3話 鬼現る
「魔術の使えない出来損ないを回収しにきた。」
超厳しそうな頑固オヤジ。それがガイルという祖父の第一印象だった。
朝一番で彼は屋敷に訪問、そして有無を言わさず俺と仕事に出ていた父と母を呼びつけた。
「お待ち下さい父上。魔術が人の全てではございません。
私達からフィンを奪わないで下さい。」
必死に懇願する父。母も父の横で共に頭を下げている。
「知らん。魔術も使えぬ弱き者に儂のブリフィクスの名を名乗らせる訳にはいかぬのよ。」
ブリフィクスとは魔術国家にとって力の象徴にも使われる名。それを魔術も使えない俺に名乗らせる訳にはいかない。
それがガイルの言い分であり、命令だった。
「分かったらそこをどけい。
それとも主等の家名を剥奪しようか?」
「っく!!」
それでも二人は俺の前から引かない。家名よりも俺をとってくれた、それが俺には嬉しかった。
「頑固よのう。別に儂はその子を殺すとは言っておらん。
それにそれがその子の為でもある。」
「それは‥‥」
「魔術も使えないものがブリフィクスの名の重圧を背負える訳が無かろう。
分かったらそこをどけい。」
父が先に道を開けた。
「クラン!!」
「リアス、分かってくれ。確かにフィンにブリフィクスの名は重荷にしかならないんだ。」
母も悲痛な顔を浮かべた後に道を開けた。父も母もブリフィクスの名前の重さを嫌というほど知っている。だからこそ二人は今、道を開けたのだろう。
「クラン、フィンは儂の孫でもある。そんな顔をするな。」
とうとう俺への道が繋がってしまった。
どうやら俺は大人しく連れて行かれるしかないらしい。反抗することも考えたが、それでは父と母の立場が悪くなってしまう。
それにこのガイルという男、強い。威圧感だけなら《龍帝王フレイブル》にも引けをとらないほどだ。
「ほぅ、エルフ。儂の前に立つとはどういうつもりだ?」
俺の前に優雅に立ったのはエリン。
「フィンをあなたに渡すわけにはいきません。」
「ほう、森の友エルフよ。儂は友には優しいつもりだがな。そのままそこに立つというなら儂も剣を抜くしかあるまい。」
「エリン、そこをどいて。」
エリンが適う相手ではない。格が違い過ぎる。
「はぁ!!」
「エリン!!」
無謀にもエリンはガイルに手をかざし術式と思われる円陣を発動した。
その瞬間、【見切り】に反応が二つ出現した。一つはガイルの方へ、一つはエリンの方へ。
――くそ!!
【ステップ】を使い、エリンに近付き、彼女を突き飛ばす。俺は【ジャンプ】を併用してエリンとは反対側に回避。
俺達のいた場所に剣が走った。俺は完璧に避けきったが、エリンは激しい剣圧に押され吹っ飛ばされた。まさか剣圧にまで威力があるとは思っていなかった俺の計算ミスだ。エリンは頭を打ち、気絶してしまった。
「ほぉ。フィン、お主良い目をしておるのう。」
くそ、母と父がいる場所じゃぁ無茶はできないな。いや、今更そんなこと言っていられる状況でもないか。とにかく、この頑固爺に一発くらわしてやらないと気が済まない。
よくも俺の下僕に手を出しやがったな。
先に手を出したのがエリンだとか、そういうのは関係ない。女に剣を向けること自体が俺には気にくわないのだ。
「周りが気になるか。良かろう。付いて来い。
クラン、貴様の道場を借りるぞ。それと何人たりとも儂等に付いて来ることは許さん。」
それだけ言うとガイルは部屋を出て行った。その背に俺はついて行くことにした。
あそこまで言われては逃げる訳にはいかない。
エリンが気絶してしまったのはある意味良かったのかもしれない。もし起きていたら付いて来ると言って聞かなかっただろうから。
「ここなら邪魔も入るまい。
そこに武器もある好きなものを選べ。儂は丸腰の相手をする気はないからのう。」
俺は道場の壁にかかっている多種多様の武器の中から迷わず刀を選んだ。
久々に触れる刀はまるで俺を待っていたかのように俺の手に馴染んだ。
「俺に刀を持たせたこと、後悔させてやるよ。」
「童が、なめた口をきくでないわ。」
「はぁ!!」
【隠蔽】【ステップ】【幻影】を同時に発動。
【幻影】で作った幻をガイルに向かわせて、俺は【隠蔽】で気配を隠した後、ガイルの背後へステップにて回る。
――《狼牙》
【幻影】にとらわれているであろうガイルに背後から剣技を発動した。
【隠蔽】も使っているこの状況、これをかわすのは不可能なはず。
しかし、剣先がガイルに届くその瞬間、体に凄まじい圧力が降りかかった。
「甘いのう。
たが、お主のそれは魔術では無いであろう?
何とも面妖な技を使う。」
何故、防がれたのか。理由は簡単だ。この爺さん、この部屋の全空間に攻撃をしやがった。
「重力か?」
「ほぅ、よく分かったのう。儂の得意とする重力操作の魔術だよ。」
【自動回復】のお陰ですぐに動けるようになった。
――手加減して勝てる相手じゃないな。
刀を鞘に納め、スキル【抜刀】を発動する。《ロストオブエデン》にて俺が最も多用した戦闘スタイルだ。
――《牙王》
抜刀突進系剣技《牙王》。俺の覚えている剣技の中でも最速の分類に入る一太刀。
「甘いわ!!」
俺の祖父、ガイルも剣を抜き、魔術を発動する。
俺とガイルの戦闘は夕暮れに始まり、俺の心が折れる深夜まで続いた。
△▼△▼△
「フィン!!」
遠くでエリンの声がする。情けない、俺はもう立つこともできそうにない。
体は【自動回復】のお陰で時間が経てばもとに戻る。だが、精神はどうにもならない。この一瞬が命取りになるような戦闘で俺の精神は徐々に擦り切れていってしまったのだ。
「エルフ、森の友よ。儂はこのフィンを連れて行く。」
「なら、私も連れて行きなさい。私はエリン。フィンの下僕なのですから。」
何か優しい温もりに体が包まれている。これはエリンか?
「誇り高きエルフを下僕に持つか。儂の孫は面白いのう。
儂はここに来るまではフィンを権力争いとは無縁の地に預けようと思っていたのだよ。だが、気が変わった。儂がフィンを立派な剣士に育て上げることにしたのだ。
森の友よ。儂の孫に付いて来る気なら好きにせよ。だが、フィンの進む道は厳しいものになろうぞ。それでも構わぬのか?」
「私はフィンに付き従うまで。」
「うむ。それも良かろう。この若さにして儂に一太刀入れる子だ。鍛えれば儂を超える剣士になろう。しかし、それは辛く厳しい道だ。
森の友よ。我が孫が挫けそうになった時、その時はそなたが支えておくれ。」
「勿論です。」
目が覚めると俺は知らない部屋にいた。隣にいたエリンから話を聞くと、どうやら俺は祖父のガイルに引き取られたらしい。
「大丈夫、今度こそ私がフィンを守るから。」
何かムカつくからエリンの耳を引っ張っておいた。
だが、エリンと一緒ならどこに行っても楽しそうだ、そう思った。