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だごん秘密教団にようこそ!  作者: 吠神やじり
第一章 間丹生市にようこそ!
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第一話 御堂サキ「ダゴン秘密教団ってなんですか?」

「そこまでよ! それ以上の悪でぃっ!」


 噛んだ? いきなり? 第一声で?


 何が起きたのかも分かりません。とにかく状況が理解できませんでした。私に一体何が起きているのでしょう?


「今の無し! もう一回行くわよ!」


 一体何事ですか? いや、ここは落ち着いて、まずは私の置かれた状況を整理してみましょう。

 なぜか今、私は不良少年というか、いわゆる怖い人たちに絡まれている状態で……


「そこまでよ! それ以上の悪事は見過ごせないわ!」


 そう。そこに私に絡んでいる人たち以上に変な女の子が突然割り込んできたんです。そう、そう。さすがに二度目はちゃんと噛まずに……。って、だから一体なんなんですか?


「私はダゴン秘密教団の山田千華! そこの童貞ども、この街で不埒な真似は許さないわよ!」


 突然現れた少女は、そう高らかに宣言しました。いや、童貞って……。


 その少女は、傲岸不遜を絵に描いた様に振る舞いながらも、その容姿は小学生くらいに見え、発言を無視すればとっても可愛らしい印象すらありました。

 小さな身体で胸を張り、ポーズだけ見れば子供向けアニメのヒーローの様です。そして若干粗暴な言葉遣いで不良少年の皆さんを威嚇しています。

 一体この子は何者? そんな私の疑問をよそに、不良少年の皆さんは狼狽えています。


「うわ……、カエルパンの千華じゃねぇか……」


「カエルパンかよ……、どうする?」


 不良少年の皆さんは唐突に現れた少女の事を知っている様子でした。その皆さんのつぶやきを聞いた少女は、ふんぞり返った姿勢から前のめりになって皆さんに罵声を浴びせました。


「オイ! カエルパンって呼ぶんじゃねぇ! ゴラァ!!」


 何が彼女の逆鱗に触れたのかは分かりませんが、少女はとてつもないほどにヒートアップ。それに対して不良少年の皆さんはドン引きしていました。

 その後も響き渡る少女の罵声。カエルパンって何?


「いや、もうアイツ面倒だから行こうぜ……」


 なぜかすっかり意気消沈した不良少年の皆さんは、苦い顔をしながら少女を避けるようにノロノロと私から離れていきました。と言うか、一体なんなんですか?

 不良少年の皆さんの姿が見えなくなった後、彼らを追い払った少女が私に近付いてきました。登場のインパクトに押されてしまいましたが、近づいて見ればやっぱり小さな女の子。身長は私の胸くらいまでしかありません。軽いクセッ毛で薄い茶色い髪のロングヘアー。Tシャツにジーパン、上にはんてんを羽織った少女。


「あぶないところだったわね。この辺りは変なヤツが多いのよ」


 そう言いながら私に笑顔を投げかける少女、その握りこんだ手にはメリケンサック。ほがらかな笑顔に一瞬だけ気を取られたものの、私の目はそれ以降、少女の持つ凶器を凝視し続けてしまいました。


「あなた、この辺りでは見かけない人だけど……。もしかして旅の人? アーカムに行く途中にブラリと立ち寄ったみたいな?」


 すみません。なにを言っているのか、まったく分かりません。



(十五分経過)



 落ち着いて話を整理する事にします。私の名前は御堂サキ。父の仕事の関係でこの間丹生市に引っ越してきました。もちろん当てのない旅をしている訳ではありません。

 今日、この間丹生市に到着したばかり。荷物を新しい家に運び込むのは引っ越し屋さんがやってくれています。私のする事はなく、むしろ引っ越し屋さんの作業の邪魔にすらなっていたので、私は地図を片手に家の近所を歩き回っていたところでした。

 二週間後から通うことになる間丹生第二中学校の通学路を歩いている最中に、私は東京では滅多に見かけないようなアグレッシブなヘアースタイルの皆さんに絡まれてしまった訳です。


「なるほどね。そこにアタシがさっそうと現れたって事ね」


「まあ、大体そんな感じですね。とりあえずそのメリケンサックはしまってくれませんか?ええ、いえ、少し気になったもので」


 少女は口を尖らせながらメリケンサックをはんてんのポケットに入れて、その数秒後、思い出したようにほがらかな笑顔で私に詰め寄ってきました。


「え? それじゃあ、あなたも『まに中』の生徒なの?」


「まに中? あ、間丹生第二中学校の事ですか?」


「そうそう。で、何年生? 同級生? それとも後輩ちゃんになるのかな?」


 後輩ちゃん? 話を聞いた限りでは、この小学生くらいの身長の少女は私が通う事になる転校先の生徒の様です。

 身長で年齢をはかる事はできませんが、少女の発言には少し戸惑いました。少女の身長は多分、一三〇センチくらい。少しやせ形で、それが余計に容姿を小柄に見せていました。

 私の戸惑いを見た少女は、また口を尖らせながら、すねたように言いました。


「あっ! 小さいから年下だと思ったんでしょ。あのね、こう見えてもアタシは三年生になるのよ!」



 間丹生市Z区。周囲を山に囲まれた田舎町。みどり聖堂商店街が区の中心。全国のどこにでもありそうな大型スーパーすら、電車に乗って近隣の街へと遠出しなければ見つからない。そんな街。

