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手紙 - type.ラブレター?

作者: P.N.なの

 「手紙」を題材にしたショートシリーズです。ある人の体験を基にしています。初めて聞いた時、やっぱり不可解でした。それが表現できていれば幸いです。








「あの、これ……」


 高校生だったある日、僕が廊下の自分のロッカーから体操着を取りだそうとした時だった。突然、女子に声をかけられた。


 体はそのままに頭だけその声のする方向に向ける。三段有るロッカーの一番上とは言え、腰を曲げてのぞき込んでいたので、結構間抜けな格好だったかもしない。


 それ以上に突然の思わぬ声に驚いてロッカーの中に入れていた手を枠にぶつけてしまった。かっこわるい。


「あ、はい!」


 痛みをこらえる。声が裏返る。


「……これ、受け取って下さい」


 そう言ってその女子は四角い薄ピンクの紙を差し出してきた。それは手作りの封筒のようだ。


 その女子は確か、同学年の……組はわかんないが……有賀さん。比較的背が高く、髪は短め、おっとりしている感じ。一年の時同じクラスだったから覚えている。しかし、話したことはなかった。あまりしゃべっている姿も見たこともなく、声を聞いた記憶もなかった。


 僕の好みを言えばもう少し背の低い子がいいかな。長い髪の子がいいかな。でも、結構声は綺麗だったな、なんてことを一瞬にして考えてしまう自分がそこにいた。


 そして、僕はなんだか知らないがめちゃくちゃ嬉しいにも関わらず、無関心、無表情にそれを受け取った。あまり女子から声をかけられることがなかったので、ちょっと手が震えていたかも知れない。


「あ、ども」


 僕は声が裏がえらない様に口をあまり大きく開けずに答えた。


 有賀さんはほっとした表情し、軽くお辞儀して廊下の向こうに走っていった。その先には……多分同じクラスの友達だろう……教室の扉に隠れている数人の女子達の待っているところに向かって行った。有賀さんは後ろ向きなのでわからないが、迎える女子達は一様にうれしそうだった。一人はガッツポーズをしていた。


 僕はかなり関心ありながらも、無理にそっちを気にしないように、更に貰った手紙を気にしないように体育の授業の準備を続けた。手紙はこっそりロッカーの中にしまっておいた。


 そして僕は左右をそれとなく見回した。こっちを見ている奴はいない。有賀さん達も教室に入ったのだろう、見えなくなっていた。


「ふー」


 やっと一息付くことが出来た。


『いけね、もう授業が始まる』


 体育の授業まで二分も無かった。僕はもうほとんど人のいなくなった自分の教室で慌てて体操着に着替えた。




    *




 その日の体育はマラソンだった。僕は別に鍛えていたわけじゃ無いが、変に持久力があった。と言ってもフルマラソンに耐えられるものじゃ無いが、体育の授業で走る四キロぐらいは結構楽に走れた。


 走り終わった者から順に体育の授業が終わりとあって、僕と一部の友達は真面目に一気に走りきってしまう。走るのが苦手な者や『かったりー』とか言ってチンタラ走る人より、二十分ぐらい早く授業が終わることもある。


 今日もそのつもりで走る。しかし今日は一段と足が軽く、いつもよりハイペースで独走状態になってしまった。


 僕は走るとき、モノを考える。日によって違う。宿題のことだったり、TVのことだったり。時には歌を思い浮かべながら走ったりする。


 でも、そう。今日はもちろん、手紙のことだ。


『有賀さんってどういう人だったっけ?』


 去年を思いだそうとする。しかしもう十一月。かなり前のことだ。はっきりは思い出せない。


『手紙の内容はなんだろう。やっぱりラブレター?』


 おそらく一枚の色紙を僕にはよくわからない方法で折りたたんで作った封筒、その封筒には僕の名前しか書かれていなかった。


 時間がなかったとはいえ、封筒を一切開けずに体育の授業に来てしまったことをちょっと後悔する。でも、僕は大事なものであれば有るほど、じっくり時間を作ってゆったりして開けたい、そんな風に思う人間なのだ。急いで開けるのが『もったいない』と感じてしまうのだ。


