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だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第一章 間丹生市にようこそ!
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第二話 山田千華「それはないしょの話」

 アタシの朝は早い。間丹生市Z区のみどり聖堂商店街にある小さなパン屋、『ベーカリー・ダゴン』がアタシの家。

 アタシは朝四時に目を覚ます。目を開けたまま寝ているお父ちゃんを起こして、二人で仕事に取り掛かる。前日の夜に仕込んでおいたパン生地を確認してから、ちぎってこねて形を作り。それを窯に放り込んでから朝ご飯。

 六時前に店先を掃除して開店準備。開店はそれから一時間後。大急ぎで焼き上がったパンを店頭に並べる。開店から一時間はお店の手伝い。お父ちゃんは、開店後も引き続き焼き上がってきたパンを店先に並べ続ける。アタシはレジ係。

 自分で言うのもなんだけど、アタシんちのパンは評判がいい。特にクロワッサン。お父ちゃんは、パン生地にこだわってるからね、と誇らしげだ。

 普段なら八時には家を出て学校に行く。でも今は春休み。予定もないので、そのまま店番。ただ学校が休みだから、お客さんも割と少なめ。


「千華、もう大丈夫だよぉ」


 九時過ぎ。通勤途中にパンを買っていくお客さんも少なくなって、お店も暇になった。一日中お店にいてもいいんだけど、お父ちゃんは遊びに行ってきなさいと店から放り出そうとする。


「せっかくのお休みなんだから、遊びに行ってきなよぉ」


 そんな事を言われてもアタシだって今日はノープランだった。遊ぶ相手もいない。友達はいるけど、普段からお店の手伝いをしている事はみんな知っているから、遊びに誘われたりもしない。

 いきなり電話をかけて突撃しても大丈夫な相手と言えば、幼なじみの優子くらい。だけどあの子は最近付き合いが悪い。

 アタシたちは中学三年生になる。これから受験。気の早い同級生は既に準備を始めているが、優子も既に学習塾のやたらとスケジュールが詰まっている特別講習とやらに通っているらしい。

 優子は去年の夏くらいから受験やら進路の事ばかり話題にするようになった。それに勉強の時間もかなり増やしたとか。そんなこんなで一番の友人とも最近疎遠になりつつある。

 いや、確かにアタシだって受験の事は少しくらい考えてはいる。ただ家から一番近い高校でいいんじゃないかなぁとか、その程度しか考えてなかった。


 結局せっかくの休みだけど、午前中は家の中でゴロゴロして過ごした。お昼は少し店が混雑してくる。ノソノソとまた店の手伝いに行った。

 なぜか店ではお父ちゃんがへこんでた。話を聞いたら、今日は一見さんのお客さんが来て、お父ちゃんの顔を見てドン引きした上に軽く悲鳴を上げたらしい。

 アタシのお父ちゃんはカエルみたいな顔をしている。カエルに似ているというレベルではなく、ほぼカエル。初対面の人はかなりの高確率で悲鳴を上げる。


「千華ちゃんはお父さんに似なくて良かったね」


 商店街の人たちからは、冗談めかしてそんな風に言われる。ただお父ちゃんに言わせると、アタシも大きくなったらお父ちゃんに似てくるらしい。成長すると外見が大きく変わっていく家系なんだとか。

 アタシは別にお父ちゃんに似てきても構わない。毎日見ているせいか、別に変だと思わないし、見ようによっては愛嬌の顔にも思える。あくまで見ようによってはだけど。


 夕方になるとまた店が混んでくる。その前に買い物。お父ちゃんはほっておくと自分の焼いたパンしか食べない。少しは野菜も食べさせないと。

 ちなみにお父ちゃんは魚を食べない。魚を食べると止まらなくなるとかなんとか。


 商店街を歩く、なぜかアタシは商店街の人たちに、『ダゴンちゃん』と呼ばれる。まあ、ベーカリー・ダゴンの一人娘なんだから、分からなくはないけど。

 最近は割と慣れてきた。でも、いまだにお父ちゃんが『ダゴンさん』とは呼ばれないのが納得いかない。いや、どうでもいい事だけど。


 アタシのお母ちゃんは、アタシが幼い頃に死んでしまった。覚えている事は少ないんだけど、みんなお母ちゃんを破天荒な人だったって言ってる。確かにカエルと結婚するくらいだから、破天荒を通り越して狂気すら感じるけど。

