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だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第二章 まに中にようこそ!
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第十五話 御堂サキ「忌まわしき名を持つ少女」

 あれから一週間。千華によってダゴン秘密教団は正式に設立された。とは言うものの、特になにも起こりません。ビックリするほど平穏な日常が続いています。

 私たちがルーカスによって拉致されたあと、誰一人警察に捕まる事もなく、ダゴン秘密教団の人たちはすべて姿を消しました。

 まるでそんな人たちは最初からいなかったかのように。そしてそれ以降、彼らが私たちの前に現れる事もありませんでした。少なくともこの一週間は。


「ところでさー、千華の教団も、そのオーベッドさんの教団も同じ名前なんだよね。それってなんとかならないのかなー。結構紛らわしいよ?」


 そうです。この一週間で最大のイベントと言えば、『教団の名前変えちゃおうよ会議』しかありませんでした。

 優子さん発案の元、ダゴン秘密教団の名前を変えてしまおうという、身もふたもない話し合い。最終的には千華と魚政さん共に、『ダゴン秘密教団じゃなきゃダメ!』と押し切られてしまった訳ですが、会議の終盤には魚政さんの泣き落としすら始まってしまい、あまりの醜態に千華が本気で涙ぐんだくらいでした。


 結局、教団の名前は元のまま『ダゴン秘密教団』に落ち着きました。そしてオーベッド・マーシュ率いる教団は、便宜上『オーベッド派』と呼ぶ事になりました。

 さてこの一週間でそれ以外になにかあったかと問われれば、私は答えにつまります。なにしろ毎日千華の家でパンを食べながら遊んでいただけですから。


 ケイトリンさんはベーカリー・ダゴンで働き始めました。意外な事ですがベーカリー・ダゴンはかなり繁盛しているらしく、魚政さんもパートさんを雇う事を前々から考えていたそうです。


「でも、アイツね。手先不器用なんだよ。少なくともパンをこねる仕事は任せられない」


 千華はそう言うものの、意外と仲良くやっているそうです。私たちはケイトリンさんからオーベッド派の内情や彼女の生い立ちを聞いたはずですが、興味が無いせいかほとんど覚えていません。

 とりあえず悪い人じゃなさそうという事さえ覚えておけば大丈夫だと思います。



     ***


 そして新学期。新しい学校。私はこの四月から間丹生第二中学校、通称『まに中』に通う事になります。

 新学期と言えば桜のシーズンですが、あいにく間丹生市ではあまり桜を見かけません。それでも暖かい日差しが心地よく、雲一つない青空と間丹生市を囲む山々の緑はとても美しく見えました。

 その光景は新しい学校生活の最初の一日を、忘れがたい思い出として彩ってくれる素敵なものでした。


 ですが、その一日は私にとって地獄のような日々の始まりだったのです。


 新学期初日。その日は始業式でした。半日程度で終わるはずの学校行事。私は少し早めに家を出て、千華の家へと向かいました。

 そして千華と二人で通学。本当は千華の家に寄ると遠回りになってしまうのですが、初日だけは二人で通学する事になりました。


「同じクラスになれるといいですね」


「あれ? 言わなかったっけ。同じクラスだよ。前に先生に頼んでおいたんだ、御堂さんは遠い親戚で面倒見てあげたいから同じクラスにしてくれって」


 既に根回し済みですか……。やっぱり侮れない。一体いつの間に……。


「まあ、これもダゴン秘密教団の力ってヤツかな」


 千華はアヒル口でニンマリと笑っています。そろそろ分かってきました、この笑顔は適当な事を言っている時の顔です。


 私たちはまに中へと続く道をテクテクと歩いていました。その時、私は既に違和感を覚えていました。それがなにを意味しているのかも分からないまま、同じく怪訝そうな顔をしている千華と共に学校まで歩き続けました。

 まに中の校舎を遠くに眺めながら、私も千華も表情が曇っていきます。学校が近付くごとに周囲には私たちと同じ制服を着たまに中の生徒が増えていきます。

 その生徒たちの様子が変でした。私たちを見て、すぐに目をそらす生徒たち。何人かの生徒は千華に声をかけてきます。それでもその挨拶はとても控えめで、声をかけたあとは急いで千華から離れていくようにすら見えました。

 一体なにが起きてるのでしょう。一体私たちになにが? まに中の生徒たちになにが起きたのでしょうか?


 気が付けば隣を歩く千華の目がどこか私を哀れむようになっていました。


 え? 私? いえ、私はなにもしていません。理由を尋ねようと千華を見れば、なぜか目をそらされました。


「うん、まあ、そうだったね。忘れてたよ、アタシも。いや、大丈夫だよ。うん」


 なぜか千華に励まされました。ただその千華は私と目を合わせようとはしません。まに中が近付き、そして校門を通り私たちは新しい学び舎へと到着しました。


「おい、アレか? マジかよ、スゲぇ可愛いのに……」


「千華ちゃんの親戚なんだってね、やっぱり似てるのかな」


「似てねえだろ。山田は持ち歩いてるだけだぜ、使った事なんてねえよ」


 なんでしょう。学校の敷地内にいるすべての生徒が私たちに注目しているような気がしてきました。聞こえてくるのは私たちの噂話?

