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だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第一章 間丹生市にようこそ!
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第四話 山田千華「とりあえずパンでも食べようか」

 なんかもう最悪だ……。タケベのジジイめ、余計な事言いやがって。少しの間、サキの顔が見れなくなったじゃないか。恥ずかしくて死にそうだよ。

 アタシのお母ちゃんの名前は、山田早苗やまだ・さなえ。アタシが子供の頃に死んじゃった。アタシにとっては大好きなお母ちゃんで、尊敬してるし、憧れてる。

 だけど、それは感情的な話。正直に言えば、お母ちゃんの事で覚えている事は多くない。

 どこを尊敬しているのか、どこに憧れているのか、そんなツッコミをされても困る。

 一昨日知り合った御堂サキという女の子は、どこかお母ちゃんに似ている。ただそんな事は本人に言える訳がない。それをあのジジイ、サラッとゲロしやがった。

 なんでもない事のように、しれっとぶっ込んで行きやがった。アイツんちの栗まんじゅうはもう食べない、多分、しばらくは。いや、結構美味しいんだけどさぁ。


 なんとか平静を装ってサキを案内する。ジジイは、早苗としか言ってない。アタシのお母ちゃんに似ているとは、まだバレてない。

 いや、もうアッサリ認めたほうがいいのかなぁ。そんな事を考えていたらアタシの家に到着してしまった。ちきしょう、ちっちぇえ街だな。考える暇すらないよ。


「サキ。お願いだから、お父ちゃんを見ても騒がないでね」


 アタシは恥ずかしさを抑えながらサキに最後のお願いをした。なぜかサキの表情は死んでいた。目の焦点が合ってない。アレ? 何があったんだろう……。

 無表情というか、作り物っぱい表情というか、サキの脳がフリーズしているのが、ハッキリを分かる表情だった。

 何事かと思って辺りを見回す。特に何もない、またうどん屋のバカ息子でも現れたのかと思ったが、辺りに不審な人影はない。

 サキの目が泳ぐ。お店のドアの横に張られた張り紙、ガラス越しに見える店内。そしてアタシの顔。焦点の合っていない目であっちこっちを見ている。

 なんだろう、まるで腹話術の人形みたいな顔になってる。アタシがサキの顔をジッと見つめると、サキの顔に生気を得たように表情を取り戻す。本当に何があったんだろう?


 とにかくお店に入る事にした。無理して家まで連れてきたのは、クロワッサンをごちそうしたいからだ。パン生地をこねるところから手伝ってるアタシのパンだ。

 落ち着いてクロワッサンとミルクティーを楽しみながらおしゃべりしてみよう。アタシはお店のドアを開けた。そしてお父ちゃんに『ただいま』と声をかける。

 そして静寂。一瞬の事だったと思う、ちょうどお客さんのいなかった店内は、本当に物音一つしない静寂に包まれた。アタシは祈った、高速回転する脳が必死に祈っていた。

 どうか悲鳴が上がりませんように。誰に祈ったのかも分からない、そんな願いはアッサリと打ち砕かれた。


「ああ、千華。おかえ……、ヒィッ!」


「なんでお父ちゃんが悲鳴上げてんのさ!」


 アタシとサキがお店に入った直後、お父ちゃんは悲鳴を上げた。そのお父ちゃんに思わずツッコミを入れてしまったが、これはアタシのミスだった。

 アタシはお父ちゃんにサキがお母ちゃんに似ている事を伝えていなかった。アタシはそこまで似ていると思っていなかった。なんとなく感じが似てるかなぁ、くらいにしか思っていなかった。

 ただタケベのジジイも指摘していたのだから、お母ちゃんを知っている人ならみんな一目で分かるだろう。でも、なんで悲鳴?