 地元を代表するような目立った地場産業も見当たらない。農業も漁業も商業も工業も、すべてささやかに営まれているが、どれも街の中心になる産業とは言えない。

 どこにでもありそうで、実のところかなり風変わりな街。不自然なほど地味で、特色のない街。

 私はこの街へとやって来た。三月の終わりだと言うのに、妙に肌寒い風の中。第一印象は? そう訪ねられても答えに詰まってしまうような街で、新しい生活を始める事となった。

 私も二週間後の新学期から、中学三年生。これまでの生活との決別に寂しさを感じ、そしてこれからの生活が始まる事への期待。そんな複雑な心境の中で、私は山田千華という少女と出会いました。


「同い年かぁ。じゃあ、今度の新学期から同級生だね」


 ごく自然に挨拶するように手のひらをかざす山田さん。その広げた手のひらに妙な違和感。

 さっき彼女がメリケンサックを装着していた時には、注意がその物騒な凶器に集中してしまいましたが、今はその何もつけていない素手の手のひらを凝視してしまいました。


 そして違和感の正体に気が付きました。彼女はほがらかな笑顔で私に手を振っています。その手のひらには、『水かき』。

 彼女の指の間には、小さな水かきがついていました。凝視していいものか迷い、そして手のひらから彼女の笑顔へと視線を移します。


 引っ越してきた初日に、私には新しいお友達が出来ました。これから始まる新しい生活に……、


「改めて自己紹介するね。アタシは山田千華。この街を牛耳る謎の宗教団体、『ダゴン秘密教団』の女幹部よ」


 不安しかありません。

 『謎の宗教団体』ってなんですか? しかも団体名にまで『秘密』って、それ秘密にするつもりないですよね……。


「まあ、言いたい事はわかるわ。それ以外のツッコミどころはやっぱり、『女幹部』ってなんだよ、とかかな? それとも中学生で幹部かよ、かな?」


 もしかしたら冗談なのでしょうか? 山田さんはいわゆるドヤ顔で、自分からツッコミどころを並べ始めました。

 私の困惑をよそに、山田さんはアヒル口のドヤ顔でふんぞり返り、大声で叫びました。


「そこら辺も全部ひっくるめて秘密なのよ!」


 この街にやって来た初日から、リアクションに困る出来事と遭遇する羽目になるとは思いませんでした。私は硬直し、そして山田さんは私のリアクションを待っているのか、ドヤ顔のままチラチラとこちらをうかがっています。


「おお、ダゴンちゃん。今日も元気だねぇ」


 私の困惑と、リアクション待ちの山田さんの間にあった微妙な緊張感を打ち破ったのは、通りすがりのおじさんでした。

 山田さんはごく普通に「コンチワー」とおじさんの呼びかけに応えて、そのまま世間話を始めてしまいました。


「ああ、ゴメンね。何の話だっけ?」


 五分ほどで世間話は終わり、そして私に向き直った山田さんはそれまでのやりとりをスッカリ忘れていました。


「うん。私も覚えてないから大丈夫ですよ」


 気になる点は多々ありましたが、とりあえずすべて無視する事にしました。こうして私の新しい生活が始まりました。



 翌日の朝。私は自室のベッドの上で微睡んでいました。時刻は午前八時。普段ならもう起きている時間です。

 私は特にやる事もなく、そして今日は両親ともに不在だったので朝ご飯の準備もしてあありません。

 私がこの街へと引っ越してきた理由は、父の転勤でした。転勤先はもちろん自由に選べた訳ではありません。それでも父の転勤先は、幸か不幸か母の実家に近い土地でした。

 私が昨日から暮らし始めた家も、母の親戚が所有していたものを貸してもらっているそうです。

 母は昨日の夜から、その親戚の方への挨拶のために出かけていきました。父は朝早くから新しい勤め先へと向かいました。

 本当なら昨日の昼間に出かけた時に、家の近所のスーパーやコンビニの場所を覚えておく予定でした。ただ商店街で出会った少女、いや、新しいお友達になった山田千華さんとの出会いから、すっかり調子が狂い、家の近所の道すらよく覚えていません。

 あの後、千華さんは私を家まで送ってくれました。さすがに地元の人だけに、住所を教えただけで私を家まで送ってくれたのですが、その間も他愛もない雑談をしていたせいか、イマイチ家の近所の道すら覚えられなかったという結果です。

 さて、これからどうしよう。ノンビリとした朝ですが、やっぱりお腹は空いてきます。近所にコンビニはあったでしょうか。確かあったような気がしますが、空腹のまま知らない街を彷徨うのはどうも気後れします。

