満たされぬ欲望
ニューヨークーー。この“眠らない街”の象徴ともいうべき女神像は、一体何を見ているのだろう。その瞳に映るのは楽しい時を過ごす酒場か、それとも失恋の涙を流す公園のベンチか。
この女神を一人眺めている男がいる。名はセルビア・ロシュフォール。彼は少しの間、死んだ仲間ののことを考えていた。
(何の為に彼らは死んでいったのだろう。金が欲しければ、働けばいい。だが、なぜだろう。なぜ命を懸けてまで盗むのだろう……)
普段盗むことに、奪うことに身を投じた男はいつの間にか自分のことを考えていた。
(義賊と謳われ、世界のありとあらゆる銀行を引っ掻き回す日々ーー。別にかっさらった金の一部を人々にを分けることに喜びはない。せめてもの償いのようなものだから。しかしーー)
こんなことを考えるのもこの男にとっては初めてなのかもしれない。そこですべての思考が停止した。
「おい、女神の足元でお祈りでもしてんのか、てめぇは?」
一人の男がセルビアを現実に引き返す。ネクタイを締めずに開けた胸元、太いストライプのスーツ、紫のストールに銀色のピアス。そして顔面の無数の傷。
「ほお、貴様がL.A.のゴロツキさんか」
「グフフ、貴様か。レコレッタも良い人を寄越すぜ」
どことなく品の無い笑い声が漏れる。男はルビーの指輪をつけた右手を差し出した。紅く澄んだその色は、まるで血の道を歩んできた彼の人生そのもののように感じさせる。
「ロドーヴィゴ・コゼンティーノだ。宜しく頼むぜ」
L.A.の支配者、狡猾かつ残虐なギャングスター。彼の怒りは屍の山を生み、かつて、彼はあまりにも強大な力、加えて危険な魅力を武器に多くのギャング・マフィアと渡り合ってきた。人々は彼こそがアメリカを牛耳るだろうと思っていた。
だが、今の彼に最盛期の面影は無かった。最強の名を、全国委員会代表の椅子を、アメリカを牛耳るという彼の野望を奪った者がいた。
そう、現在アメリカを牛耳るチャールズ・J・ボルサリーノ、彼にその野望全てを奪われた。そして今、ロドーヴィゴはその胸に憎悪と復讐心をたぎらせて憎きボルサリーノのいるニューヨークに来ている。眠らない街に、眠っていた野心を呼び起こしてーー。
△▼△▼△▼
場面は再びボルサリーノ本部、執務室。
「……パトリック、今日は組織の定例会合だったよな?」
一通り仕事を終えたボルサリーノは声をかける。
「ああ。友好関係にあるファミリーを含め、我々の陣営が集まる。それがどうかしたか?」
「中止だ」
パトリックはその一言に呆気にとられた。
「どうした? 例のハワイの一件がそんなに気がかりか?」
「ああ。何よりファミリー内に内通者の可能性も拭いきれない。あんまし、そんなことを考えたくも無いがな。それに……」
「それに?」
「何だか妙な胸騒ぎがする。一度ここも襲撃にあっているんだ。もしファミリーが集うときに襲撃されたら、たまったもんじゃないぜ」
パトリックはしばらくソファーの背もたれに寄りかかり天井を眺めて考えた。そして、
「ーー仕方がない。その旨、至急伝達するように手配しよう」
そういうと、パトリックは伝達の為に人を呼び寄せたりし始めた。
後にこの選択が正しかったことをボルサリーノ、パトリックの二人は知ることになるーー。




