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壊し屋~最後の砦~  作者: うちょん
2/7

第二笑 【 流れる月日に接吻を 】

   私たちの人生は、私たちがついやした努力だけの価値がある。 モーリアック




































    第二笑 【 流れる月日に接吻を 】





















  「遅いわ」

  足を組みかえてもう何度目になることだろう。

  結花は携帯を見て時間を確認すると、斜め前に縮こまる様にして座っている男へと視線を移した。

  「朝永は何やってるの」

  「まだ仕事なんじゃないかな。結ちゃん何か頼む?」

  「私だって、岩盤浴に行ってネイルサロンに行って美容院に行って整体にも行く予定だったのを、全部キャンセルして来たのよ?ふざけてるわ。あいつ、ここに来たらまずはじめに目玉くりぬいてやるわ」

  「結ちゃんから触ってもらえるなんて、羨ましい」

  「ならお前に譲るよ」

  急に聞こえてきた低音ボイスは、ニコニコと笑いながらも、眉間にシワを寄せて祐介の隣に座った。

  席につくとすぐにコーヒーを注文し、祐介の頭を引っ叩いた。

  コーヒーが運ばれてきてそれを一口飲むと、祐介は水を飲みながら話し始めた。

  「依頼人は城田薫さん、看護師。夫が仕事の大変さを全然理解してくれない。私はこんなに頑張ってるのに!!休みの日だって、何にも手伝いもしれくれない。娘がいるけど、娘も何もしてくれない、何も言ってくれない!私、薬に手を出してしまいそうなんです。だから、その前に私をどうにかしてください!!あ、この人四十ね。ってわけで、詳しく聞いてみると、もういっそ殺して欲しいって言ってた。気持ちは五十万。どうする?」

  城田の真似なのだろうか、多少不気味な話し方をしていた祐介を、軽蔑するように見ていた広太郎と結花。

  「外岡やん、気持ち悪いわ」

  ただでさえ一番遠い席に座っているのに、それ以上に離れようと、席のギリギリまで腰を移動させた結花。

  それを見て項垂れる祐介の頭を、もう一回広太郎は叩いた。

  「殺してほしいなら殺し屋に頼めって言っとけ。以上だ」

  「そういうわけにはいかないよ。お金受け取っちゃってるし、それに、壊し屋は、警察にも単なる探偵にも殺し屋にも依頼出来ない人の、最後の砦だよ?」

  「良い様に言われてるが、依頼できねーわけじゃねーだろ。俺達は幾ら幾らって請求してるわけじゃなく、気持ちで払う様に言ってる。だから、金の無えー奴とか金はあるがそんなに払えねーって奴、もしくは事を最小限に抑えたいってやつが来るだけだ。慈善事業じゃねえ。殺しはやらねえ。それは言っておけ」

  広太郎が席を立って帰ろうとしてしまったため、祐介が慌てて広太郎の服の裾を掴んだ。

  二人の攻防がわずか五秒で決着がつくと、持ち歩いている鏡を見ながら口紅を直している結花が口を開いた。

  「私も朝永の意見に同意するわ。そもそも、勝手に自殺すればいいじゃない。なんで人の手を汚させようっていう考えに至るの?保険金のため?それは無いわね。家族のせいで死ぬ覚悟を決めたのに、その家族のためになるようなこと、するわけないわね」

