6話 魔術学院
「予想していたのとは少し違ったな。」
入学式が終わり、学生寮へ行く途中、俺は入学式の感想をエリンに話していた。
まず、一番の強敵だと思われた学院長の話が無かったのが一つ驚きだ。なんでも学院長は秘密の多い人で人前には滅多に顔を出さないんだとか。
後は生徒会長の話も辛辣だった。この世界にも生徒会長っているんだなという驚きもあったが、その人の『私からは、一言だけ。皆さん、死なないで下さいね。』という言葉も元の世界では聞けないものだった。
しかし、新入生は一年間で数が半減すると言うから、その言葉にも頷ける。
「まずは寮に行きましょうか。」
魔術学院は全寮制だ。一人につき、一部屋ずつ支給される個室で寝泊まりすることになる。
この学生寮、一年生から三年生までは狭くて窮屈な部屋を使わなくてはならないが、四年生からはその扱いが一転、風呂や台所までついた広々とした部屋が支給される。その扱いはどんな高級な貴族も、平民も変わらない。
魔術学院は《ネルフィス》で最も差別の少ない場所と言える。
俺達は一年生なので、もちろん部屋は狭い。しかし、前の世界ではあまり裕福でなかった俺からしたら充分に我慢できるレベルだ。
「こんなところか。」
女子寮、男子寮と別れているので、途中でエリンとは別れた。
ベッドや家具などの必要最低限のものは部屋に常備されているので助かる。
俺の持ってきた私物は刀と多少の小物だけなのですぐに身の回りの整理は終わった。
「僕の部屋がこんな物置小屋だって?
おいおい、冗談はよしてくれよ。」
俺が部屋から出て、こっそりエリンの部屋に遊びに行こうかと思っていたところで、如何にもお坊ちゃま風の男が大荷物を抱えて部屋の前に立ち尽くしているのを見かけた。
確か、入学案内には必要最低限の荷物のみを持参と書いてあったはずだが、どう見てもその男の持ち物は多すぎる。
まさに自業自得なので見て見ぬ振りを決め込み、寮の出口に向かった。今日は夕食までに寮に戻ってくればいいので、予定通りエリンの部屋に入り浸ることにしよう。
「そこの下民。」
制服を着たエリンは最高だった。今度はメイド服でも着てもらおう。
今までガイルの爺さんの虐待すれすれの鍛錬のお陰でそんな暇はなかったが、この学院生活は少しを余裕を持てそうなので今まで以上にエリンに絡んでやろう。
きっとエリンも喜ぶだろうな。
「おい、下民、聞こえないのか!!」
男に肩を掴まれた。どうやら先ほどから話しかけていたのは俺にらしい。
反射的に投げ飛ばしてしまいそうになるのを堪えて男と向き合う。
「どうした、不細工。」
「‥‥‥は?」
この坊ちゃん貴族は頭のネジが緩いらしい。仕方ないのでアホな子にもしっかりと分かるように説明してやることにした。
「不細工ってのは顔の造形が整ってないことを言うんだよ。分かるか?」
「き、貴様なんて無礼な!!
僕はイルイレア家の者だぞ!!」
だから何だよ。と言いたくなる返し方だ。
イルイレア家と言えば二級貴族だったか。二級貴族というくらいだから権限もそれなりに高い。しかし、一級貴族であるブリフィクス家から見たら大した力も無いのに威張り腐ったダメ貴族といった印象しか受けない。もちろん、全ての貴族がダメな奴らという訳ではないのだが、子の反応を伺うにイルイレア家はダメ貴族の分類に入るだろう。
「貴様、どこの家のものだ?」
「平民出だよ。」
俺がブリフィクスの名を語るのはガイルの爺さんに許してもらっていない。だから今回の入学手続きも俺は戸籍上、平民ということになっている。
「平民!?
おいおい、下民の分際で僕に楯突こうって言うのかい?
