ヤツら
《新たな登場人物》
・謎の女:黒田の愛人。職業、目的等、詳細不明。
・モニカ・グリーン:カルロス・サーメンデスの愛人。ボルサリーノの友人。
・カルロス・サーメンデス:シチリアン・マフィア、《グラティムル・ファミリー》の首領。シチリアン・マフィアの五大ファミリー《シチリア同盟団》の議長。
・サム・グイノーソ:《犯罪者の集い“レコレッタ・ディ・クレミナーレ”》の一員。殺し屋。
スイートルームの窓ガラス越しの夜景は輝かしかった。少し熱めのシャワーを浴びて、男はルームサービスに電話を掛けた。赤ワインと生ハムをオーダーしたのち、晩餐を一人静かに楽しんでいた。
「もしもし、ドローレスか? 黒田だ。2時間前に日本に着いた」
「今何してる?」
「極上の赤ワインと生ハムを楽しんでいる。そっちも、何か飲んでんのかなぁ?」
「あぁ~、ちくしょう! 馬鹿にしやがって」
「まあまあ。で、ヤツは吐いたのか?」
「いや、まだだ。なかなかしぶといヤツでね。そろそろ手首を切り落とすよ」
「おいおい……。目的を忘れんじゃねぇぞ」
「お互いね。では、失礼」
電話はそこで切られた。
(……ったく、食欲を減らしてくれるなぁ)
男はテーブル上の皿に目をやった。
「あら? お友達とのお電話はもう済んだの?」
後から声がかけられた。見ると後ろでスパンコールのついたドレスに身を包み、壁にたれながら髪を手でいじっている。胸元からは美しい肌がのぞいたいた。黒田の愛人だ。
「ああ、お前か。すまない、気がつかなかった」
「そ? まぁ、いいけど」
「食うか?」
男は手にしていた生ハムの皿を女の方に差し出した。
「生ハムも良いけど、もっといいものがあるわよ」
そう言って女は寝室のドアを静かに開けた。
△▼△▼△▼
その頃、イタリアのパレルモ県のとある村の地下室にて。コンクリートでガチガチに固められた地下室では、一人の女の叫び声が広がった。裸にされ、冷たい壁に向かっていた。耳には銀のピヤスをし、長い髪を後ろで一つに束ねていた。手足の自由は鉄の鎖に奪われていた。
「なかなか、我慢強いね。正直見くびっていたよ」
冷ややかに男は声をかける。
「くっ、……アンタ、こんなことしでかして生きてられると思ってんの? この国でカルロに逆らうと命はないよっ!!」
女は叫んだ。
「ほう。面白いことを言ってくれるね」
男は面白げに言った。女の言葉を嘲笑するかのように。
「そのカルロって野郎に、お目にかかりたいと思っているのだよ。君がヤツの居場所をさっさと吐いてくれるのならば、こちらとしても助かるのだけどねぇ」
そういい終えると、後ろにいた部下たちに目を向けた。
「ジョージ、君も退屈してるだろう?」
口元に子供っぽい笑みを浮かべ、3、4人の男たちに、鎖をはずして床に下ろすように命じた。
「1時間もしたら戻ってくる。それまで、少し楽しんでいていいぞ。君らも見てるばっかりではつまらないだろうからね」
そして、男は出ていった。コツコツとした革靴の音が響き渡った。音が小さくなるにつれ、女の叫び声も大きくなった。
△▼△▼△▼
数時間後だった。女は奪ったジープでパレルモから遠く離れた地にいた。看守の腰から拳銃を抜き取り、銃殺した(ころした)後に、逃げることに成功したのだった。まともな服を着ておらず、剥ぎ取ったジャケットで前を隠すのが精一杯だった。この女、イタリアでは最大勢力となるとマフィア、カルロス・サーメンデスの愛人である。この事件のことはすぐに彼の耳に入った。
「もしもし、セルビア、私だ。ヤツが逃げた。ああ、サーメンデスの愛人、モニカ・グリーンだ。だが、ヤツの体内に追跡装置を埋め込んでおいた。ヤツらのアジトは筒抜けだ」
ドローレスの息は荒かった。
「ドローレス、アンタにしちゃあ、珍しいな。まあ、いい。こちらから、殺し屋グイノーソをよこす」
「サーメンデスはどうする? ヤツは生かしておくのか?」
「一回捕らえろ。ヤツは後々五大ファミリーを召集して我々のことを話すだろう。そのときに…言いたいことはわかるな?」
どこか含みを持たせる言い方だった。
「なるほどね。分かった。C4爆弾の手配を頼む。うんと強いヤツを。大きさは小さめのものの方がいいな」
「ああ。分かった。グイノーソに持たせる。それと…もう一つの計画はどうだ?」
「Everything well.万事順調だ」
「それはよかった。では、幸運を祈る」
セルビアは電話を切った。電話を切り終えたから、セルビアは思った。
(にしても、ヤツがしくじるとはな……)
ドローレスはめったにミスをすることのない。それは情報操作のプロとして、常に情報収集に手を抜かないからだ。
(まあ、いい。これでイタリアが手に入れば、ヨーロッパは我々のシマとなる。イギリス・ドイツ・フランスなど主要国はあの方の縄張りだし、EUのお偉いさんたちも買収した……。あとは、このシチリア・マフィアのごろつきどもの始末か……)
今、セルビアは例のスイスのアジトにいた。レコレッタ・ディ・クレミナーレの活動本拠地に当たる。彼らは着実に歩みを進めていた。こうして、NERO計画は少しずつ遂行されていくのだった。