  「結ちゃんまで・・・・・・」

  「てなわけだ。もしするなら、祐介一人でなんとかしろ」

  「え!?俺一人で?無理でしょ」

  広太郎が店から出て行ったあと、結花も帰ってしまった。

  一人残された祐介だが、一人では何から始めればよいのかもわからず、とりあえず依頼人の資料を眺めていた。

  「まずは、身辺調査でもするかな」

  城田自身のこと、夫のこと、娘のこと、祐介は一人で調べ始めた。

  報告する相手もいないのは、楽と言えば楽ではあったが、なんとも言えない気持ちだけが募る。

  城田は専門の大学を出て、看護師になった。

  大学から一人暮らしをしていた城田は、当時アルバイトをしていた弁当屋で今の夫と出会い、就職してすぐに結婚した。

  それからずっと看護師として仕事を続けてきて、娘を産んだ時に育児休暇を取って以降、仕事づくの毎日を送る。

  夫はというと、サラリーマンとして某会社に勤めており、昇進も順調にしている。

  だが、仕事が順調にいけばいくほど、家庭のことを見るまで余裕は無くなってしまい、それは城田本人にも言えることだった。

  娘が産まれてからというもの、面倒のほとんどを自分の親に見てもらってきた。

  当然のように、娘は自分よりも祖父・祖母の方に甘えに行き、頼るようになる。

  ご飯を作れるときには作る様にしてきたが、滅多に口には入れてくれず、口をきくことさえ少なくなっている。

  夫にも相談してみたが、「反抗期だ」と言うだけで、夫ともほとんど会話はない。

  「よし。薬に手を出さないように、見張らないと」

  翌日から、祐介は城田の監視を開始した。

  「異常無し。どーぞ」

  「こちらも異常なし」

  一人で会話を成立させるという器用さを見せた祐介だが、なんの変化も無い日々が過ぎて行くだけだった。

  もう降参したくなるくらいにまで追い込まれたが、ある日、城田が辺りをキョロキョロ見ながら出かけるのを見つけた。

  「もしかして?いや、まさかね」

  薬の売人をみつけることが簡単なのか難しいのか、そんな知識さえない祐介は、ただ城田のあとを着いて行った。

  世の中にはネットという便利なものがある。

  一見普通そうな人間が薬に手を出す、そういうことは非日常的なことでは無くなってきている。

  城田がどこかの電柱で立ち止まり、身体を出来る限り収縮させていた。

  少し経つと、男が現れた。黒いフード付きの洋服を着ていて、頭にそれを被っているため、顔は認識出来ない。

  その男に封筒を渡すと、男からも何かを受け取った。

  それは何かを確認出来ないままでいると、男は軽々とした足取りで去っていってしまい、後を追おうともしたが、城田の手に持っているものを確認することが先だと判断した。

  近づいて声をかけようとした祐介だが、城田は中身を確認しようとしたとき、道路にその中身を落としてしまった。

  よく見えはしなかったが、粉のようなものがハラハラと落ちて行った。

  そこまで追い込まれているのかと、祐介は城田に顔を見せないように走り去っていくと、灯りに惹かれてコンビニに入る。

  「やばいよな。やっぱり広太郎に・・・・・・」

  そう思い、携帯の画面に指を置くところまではいったが、広太郎の名前を表示しただけで、通話ボタンは押せないでいる。

  一旦待ち受け画面に戻すと、壊し屋で検索する。

  「本当に仕事してるのかな」

  そう祐介が思いたくなるのも当然だった。

  《太一郎でーす。みなさん、こんばんは。今日はとってもブルーな話があります。ある老人が、壊し屋に、残り短い自分の命を終わりにしてほしいと依頼したそうです。金額は、貯金を全て切りくずしてなんとか集めた二十万。お金も無くなった今、老人は死ぬことを望みました。しかし、壊し屋は老人を殺すことはしなかったのです。二十万という金では足りなかったのか、今では病院で管を沢山繋がれ、生かされているようです。可哀そうな話ですね。でも、二十万で殺してほしいなんて、命を軽んじてますよね。さてさて、今後も壊し屋の活躍から目が離せませんね!!!