「あっ、あっ! なんかゴメンねぇ、急に変な声を出したりしてぇ」


 お父ちゃんは少し慌てていたが、一応まともな対応が出来るくらいには落ち着いてた。サキはドン引きしていたが、彼女も割と落ち着いてた。


「いえ、お気になさらずに。初めまして。御堂サキといいます」


 サキは礼儀正しく深々と頭を下げた。うーん、意外なほど冷静だなぁ。そんなサキの挨拶に対して、なぜかお父ちゃんは首をひねる。いや、ちゃんと挨拶返そうよ、お父ちゃん。


「御堂……。あれ? もしかしてお母さんは、御堂ゆかりさん?」


「え?」


 アタシとサキの声がハモる。そして思わずサキと顔を見合わせる。それから二人揃ってお父ちゃんに目を向けた。


「すみません。母をご存じなんですか?」


「いつこっちに戻ってきたの?」


「ちょっと待ってよ。お父ちゃん、サキの事知ってんの?」


 見事に会話が噛み合わない。それからしばらくの間、それぞれが質問しながら、相手の質問をスルーし続ける不毛なやりとりが続いた。

 よし、少し落ち着こう。まずアタシの質問を引っ込めてサキの援護に回ろう。


「で、お父ちゃん。なんでサキのお母さん知ってんの?」


「いやぁ、目元なんかそっくりだねぇ」


 いや、聞けよ! 答えろよ! サキは完全に沈黙、なんか呆れてる。すっごい苦笑いを浮かべながら一言も喋らない。

 アタシはため息を一つ。こうなるとお父ちゃんは止まらない。満面の笑みを浮かべながら、人の話なんて聞いちゃいない。

 仕方なくアタシはお父ちゃんをガン無視しながらトレーにクロワッサンを二つ載せてサキを手招き。一方的に喋り続けるお父ちゃんを放置して二階にある自分の部屋にサキを連れて行く事にした。


「あれぇ? 行っちゃうの? ああ、そうだねぇ。ゆっくりしていってねぇ。ああ、千華。クロワッサンだけで良いの? タマゴサンドも持って行きなよぉ」


 アタシたちは既に二階に上がっていた。一階からお父ちゃんの声が響く。目の前にいなくなってんのにまだ喋り続けてる。


「えっと……。変わったお父さんだね……。なんか楽しそうな人っていうか、優しそうっていうか……」


 全力で気を使ってくれているサキの言葉がアタシの心を殴打する。うん、超変わり者だと思う……。アタシもそう思う……。それにしても、お父ちゃんがサキのお母さんを知っているのは、どういう事だろう。


「ゴメンね、ウチのお父ちゃん、喋り始めると止まらない時があってね。後でサキのお母さんの事は必ずゲロさせるから」


 カエルだけに。うん、これは言わなくて良かった。


 一息ついて、アタシは考える。もう答えは大体見えていたけど、どうやって確認したらいいものか分からない。やっぱりお父ちゃんにゲロさせるのが一番の近道だろう。

 昨日の話だけど、サキはアタシとの雑談の中で彼女の家庭の事情について少し話してくれた。なんでも話してくれるのは嬉しいような気もするけど、やっぱりこっちから根掘り葉掘り聞くような事じゃない。アタシは飽きたとかつまらないと言って話を打ち切ってしまった。

 今考えると、あの話はよく聞いておくべきだった。サキは確か母方の実家が間丹生市の地主だとか言っていた。この田舎町には、自称地主が結構多い。ただそれでも家柄に妙なプライドを持っているような連中と言えば一つしか思い当たらない。


 豹紋葛ひょうもんかずら一族。


 間丹生市の北部一帯を所有していた大地主。当主の豹紋葛一斎ひょうもんかずら・いっさいは間丹生市の市長も務めている。ド田舎の豪族程度と言ってしまえばそれまでだけれど、権力と財力はハンパじゃない。少なくとも間丹生市で豹紋葛に逆らえる人間はいないと思う。


