答えるように魚政さんは話を続けます。


「いや、この時間帯は元々お客さんがあんまり来ないんだよねぇ。一時間くらいボケッとしているだけの事も多くてねぇ。普段なら店先を掃き掃除とかするんだけど、今日は少し御堂さんと話がしたくてねぇ」


 そうでした。今日、私はダゴン秘密教団と深きものについてお話をしてもらう事になっていました。

 昨日から更に疑問が増えていますが、山田さんの言葉を借りれば『問題は一つずつ片付けていこうよ』という事です。

 小説の中で語られる深海に棲むモノ。それが実在するモノで、その当事者がこれから真実を語ろうとしています。私は純粋に好奇心から、魚政さんの言葉に耳を傾けました。でもそんな私に山田さんは冷や水を浴びせます。


「期待してるとこ悪いけど、あんまり真剣に聞かない方がいいよ。お父ちゃん、油断してるとすぐボケるから」


「いやだなぁ。別に父さんボケてないよぉ」


 魚政さんはニコニコ笑いながらコップにリンゴジュースを注ぎ始めました。一体いつ話が始まるんでしょう。

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