9、忘れてた
勇者がウザいです。
「何か、私達大切なことを忘れているような気が」
「何だそれは」
5月8日、勇者は半年の間忘れていた、あることを思い出す。
「ブラックホールってどうなったんでしょうね。シリウスさん、見てまsh「見てない」…。即答ですか」
「すっかり忘れてた」
「見失ってしまうかも知れませんよ」
「今夜見てみる」
残念だが、ここは都会だ。夜中に星が一つや二つしか見えないくらい都会だ。例えるならば、シリウス(恒星)が光っててもよく見えないほど空気が汚い。おまけに今日の天気は曇りだ。一日中曇りだ。たまたまテレビで天気予報を見ていた衛星のダイモスが報告しに来た。
「何だと!? それではブラックホールが見えない!」
よく考えてみろ。当たり前のことだぞ。大体t「煩い黙れ」…、はいすいません。
「何か方法はないのか!? 今日見ておかないと気が済まない!」
「あ、そういえば、【ニーガタ】ってところは晴れみたいだぞ。行ってみないか?」
「いいかもな」
シリウスはそれで納得したのだが、どうやって新潟に行けばいいものか、悩んでいた。この家にあった地図によると、新潟はここからは遠い。といっても、どうやって彼等がこの家の場所を知ったのかが不思議なのだが。「家の場所くらい知ってる。東京に落ちたのも計算済みだ」
「俺の出番のようだな」
殆ど出番がなかった魔物、カペラが割り込んできた。
「お前が何の役に立つ? せいぜいカラスに変身する程度のものだろう。お前の魔力は」
「それがだな、俺はトラックにも変化することができるんだ」
「そっちの方がカラスよりも合ってると思いますけど」
勇者達は一旦外に出た。カペラの変化を見たいからである。
「変化魔法か。イメージしたものの性質や外見をコピーするという」
「じゃあ行くぜ」
カペラが何かを詠唱し始める。すると閃光が発せられ、気付いた時には、勇者達の目の前には巨大なトラックが出現していた。そして、何故かその下にはシリウス。
「重い!! 潰れる!! 誰か助けろ!!」
慌てて変化魔法を解いたカペラによってシリウスはギリギリ助かったのだが、どうやら腰の骨が一本折れていたみたいで、物凄く痛がっていた。それを見て勇者達は爆笑していた。
その後シリウスは、回復魔法によって怪我は完治していたわけだが、「変化魔法を唱える人が近くにいるときは気をつけるように」と、今回の教訓をノートにまとめていた。
「じゃあ、早速【ニーガタ】へ行きましょう」
「待て。そこは一体どこだ。道筋もろくに知らないのにどうするつもりだ」
「大丈夫だ。俺には秘策がある」
「ほう。その秘策とは?」
「ふっ、聞いて驚くなよ。俺の秘策とは、そう、直感だ」
場の空気が一気に氷点下237℃まで下がった。まずい! このままでは勇者達は冷気にやられて全滅だ!! どうにかするんだシリウス!!「言われなくても解ってるよ」
「馬鹿野郎!! そんなもので【ニーガタ】に着くと思っているのか!! そんなんだったらむしろこの家で待機してたほうがマシだ!! そんな簡単に異邦の土地がわかってたまるか!!!」
シリウスがカペラをぶん殴る。シリウスは生まれた時から魔術一筋だったため、威力は期待できないが。
「お前、俺を殴りやがったな! ただじゃすまさねえぞ! 必ず【ニーガタ】に着いてお前達を喜ばせてやるよ!!」
「そこかい!! それはただでは済まされた気にならないな! ただ以上で済まされたな! それは嬉しいな!!」
何とか空気は元の温度に戻ったようだ。やっぱりシリウスは使える。「私は貴様の下僕ではない」
そんなわけで勇者達(家の者全員)は勘だけを頼りに【ニーガタ】を目指すことになった。本当に大丈夫なのだろうか。「私も心配だ」
「とにかく乗れ」
トラックに変化したカペラは荷台を開き、182の生き物を吸い込んだ。
そんなわけで勇者達は新潟に向かったようだ。
「で、こっちの道で合ってるんだろうな」
「さあ? それは俺が訊きたい」
「(本当に大丈夫なんだろうかコイツ)」
心配しながらも、何故か知らんが偶然新潟に着いてしまったようだ。チッ、着かなければ良かったのに。「何故だ」
「つーか勘だけで【ニーガタ】に着いた俺ってすごくね?」