 このままベッドで微睡んでいても何も変わらないのですが。


 ピンポーン


 ん? 誰か訪ねてきたようですが、もう一度時計を見ても時刻は変わらず午前八時。こんな時間にどなたでしょう。まだ両親にも私にも訪ねてくるような知り合いはいないはずですけど……。


「サッキー! あっそぼー!」


 家の前から大声が聞こえます。そう言えば、いました。昨日から友達になった少女が。


「いやぁ、転校生って色々緊張するでしょ。新しい学校でさ、知り合いだって一人もいない訳だし。だからこの春休みの間に、ちょっと親交を深めようかなって思ってさ」


 多分、悪い人じゃないと思うのですが、どうして腰のベルトから特殊警棒がぶら下がっているのでしょう。この街での新しい生活に不安しかありません。


「この街の事とか、学校の事とか、聞きたい事があったら何でも聞いてね」


 山田さんはほがらかに笑いながらそう言いましたが、私にはこの街や転入先の学校とは関係のない質問しか思い浮かびません。


「あの……、どうして武器を持ち歩いているんですか?」


 とりあえず聞いてみました。不安というのもあります、この街はもしかしたらとても物騒なのかも知れないと。

 昨日はメリケンサック、今日は特殊警棒。さすがに街中を歩くのに、武器が必要な理由はあまり思いつきません。

 私の質問に対して、山田さんはニンマリと笑っています。さっきまでのほがらかな笑いとは違い、「しめしめ」とか言い出しそうな笑顔。


「ああ、それ聞いちゃう? やっぱり気になる?」


 やっぱり話したくて仕方がない様子です。


「まあ、そうよね。いいわ。教えてあげる。かつてインスマスを覆い尽くした影、それを受け継いだこの忌まわしい街の真実。ダゴン秘密教団の後継者、山田千華に秘められた謎」


 どうしたらいいでしょう。私の不用意な質問に対して、山田さんは上機嫌で語り始めました。なんか妙なキーワードも出てきています。これ、覚えないといけない事なのでしょうか。と言うか、この街って『忌まわしい』街なんですか?


「私には戦う力が必要だった。すべての闇を打ち払う力が必要だった。だから、求めた。そして得た、私はこの力を。送料込みで3,500円!」


 通信販売?


「うん。ネットで見つけたの。あっ、ちなみに持ち歩いてるのは単に趣味」


 彼女はその後、満面の笑みを浮かべながら通販で買った武器のコレクションについて語り始めました。

 ちなみに地元のお巡りさんには何度も叱られているらしいです。武器を持ち歩くなと。


「あと、学校でも見つかると怒られるわね。だから学校ではベルトのバックルに出来るメリケンしか持って行けないのよ」


 持って行く必要がありません。待ってください。ベルト? 制服はスカートだったと思いますけど、ベルトもするんですか?


「ううん。スカートの上からベルトしてるだけ。メリケンつけるためにベルトが必要だったから」


 メリケンサックを持って行くためにベルトをしているんですか?

 ただ少し安心したのは、彼女はまだ武器を使った事がないそうです。ただ持ち歩いているだけ。実は使ってみたいとも思っていないそうです。


「まあね、こんなので殴られたら、もの凄い大ケガするわよ」


 ちっちゃい身体でテクテクと歩きながら、彼女は笑っています。そして色んな話をしました。この街の事、彼女が大好きな小説の事。そして私もこれから知り合う事になる、彼女の友達の話。

 新しい生活が始まった途端、私には新しい友達ができました。少し変わった子だけど、私の不安を吹き飛ばしてくれる明るい子。

 それでも私は、昨日会ったばかりの少女にいきなり心を開く事はできませんでした。会話の中で時折生まれてしまう微妙な間。なにより、私は彼女が私を呼ぶ度に、少し面食らってしまいます。


「サッキーって呼ばれるの、いや?」


「うん。ちょっとその呼ばれ方にも慣れないですね。そんな風に呼ばれた事ありませんし、前の学校が凄く厳しかったので」


「じゃあ、とりあえずサキかな。いきなり馴れ馴れしかったね。でもアタシにさん付けは止めて欲しいかな」


 ほんの少しの間に、私は彼女の事がよく分かってしまいました。世話好きでお人好し。少し変わっているけど、優しい子。

 私の家から通学路を歩いて私の通う学校まで案内してくれました。その後は商店街を抜けて、街の全体を見渡せる高台の神社まで。ふざけながら街を案内してくれました。

 夕方になって、彼女は私を家まで送ってくれました。道に迷うといけないからって。


「じゃあね、サキ。まだ学校が始まるまで二週間くらいあるから、また遊ぼうね」


「はい。今日はありがとうございます」


 そして夕暮れの中、彼女は水かきのついた手を振りながら帰っていきました。

 新しい暮らし、新しい友達。これまでの友達と離れてしまった寂しさも、気が付けば少しだけ和らいだ気がします。


 遠くを歩いている彼女は、まだ時折振り返って私に手を振ります。私も手を振り替えし、そして彼女の姿が見えなくなってから、私は家に入りました。


 そう言えば、ダゴン秘密教団ってなんでしょう?

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