屋敷に来客が+1
急な振動。私は跳ね上がり、脳髄に衝撃が走った。
それと同時に、過去を見ていた夢も消え去っていた。
その思いが現実にひき戻っていたことだ。
私は気色が悪かった。ふと思うと、私を呼んだあの手紙が、どういう目的であったのか。
バスの酔いを覚悟し、バックにしまった紙切れを取り出す。
いくつかしわくちゃになったが、私はそれを手に取った。手紙は茶紙を使っていて、やはりあの香りがまだ残っていた。
そこには清楚な執筆で女の子らしい文字の大きさでこうつづられていた。
『橋元 光一様へ
拝啓 私はとんだご部用であなた様をお待ちしています。この話を聞いてとてもおかしなことだとは思われますが、どうか真剣にお受け取りくださいますようお願いします。
あなた様のお父様に当たる、橋元辻欟様の命により、あなた様をお待ちいたします。
また、詳細は別紙にてご確認ください。どうか、良い返答をお待ちいたします。 敬 具 』
こんな堅苦しい手紙を読むのは久しぶりであった。
それに所々がまだ正しくない文字も見られる。私の見る限りやはりこの書いたのは女の子なのだろうか。
そりになにより気がかるのは、おやじの知人なのか。
恐ろしく、だらしなく。私が最も避けていきたい人間性。
息子に借金を背負わして、今は逃走中。
だが、もう追う必要はない。 どこかで母が仕事を見つけて、父は町工場で働いているという。そんなうまい話と思うが、たまに来る夫婦の昔よりさえている写真が妙にムカッとする。
ほんとに、あれから仕事につけた両親は借金も徐々に減っている。
だけどそんな親父がまだ憎い。それは単純だった。
俺を見捨てた。両親ともだ。
そんな親父の知人からの頼みだった。なにか、俺にいい話でもあるのだろうか。
俺はその目的地に向かうバスでそう考え込んでいた。
あれから、風景がますます明るさが奪われていた。
確かにもう夕方だが、ここまで暗くなるのは珍しい環境であった。
山奥やら新緑の果てのような場所によくバスが通るのかとても不思議だ。
そして、その目的地の錆びついた白い棒。その先端にもひどくかすれた文字で刻まれた、バス停。
『五十ヶ谷』と
もちろん、給料な場所で降りる客も私一人。
いや、乗車客は私だけであった。
自動改札などあるわけもなく。純白な手袋をはめた運転手に、その賃金を手渡した。
顔の表情など確認する前にドアはひどくきしむ音を立てて閉まった。
そして、その外観から怪物のようなバスはまた荒地同然の道路を走っていった。
ここが、五十ヶ谷。
そして、そこから、徒歩10分ほどの位置に例の屋敷が見えるらしい。
送られてきた別紙には一枚写真が張られていた。
そこには、いかに古きたった、外装がすごくぼろい屋敷が写っていた。
最初はひどく驚いたのだが、さっきまで乗っていた怪物バスを見るとそれも納得できる気がした。
いったい、その屋敷で私に何を待ち受けるのだろうか。
道という、正しい道はない。ただ、草が極力少ないところが道と思う。
なぜなら、そこまで誰かが歩いている後なのだから。
その、低草木の道を歩いていると、ひどく私を多い木々が立ちふさがった。
まるで、魔法にでもかけられたかのように。だが、この先に例の屋敷はあるはずだ。
わたしは、何を求めているかのように理性が失いかけていた。
もう人生など捨てても構やしない。おやじの顔など見たくない。
この五十ヶ谷の遭難者になったつもりで木々をかき分けた。
最後に視界を防ぐ木の葉を払いのけた。
するとあろうことか、今までの暗さが吹き飛んだかのように、視界が回復した。
いや、これは明暗の変化じゃない。現れたんだ。
例の屋敷が。
私が写真で見た、屋敷以外何物でもない。
辺りに囲む邪魔な木々などがなく、風景が見渡せる。
この屋敷の背後からは、遠くの禿げた山々がのぞかせた。
