トスカーナ・リゴレットにて
研二たちと別れたパトリックは、株式会社トスカーナ・リゴレットの社長室にいた。
「チャーリー、息子さんはもう着いたようだぞ」
パトリックが壁に寄りかかったまま、ボルサリーノに声をかける。ボルサリーノはノートパソコンから顔をあげ、パトリックの方に目を向けた。
「ほう、早かったな。研二には会ったのか?」
「ああ、今し方。今ごろはカペーロでデザートを食べている頃だろうよ。……ところで、お前の方は大丈夫なのか?」
「何のことだ?」
「いや、20年前のベッティーのことさ。まだ尾を引いてるかなって思って」
ボルサリーノの表情が曇る。それから、大きくため息をすると、ボルサリーノは
「……もう過ぎたことさ。それに今は研二がいる」
とだけ答えた。
「お前の方こそ、オーガスタのこと、いいのか?」
「仕方なかったよ、防ぎようが無かったさ。あのときの俺には……な」
少し間をおいてパトリックが答える。その後、しばらく静寂が二人を包む。
静寂を破ったのはレッジのノックだった。
「失礼します。ボス、こちらの方が借金のことについてお話があるそうなのですが……あ、出直しましょうか?」
パトリックとボルサリーノが二人で話ていたのを察したレッジが、気を遣って言った。
「ああ、もう終わったよ。それより、早くマダムを通してくれ」
「承知しました」
レッジは後ろにいた女性を部屋に通す。40代くらいのその女性は、ボルサリーノが座るように促すと、手前側のソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「今日は借金のことについてお話があるということですが……?」
「は、はい。実は……夫が失業してしまい、当分の当てが……」
女性は口ごもりながら言った。その瞳は潤い、その顔は暗かった。
「なるほど……。で、ご主人の再就職の方はどうなのです?」
「当てがまったくありません。これからの生活、どうしたものか……」
女性はこらえきれず、ハンカチを目に当てていた。
「心中ご察しします。……では、ご主人にはうちのホテルで働いていただけませんか?」
「えっ……!?」
先程までハンカチで覆っていた顔が上がる。
「ちょうど、昨日ホテルで送迎の運転手をしていた者が止めてしまいまして。こちらとしても、代わりの者を探していたのです。もちろん、ご主人さえよろしければの話ですが。」
「いいのですか! ありがとうございます! ありがとうございます!」
女性は嬉しさに満ちた声は部屋一杯に響いた。
「悪魔で、ご主人さえよかったら……です。詳しい話は後程。それと、返済期限はあと、一ヶ月伸ばしましょう。失業は予測不能なことですものね」
ボルサリーノは女性が帰るのをドアまで見送ると、奥の自分の椅子に腰かけた。
「よろしいのですか?本当はホテルの運転手、足りているのでしょう?」
レッジが訊ねる。
「構わんさ。それに“名誉ある男”なら誰だって弱者を気遣うものさ。そろそろ時間か?」
「はい。」
「では行くか。久々に息子に会いに」
そういうとボルサリーノはボルサリーノ帽をかぶり直し、ネクタイ、髪型を整え、社長室を後にした。
△▼△▼△▼
一方の研二。トスカーナ・リゴレット本社についたナターリアの車のドアが開けられた。
「ロイさん、お疲れ様です」
ドアを開けた男が声をかける。黒いスーツにサングラスという出で立ちだった。ロイは研二と共に車から下りると、トランクからスーツケースを一つ取り出した。そして、本社の中へと入っていった。男に車を預けたナターリアもそれに続く。
ロイは社員用のロッカールームの中に入った。
「ロイ、ここ入っていいの?」
「ああ、問題ありません。それより、着替えてください」
そういうと、ロイはスーツケースを開ける。そこには、ボルサリーノから送られたスーツ一式が入っていた。
「では、外で待っています。終わったら呼んでください」
そういうとロイは出ていった。
数分後、一通りスーツに着替え終わると研二はネクタイを整え、ボルサリーノ帽子を被った。
ロイやナターリアと合流した研二は大理石の敷き詰められたフロアを通りすぎる。そして、エレベーターの中に入った。
「研二様、これを」
ナターリアがIDカードと拳銃を研二に手渡す。
「……これは?」
研二はまだワルサーをスラックスの後ポケットに押し込むと 渡されたプラスチックの板をペラペラやりながら研二が訊ねる。
「IDカードです。後々必要になるので無くはないように」
ナターリアが答える。
エレベーターは12階で止まった。その階には小会議室がいくつかと資料室があった。すると、ナターリアは一番奥の資料室へと行った。そこには青いファイルがぎっしりと詰められた棚が並んでいた。少し歩みを進めると、壁際の棚へとたどり着く。そこは本で埋め尽くされていた。
「IDカードを貸してください」
ナターリアが研二とロイに声をかける。研二は持っていたカードを、ロイは胸ポケットから取り出したカードをナターリアに渡した。ナターリアは壁際の本の一冊をどかす。そこにカードスキャナーが隠されていた。
(何だよこれ……。映画みたいなのが本当にあるのか……?)
三枚のカードがスキャンされると、それまで壁だった本棚は右にずれ、扉が開いた。
「このようにして開けます。……では、いきましょう。ボスがお待ちです」
どーもー!伊勢崎です!すみません、これから諸事情とやらで更新速度を落とし、二週間に一回の投稿になります。すみません(>_<")コンゴトモお付き合い頂けたら、何よりです(*^^*)