 アタシのお母ちゃんはその豹紋葛一族の分家の出だった。アタシも一応その豹紋葛一族の一員になるのだけれど、お母ちゃんが死んだ時点で豹紋葛の人間とはほぼ接点が無くなった。

 まあ、あの家の連中はみんな偉そうで嫌みな連中だったから、今更関わりたいとも思わないけど。

 さて、どうしよう。アタシの予想では、サキのお母さんも豹紋葛の人間なんだと思う。でも、家庭の事情に首を突っ込むような事は聞きづらい。


 少しの沈黙の後、アタシたちは結局これから通う事になる間丹生市第二中学校の話で盛り上がった。最近の写真が入ったアルバムを出してきて、学校行事の様子を見せる。幼なじみの優子の写真も見せた。


「あれ? 優子さんってメガネをかけてる人じゃなかったんですか?」


「うん。メガネはかけてないよ。なんか最近ガリ勉気取りだったからメガネって呼ぶことにしただけ」


「あの……、ガリ勉だったらメガネって少し無茶じゃないですか?」


「いーんだよ。あのメガネ! 塾だの宿題だのってさ。そのクセ、成績は良くないんだよ。頭良くなりたかったらメガネかけろっての」


 さすがに自分でも言っててよく分からない。まあ、いいや。アルバムの次はアタシの武器コレクションを披露する。優子から誕生日にもらったヌンチャク、今日も腰からぶら下げていた特殊警棒。それにトンファー、木刀、メリケンサック。

 最初はドン引きしてたサキも、割と興味津々だった。サキもメリケンサックをはめてみて、相手に当てる部分を指で撫でてる。

 アタシは密かに練習していたヌンチャクの演舞を披露した。自分の身体に当てるようなボケはやらない。

 演舞を見終わったサキは両手にメリケンサックをはめたで拍手してくれた。なんか金属がぶつかり合う音がものすごい響いてる。ヌンチャクよりそっちのほうが痛そう。

 サキはメリケンサックをはめたままクロワッサンを頬張る。いや、はずそうよ、いい加減。

 最初に会った時、サキがメリケンサックをしまってくれと言った理由がよく分かった。なんかすげえ気になる。


 その後、アタシたちはずっとアタシの部屋でおしゃべりをして過ごす。よくもまあ、こんなに中身の無い話が出来たもんだと自分でも驚いている。

 そのくらい、なんでもない話を延々と続けていた。おかしいな、アタシだって友達くらいいるよ。おしゃべりだってする。だけど、アタシは意味もなくダラダラ喋るのは好きじゃない、それにオチのない話も嫌い。

 今まではそう思ってた。だけどこれも悪くない。あのメガネと話している時は、いつだって『で、オチは?』とか言ってたけど、これからは自重しよう。


 夕方までずっとアタシの家でおしゃべり。何を話していたのか、まったく記憶にない。ただ楽しかった。お店の外までサキを見送る。家まで送ろうとしたけど遠慮された。まあ、毎日家までついてこられても困るよね。