 アタシはお母ちゃんが好きだった。突拍子もない言動と父さんのパン屋を手伝う姿が今も目に浮かぶ。

 アタシはお母ちゃんに憧れてる。でも、お母ちゃんの事で覚えている事はあまり多くない。そんな矛盾がアタシを中二病にした。

 ラノベやアニメのヒロインみたいに、アタシは周囲を巻き込んで騒動を起こす人に憧れた。それがうっすらと記憶に残るお母ちゃんの姿だから。

 バカみたいに騒いで、みんなを呆れさせている。アタシはいつだってそんな感じ。今日も買い物に出かける時には、ポケットにメリケンサック。


「いや、中二病ってそういうんじゃないから」


 優子がそんな事言ってた。お返しに言ってやった、お前に中二の何が分かる! まあ、アタシもよく分からないけどね。


 買い物ついでに本屋で立ち読み。フラフラとそのまま百円ショップへ。特に買いたい物がある訳じゃないけど。そんな風に商店街を歩いていたら、人気のない路地からヤンキーが騒いでる声が聞こえた。

 いつもの事だから気にもしなかったけど、やっぱり騒々しければついチラ見してしまう。そして二度見、三度見。

 バカみたいな髪型のヤンキーが女の人を取り囲んでた。ちょっと珍しい光景だった。この辺りのヤンキーは、商店街の人たちと家族ぐるみの付き合いがあったりするから、変な格好はしても変な事は絶対しない。女の人に絡んでるなんてかなり珍しい。

 ただアタシが気になったのは、その絡まれてる女の人。なんかすげぇ美人。歳はそんなに離れていないと思うけど、身長スラーの黒髪スラー。

 なんかバカっぽい表現だけど、本当に見た目はそんな感じ。綺麗な黒髪のロングヘアー、ヤンキー連中と比べても少し上回るくらいの長身。あんな人、この辺りじゃ見た事ないなぁ。


 少し様子を見てたけど、意を決して女の人を助ける事にした。いや、多分無理矢理どうこうっていう事はないと思ったけど、見て見ぬフリもどうかと思う。

 それによく見たら、ヤンキーの中の一人は商店街のうどん屋の息子だった。さすがに家の近所でバカな真似はしないと思う。でもどうだろう、あいつらバカだからな。

 ポケットからメリケンサックを取り出して装着。アタシの手にはちょっと大きい。そして勢いに任せて格好つけた登場を決めた。噛んだけど。


 女の人、正確には同い年の中学三年生。確かに身長は高いけど大人っぽい雰囲気じゃない。なんでも今日、この街にやってきたばかりという話。しかも、新学期からは一緒の学校に通う事になるとか。

 でも学校が始まるまでまだ二週間近くある。この子、これから二週間も知り合い一人いない街で過ごすのか……。

 よし! そんならアタシが最初の友達になろう。名前は御堂サキ。人見知りなのか、ずっとアタシに敬語使ってるけど、これから仲良くなれると思う。


 その日の夜。お父ちゃんとパン生地の仕込み。お父ちゃんは水かきのついた手にビニール袋を被せてパン生地をこねくり回してる。なにげなく自分の手を見てみた、まだ水かきは小さい。

 お父ちゃんの水かきは指先まで伸びている。アタシの水かきは指の第二関節くらいまでしかない。


「まだ早いよぉ。父さんが千華くらいの頃はまだ水かきは無かったよぉ。水かきが出来ると泳ぐのに便利だよぉ。荒波の中もスイスイいけるよぉ」


 荒波って。間丹生市は山に囲まれた街で、一番近い海水浴場でも電車で一時間以上かかる。て言うか、海なんて行った事ないよ、お父ちゃん。

 海の話題が出るとお父ちゃんは目をそらす。


「ゴメンな。父さん、海に入ると野生に戻っちゃうんだよ」


 どんな言い訳だよ! 海にどんなトラウマあんのか知らないけど、別に連れてってくれなんて言ってないよ。

 自分から荒波がどうこう言ってきたクセに、お父ちゃんはそれ以上何も言わなかった。

 あ、これもしかしたら……。うん、多分そうだろう。そう言えば今日はお客さんが悲鳴を上げたって言ってた。思ったよりもダメージが大きかったのかも知れない。

 軽くへこんでいるお父ちゃんと二人で、黙々とパン生地をこねくり回した。


***


 翌日。今日も朝からお店の手伝い。ただ今日は朝の混雑が一段落した後、アタシはお店を飛び出して遊びに行った。

 真っ直ぐサキの家へ。昨日、家まで送ってあげたのでアタシはちゃんと彼女の家を覚えてる。

 もう少し身長が伸びてくれたら自転車とか欲しいんだけどなぁ。

 アタシは小学生と間違われるくらい背が低い。自転車も小学校低学年の時に買ってもらった小さな子供用で十分間に合ってしまう。ただ中学生にもなってそれに乗るのはさすがに恥ずかしい。