   壊し屋連絡先はこちら  → 080-●●××-?❤△》

  これを見た祐介は、広太郎に電話をかけてみるが、何回かけても出なかった。

  それどころか、最初は仕事中なのだと諦めていたのに、途中で自分の声の留守電に変える余裕があったようだ。

  壊し屋のサイトには、太一郎に対するメッセージが多数寄せられていたが、見る気はしない。

  祐介にも仕事があったが、城田のことを見張れるのは自分しかいないため、仕事を長期休暇することにした。

  申し訳ないと思いながらも、城田が薬に手を出さないようにするしかない。

  「行ってらっしゃい」

  「ああ」

  「行ってらっしゃい」

  「・・・・・・」

  夫と娘に声をかけても、返事はいつもこんな感じのようだ。

  夫はそっけない態度しか示さず、娘はろくに返事さえしない始末なのだ。

  この日、城田は仕事だったため、祐介はこっそり城田の職場から離れ、夫と娘のことを調べることにした。

  城田の夫は仕事人間で、煙草も酒もしないで仕事をし続けている。

  きっと、最初は家族のためと頑張ってきたのだろうが、圧力やストレス、期待が高まるごとに、家庭を見る余裕が無くなったのだろう。

  「仕事での問題は見当たらない、か」

  夫の方は早く済ませると、今度は娘の学校へと向かった。

  「へえ」

  学校ではきっと目立ってしまうだろうと、祐介はわざわざ制服を着て潜入してみたのだが、意外とまだいける。

  そして何より、娘は学校ではよく笑っているのを見かける。

  休み時間はまだしも、授業が始まってしまっては祐介の行き場が無くなってしまうため、鍵の開いている部屋に行くか、外にある部室に隠れていた。

  授業が終わってみなが一斉に帰る頃、祐介は娘に接近する。

  だが、娘は男子禁制と書かれた部屋に入っていってしまったため、祐介は回りの学生に溶け込み、情報を集めることにした。

  良く見てみると、娘は女子バスケットボール部に入部しているようだ。

  「あー、城田?変わってるよな」

  「城田さんですか?さー?あんまり話さないんで」

  「良い子ですよ。いつも明るくて」

  人によって言う事は様々だが、家での態度は嘘ではないかというくらい明るく、人当たりも良いそうだ。

  部屋に帰って祐介は一人、天井を仰ぐ。

  携帯を開き、また広太郎にかけようかどうしようか迷うが、どうせまた広太郎の声で「ただいま電話にでられません」と言われるだけ。

  思い切って結花に声をかけようかとも考えたが、どうせ一回出てわざと切られるか、はたまた無視のオンパレード。

  耳元に響く機械音はなんとも悲しくなるので、祐介は携帯をベッドに放り投げる。

  「どうしたらいいんだろう」

  城田のことを監視し始めてから一週間後のこと。

  真面目に仕事をしている城田だが、仕事中にあまり水分を取れないからか、よくペットボトルの水を買って飲んでいた。

  だが、水を半分も飲まずにゴミ箱に捨てているのだ。

  ストーカーじみたことをするのは嫌だったが、祐介はその行動が奇妙に感じ、城田の捨てたボトルを拾い上げた。

  蓋を開けて臭いを嗅いでみるが、そもそも薬の臭いなどわからないし、臭いがするのかも知らない。

  どこかの研究室に持っていって分析してもらうことも出来るが、そんな知り合いもいない。

  個人的な見解としては、城田はソレを飲んだ後、とてもハツラツとしているように見える。

  「やばいなあ。本当、ピンチってやつだよ」




  「城田さん、二〇二号室の高島さんの様子どうです?」

  「順調ですよ。昨日の朝、体温が少し高めでしたけど、昼には下がりました。今日も元気にしてます」

  「そう。あ、城田さん、休憩でしょ?お菓子あるから、食べて」

  「ありがとうございます」

  休憩室に入り、城田はテーブルに置いてあるラスクに手を伸ばした。

  紅茶を入れて冷ましている間に、他のチョコレートやクッキーも食べた。

  ふう、と一息ついたばかりの城田だが、自分の中では何かが足りないような気がし、ポケットに入っているモノを取り出した。

  サラサラになった粉状のものを口に含むと、紅茶で一気に流し込んだ。

