仮面を被った男
ホテルに宿泊していた男の元に電話が入る。バイブで震え、音を立てるスマートフォンを手に取った男は電話に応じた。
「もしもし、俺だ。もう着いたか?」
「着いてなかったら出てねぇよ。今、ボスのホテルに泊まっている」
男は窓から望めるきらびやかな夜景を眺めながら言う。
「明日の午後に定例会だ。昼は各自でと。お前はあと何日こっちにいる?」
「いや、そんな長くいられねぇよ。部活やら補習やらで休み取りづらいからさ」
「まあ、そうだよな。じゃあな、ゴッティー。……いや、神谷誠一郎」
ロイはスマホをタップした。会話を終えた神谷誠一郎、本名ゴッティー・マスケラーノ……。表向きは高校教師として研二の通う城ヶ崎高校の教員を勤める。だが、その正体はボルサリーノによって派遣され、研二の保護を任されたファミリーの一員だった。日本人とイギリス人の父、アメリカ人の母の間に生まれた。しかし、彼の持つ並外れた変装技術は日本人らしい顔つきを作ることなどたわいない。日本語も長い日本勤務のためか、堪能だった。そのため、日本人として振る舞うには何の問題もなかった。
(ふぅ~、これで山下……いや、研二様にも俺の正体を明かせるか……)
一人明日の会合を楽しみにしていた。輝く夜景を眺めながら――。
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その頃、食事を終えた研二はロイから明日のことについて部屋で連絡を受けていた。
「明日はまず、朝食の前にレッジの手解きを受けていただきます。地下の射撃場にご案内しますね」
ロイはいつも通りの声で言った。それは、恐ろしい惨劇を見た研二への配慮でもあり、機嫌を少しでも良くしようとする心の現れだった。
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そして、機嫌をとる声ははたまた日本にもあった。
竜崎:「も、申し訳ありませんでした!! 次こそはあのガキを……」
パソコンの画面を見ながら、震える手でキーボードを打つ竜崎。例の人物との話だった。
G:「ほう、こうも簡単にはミスを認めるとは思わなかった。流石に貴様にはうんざりしていたところだよ」
竜崎:「ちょ、ちょっと待ってください!つ、次こそは! 必ずヤツを」
G:「そうだな……。15分間考える時間をくれ」
長い15分が始まったかのように思われた。竜崎は恐怖に怯えながら返信を待つ。竜東会の事務所であるビルの一階で仲間が倒れているとも知らずに……。
銃声が轟く。コンクリートの壁は染められ、硝煙をたっぷり吸い込んだ。黒服の男たちは銃をぶっぱなしながら階段をかけ上がる。日本刀片手に、暴れ狂う者もいた。だが、木曽組の手練れ相手に歯が立つはずがなかった。
「……なんだ? やけに騒がしいな。何かあったのだろうか?」
耳に残る妙な音、あまりにも無口な仲間の声。そして、裏社会で研ぎ澄ました竜崎の感覚は一つの結論を導いた。
(ちっ、このタイミングで敵襲かっ!? とにかくまずは銃を……)
右下にある引き出しを引っ張り、弾をこめた拳銃を取り出そうとする。そっと、手を伸ばすが、それよりも早く敵は攻めてきたのだった。ショットガンはドアを引きちぎるように壊し、男の足に蹴飛ばされて開く。
「こんにちは~、りゅ~さ~きさ~ん~♪」
7、8人の男を従えて部屋に入ってきた黒服の男がいる。竜崎は硬直した。首をつかまれ鼻を折られた竜崎の部下、木村の顔は、真っ直ぐに竜崎を見つめる。
「き、木村っ! き、貴様ら一体どーゆーつもりだ、オラぁ!! 殺れるもんなら殺って」
竜崎は声を張り上げていたが、その声は銃声によってかき消された。数多の銃弾が体に食い込む。音を立てて流れ落ちる銃弾が耳に響く中、竜崎は倒れた。そして、銃声は彼の耳には届かなくなった。
「あーあ。もう壊れちまったかよ」
先ほど、竜崎に声をかけたリーダー格の男は死体を蹴りながら道を開けていく。下に落ちていたジャケットを引っ張ると靴についた血を拭った。
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その頃、研二と共に晩餐を終えたボルサリーノは書斎で懐かしい写真を眺めていた。研二の母静子、まだ少し若いボルサリーノ、そしてもう一人の少年がいる。
(ベッティー、お前は……)
ボルサリーノは写真の少年を見つめる。彼の名はアンドレ・ベッティネリ・ボルサリーノ。ボルサリーノのもう一人の息子だった。ボルサリーノの脳裏に、記憶が蘇る――。




