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だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第三章 ベーカリー・ダゴンにようこそ!
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第三十七話 山田千華「枝豆チーズってどうよ?」

 食べかけのクロワッサンをトレーに戻してため息を一つ。うん、やっぱりあんまり美味しくない。別にマズいって訳じゃない。だけど、なんか違う。


「味では勝ってるんですよね。なら大丈夫なんじゃないですか?」


 サキの言葉に思わず顔をしかめてしまう。そんなに簡単じゃないんだ。味なんてどうでもいい。ぶっちゃけ、味覚なんてもんは個人差が大きすぎる。アタシにとって美味しくなくても、この味が好みだっていう人はいくらでもいる。

 だから味で勝っているだけじゃどうしようもない。アタシはそれを確認するように店内を見回す。広い店内にはコーヒーと焼きたてのパンの匂い。座ってその場で食事ができるのも大きい。それに商品だってウチの倍以上の種類が並んでる。あの『枝豆チーズ』ってなんだ? あれも食べてみようかな……。


「ねえ、サキ。もう一つずつ買ってみない? それとお父ちゃんにもお土産に買っていきたいし」


 アタシたちはもう一度パンを買いに行った。気が付けば店内にはお客さんがかなり増えていて、レジで並んでいる間に座ってた席が埋まってた。一人ずつ買いに行けば良かったかも知れないけど、まあ、仕方が無いね。

 買ったパンは袋に入れてもらってそのままお店を出た。


「アタシのセンスが古いのかな。この『枝豆チーズ』ってかなり攻めてるのパンだと思うんだけど、よく製品化しようと思ったな」


「と言うか、千華っておつまみ系のお菓子とか好きですよね」


「うん、まあね。これもさ、美味しそうなんだけどね。枝豆とチーズをパンに混ぜるんなら、いっそ枝豆だけで食べたいって思わない?」


「身もふたもないですね……」


 多分、こんな感じのアグレッシブな種類のパンも人が集まる理由なのかも知れない。そうなるとウチでも新作パンを作るか……。ありがちな作戦だけど、難しいな。

 新しいパン一つで店が盛り上がる訳もないしな。第一、そんなに凄いパンができたらすぐにパクられるだけだしね。

 ダメだな。なんか凄く悲観的になってる。お父ちゃんじゃないけど、お店潰れちゃうんじゃないかな……。いや、いきなり潰れる事はないだろうけど、やっぱり売り上げは落ちるんだろうな。


 アタシはそんな事を考えていると、サキが店頭に張られているポスターを見つめていた。そのポスターには『フランチャイズ募集中』の文字。


「そう言えば、商店街にできるフランチェスカって誰が経営するんですかね?」


 経営? そんなモン、親会社とかから派遣された店長さんが……。あれ? フランチャイズ?


「フランチャイズって要するにコンビニとかでよくある形式ですよね。お店のオーナーになりたい人がお金と場所を準備して、フランチャイズ本部がお店のノウハウを提供するって言うか……」


 ちょっと待って。商店街でフランチェスカを始めようとしてんのって一体誰?


     ***


「おかえりぃ。フランチェスカはどうだったのぉ?」


 お父ちゃんの声から、微妙に緊張している響きを感じる。アタシたちがどんな印象を感じたかを早く聞きたいみたいだ。

 アタシはお土産のクロワッサンを取り出してお父ちゃんに見せてみる。


「まあ、ここまで帰ってくる時間を考えると、焼きたてじゃないよねぇ。それは仕方が無いにしても、なんだろうね、少し水分が多めなんじゃないかなぁ」


 そしてお父ちゃんはクロワッサンを一口。モグモグと口を動かしながら、視線をただよわせてる。

 クロワッサンを食べきってから、お父ちゃんはアタシと同じ考えに行き着いた。


「うん。味はよくないねぇ。多分、チェーン店だけに同じ味を全店で提供しないといけないんだよねぇ。そうなると、それぞれのお店で焼いているのは間違い無いんだろうけど、大本のパン生地は大量生産されているものだねぇ。

 全国のお店にそれを配達する事を考えると、冷凍保存されてるのかなぁ。でも、ウチのお店にとって有利になる話ではないねぇ。僕なんかが言っていい台詞じゃないけどねぇ、多分パン生地の違いなんて、その場で食べ比べないと分からない。

 僕なんかはパン生地からこだわっているつもりだけど、その違いが分かる人って意外と少ないんだよねぇ。もちろん違いが分かったところで、どちらが美味しいかって言えばそれも人によるからねぇ」