  天井を見上げ、モヤモヤしていた気持ちを抑えようと深呼吸をしていると、城田の鞄に入っている携帯が鳴る。

  だるそうに立ち上がって確認すると、娘の学校からのものだった。

  電話に出てみると、娘の担任の先生の声と思わしき声が聞こえてきた。

  「はい」

  《お世話になっております。★★学校の浜村と申しますが、城田さんのお電話で間違いないでしょうか?》

  「ええ。娘がいつもお世話になっております。あの、何かありましたか?」

  《実は、娘さんが・・・・・・》

  電話を受けてからすぐ、城田は早退して学校へと向かった。

  向かう途中、また喉の奥が乾いてきて、身体が何かを欲していて、鞄の奥に入れておいた白い袋を開け、水に薄めて飲んだ。

  学校に着いて、まずは職員室に行ってみると、先生は城田の顔を見てサッと奥の部屋へと案内をする。

  奥の来客用の部屋には、校長と教頭、城田の娘と、娘と同じ歳であろう男の子が座っていた。

  「どうぞ、こちらへ」

  娘と男の子は離れて座っており、城田も娘の隣に少し離れて座った。

  「早速なんですが、娘さんが妊娠しているという噂がたっているものですから、ここではっきりさせていただこうと・・・・・・」

  「待ってください。娘が、妊娠?そんなこと、あるわけないじゃありませんか」

  「しかし、娘さんもしているかも、というだけでして。その相手がこちらの同じクラスの宮島、だということで」

  「そんなわけ・・・ないわよね?」

  娘に確認するように聞いてみると、娘は何も返事をしなかった。

  その日は娘を早退させることにし、城田は先生たちに頭をペコペコ下げながら学校を後にした。

  家に帰って娘を追究しようとした城田だが、娘はさっさと自室へ向かっていた。

  「待ちなさい!こっちに来て」

  「五月蠅いな」

  「いいから!!」

  いつもはそこまで大声は出さない城田だが、放っておくことは出来ず、娘の腕を強引に引っ張って椅子に座らせた。

  「本当なの?」

  「何が?」

  「妊娠のことよ!いつの間にそんな・・・!!!子供を産むって、どういうことか分かってるの!?」

  「・・・何よそれ。私が本当に妊娠してるって思ってるの?」

  「違うの?」

  「最低。してるわけないでしょ」

  「じゃあ、なんで先生達にしてません、ってはっきり言わなかったの?」

  「五月蠅いから。いちいち。してないって言ったって、どうせ信じてくれないでしょ」

  否定する娘を問い詰めるように聞く城田だったが、目の前にいる娘がイライラしているのにも気付いていた。

  「あの男の子は?」

  「ああ、宮島くん?付き合ってはいるけど、別に。エッチとかまだしてないから。それに、妊娠しようが子供産もうが、私の勝手でしょ。口出さないでよね」

  「何言ってるの!まだ子供でしょ!」

  「じゃあさ、最近、お母さん隠れて何しているの?」

  「・・・え?」

  思いがけない娘の言葉に、城田はゴクリと唾を飲みこむ。

  「夜遅くにどっか出かけたりしてるでしょ。知らないとでも思ってた?まあ、お父さんはグースカ寝てるから、気付いてないと思うけどね」

  まさか、自分が薬を買っているなんてこと、娘にバレテしまっているのだろうか。

  ドクドク、と波打つ心臓を誤魔化すように、城田は必死に笑って返すが、内心ひやひやしていた。

  「ま、いいや。浮気しても何でもいいけどさ、捕まらない程度にね」

  そう言って娘は二階に上がり、自室のドアを閉める音が聞こえてきた。

  未だに鳴りやむことの無い激しい心音は、城田にしか届いてはいないが、それが妙に大きく感じる。

  放り投げておいた鞄を漁り、中から白い袋を取り出すと、台所へ行ってソレを開ける。

  階段が見えるドアを見て、娘に見られていないことを確認すると、また粉末を水と一緒に胃に流し込む。

  「っ・・・!はあ・・・」

  自分の中でも、何かがおかしくなっていることは分かっているが、それを止めることはもはや自力では不可能だった。

  そうこうしているうちに夜になってしまい、気付けば夫が帰ってくる時間になっていた。

