7話 再会
「フィンは何の授業を取る気なのかしら?」
巨大な食堂にて俺とエリンは今後の学院生活について話していた。
「必修なのが《戦闘訓練》と《戦術》だっけ?」
魔術学院にはクラスというものが存在しない。自分の取りたい科目を自分で選んで出席することになる。出欠をとるのも必修科目だけなので、他の科目はそれこそ気紛れにその日の気分で変えても構わないのだ。
授業は《戦闘訓練》と《戦術》以外にも、《魔術学》や《一般教養》なんかもある。
俺やエリンは既に一般教養レベルの学力はガイルの爺さんから教えられているので《一般教養》をとる必要はない。《魔術学》も属性魔術を使えない俺には無縁のものだ。
「俺は必修科目だけとっておしまいかな。
今まで休む暇も無かったからゆっくりしたいってのが本音だよ。」
「そうか、なら私も必修科目だけで良いわね。」
「良いのか?《魔術学》とかとっても良いんだぞ?」
「私には今更なことばかりたがらいらないわ。」
確かにエルフであるエリンには必要ないか。
ふとした疑問だけれどエリンって年はいくつなのだろう?
今まで一緒にいたけれど聞いたことがないな。
俺の母と父とは古い知り合いらしいから、実は結構な年なのかもしれない。
といっても俺は年なんて気にしないからいいんだけどさ。
「エリンが側にいてくれれば俺は満足だ。」
「いきなりそんな言葉を呟かないで欲しいわね。」
「照れた?」
「照れてません。」
「デレた?」
「デレてもいません。」
そういう割には顔が朱い。いくら年をとっていたとしてもこんなに可愛い反応をしてくれるなら別に年なんて関係ないと俺は思う。
つまり、可愛いは正義なのだ。
▼△▼△▼
「凄いな、これは。」
翌日の登校中、俺達、というよりエリンは大勢の先輩達に囲まれていた。
どうやらチームの勧誘らしい。チームというのは、二人から七人までの団体のことだ。
学院への依頼や緊急事態の呼び出しは基本的にチーム単位に来る。故にチームの強化は俺達学院生にとっては死活問題と言える。
その点、エリンはエルフである故に高い実力は決まっているので、先輩達はエリンの勧誘に必死なのだ。
昨日は俺達は入学式が終わってすぐに一年生の寮に引っ込んでしまったからこんな勧誘には会わなかったが、これからこんなことが続くのだと覚悟した方がいいだろう。
ちなみに俺への勧誘は皆無である。当然といえば当然なのだが、少し悔しい。
「退きなさい。」
エリンがあんまりにもしつこい男子の先輩達に怒気を放った。
俺は慣れたものだから気にもならないが、先輩達はそうでもない。先輩達は全員、エリンの怒気に気圧され、道を開けた。
「行きますよ。」
エリンは俺の隣に来るや否や、俺の腕を掴んで校舎へ走り出した。
「はぁ、想像はしていたけれど、思った以上に不愉快ね。」
「エリンは綺麗だから男共が放っておかないんだよ。」
「その下心満載の視線が不愉快なのよ。」
「エリンの豊かな双丘が余計に男を魅力するんだ。」
「‥‥フィンは初めから下心満載だったわね。」
「照れるじゃないか。」
「褒めてないわよ。」
適当に会話を繋げるうちにエリンの機嫌も治っていった。
今日は初めての授業となる《戦闘訓練》が朝早くからある。必修科目なので受けるしかないのだが、この五年間、ガイルの爺さんにしごかれた俺には今更という感じが否めない。
少しは楽しければ嬉しいのだが。
▼△▼△▼
「これから、貴様等には鬼ごっこをしてもらう。」
《戦闘訓練》は魔術学院の敷地内にある広大な広場で行われる。
さすがに一年生全員を一度に集めてしまうと授業どころではなくなってしまうので、一年生はいくつかのグループに分けられる。分け方は担当の先生が大ざっぱに人数を分けるらしい。
で、俺達の担当の先生はメルンダ先生という女性教師。スタイルはエリンと良い勝負という魅惑のボディーの持ち主。顔も綺麗だが、少しワイルドな感じもまた魅力的だ。
「鬼は私で、貴様等はこの敷地内を逃げ回ってもらう。
魔術の使用も許可するので全力で逃げ回って貰いたい。くれぐれも死なないように。
では始め!!」
さて、授業の初めのレクリエーション的な遊びが始まった。この程度なら軽く流して気楽にやれば良いだろう。
「余所見をするな!!」
「え?」
【見切り】への反応があり、反射的に体が動く。
次の瞬間、俺のすぐ近くで炸裂する爆発。
「いいか、この鬼ごっこは最後まで立っていた奴の勝ちだからな。」
俺達のよく知る鬼ごっこでは無いと体で理解した俺を含むこの場の約百人の生徒は一斉に逃げる体制に入った。
次々と炸裂する爆音。生徒の悲鳴。先生の笑い声。
場がパニック状態になるまでには、さほど時間はかからなかった。
ガイルの爺さんを彷彿とさせるような理不尽な攻撃魔術の嵐。
たが、流石にメルンダ先生も手加減はしているようで爆発に巻き込まれても死ぬような人はいない。この学院の医療施設には優秀な回復系の魔術師がいるらしいので、骨折や打撲程度ならばさして問題にはならない。
――俺に対してだけ容赦なくない!?