「まあ、すごいといえばすごい。だがな、僅か半年で地球に着いたプルート号のほうが数千倍すごいぞ」
基準が解らん。
「そういえば、空はどうなんだ?」
「晴れてますよ。星が見えます」
「今の時期は」
「やっぱり春の大曲線ですよね」
「北斗七星の柄杓の柄を延ばすとその延長線上にアークトゥルスとスピカが見えるっていうあれか」
「じゃあ早速北斗七星を捜しましょう」
「待て。何か大切なことを忘れているような気が。あ、そうだ。ブラックホール」
シリウスは小型の望遠鏡と三脚を取り出し、地面に安定するように置いた。
「確か私達の惑星はこっちの方角」
ピントを合わせているようだ。
「あ、見えた。随分でかいな。多分こっちに近付いて来てるんじゃないか?」
「あ、それサラッという台詞ですか? 結構やばい状況ですよ」
「大丈夫だ。こっちには183体の生物がいるんだ。地球があの訳の解らない軍の餌食にはならない」
「でもブラックホールの餌食にはなりますよね」
「その時は死ぬだけだ」
「あ、そうですか」
「しかもブラックホールがどんどん近くなってくる。あ、見えなくなった。多分星の光が当たらなくなった」
そこまで見てシリウスは望遠鏡をしまう。
「せっかくここまで来たことだし、夜空に輝く星でも見ましょう」
ということで皆で星を見ることにした。何故そうなった。
「あ、あの星は美しいですね。橙色に輝いていますよ。あ、あの星も美しいです」
「あそこにはその二つとは少し暗いくらいの星があります。位置関係から考えて、あれはデネボラですね。その橙色と青白いのとデネボラを線で繋ぐと丁度三角形になりますよ。春の大三角です」
「なるほど。美しい図形ですね」
「あそこは星の並び方的に考えて、北斗七星です。あの尻尾っぽい部分を延ばしていくと延長線上に橙と青白があるんですよ」
「美しい探し方ですね」
勇者とベガは何気に気が合うようだ。周りの人は皆引き気味である。
「夏になると鷲座のアルタイルと琴座のベガが見えますよ。そのほかにデネブが見えて、繋ぐと三角形になるので夏の大三角です。デネブは白鳥座のα星で、白鳥座を構成する星の中で白鳥のs(長すぎるので以下略)」
勇者は天文の話になると口数が多くなる。話だけで一日が終わってしまうのではないかと思うくらい長い。だがベガは飽きずに聞いていた。
「…………なんですよ」
「わかりやすい説明ですね。美しくてつい聞き入ってしまいました」
「恐縮です」
こいつらはよく解らない。
「冬に一等星が多く見られるんです。例えば、冬の大三角を作る大犬座のシリウス、子犬座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスとかです。オリオン座にはもうひとつ一等星がありまして、リゲルというんです。オリオン座は砂時計のような形をしていて、三つ並んでいる星があれば見つけやすいです。子犬座のプロキオンは、犬の先駆けを意味しています。それはシリウスよりも先にプロキオンが昇ってくることに由来します。それで大犬座のシリウスの年齢は大体二億から三億。視等級はマイナス1.47くらいで、h(もう本当に長すぎるので以下略)」
「冬の星は全て美しいですね」
もうダメだこいつら。
*
夜がもうすぐで明ける。
「もう帰ろうぜ。朝だ」
「じゃあどうやって帰るんだ」
「あ、道覚えてない。まあいい。勘を頼りに進んで行く」
「貴様は本当に馬鹿か? 正真正銘の馬鹿か?」
「俺の勘は当たる」
「そう言って帰れなくなるんだ。私はわかっているぞ。だから対策を立ててきた。これだ」
シリウスの正面に黒い穴ができた。
「うわっ!! 何ですかこれ!!」
勇者も飛んできた。ふわふわ~。そっちの飛んできたじゃないけどね。
「この穴に飛び込めば家に戻れる。空間連繋魔法だ。記憶した場所に繋がる穴を出すことができる」
「さすがシリウスさん。用意周到ですね」
「美しいですね」
「ベガ、貴様は黙れ。違う場所に転送するぞ」
まあとにかく勇者達は黒い穴に飛び込んで、無事に家に帰ることが出来たのであった。
「あ、でも地球が無事じゃなさそうですよ。ブラックホールのせいで」