 隣の千華がため息。なんですか? 千華、なにがあったんですか?


「怖ぇな。アレが『メリケン・サキ』か……」


 …………あっ、……あれ? 違いますよ、違うんです。それは……。


「先輩、半殺しにしたらしいな。まだ入院してるらしいぜ」


「商店街のうどん屋さんでしょ? 知ってる、二日間くらい意識が戻らなかったとか」


 違いませんでした……。いえ、確かに殴りました。

 千華が私の背中をポンポンっと軽く叩いてから一言。


「まあ、人の噂も七十五日って言うしさ……」


 遠い目をしている私。哀れむような目をしている千華。私たちは周囲の怯え混じりの視線に耐えながら校舎へと入っていきました。

 こうして私の新しい学校生活は、先生方すら怯えさせるような悪評と共に始まってしまいました。


     ***


「あははははは。いやー、災難だったねー。同級生どころか、後輩までみんな言ってたからねー、メリケンさん超怖いって」


 定着してしまったんですか? そのあだ名はもう定着してしまったのですか? 


「まあ、キャラが立ってるとか思えばいいんじゃない? これから話題に困らないよ」


 なんの話題ですか。むしろそんな話題が続く方が困ります。始業式は無事終了。式の最中も妙に周囲の視線が気になってしまいましたが、さすがに噂話は誰もしていませんでした。ただ式の途中に校長先生のお話があったのですが、お話の中で何度も「学校に武器を持ち込まないでください」と繰り返し、その度に視線が私に集まっていました。

 そんな話をしながら千華と優子さんと私の三人は、校舎入り口にある下駄箱の近くで立ち話をしていました。私たち三人は無事同じクラス。優子さんは私が『怖い人』ではない事をお友達に説明してくれていましたが、なぜか千華はまったく私のフォローをしてくれていません。


「いや、アタシは見ちゃったからさ。あの連中、ボッコボコにしてる現場をさ。なんかフォローしづらいんだよね。噂の内容も別に間違ってる訳じゃないしさ」


 そこはフォローして欲しいです。あと、大きな声で『ボッコボコ』とか言うのもやめてください。

 私たちが下駄箱の近くで立ち話をしていると、そこに千華と優子さんのお友達らしき人から声をかけられました。


「ねえ、千華。なんかヤバいよ。校門の所に『みど高』の人たちがいるんだけどさ。御堂さんと千華を呼んでこいとか言ってるの。どうする、先生に相談しに行く?」


 私と千華は顔を見合わせます。と言うか、『みど高』ってなんですか?


「みどり聖堂高校。このまえ、案内しなかったっけ? この学校の近くにある高校だよ。そんで、うどん屋とか例の景保とかってヤツの通ってる学校。お礼参りかな……、確かにヤバいかもね……」


「え? ヤバいってなにがですか?」


「いや、だからね。サキがうどん屋ボコったでしょ、そのお礼参りに来たのかもって言ってんの」


 いや、でもアレは両成敗ってヤツにならないんですかね……。だって私たち拉致されたんですよ。


「まあ、逃げるのは簡単だけど、あとでお店にまで来られると面倒だしね。ちょっと話聞いてくるよ。サキと優子は先に帰ってて」


 一人でテクテクと歩き出す千華。その後ろを当たり前のようについていく私たち。振り返って眉をひそめる千華に笑顔の私たち。


「いくらみど高の人でも、年下の女子をいきなり殴ったりはしないよねー」


「殺るなら私も行くよ、千華」


「変だな……。優子が常識人に見える」


「なにそれ、ちょー酷い!」


 私たちは笑いながら校門へ。その校門には、都心部ではあまり見かけないあからさまに不良である事を誇示するヘアースタイルの方々。

 赤とか紫に髪を染めた先輩方は、下町のおばちゃんみたいな髪型です。この辺りではあれが格好いいと思われているのでしょうか。

 おしゃべりしながら校門へと近付く私たち。校門にはみど高の人たち、そしてその周辺には野次馬らしき生徒、それにみど高の人たちと付き合いのあるまに中の生徒。

 呼び出された私たちが普通におしゃべりしながら歩いてきたのを見て、大半の人が唖然としていました。それは校門で私たちを待ち構えていたみど高の人たちも同じだったようで、彼らの第一声は戸惑いを隠せないものでした。


「なんなんだよ、オマエら。普通ビビるだろ。俺たちに呼び出されて、なに普通に来てんだよ、コラ」


「すみません、どちらさまでしょうか?」


「マジか、お前……。こないだ会っただろうが! え、マジで覚えてねぇの? マジで? いや、こないだのアレだよ。ほら、ルーカスとかいうカエルのバケモンと俺ら一緒にいただろ、覚えてねぇのかよ!」