  ご飯を作り始めると、タイミングが良いのか悪いのか夫が帰ってきて、城田のことをちらっと見ると一言。

  「なんだ、まだ作ってなかったのか」

  そう言って、先に寝巻に着替えてくると部屋に行ってしまった。

  城田はご飯を作り、テーブルに並べると、夫とはすでに別になっている自分の部屋へと籠り、ベッドに横になった。

  ―また明日、薬を貰いにいかなくちゃ。

  ―お金も、下ろしてこないと。

  何度か、夫に声をかけられたような気もしたが、城田はそれ以上の眠気によって、夢の世界を飛んでいた。




  一方、一人で全てを片づけようとしていた祐介は、行き詰っていた。

  「どうやったら止められるんだろう?」

  悶々と悩んでいた祐介は、城田を監視しているうちに、娘の妊娠騒動のことも聞いた。

  ―このままじゃ、どうにもならない。

  時間が無駄に過ぎて行くだけならばと、祐介は決心をする。

  城田が休みの日を確認すると、一日動きを観察しつつ、買い物に行って帰ってきた城田に声をかける。

  「あら、貴方は」

  「どうも。少し、お話があるんですが」

  どうぞ、と言ってリビングに案内してくれた城田を見ていると、薬をやっているのに顔色は良かった。

  ―本当は警察に連絡しなくちゃいけないけど・・・。

  城田が薬に手を出してしまった要因の一つは自分にあると、祐介は自責の念にかられていた。

  「よかったら」

  そう言われ、出された紅茶は白い湯気を立たせながら揺れていて、少し肌寒いままの身体には嬉しいものだった。

  一口含むと、喉を通って神経の隅々にまでも温かさが伝わる。

  「お話というのは」

  「ああ、あの・・・」

  自分を殺してくれと言っていた女性と同一人物だとは思えないほど、城田は柔らかく微笑んでいた。

  「城田さん、薬に手を出してしまってますよね・・・?すみません。先日、その、見てしまって。受け取っているところ・・・・・・」

  祐介の言葉に、一旦は手を止めて祐介の顔を見た城田だが、クスクスと笑いだす。

  「きっといつかバレテしまいますよね」

  はあ、と小さく息を吐くと、城田は自分の鞄を持ってきて、その中から何かを取り出す。

  それは祐介も見たことのある白いもので、数日前に受け取ったばかりだというそれらをテーブルの上に並べた。

  「ダメだって、わかってるんです。でも、自分が抑制出来なくて」

  「それこそ、旦那さんに相談すべきです。もっとしっかり、お互いを見るべきです」

  「あなた、結婚は?」

  「いえ」

  「じゃあ、彼女は?」

  「いえ」

  「家族は?」

  「います」

  窓の外に見える住宅街を眺めているのか、それとも空を眺めているのか、城田は寂しそうに笑う。

  「結局他人なのよ。全部は理解し合えないの。どんなにかつて愛したとしても、どんなにかつて可愛がったとしても。難しいものなの」

  何も言えなくなってしまった祐介だが、インターホンが鳴ったため、城田は玄関に向かう。

  玄関に行ってすぐ、リビングに向かう廊下をダンダン、と強く歩いてくる音が聞こえてきた。

  何事かと、祐介は身体をリビングのドアに向けると、そこには一人の警官の姿があった。

  「今は人が来てるんです。あとにしてください」

  「そうはいきません。早速、調べさせてもらいますよ」

  「だから、今は」

  「薬所持は立派な犯罪です」

  誰かが城田の薬のことを連絡したのか、警官は部屋を一通り眺めたあと、テーブルの上にあるものに目を向けた。

  そのとき、別の人影も現れた。

  「何をしているんだ?」

  「あなた!?どうして・・・」

  「なんで警察がいるんだ?その男は誰だ?」

  なぜか、こんな早い時間に帰ってきた夫と、同じく早く帰ってきた娘がいた。

  警官はテーブルの上にあるものをとり、それを城田たちに見せながら、こう言う。

  「この液に入れて青に染まれば、覚醒剤です」

  「な・・・!?お前、そんなものやっていたのか!?」

  「信じらんない」

  二人からの軽蔑の眼差しも、耐えなくてはいけないものだった。

  警官が謎の試験管を取り出し、そこに袋の中に入っている粉末を入れようとしたとき、横から勢いよく夫が試験管を叩いた。