 しかもその自転車は、当時流行っていたアニメのキャラクターがプリントされている代物。さすがに今はキツい。いっそ自分で塗り直すか。そんな事も考えたが、やっぱり小学生用の小さな自転車は、アニメキャラを塗りつぶしても恥ずかしい。

 そんな事を考えながらサキの家へ。いきなり距離を詰めてやろうと色々なあだ名を考えてみる。とりあえずサッキーに決定。家の前で大声で名前を呼んでみた。

 迷惑だとか気にしない。そんなの気にしてちゃいけない。アタシはヒロインだから。


 そしてサキと街をブラブラする。ちなみに考え抜いて決定したサッキーというあだ名は本人から即却下された。あんまり強い口調でもなかったけど、かなり戸惑ってた。少し距離を詰めすぎたかなぁ。アタシの事も呼び捨てでいいよって言ってるのに、頑なに『山田さん』だし。


 たぶんサキにとっても生活の中心になる、みどり聖堂商店街を歩く。アタシの家に案内して、そのままクロワッサンをごちそうしようと思ったけど、予想外にお店が混雑していた。一旦サキと別れてお店を手伝おうかと思ったけど、お店からお父ちゃんが『大丈夫だよ』とばかりに親指を突き立てていた。クロワッサンをごちそうするのはまた今度にしよう。

 商店街や通学路を歩いていたら、同級生と何度かすれ違う。普段ならアタシに平然と声をかけてくる連中が、サキの顔をチラチラ見ながら声をかけてくるのをためらっていた。当然、ガン無視。ただサキはやっぱり男子から見ても美人なんだと実感する。


 その夜、すれ違った同級生のほぼ全員からメールが来ていた。


「あの子は誰?」


 無論、ガン無視。まあ、新学期が始まれば嫌でも知り合いになる訳だけど。

 やっぱりモテそうだなぁ。正直、それは羨ましいとは思わない。ただ男子が群がる前に、女子の友達を作っておかないと。やっぱり優子を早めに紹介しようかなぁ。

 そんな事を考えていたらまたメールの着信音が響いた。意外としつこいな。一応メールを確認してみたら、サキからのメールだった。


「今日はありがとうございます」


 話すのと同じ、固い言葉づかいのメールだけど、ついニヤニヤしてしまう。

 よし! 明日こそクロワッサンをごちそうしよう。


 アタシの家は、みどり聖堂商店街から少し外れた路地にある。一階がパン屋、二階が自宅。あんまり広くはないけど、自分の部屋もある。その部屋から出て台所で牛乳を飲む。

 お父ちゃんは居間でテレビを観てた。声をかけても返事がないので様子をうかがってみたら、目を開けたまま寝ていた。テレビを観ている姿勢のままで。

 器用だなぁと呆れながら、お父ちゃんを布団まで引きずってく。いつも思うんだけど、どうしてこれで起きないんだろう?


 目を開けたまま寝ているお父ちゃんの顔を眺める。うん、間違いなくカエルだ。

 お父ちゃんの寝顔を見ていたら不意に疑問がわいた、もしかしたらアタシも目を開けたまま寝てるのかな?

 そんな事を考えながら、アタシは居間の戸棚から古いアルバムを引っ張り出した。子供の頃のアタシの写真。今とまったく変わらないお父ちゃんの写真。そして、アタシがまだ幼い頃に死んじゃったお母ちゃんの写真。

 アタシはサキに惹かれてる。一目惚れって言ってもいいほどに。その理由がようやく分かった。幼いアタシを抱きかかえるお母ちゃんの写真、それはサキにそっくりだった。

 少し恥ずかしくなる。同い年の女子と仲良くなりたい理由が、『お母ちゃんと似てるから』だなんて人には言えない。

 これはアタシの胸の中にしまっておこう。いや、優子なんかはアッサリ気付きそうだけど。

 アルバムを戸棚にしまって、アタシは自分の部屋に戻った。寝る前に少しだけ予習をしておこう。まあ、受験の事はあまり考えていないけど、勉強しなくていい訳じゃないしね。

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