「すみません。今思い出しました。貴方がメリケン・サキなんてあだ名をつけてくれたんですよね」


「いや、それは知らねぇけど……。ってか、テメー、なに俺ら威嚇してんだよ! あ! アレだ、コラ! マジ、はったおすぞ!」


「サキ、サキ。ゴメン、話こじれるから少し黙っててくれる? そんでなんの用なの? うどん屋の件はお互い様でしょ。て言うか、この間の話蒸し返されたらアンタらの方がマズいんじゃないの?」


「オマエら状況分かってんのかよぉお! この人数見ろよ! あ? やンのか、オイ! っと、テメーら、なめてんよなぁ! マジ、はったおすぞ、コラ!」


 どうしましょう。あのチンパンジーの鳴き声が半分くらい日本語に聞こえてきました。少し疲れているのでしょうか。

 冗談はさておき、さすがに少しイライラしてきました。なにしろ話がまったく進みません。あと会話の中に、『あ?』とか『コラ!』とか混入しすぎです

 結局、彼らがなんの用で来たのかもまだ聞かされていません。千華は私よりも話を前に進めようと頑張っていますが、やっぱり話は進みません。


「いや、だからさ……。人数とかじゃなくてね、なんの用かって聞いてんの!」


「マジ、ふざけんなよ、コラ! お前、分かってんのか、オイ」


 あっ、千華もイライラしてる。ただ確かに、彼らがことさら人数をアピールしている通り、私たちは大勢のみど高の生徒と向かい合っています。端から数えてみましたが、みど高の生徒がちょうど十人。そこにまに中で彼らに付き従っている生徒が六人ほど加わっています。

 みんなアグレッシブなヘアースタイルですが、誰一人格好いいとは思えないのはなぜでしょう。


「あのー、すいません。えっと、とりあえず落ち着いて話をしませんか? なんか勘違いとかもあるかもだし。みど高の先輩ですよね……、キャッ!」


 不穏な空気を察したのか、間に割って入ろうとした優子さん。それに対して『なんだコラ!』と罵声。そして次の瞬間、優子さんはみど高の生徒によって突き飛ばされました。

 突き飛ばすと言っても、見た限りでは胸元を殴ったと言ってもいいほどの勢いでした。突き飛ばされたあと、悲鳴を上げながら地面へと倒れ込む優子さん。その優子さんに対して『お前、なめてっとぶっ殺すぞ!』と更なる罵声。


 そして時間が止まりました。


 いや、『止まった』は大袈裟かも知れません。ただ私には時間の流れが変わったとしか思えませんでした。凝視しなければ動いている事も分からないような緩慢な動き。

 倒れ込んで動かない優子さん、その優子さんの元へ走り出そうとしている千華。そしてそれを笑うみど高の生徒。誰もがゆっくりと冗談のようにわずかずつしか動きません。

 その異様な光景には覚えがありました。一週間前の、あの倉庫での出来事。私自身に起きた異変。そして今、私はあの時のように高ぶっています。

 あの時のように、身体が熱く、頭がチリチリと痺れています。その身体が燃え上がるような衝動に突き動かされて、私は走り出しました。


 千華を追い抜き、そして優子さんを突き飛ばした男の脇腹を思いっきり蹴り飛ばしました。まるで止まったような時間の中では、私の鼓動すら大きな間を空けています。

 全身に響く鼓動。その振動の一つ目に私はポケットの中に手を入れて、先日買ったばかりの金色のメリケンサックを取り出しました。勢いよくポケットから引っ張り出したメリケンサックは、一度私の手を離れ空中へ。私の眼前で踊るように飛ぶ二つのメリケンサック。その動きはやはり空中で止まって見えました。

 その静止するメリケンサックを見つめ、それぞれのメリケンサックの指を通す穴を確認。ちょうどいい向きに飛んでいたメリケンサック。私は一度手に取る手間すら惜しみました。

 空中の二つのメリケンサックにそのまま両手の指を通し、そして握りこむ。装着したメリケンサックを思いっきり振り回し、私に蹴られて態勢を崩していたみど高の生徒に一撃。身体をくの字に曲げた男を下から突き上げるようにぶん殴る!

 そこで鼓動の二つ目が身体を揺する。周囲に目を向ける、誰もが呆然としていました。ただ一人、千華だけは半笑い。なにがおかしいんでしょう。


 周囲は依然、ほぼ静止した状態。下から打ち上げられて、のけぞった男の顔から飛び散る鮮血。それはゆっくりと、男の顔から広がっていきました。私には水滴の一粒一粒がハッキリと見えるくらいにゆっくりと。

 もう一発殴れそうだな。そう思った私は反り返った姿勢のまま崩れるように倒れていくチンパンジーにとどめの一撃。空を見上げるチンパンジーの顔面に拳を打ち下ろす!


 時間は流れ始め、私の足下には痙攣しているチンパンジー。周囲には呆然とした表情のみど高とまに中の生徒。


 余談ですがその後、私は『御堂さん』ではなく『メリケンさん』と呼ばれる事になりました。ほぼ全校生徒から。そして一部の先生からも。

 中には私の事を『サキ様』と呼ぶ男子生徒もいましたが、千華からキツく「あーゆーのとは関わっちゃダメ」と言われました。


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