  幸い、試験管が飛ばされて割れることはなかったが、男の手から粉末は床に落ちた。

  「恥さらしが!!俺が稼いできてやってるのに、お前はそんなことしてたのか!!」

  「私だって自分で稼いでるわ。どう使おうと私の勝手でしょ」

  「お前には家族がいるんだぞ!?なのに薬に手を出すなんて、何考えてるんだ!!」

  「お母さん、マジでヤバいじゃん。てか、捕まるの?」

  この場にいる警官に連れて行かれると思っていた城田たちだったが、警官は突如盛大に笑いだした。

  皆が目を点にし警官をみていると、警官は持っていた試験管の中身を台所で流した。

  祐介の座っている前のテーブルを見、そこにまだある紅茶に手を伸ばし、一気に飲み乾した。

  時間がそれほど経っていないからか、紅茶に温かさは残っており、喉を通ったときには熱さを感じるくらいだ。

  予想外の警官の行動に、夫が口を開く。

  「貴様、何をしているんだ!この非常時に!!!」

  警官は、そんな夫に対して口角をあげる。

  「馬鹿か」

  警官が発した言葉とは思えず、皆はポカンと口を開けたまま。

  警官が帽子を取ると、祐介は笑みを零す。

  「まあ落ち着いて話しましょう。さあ、どうぞ座ってください」

  「お前?!」

  「私のことは・・・太一郎、とでも呼んでください。まず、はじめに言っておきますが、奥さんは薬をやっていません。ご安心を」

  「え?で、でも」

  さっきの液のこと、そして自分が今まで飲んできたものは何だったのかと、城田は太一郎の傍に寄る。

  「貴方が飲んでいたものは、ただのビタミン剤です。砕いて、私が渡していました。気付きませんでしたか?まあ、夜でしたからね。顔も隠していましたし」

  そのとき、また一人客人が現れた。

  「奥さんの精神状態は低迷気味。いつ鬱になってもおかしくはないそうですよ」

  右目の下にセクシーなホクロを持つ、結花だった。

  今日は髪の毛を一つに縛ってスーツ姿をし、ダテだろうが眼鏡をかけているため、印象は違って見える。

  「そこまで追い込んだのは、あなたと、あなた」

  そう言って、夫と娘の方を指さす。

  「家庭という檻の中にいる主婦、会社という組織に縛られている夫。家庭を守っているのはどちらか。毎日同じことの繰り返しをしている普通の主婦の中にも、仕事をしながらの両立を保つ人もいます。家庭を守る為に必死に仕事をしていても、家庭を顧みないと言われてしまう夫もいるでしょう。難しいところです」

  太一郎はソファに腰掛けると、首を軽く横に動かして足を組む。

  警官の服装を着ているペテン師が、目の前にいる一家を脅しているような図だ。

  そんな太一郎の後ろにゆっくりと歩いて行った結花は、眼鏡をくいっと上げると、その中から鋭い視線を城田たちに向けた。

  「私個人の意見としましては、貴方方が別れようが続けようが興味ありません。好きにしてください。別れる場合、娘さんの親権は奥さんにありますが、娘さんは奥さんに懐いていませんので、着いて行くかは知りません。ですが、旦那さんはもっと奥さんの心に踏み入るべきですし、奥さんは不満を言ってもいいと思います。娘さんに対して言うのであれば、きっと今奥さんに言っていること、自分がやっていることに、数年経って後悔の念に駆られるでしょうね。後悔は人生の醍醐味と言ったって、その後悔はいつまでも胸を締め付ける。まあ、今の若い子たちは反抗期があまりないようですし、ないよりは良いのかもしれませんが」

  一気に話終えると、結花は一息吐くように肩を小さく上下させた。

  娘は結花の言葉に、ただ茫然と口を開き、城田のほうを横目で見る。

  足を組みかえた太一郎は、ニコニコと緩めていた口元をキュッと引き締めると、夫や娘を睨みつける。

  「くだらねえな」

  「なんだと!?警察に突き出してやる!!!」

  太一郎の一言にキレた夫は、携帯を取り出して警察に電話をしようとした。

  そんな夫を尻目に、太一郎はお好きに、というように他人事の笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。