 それに、開けるまでのこの時間、こうやっていろいろ考えて楽しむ、それなりに好きな時間だ。


『友達で彼女いる奴いないから、ちょっと悪い気すんなー』


 正直先走りなのは、自分でもわかっていた。しかし、他に思い当たらないのだ。


 気持ちだけは先行していく。想像図の中で、有賀さんがどんどん素敵な人になっていく。


『まてまて、単なる手紙かもしれない。……いやー、そんなこと無いか。話題がない』


 少し足が重くなる。それでも他の生徒に比べたら段突にリードしている。


『でも、ああやって渡してくるんだから、ラブレターか果たし状だよな』


 果たし状? そう思った瞬間、一段と足が重くなった。


『一応スポーツそれなりに出来るし、勉強も高校のレベルを自分よりちょっと低いところを選んだから、ここではトップクラスだしな』


 ちょっと自分に自信を付けようと必死になった。いろいろ考えてしまう。とにかく、早く手紙を見たくなり、足の速度を上げた。たぶん、今までで一番に。


「なに飛ばしてんだぁ?」


 折り返し地点を折り返し、第二グループと擦れ違う。いつもは一緒に走っている連中。


「さー」


 僕は自分なりに爽やかにそう言って更に加速していった。




    *




 いつもより、十分は早い。先生も驚いている。


「どうしたんだ? 妙に張り切って」


「はーっ、はーっ、はーっ、っふ。いえ、別に」


 ラストスパートは凄いものが有った、それは自分でも判った。気持ちだけで結構いけるな、と思いながらも息は上がりっぱなしである。


 先生に軽くおじぎして自分の教室に向かう。あれだけ散々走ったのに、また、教室まで軽く走る。走れた。


「はーっ、はーっ、はーっ」


 他の教室では授業をしているため、その廊下には誰もいない。静かである。僕は落ち着いて自分のロッカーから着替えと貰った手紙を取り出した。


 もう一度落ち着いて手紙の封筒を見回してみる。


「やっぱ、なにも書いていないか」


 ボソッと独り言が出た。


 着替えと手紙を持って急いで誰もいない自分の教室に入る。そしてその手紙を机の上の中央において、それを見ながら着替える。


 そう、封筒を開けるのはきちんと着替えを終えてからだ。それが礼儀、だと思う。




 果たし状なら、そう書いてあるよな。僕はかなりゆっくり着替えながら、あれこれ考えている。


『気になるなら着替える前に見たらいいのに』


 自分に突っ込むもう一人の自分が現れた。いやいや、気持ちをこめてくれた手紙を拝見するのに片手間というのは失礼でしょ。


『果たし状なら着替える前に行ったほうがいいのでは?』


 いやいや。高校に入って、それなりに成績もよく、スポーツもそれなり、中の上あたりをキープできていると思う。17年、当たり障りのないように人付き合いをしてきたつもりではある。しかし、どこで恨みを買っているかわからない世の中であるが……。


『じゃあ、いたずらかもしれないじゃん』


 まだ突っ込む自分はいた。たしかに、いたずらかもしれない。気の小さい男子に冗談で告白するという女子の遊びをきいたことがあった。まったく恐ろしいことだと思う。

 僕は女子に気が小さいのほうに思われているなら、可能性があるが……。


『親同士が知り合いで、その伝言とか』


 だんだん突っ込み内容が怪しくなってくる。親同士の接点はない、と思う。


『ラブレターの可能性があると思うのか?』


 出た。それだ。なかなか開けることが出来ない理由だ。たぶん、僕としてはラブレターであることを期待してしまっているが、違った場合、ショックが大きい。なので、それ以外の可能性を見出してから、あけたいと思っているのだ。

 そのほうが違った場合のショックが少ない。そうであった場合の喜びが大きい。




「今日は速かったなぁ。ん? なにを見てるんだ?」


 いかん、他の男子が帰ってきた。ちんたら走っている物はまだ帰ってきていないようだが、いわゆる第二グループが帰ってきてしまった。


『……』


 突っ込む自分はいなくなったようだ。


「いや、別に」


 返事をしながら、こっそり手紙を机の中にしまいこんだ。




 そのまま、机の中から出すタイミングを逸し、友人に捕まり、その日はそのまま帰ってしまった。そして、マラソンで汗をかいたまま、封筒とにらめっとしていたためか、次の日から2日ほど休んでしまった。




    *




「行ってきます」


 風邪が治って外に出られたのは、日曜日だった。天気もよく、この時期にしては暖かいが、僕はもこもこに着込んで、学校に向かった。


 封筒は無事だろうか。中身はなんだろうか。『ドキドキ』するのは確かだが、何の『ドキドキ』かわからなくなっていた。さらに内容以外に、『ちゃんと、机の中に残っているかな』という心配も追加していた。もし何らかの理由で他人が見てしまっていたら、大変なことになっているかもしれない。有賀さんにも申し訳ない。


 内容がいまだわからないので、どう心配していいかわからなかった。


 しかし、『ドキドキ』や心配は、僕が学校に行く途中で、あの光景を見るまでだった……。




 僕のその視線の先には中学の時の好きではない先輩(男)がいた。もちろん、高校入ってからは完全な疎遠になった、まあ、ちっこい先輩だ。


 そのちっこい先輩の横に有賀さんがいるのだ。しかも手をつないでいる。


「は?」


 思わず声が出た。意外に声が大きかったので、慌てて、ちっこい先輩に見つからないよう看板の陰に隠れた。こっそり見る。彼女が頭一つ高い。でも、なんか仲よさそう。


「兄妹、じゃ、ないよな」


 思わず、つぶやいた。ということは、あの封筒は……。そう、一つの可能性がなくなったわけだ。


「……果たし状か?」




    *




 僕が高校を卒業してすでに5年。あの後、ちっこい先輩にも有賀さんにもほとんど会わず、もちろん、話す機会もありませんでした。卒業後は、上京して大学に行ったので、結局真相は今もわかりません。


 ただ、とりあえず、僕の手元には紛れもなく僕と有賀さんの名前の書かれたラブレターが残っています。しかし、人違いなのか、勘違いなのか、返事が遅かったのか、いたずらなのか、それは、今もわからないままです。


 今となっては、最初にもらったラブレターという、『甘い』も『苦い』もない『いい』思い出です、たぶん。




☆おわりなの☆


 ちょっと不思議な話になっていますが、ある人の体験を基にしています。


 結局、何であんな手紙をもらったのでしょうか? 私には想像つきません。……未だに持っているみたいですよ。


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