他の学生に放つ時の威力と俺に放つ時の威力が明らかに違う。
俺の時だけ、当たったら普通に死ねるレベルの魔術を連発してきやがる。
今回、俺は【ステップ】や【ジャンプ】を使う気はない。魔力を使わないスキルは相手に不信感を持たせてしまうからだ。入学早々、いらぬ注目を浴びる必要はないだろう。だから俺は今回、【見切り】と三歳の時から鍛えてきたスタミナだけで、この場を乗り切ってみせる。幸いなことにメルンダ先生の攻撃魔術は避けられない程の速度ではない。
「そこまで!!」
魔術の嵐が止んだ。さすがは魔術学院の先生だ、あれだけの量の魔術を連発して息一つ切らしていない。下手するとエリン並みの魔力があるのかも。
といっても、俺はエリンの全力を知らないから予想に過ぎないのだが。
結局、一時間の鬼ごっこで最後まで立っていた者は約百人中、俺とエリンを含め十人だった。倒れた人達は全員、土から湧き出たゴーレムにどこかへ運ばれていった。おそらくは医務室だろう。今ごろ、医務室は超満員になっているに違いない。
「貴様等はよくやった。今日はゆっくり休んで明日に備えよ。」
これから他の授業を取っている奴はご愁傷様だ。
といっても、九割方の人は今もベッドの上だろうから授業どころじゃ無いだろうけど。
その点、俺達は今日はこの《戦闘訓練》しか取っていないので、割と時間が余っている。
「エリン、今日は街の方まで行ってみるか?」
ガイルの爺さんの屋敷は田舎にあったので、俺はこの世界では賑やかな街というのを経験したことがない。
せっかく時間もあるのだし、デートがてらエリンと街を回ってみたい。
「そうね、私も街に出るのは久々だし、良いわよ。」
そういう訳で、一回寮に帰って汗を流した後、また集合ということになり、広場を二人で去ろうとした。そんな時、基本的に常時発動している【索敵】で俺達の背後から近付いてくる人影を確認した。偶然、帰るタイミングが一緒なだけなのかもしれないので最初は放っておいた。
「あなた達。」
しかし、話しかけられてしまっては仕方ない。その人影に向き合う。
そこに居たのは見たことがあるような気がする美人さん。多少子供の愛らしさが残っているが、まだ十二歳だということを考えると充分過ぎるほど大人びている。
顔の造形もさることながら同じくらい目を引くのがその綺麗な金髪だ。しかし、いよいよどこかで見たことがある気がしてならない。俺の交友関係は極めて狭いので気のせいということもあるが。
「どうかしたの、金髪の美少女さん?」
金髪の美少女?なんかそれと同じことを前に口にした気がしなくもない。しかし、一向にそれがいつだったのかは思い出せないままだ。
「またそうやって子供扱いする気ですのね、わたくしはもう三年前とは違いますのよ!!」
三年前?はて、何かあっただろうか?
「フィン、幻想竜を倒した時にいた女の子だと思うわよ。」
どうしても思い出せない俺にエリンが助け舟を出してくれた。
それでやっと思い出した。あの時は幻想竜を倒すのに必死だったからすっかり忘れていた。
「思い出した思い出した、あの時の金髪美少女か。」
思い出したら何で気付かなかったのかと疑問に思うほど、記憶にある美少女と今の彼女は似通っている。俺としたことが、美しい少女のことを忘れるだなんて一生の不覚。
「いいこと、わたくしがあなたをギッタンギッタンに負かしてさしあげますわ!!」
それだけ言い残して金髪美少女は広場を去っていった。何故か負かされることになっていた俺は、せめて名前くらいは教えて欲しかったなと思いながらその後ろ姿を呆然と眺めるのであった、まる