みるからに、そこから先は崖であることを承知した。
とりあえずどう尋ねるか私は困惑した。
呼ばれたのだから、入ってもそそはないだろう。
とおもいつつも、私は腐りかけた木の階段に足を進ます。
所々黒い音を立てながらも、その入り口の前に立った。扉も、何かの虫に食われたかのように、穴が開きすぎていた。
正直戸惑ったか、さび付いたドアノブに手をかける。
ひどく冷たく、粉々した感触。
きっと、手には錆がついたのだろう。
そう思って、捻ってみると、思ったより軽くドアが開いた。
だが、また木の締るグロイ音を立てながら、その腐りかけた扉はそこをあけた
広いロビーのような空間。
ただ、白と黒のモノクロをイメージするような単純な広間。
それが、まず私の前に現れた。
外装と同じおように、様式なつくりとなった、家具や壁、そして床。
中央からまるでどこかの境界に出てきそうな、幅5メートルくらいの紅い絨毯のひかれた、階段が二階へと続く。
床は魔法の王国のような大理石で埋め尽くした、チェックの石床だった。
その家具も奇妙に目を引かれる。
壁際に相対的に配置された西洋甲冑。
職人の技師が作りあげたであろう。柱や、彫刻がバランスよく配備される。
かなりの上流の夫人が暮らしてそうな屋敷だ。
それに、なぜそんな場所に私はこんな場所に呼ばれたのだろうか。
もしかして、使用人とかそんなのでこき使われるのだろうか。
しかし、ならあの堅苦しい。手紙は矛盾するだろう。
私はそのシャンデリアの神々しい輝きに満たされた広間を知らぬ間にあちらこちら歩き回っていた。
ごく一般的で、平凡な私にはあまりにも珍しすぎるこの空間が立ち止らずにはいられない。
しかし、私をこんな辺鄙なところまで呼び出しといて、お出迎えもなしとは、私はそこが気に入らなかった。
一体支配人はどこにいるのだろうか。
そうこう歩き回り、広間の中央へ移動した瞬間、何か軽い足音がした。
人?それにしても、小刻みで子供ぐらいだろう。
しかも、その足跡がどこから近づいてくる。
これは一体。
誰なんだ……
「ハッ!」
突然危機が引くかわいらしい声が背後から聞こえた。
はじめは座敷童か何かに化かされているのかと思ったが違った。
二階へとつながる、漆赤の階段に立つ、小柄な女性。
いや、幼児なのか。
丸目な顔に、まだ幼いような瞳。
肩まで伸びるレモン色のカール。
寝間着なのか、ふわふわしたヒールのついたパジャマの女性が驚いた表情でたっていた。
「あなたは。だーれ?」
実に、単純な質問を受けた。
人形のようなに首を傾けたその子は、私をただ見つめている。
「私はここに…」
こんな、まじめな答えを出しても無駄だとわかっていても、私の言葉を遮るように遠くから言葉を出された。
「ようこそ。わざわざよくいらっしゃいました」
この子からではない。遠くから、瀬角には階段の最段部にその女性は立っていた。
「わざわざご苦労様で。あなた様を呼ば差せていただいたのは、ほかでもありません」
そのいとしなやかな声は、私の体を硬直させるかのように響いた。
そこに立っていた女性、腰まで伸びるかのような、その子と同じ髪の色。薄い輝きを見せたさらさらした髪。
「話はお茶をしながら出かまいませんか。今から皆様でお茶をしますので」
そういって、しなやか生足が、階段をゆっくりと下っていく。
つい階段下から見とれてしまうくらいの美貌な女性であった。
西洋の彫刻がそのまま肉体を手にしたかのような彼女は奥の扉に向かう。
それに連なって私をずっと凝視していた女の子もついていった。
だが、まだ何か視線を感じた。今度はあの女の子みたいな柔らかい感じじゃない。
ひどく鋭利な、殺人的なもので胸を差し込まれる感じ。
私は恐る恐る、階段を見つめた。
人影。やはり女性だとわかる。二人と同じレモン色の髪のおさげ。