 その後もお父ちゃんは延々とパンに関するうんちくを語ったりしていた。パン生地を大量生産する事の利点を挙げて、味が多少劣る事を十分補える事を説明していた。

 パンの種類によってパン生地の仕込みを変えるのは、個人でやっているお店じゃ難しい。それに極端な話、届いたパン生地を焼けばいいだけなんだからパンの種類を増やすのも容易い。

 それを考えると、チェーン店の強みが理解できる。それと対抗しなきゃいけないウチのヤバさも。

 アタシたちがそんな真剣な話をしている最中、なにやら拗ねているケイトをサキがなぐさめている。


「……魚政さんにはお土産があるのに、私にはないんですか……。私だって一応、皆さんの仲間だと思っていたのに……」


 あ、ゴメン。本気で忘れてた。


「本当にすみません。ケイトって最近影がうすかったからスッカリ忘れてました」


 いや、そこはフォローしてやれよ。アタシも忘れてたけどさ。ケイトって真面目なんだけど距離感が掴めないっていうか……。

 真面目だけど、その分根暗だし。しかも歳が結構離れているから話も合わないし。しかも本人も無口だから、挨拶だけでほとんど会話しなかった日もあったし。


「でもケイトって、私のお婆さんくらいの年齢なんですよね。だから今でもどう接したらいいか分からないんですよ。て言うか、どうしてこのお店で働いてるんですか?」


 あれ? なぐさめてんじゃなくて、とどめ刺してる? 結構酷い事言ってね?


「あぁ、僕もそれは気になってたねぇ。いやねぇ、本当は先生からも『生活の面倒を見てやる』って言われてるはずなんだよぉ。それなのに、このお店で働いてくれてるのは、嬉しいんだけど少し疑問だったねぇ」


 なにそれ、今初めて聞いたよ。クソジジイはなに企んでんだ?


「えぇっと、先生って豹紋葛市長ですよね? あの人なんだか怖いんですよね……。それにただお世話になるのも気が引けますし」


 クソジジイが怖いってのは同意見。あとはまあ、要するにタダ飯食ってるのは性に合わないって事なんかね。


「まあ、先生が面倒見るって言ってるのは、単にオーベッド派の内部事情を知りたかったってのもあるんだろうけどねぇ」


「あっ、はい。そうですね。今でも時々、市庁舎へ行ってお話をさせてもらっています」


 ちょっと待って。オマエどっちの味方なんだよっ思ったけど、よく考えたらクソジジイは別に敵じゃなかったな。

 とりあえずケイトに詳しく話すようにうながしてみる。


「いえ、私もそんなに内部事情に詳しい訳じゃなかったので、インスマス後の深きものの生活とかを説明していただけです。あまりご期待に応えられなかったようで、いつもつまらなそうな顔をしています」


 ああ、なんか分かるわ、それ……。絵面が想像出来る。必死に説明するケイトと、仏頂面のクソジジイ。なんか地獄絵図だな……。

 それであのクソジジイはなにがしたいのかね。その辺が分からない。


「インスマス後の深きものは人目を避けて生きていくしかなかったんです。当然、社会的に成功している者はいません。力を合わせて生きていこうにも、それぞれが困窮しているような有様で、互いにいがみ合ったり騙したりって事も少なくはなかったんです」


 へえ、なんか実感がわかないな。アタシってもしかして恵まれた環境で育ってたのかね。


「でも私は人間も嫌いだったんです。クソガエルを呑み込む前の私は街中を歩くだけで奇異の目で見られていましたし。仕事をしようにも働き口なんて見つかりません。見つかっても酷い扱いを受けたり、すぐにクビになったり。

 今なら人間に紛れて暮らすのも難しくないんですけど、やっぱり人間じゃなく同じ深きものと生きていきたいって思うんです。

 確かに先生を頼れば生活に不自由はないかも知れませんけど、このお店で魚政さんや千華と一緒に働ける事の方が幸せなんです」


 ああ、ケイトの事を『根暗な金髪ねーちゃん』とか思ってたけど、結構大変な人生だったんだね。まあ、少しだけグッときたよ。あれだね、やっぱりこのお店を守らなきゃダメだね。フランチェスカになんて負けてられない。

