19、毀軍襲来
5月23日、プルートから緊急の連絡。それは夜だった。
「ああ、プルートか。そっちの時間はいつだか知らんが、日本が深夜の時にかけるのはやめてくれ」
「おう、シリウスか。大変なことになってるんだ。なんか遠くの方から胡麻粒みたいなのがやって来るんだ!」
「へえ、胡麻粒。で、何なんだそれは」
「多分、毀軍だ! 次は地球を狙っている! ブラックホールの襲来も近いと思う!」
「まあまあ、落ち着いて話せ。今毀軍は、どこら辺にいる?」
「一度遠くの星に寄ったあと、少ない数が地球に向かってきて」
「なるほど。で、貴様は今どこにいる? 地球に向かおうとして途中で事故ったらしいが」
「ああ、実はな、また月に戻って来ちまったんだよ! 道具も何もないんだ! 寒い!」
「何だそれ! 私たちには月に行くほどの動力を持った物を作る技術なんて1マイクロもないぞ! 一体どうすればいいと言うんだ!」
「と、とりあえず、今地球に向かっている軍隊の排除をしてくれ。数は大体三千くらい。あ、今地球に入った。多分様子見だと思う。あ、なんか空に変なもの作ったぞ。城だ!」
「し、城!? どこだそれは!?」
「い、今、アラスカの上空。白い城だ」
「白い城って、駄洒落か!?」
「駄洒落じゃない! あ、動いてく。すごい早さだ」
「何だって!? どこに向かって!?」
「日付境界線あたりに向かって。あ、見えなくなっちゃった」
「じゃあ日本に近付いていると!? 高さは!? 地上からどのくらいだ!?」
「詳しい高さは解らない。が、多分低い位置だ。雲に隠れて見えなくなったときがある」
「浮遊魔法で届く範囲か?」
「多分ギリギリ」
「よし。じゃあ次だ。城の形状を教えろ」
「城っていうよりは、神殿に近い感じ。下のほうに地面がくっついていて、それごと浮いてる。とりあえず真っ白」
「大きさは?」
「月から見てもわからねえよ!」
「じゃあ軍の特徴は?」
「統領が白い鎧。他は銀色の鎧だ。武器は槍と矛の類」
「解った。じゃあそのうち討伐に行く」
「なるべく早めに頼むぜ。月まで来られたら困る」
「了解」
「じゃあ、頼むぜ」
「ああ。じゃあな、プルート」
軍師は起き、武器の準備をする。
*
5月24日、朝。軍師は全員を一箇所に集める。
「昨日の夜、プルートから連絡が入った。毀軍の一部が地球に来た。位置は日本の上空の城。現在も位置は変わっていない。北の方角だ。よって明日、討伐に向かう。今日のうちに準備はしておくように」
「ちょっ、待ってください! 空に浮かぶ城なんてありえるんですか!? ていうか浮かんでたらどうやってそこへ行くのか教えてくださいよ!」(鷲)
「それなら心配ない。浮遊魔法でギリギリ届く上空12万メートルだ。安心しろ。こちらには飛翔魔法とかいう新しい種類の魔術もある。(昨日急いで勉強して覚えたんだがな。)行くだけなら楽だ」
実際に北の空に城が浮かんでいるのを確認し、全員が準備を始めた。
んでもって、村長の家にて。
「シリウスさん」
「何だ元勇者」
「敵の強さってどのくらいなんでしょうね」
「さあな。そこまでは知らない。一度戦ってみないと解らないってことだ」
「一度もクソもないですよこれ。滅茶苦茶強かったらどうするつもりなんですか」
「まあそんなはずはあるまい。まだ物語の序盤だし。(一番言ってはいけないことなんだがな。)あまりにも強すぎたら誰かがどうにかしてくれるって」
「そんな適当な」
「適当が一番いいんだ」
「そんな適当な」
「同じ台詞を二度言うな」
会話を一旦止めると、二人は明日持っていく武器の準備を再開した。
そんな調子で夜。全軍での訓練。人数を半分に分けての模擬戦や、軽いトレーニングなどを行った。
その後は軽く走り、体術の訓練もした。全ての訓練が終わると武器を研ぎ、刃物油で手入れをした。まあ、この訓練の中で刃物を使うものは無かったが。まあ念のためである。準備である。武士たるもの常に慎重に。
「あの、これってまさか、戦わなくていいような人まで刃物研ぎをやらされるパターンですか?」
三本目の刀を研いでいる軍師の左手を見ながら、総統が言った。軍師は答える。
「当たり前だろう。戦うことはできなくても武器を研ぐだけなら誰でもできる。貴様も、手を休めるな」
「もうひとつ訊きますが、こんな人数で大丈夫なんでしょうか? あと、もし人数が増えたとしても武器が明らかに足りませんよね」
「うん。今二つだったよな。
で、何だ? 人数か? 大丈夫だ。問題あるはずがない。(これ二回目のような気がするが。)まあそのうち増える。
武器に関しては、そうだな、鍛冶屋でも雇うか。この星に金属はいくらでもありそうだからな」
負けたらそんなこと考える必要もなくなるのだが。
全ての武器の手入れが終わり、軍師は寝床へ行った。まだ寝るわけではない。ひとつ用事を済ませなければならない。軍師は部屋の隅に置いてあるプラスチック製の箱の中の大きい絆創膏を取り出す。刃物を研ぐときに手を切ってしまった。慣れない作業だった。浅い傷だったのでよかったが、明日は武器を持って突入することはできないだろう。軍師は自分の左手を見た。一部青紫色に変色した皮膚から、赤い液体が滲み出ている。
明日の戦いでは火を使ってはいけない。軍師は、寝る前にそう自分に言い聞かせた。