黒縁メガネからは私を突き刺していた、冷酷な瞳が向けられていた。
何をそんなににらんでいるのかわからず私は身を少し引いた。
この女性、さっきから、私に声をかけた女性のそばにいたようだった。
どうやら、私がいやらしく生足をのぞいていたところを見られていたらしい。
その彼女のいた苦しい視線が切られ、同じ一階の奥の扉へと入って行った。
私は一時ひどく後悔した。
ここに呼ばれて、変態を見るような身で見にらみつけられ。
あまりあのメガネの娘には近づかないでおこう。
そして、取りつかない足取りで、奥の扉に入る。
※
香しい。実に、刹那な香りを漂わすのだろうか。
こういう場でお茶にするのも悪くないだろう。
その扉はどこかの厨房の奥とつながっていたらしい。
彼女たち三人は自分たちでロイヤルカップに入れられた。紅茶を運んでいた。
ここまで豪華な屋敷なのにお手伝いさんなどいないのだろうか。
いや、もしかしたら、そのために。と、私は自分にいいきかせて、運ばれて紅茶を見つめた。
あの、私に声をかけてくれた、清楚な女性が運んできてくれた。
当然、その紅茶もとてもだまされたかのように甘い香りを感じた。
しかし、そんなことを考えるも、丸椅子の対角線上にはあのメガネの女性もいた。
私を睨むかのように、目をそらさず、紅茶を一口した。
味わうに味わい深いようなお茶会である。そんなジョークかと自分は思った。
あの、一番背の低い子も、なかなか大人びた味わい方だった。
だが、覚める前に一口飲んでみる。
なかなか、葉の使い方がうまい気がした。お湯がひと肌より暖かく。
それで、香りが引き締まる。
私はあまりお茶について詳しくはないが、素人でもこのうまさは分かるようだった。
「このお茶、ご満足でございましたか」
お茶を汲んでくれた、あの清楚な女性がやさしく笑みを作っていた。
「いえ、お茶はご満足ですが、わたしは…」
「言いたいことは分かります。その説明につきましては、順を追って話したいと思います」
そう言って、しなやかな唇で紅茶を口にした。
「まず、自己紹介からいたしましょう。私は那波。漆崎那波と申します。四人姉妹の次女でございます」
四人姉妹。この屋敷に四人姉妹が住んでいるのか。だが、見る限り、血のつながっている、三人しかいない。一体…
「私は、美砂子。四姉妹の三女になります。ちなみに、あなた宛の手紙を書いたのは私です。絶対変な文って思ったでしょ」
突然だった。私宛の手紙は美砂子と名乗る彼女が書いていた。無駄に堅苦しく、ところどころ変な言葉も入ったようだったけれど、女らしいと言っては女らしかった、とそんな冗談は今の状況では言えなかった。
「私、彩空。色彩の彩に空って書くの。私は姉妹の末っ子なの」
最後に、一番幼いような子が、興奮気味で自己紹介した。この子が末っ子なのか。年はいくつなのか知らなくては。
「えーっと、私は…」
「かまわないは、あなたのことは十分に知っているから、だからここへ呼んだのよ。とりあえず話の本題へ入るわよ」
どこから、調べたのか謎だが、もう突っ込むのをやめた。
「私たちの自己紹介つまりところはあると思われるけれど、漆崎は四姉妹。だけど、見る限り、私、美砂子、彩空の三人しかいないわ」
私の中の何かが噴き出るように、すごく不潔な予感がした。
これは一体。何なのか考えたくもないものが。
「その中の長女、彩砂海姉様は…お亡くなりになりました。いや、殺されたの」
突然吹き出るような汗が止まらない。
この得体も知れない恐怖は一体何なのだろう。
この屋敷は一体何なのだろう。
そして、この姉妹たちの正体はいったい。
「そして、その探偵としてあなたのお父様からあなたを借りたわけ」
おやじ、お前は息子になんて情報流したんだ。
そのまま、紅茶がぬるく、冷めはじめ、カップの底に茶カスの沈殿物がたまり始めた。