 うん、お土産を買ってこなかったのは本当に悪かった。これからはケイトにも少し優しくしてやろう。アタシたちは仲間だからね。


「……すみません。私は人間なんですけど……」


 サキのつぶやきはガン無視。ここで話の腰を折らないで欲しい。


「これからは『魚政さん』じゃなくて、『店長』って呼んでもらおうかなぁ」


 ゴメン、なんで今それ言った? 呼び方なんて本気でどうでもいいよ。むしろ距離感が増してね? 名前で呼ばせてやれよ。


     ***


 夕方。サキは家に帰った。普段ならケイトも近所に借りているアパートに帰ってるんだけど、今日は残ってパン生地の仕込みを手伝ってもらう事になった。


「フランチェスカですか……。確かに夕方とかに前を通ると凄い混雑なんですよね。そのまま商店街でも混み合うとは思えないですけど、お客さんは減ってしまいそうですよね」


 商店街のフランチェスカについてケイトとも雑談。クソジジイのところに行く時はいつもフランチェスカの前を通っているらしい。人混みが苦手とかで、店内に入った事はないらしいけど。


「うん。これまでこのお店が繁盛していた一番の理由は、商店街に他のパン屋がなかったからなんだよねぇ。当然、フランチェスカができればお客さんは減るだろうねぇ。困ったねぇ、ホントにぃ」


 なにかアイデアはないかと考えるけど、ろくな考えが思いつかない。まあ、それでも真面目に考えているだけマシかも知れない。

 こんな時、優子だったら『メイド服着て私たちが接客しようか』とかクソみたいなアイデアを平気でぶっ込んでくる。

 そう言えば最近学校以外で会ってないな。まあ、塾で忙しいとか言ってたけどさ。


 せっせとパン生地をこねるケイト。それを見ながらニコニコしているお父ちゃん。まさかね……。いや、再婚すんなとは言わないけどさ……。ちょっと不安になる絵面だな。


「そう言えばさ、オーベッド派にも知り合いはいるじゃん。ソイツらとは連絡とってないの?」


「連絡はまったくありません。と言うか、オーベッド派を離れた時点で裏切り者扱いになってるのかも知れません」


 親しくしてる相手はいないか……。いや、別に構わないけどね。うん、まあ、気にしないでおこう。でも意外と微妙な気持ちになるもんだね、お父ちゃんが女の人と仲良くしてるのを見るのは。


 表がスッカリ暗くなった頃、ケイトは帰っていった。近所に住んでるらしいけど、今度襲撃してやろうかな。いや、正直どんな生活してるのか興味もあるし。

 いやいや、気にしすぎだね。お父ちゃんだってそんなにモテないよ。今だって訳の分からない事を言ってるし。


「ねえ、千華ぁ。新作のパンを考えてみたんだけどさぁ、『クトゥルーパン』なんてどうかなぁ。パン生地で作った胴体にタコとコウモリをくっつけてね……」


 今までよくこのお店続いてたな……。


「あっ、分かんないかなぁ? クトゥルーって頭がタコで肥満体の身体にコウモリみたいな羽根が生えてるって言われてて……」


 聞いてねえよ。て言うか、そんなモン誰が食うんだよ。それに本物のタコ一匹使ったら値段がエラい事になるよ。大体コウモリって食べられるの? どこから仕入れるの?

 頭の中にいくつものツッコミが思い浮かび、それを一つずつお父ちゃんにぶつけてやろうと思った矢先に電話のベルが鳴った。

 ツッコみ損ねたアタシはふて腐れながら電話をとった。受話器からおっかない声が聞こえたので、黙って電話を切ってやろうかと思ったけど怖いからやめておいた。


『千華か、ワシだ。一斎だ。魚政はいるか? まあ、お前でもいい。むしろお前の方がいいかの……。単刀直入に言おう、穣治が消えた』


 穣治? オーベッド派の黒幕が消えた?


『ワシもアイツの事は舐めてかかってた。大した事はできんだろうとな。実際、斉藤祐二の一件も要するにアイツが自分の息子やその舎弟をろくにコントロールできなかったのが原因だ。

 だが、穣治と連絡が取れなくなった。少なくとも今の時点では所在も掴めん』


 『ゴーレム斉藤』の一件以来、クソジジイは穣治をとがめようとしていたけど、『自分は関わっていない』の一点張りだって聞いてた。それが連絡すら絶ったって事は……。


『なにか、やらかすつもりだろうな』


 ドイツもコイツも面倒ばかり起こしやがって。こっちはそれどころじゃないんだよ。

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