  「浮気の反省の色が見えない」

  「そうね。胸糞悪いわ」

  太一郎の言葉に反応した結花は、すらっとした足を夫に向けて進ませると、そのまま片足をあげて股間を蹴飛ばした。

  激痛に耐える夫を鼻で笑うと、結花は満足気に後ろに下がる。

  そんな夫の隣に行く城田は、優しい声色で夫に大丈夫かと尋ねる。

  夫を咎めることもしない城田の行為に、太一郎は鼻で笑う。

  「これで、万事解決としましょう」

  「何が解決だ!金を返せ!!」

  「あなた、いいじゃない」

  太一郎の言葉に納得できない夫は飛びかかろうとするが、腕を掴んで「もういい」と制止する城田。

  その行動にさえ、馬鹿にしたように笑った太一郎は、ゆっくりと立ち上がって両腕を大きく上げて伸びをする。

  「結局、あんたらが本当に欲しかったのは、離婚という形でも、慰謝料でも、ましてや浮気の証拠でも無い。ただの“平凡な生活”だ」

  玄関には向かわず、リビングにある、庭に繋がる窓の鍵を開ける。

  外からの風を部屋に送り込むと、太一郎は舌打ちをする。

  「旦那からの優しい言葉が欲しかった?日々の虚しさを埋めるために浮気する?薬に手を出す?自分の感情もコントロール出来ずに親に八つ当たり?ホント、馬鹿な家族だ」

  「言わせておけば・・・!!!」

  夫は太一郎を睨みつけるが、酷く冷たい太一郎の眼差しに、出かかった言葉を飲みこむ。

  「こんな嘘ばっかりの世の中に、何を期待してる?何を夢見てる?何を求めてる?正直者は裏切られ、一生懸命な奴は空回り。まあ、人の一生は短いもんだ。嫌われたっていいと割り切って生きるなら、きっと楽なもんだろうな。だが、人間ってのは好かれたいと思うもんで、動物みたいに無意識での群れならまだしも、故意の人間関係は疲れるし面倒だ。それでも一緒にいたいと思って家族になったなら、それなりの関係ってのを続けるんだな」

  言葉を吐き捨てるように投げかけると、太一郎は玄関に向かう為、リビングを出ようとした。

  しかし扉を開けて出ようとしたとき、城田の夫が太一郎に飛びかかる。

  結花も祐介も、太一郎なら簡単に避けるだろうと思っていたのだが、太一郎は一切動こうともせず、夫を見る。

  「!!広・・・!!」

  いつものくせで広太郎、と呼びそうになった祐介。

  平然としている太一郎は、城田の夫に殴られた・・・、と思ったのだが、殴られる寸前でひょいっと避けた。

  「嫌な男」

  ボソッと言う結花の言葉は、誰にも聞こえていないはずだが、一番聞こえていない距離にいる太一郎だけが不敵に笑った。

  太一郎に避けられ、夫は悔しそうに顔を顰める。

  そんな城田の夫を見下ろしながら、太一郎は息を吐く。

  ポケットに手を突っ込んで玄関に向かい出て行くと、次いで結花も玄関へと向かって歩き出した。

  「失礼承知で言いますがその歳で離婚して独り身になって孤独死するか、遺産目当ての若い子と再婚するか、選択肢なんてありませんよ。隣の芝生は青い。みんな幸せそうな家庭を作ってるけど、本人達にしか分からない事情ってものがあるんです。ただ、大切なことは、貴方達が幸せと思える家庭を作っているか、ということです。他人からどう思われたって、いいじゃないですか」

  「そうです!」

  結花が話している途中で、何かに熱くなった祐介が割って入ってきた。

  作った拳を震わせている祐介の姿に、結花は目を細めて怪訝そうに見る。

  「家族で笑って過ごせる、そんな素敵なこと他にありませんよ!!お金があったって、地位も権力もあったって、独りじゃ悲しいじゃないですか。こんな素敵な家族がいるんだから、そんな苦しそうな顔止めてください。笑ってください」