二級貴族のこの僕に?」
「魔術学院では家の地位は関係しないはずだよな?」
「これたがら下民の考えることは浅はかだと言うんだ。
いいかい、僕達貴族は選ばれた人種だ。それがたかが学院に入ったからって変わるはずもない。つまり、僕達、貴族の権限が無くなることなんてありえないんだよ。」
選民思想に凝り固まっている上に言っていることが意味不明だ。要は貴族だから何をしてもいいんだという主張らしいが、馬鹿馬鹿しくて付き合っていられないな。
「なら選ばれた者は選ばれた者同士で仲良くやってろ。俺に関わるな。」
「それがね、見ての通り、学院側の手違いで僕の部屋を間違いたらしくてね。
今から文句を言ってくるところなのだが、その間、貴様には僕の荷物を預かるという栄誉を与えてあげるよ。」
どうやら、こいつは俺が一番嫌いなタイプの人間のようだ。
「自分で何とかしろ。」
これ以上関わりあいになりたくもないので俺は走って逃げ出した。
「おい、待て!!」
五年間、ガイルの爺さんに鍛え上げられた俺の身体能力に貴族のボンボンが勝てる筈もなく、難なく俺はその場を脱することに成功した。
――貴族ってのはあんなのばかりなのか?
あの男は俺の前世の記憶からくる傲慢貴族イメージそのまんまだったわけだが、他の貴族も全てがこうだとすると、これからの学院生活が若干憂鬱だ。
このまま考えてもメゲるだけなので、エリンのところに潜入することにした。
俺は今、女子寮にいるわけだが、騎士の雛鳥と言われる学院生が誰も俺に気付かない。女子寮は当たり前だが男子禁制の地である。もしも、見つかったらただでは済まないだろう。しかし、そんなスリルもなかなかに楽しいもので、俺はスパイにでもなったつもりで女子寮を進んでいった。
俺が今使っているのは【隠蔽】なのだが、ただの【隠蔽】ではない。この五年の修行によって元々は気配を消すだけだったスキルを意識的に周りと気配を同化させることができるようになったのだ。気配を消すことと、周りと同化すること、あまり変わらないように思うかもしれないが、実は結構違う。ガイルの爺さん相手の時なんかはただ気配を消しただけではまるで意味がない。『不自然に気配がない場所が丸分かりだ。』とか言って平然と攻撃してくるのだ。だから、俺は周りと同化するという技術を磨かなければならなかった。
他のスキルにも言えることだが、この世界にきてからスキルは若干の融通が効くようになっている。いまの【隠蔽】もそうだし、【索敵】の集中行使なんかも《ロストオブエデン》では出来なかった技である。
すっかりスキルの説明に入ってしまったが、つまり何が言いたいかというと、今の俺はガイルの爺さん並みの化け物でも用意には見つからない状態だということだ。
「ここか。」
事前にエリンの部屋番号はチェック済みなので特に迷うこともなくエリンの部屋にはたどり着けた。
ゆっくりと慎重にドアを開ける。幸いにもドアに鍵はかかっておらず、すんなりと開けることができた。
中ではエリンがまだ荷物の整理をしていた。やはりエリンも女の子のようで、男の俺に比べて随分と荷物は多いようだ。
一番の難関であったドアを開けてしまった今、俺とエリンを隔てるものは何も無い。俺は床に置いてある荷物を踏まないように注意しながらエリンの背後に迫った。
「やっぱり、この部屋はちょっと狭いわね。もう少し持ってくる荷物を減らすべきだったかしら。」
「ガブッ!!」
後ろからエリンの特徴的な耳を甘噛みした。
「キャーう~~~‥‥‥」
悲鳴を上げられることは予想していたのでエリンの口を手で抑える。
この状況を誰かに見られたら終わるからな。
「どうどうどう。」
【隠蔽】を解いてエリンの前に姿を表す。
「悪戯にしてはたちが悪いわよ。」
悲鳴を上げてしまったのが恥ずかしいのか、顔を朱くして俺を睨むエリン。
この姿を拝めただけでも悪戯をしかけた甲斐があったってものだ。
「エリンってさ、耳で感じちゃうんだね。」
「そんなこと無いわよ!!」
顔を朱くしながら焦った様子で言っても説得力がない。それにエリンの耳が弱点だというのは随分と前から分かっていたことだ。
ただ、それをネタにしてからかうと面白いので分かり切っていることを何度も口にしてしまう。
「それに、ここは女子寮よ。何でフィンがいるのかしら?」
「エリンで遊びにきた。」
「せめて、私"と"遊びにきたと言って欲しかったわ。」
いつものように溜め息をつくエリン。
この後も、夕食の時間まではエリンで遊んで時間を潰した。