「あぁ、帰っちゃうの? よかったらパン持ってく? お母さんによろしくねぇ」


 やっぱりサキのお母さんを知っているみたいだ。とりあえずお店を閉めた後、ゆっくりゲロさせよう。

 そしてアタシとサキはお店のドアから表に出た。そして異様な気配に立ち止まる。


 笑いながらサキを見送って、アタシは家に戻る。それだけの話。それだけだったはず。それなのに、アタシたちはお店の前で愕然としたよう一点を見つめる。

 愕然とした、もしくは単純に恐怖。見慣れたお店の前の道路。なんでもない景色。毎日見ている当たり前の光景。その中に入り込んだ違和感。

 お店からほんの少し離れた場所に佇む人影。それがアタシにとって、見慣れた人を恐ろしく歪めたモノに見えた。


 身長は多分二メートルくらい。かなりデカい。その図体にも威圧感を感じるが、それ以上に目を引くのは頭部。顔とか頭とかいう表現を使いたくない容姿。

 それはアタシのお父ちゃんにどこか似ていた。一言で言えばカエル面、ただその気味の悪さはお父ちゃんとは桁が違う。

 骨格から人間とは違うような潰れた頭。不自然なほど間隔の空いた目。目の位置は顔の正面じゃなく、ほとんど横についている。

 上から潰されたような頭は、普通の人よりも横幅がある。その横幅がある頭部の中にあってもアンバランスに感じるほど口もデカい。人の頭くらい丸呑みできそうな口。

 よく見れば皮膚も全体的に土気色した中に、妙なまだら模様が出来ている。

 そして目。虹彩を持たない瞳孔だけの目。例えるなら犬の目、白目もほとんど見当たらない真っ黒な目をしている。だけど犬の目みたいに可愛げはない。ただ不気味な目だった。


 サキが不安そうにアタシを見る。アタシだって不安だ。少なくともこの辺りでは見た事がない。ただ特徴だけを捉えればアタシのお父ちゃんに似ているような気がする。それが余計に違和感と不安をあおる。

 そして問題は、その不気味な人影がずっとこっちを見つめている事。真っ黒な目がアタシたちを捉えているかは分からない。でもその人影はアタシたちの方を向いたまま動かない。


「どうしたのぉ、お店の外になんかあったのぉ?」


 ノンビリしたお父ちゃんの声が聞こえる。この時ばかりはホッとする、後ろを振り返るとお父ちゃんがお店のドアを開けて顔を出していた。

 アタシよりも先にサキが口を開いた。


「いえ、あの人がずっとこっちを見ていたので……」


 サキが目線で人影を示す。その視線の先にいる人影を見たお父ちゃんは、依然変わらないノンビリした口調でその人物に話しかけた。しかも結構フレンドリーに。


「あれぇ、君もしかして『深きもの』かなぁ? いやぁ、こんなところで会うなんて奇遇だねぇ。それとも、もしかして僕を訪ねてきたのかなぁ?」


 深きもの? って事はお父ちゃんの親戚みたいなもんかな? アタシはお父ちゃんの同族を見たのは初めてだけど、ひたすら気味が悪いなぁ。


「あぁ、よかったら中に入っていきなよぉ。遠いとこから来たんでしょ?」


 お父ちゃんはフレンドリーに深きものに手招きをしている。でも深きものはそれに応えずに無言のまま踵を返し立ち去ろうとした。


「えぇ! 君だよぉ、君に言ってるんだよぉ! 聞こえないのぉ!」


 なんだろう、立ち去ろうとする深きものと、フレンドリーに声をかけるお父ちゃんのギャップがえげつない。本当に同族なんだろうか。


「あれぇ……。聞こえなかったのかなぁ」


 声をかけた途端に立ち去ろうとしたんだから、それはない。ただ逃げるように去った訳でもない。アタシたちを監視していたように見つめながら、興味を失ったようにただ歩き去った。

 お父ちゃんは深きものを目で追っているけど、お店から離れられない。アタシはあんなのを追いかけたくない。ただお父ちゃんの同族なら、お父ちゃんは追いかけたいのかも知れない。


「お父ちゃん、アタシが店番してようか?」


 お父ちゃんはアタシの提案に少し考えてから答えた。


「とりあえず去っていった以上、去っていく理由があるって事だよ。それが何か分からないけど、追いかけても仕方がないかなぁ。でも同族を見たのは久しぶりだよぉ。まだ生き残りがいたんだねぇ」


 お父ちゃんの呑気に構えてる。でもアタシはアイツが酷く不気味に見えた。深きものはゆっくりと去っていく。逃げ出す風でもなく、ただ歩き去っていく。


「あの……。『深きもの』ってなんですか?」


 サキがおずおずと尋ねてきた。そうだね、知ってる訳ないよね。アタシはサキと明日も会う約束をした。またお店のパンを食べながら、明日はアタシの身の上話をしなくちゃいけない。

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