  今にも泣きそうな表情で訴える祐介に、城田たちは口を紡ぐ。

  「頑張らなくてもいいんです。無理しなくていいんです。家族なんですから」

  祐介にそう言われると、城田の目からは涙があふれてくる。

  さっきまでは城田に支えられていた夫が、今度は城田の背中を摩る。

  優しく微笑んだ祐介を見て、結花は城田たちをその場に残し、太一郎の後を追う様に家を出て行く。

  少しして、祐介も家を後にした。

  玄関を出て僅か数歩のところで立ち止まり、はあ、と大きめの息を吐くと、頭に後ろから何かがぶつかった。

  「いって!」

  「ガキが。一丁前のこと言ってんじゃねえよ」

  「広太郎!!結ちゃん!!」

  もうとっくに帰ったと思っていた太一郎こと広太郎と結花が、そこにいた。

  広太郎はすでに着替えていて、黒のタートルネックとカーキ色のパンツを身に纏っていた。

  「てか、なんで二人とも・・・」

  「お前一人でなんとかなるわきゃねーだろ。そこは珍しく結花と意見が一致したんだよな?」

  結花に確認するように聞くと、結花は冷ややかな目をしているだけ。

  「ま、祐介にも良い経験になっただろーし?」

  笑いながら話していた広太郎だったが、急に真剣な視線を祐介に向ける。

  一瞬、心臓が飛び跳ねそうなくらいに突きつけられたその視線は、祐介の身体を貫通したのではないかと思うくらいの威力があった。

  「これだけは覚えておけ」

  「な、何?」

  「俺達のやってることは、“正義”じゃねぇ」

  同時に、結花も顔を少しだけ下に向けて目を伏せる。

  「正しいことをしてる、とは思うんじゃねえぞ。絶対に、だ」

  「確かに、ちょい詐欺っぽい感じのとこはあるけどさ、依頼は確実に遂行してるし、さっきだって、なんだかんだで家族が一つになっただろ?」

  「それが甘いんだよ」

  ゴソゴソ、とポケットから何かを取り出すと、そこに被っている袋を剥がす。

  丸い形のそれはきっと飴玉だろう。

  「純粋で真っ白な心でいると、そのうち俺のこと、殺したくなるぜ」

  ゾクッとするほど、広太郎は綺麗な笑みを浮かべた。

  冗談っぽく言った広太郎は、飴玉を口に含んだまま、完全に堕ちた夕陽の軌跡を辿る様に歩く。

  後ろの方ではコツコツ、とヒールの音が遠ざかっていくのが聞こえ、祐介は振り返る。

  「結ちゃん!」

  結花の後を追って行こうとした祐介だが、振り返らないまま結花は呟く。

  「私達のコレは、世の中の常識から逸脱、脱線した行為なのよ。結果どうこうの問題じゃなくて、そこには倫理とか概念が絡んでくるの。他人の幸せを第一に考えるんだったら、この仕事はさっさと止めて、足を洗った方がいいわよ」

  結っていた髪の毛を解くと、柔らかそうな黒い髪の毛が肩まで踊る。

  いつもなら、明るい声で反論なり返答なりするのだろうが、先程の広太郎に言われたこともあり、祐介は黙って見送ることしか出来なかった。




  《太一郎でーす☆☆☆いやー、最近また寒くなってきましたー。みなさん、風邪なんかひいてませんかー???そういえば、どこかの病院で、風邪って診断された患者さんが、数日後肺炎で死んじゃったらしいですよー!!!何の為の診察だったんですかねー。ああ、そうそう。壊し屋さんの話ですけど、また新しい情報が入ってきたんで、教えちゃいますねー☆☆☆》




  ピンポーン・・・

  「はーい、どなた?」

  『こんにちは!突然申し訳ありません。私、朝永、と申します』

  「ママ―、誰―?」

  「いいから、あっち行ってなさい」

  『こんにちは。可愛いお子さんですね』

  「嫌ね、声しか聞いてないのに」

  『声だけでも、可愛いかは分かりますよ。奥さんも綺麗な声ですし、さぞかしお綺麗な方なんでしょうね』

  「褒めたって、何も出ませんよ?」

  無様な人間に、万歳。



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